真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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張邈決戦編 第三話

 

 

 

 曹操軍が徐州目掛けて出陣して、三日が過ぎた。

 

 程遠志は、鄧茂、張曼成、厳政と共に兗州の上部に位置している鄄城の守護についていた。おおよその兵士数は五、六千人。荀彧と程昱に政務を任せ、彼らは主に街の警護、治安維持活動に努めていた。普段受け持っている仕事と似たようなものではあったが、人手が足りぬ分より辛く感じられた。早く本隊が帰ってきてくれないと、僕の体が休まらないよ―――とは、鄧茂が最近よく漏らす弱音である。

 昼休みの時間になり、程遠志は適当な料理屋に入った。その隣に、いつもいる鄧茂らはいない。偶然、警護の関係で別行動をとることになり、昼休みになっても顔を合わせることがなかったのである。

 

「お」程遠志は料理屋に入るなり、声を漏らす。「なんだよ、いたのか」

 

 彼の目に入ってきたのは、鄧茂や張曼成ではなかった。程昱。頭に人形のようなものを乗せ、それを保ったまま綺麗に飯を食べている。彼女も、程遠志が店に入ってきたのに気づいたらしく、無表情のまま軽く頷いた。

 

「偶然ですねー」

「そうだな。まあ良かったよ、一人で食べるよか二人のがいいわな」

「私は全然一人でも平気ですけどー」

「ひでえこと言いやがる」

 

 はは、と程遠志は笑い、程昱の隣に何気なく腰かけた。「何食ってんの?」「店長のお勧め定食です」「旨そうだな、それにすっか」と適当に二、三言葉を交わし、注文する。

 

 程昱は小さく程遠志の顔を見た。彼女の脳内には、少し前の出来事が思い出されている。反董卓連合の後、劉備に仕えている趙雲から聞いた言葉である。

 

 

「程遠志、という不思議な男が曹操軍にはいた」

 

 

 夏侯惇、夏侯淵、曹操。他にも荀彧や許褚。そのような面々を語るにあたって、趙雲は雄弁な様子を見せたが、程遠志という男の話になると多少困ったようだった。「酒が強い」だの「多少無謀ではあるが勇気はある」だの「武は一線級ではない」だの様々なことを言うが、いまいち要領を得ない。それのどこが不思議なのか、と程昱とともにいる郭嘉は問い詰めたものだ。

 趙雲は少し、苦笑いしながらも閉口した。言うか言うまいか少し迷った様子を見せ、やがて、諦めたように言葉を口から吐き出した。

 

「程遠志は、流れというものを信奉している」

 

 流れ。運。抽象的な言葉である。軍師という職を務める程昱、郭嘉からすれば、そう容易く受け入れることはできないものだとも言える。だからどうした、というのが本音だった。

 運を頼りに動く武将は多く存在する。自分が他の人間とは違い、特別な人間なのだと確信する者。神からの宣託を受けたと言い張り、それを盲信する者。様々な類があるが、その殆どは荒唐無稽な妄想である。孫策、という女が持つ勘は信憑性が高い、と噂になっているが、程昱自身完全に信じてはいない。郭嘉は、彼女よりも疑いを強く持っていて、理屈をもって趙雲へ舌戦を仕掛けた。「だから言いたくなかったのだ」と溜息交じりで趙雲は漏らしたものである。

 ……程昱と郭嘉が程遠志の持つ運に懐疑的になったのは事実だが、趙雲という一人の人間を信頼していることもまた、事実だ。真名を交わし合った仲であり、安っぽい冗談を呟くことはあったが、詰まらぬ嘘偽りを述べるような女ではない、と理解している。そのため郭嘉が厳しい言葉になったのは趙雲が騙されているという危惧からであり、最初は「星は間違っている!」と鋭い言葉だったのが、最後には「星は騙されている……」と心配そうな様相を呈してきて、程昱や趙雲を少し愉快にさせた。

 

 そんな程遠志に対して、程昱は少し興味を持っていた。曹操という主を選んだ理由の中に―――米粒ほどではあるが紛れ込んだ程度には。郭嘉も、主を選んだ理由の中には含まれていないのだろうが、程遠志に対して個人的な興味は間違いなく持っていることだろう。

 それ故、初対面で「流れ」について問い詰める、と郭嘉は鼻息荒くしていたのだが―――結果。いつものように鼻血を噴き出してしまいそれどころではなくなった。それ以降鼻血をかけた後ろめたさからか郭嘉は中々程遠志に寄り付かなくなり、程昱も彼と話す機会に恵まれなかった。

 

「程遠志さんは、流れを信じてるんですよねー」

「ああ、そうだな。信じれねえ感じか?」

「そうですね。疑ってますー」

「まあ仕方ねえわな。中々よ、嘘くせえ話に聞こえるか」

「でも」程昱は流し目で程遠志を見た。「曹操軍の中でも、信じている人はそれなりにいたので、ただの嘘偽りではないとも思っていますが」

「俺の流れを確かめてえなら、私生活から戦場まで全部くまなく観察してくれればすぐに理解できるさ」

 

 お、とそこで程遠志は声を上げる。店主が定食を運んできた。その腕は僅かに震えている。程昱の隣にいるからか、それなりの役職の者だと思われているらしい。一人で来た時や、鄧茂たちと来た時にそんな反応をされたことなんてねえのにな、と程遠志は苦笑を漏らした。箸を掴み、定食を一口食べる。うめえ、と小さく呟くと、店主は少しだけ嬉しそうになった。

 数秒、あるいは数十秒。沈黙が二人の間を訪れる。黙々と飯を食うだけの時間。

 それを先に打ち破ったのは、程遠志の方だった。

 

「気になることはよ、それだけか?」

「気になること?」

「初対面の時、興味津々って感じで俺の方見てきたじゃねえか。何か聞きたいことでもあったんだろ」

「へえ。程遠志さん、聡いんですねー」

 

 程昱は小さく感嘆の声を漏らした。程遠志も悪い気はせず、「そうかな」とわざとらしく首を傾げ、「そうだろ」と最終的には自分で自分を褒めだした。

 

「流れについて、あの時は詳しく聞くつもりでしたー」

「今聞かねえのか」

「流れを信じてるか、信じてないかの確認だけで十分です。また次、稟ちゃんと一緒の時にしますー」

「ふうん、気になったことはよ、流れだけか? 俺の酒の強さとか―――」

「それはまったく興味がないです」

 

 バッサリと斬られて、程遠志は小さく苦笑いを浮かべた。

 

「あと―――気になることといえば、どうして真名で呼ばないんですか?」

「あ?」程遠志は微妙な顔になる。「教えられてねえんだよ。察しろな」

「春蘭さんと、秋蘭さんから許可されたって聞きましたよー?」

「……どっから聞いたんだよ」

「兵士たちが噂してましたよ。秋蘭さんがそれに悲しんでるとも」

「あいつはそんな女じゃねえよ。寧ろそのことで散々からかわれたわ」

「ということは、本当に教えてもらったんですかー」

「……人の噂ってのはよ、怖えもんだな。あの場には誰もいなかったと思ってたのによ」

 

 程遠志はそっぽを向きながら言う。

 反董卓連合が解散された翌日、程遠志は夏侯惇、夏侯淵に真名を許す、と告げられた。その代わりとしてお前の真命を教えてほしいとも言われた。呂布から夏侯惇を庇ったこと。汜水関の采配などを判断して、信頼できる人間だと判断したらしい。ありがたい話である。その言葉に、程遠志は心底嬉しかった。だからこそ、多少の罪悪感が生まれた。自分の真名を教えることは、絶対的に不可能だったからである。

 

「まあよ、俺にも複雑な事情ってやつがあるのよ。鄧茂も、張曼成も。長い付き合いのあいつらでも、俺は真名で呼べねえのさ」

「呼ばない、じゃなくて、呼べないと」

「俺はよ、真名なんてものが生まれつきねえのさ」

 

 程遠志は呟くように言った。それは悲しそうにも見えたし、普段通りにも見えた。

 

「……悪いこと聞いてしまいましたかねー」

「別によ、どうだっていいことだ。人の生まれなんてものは選べねえし、第一俺の過去なんて鄧茂以外には言う気もねえしな。そんな価値のある話でもねえ」

 

 軽く、程遠志は肩をすくめた。どうでもいいと所作に示したらしかった。

 再び場に沈黙が訪れる。程遠志は飯を食べ、程昱は頭に載せている人形を弄りだした。その人形はなんでそこにいるんだ、なんて彼は小さく聞きたくなったが、そんな雰囲気ではない。どうやってこの微妙な空気を打破しようかな、なんて程遠志が考えていると、外から野蛮な足跡が響いてきた。

 互いに、手を止めて外を見る。

 

「失礼します!」

 

 突然の闖入者だった。曹操軍の兵士である。

 なんだ、と程遠志は目を瞬かせ、程昱は不審そうな目になる。

 

「なんだよ。休憩時間だぜ、今」

「緊急の連絡です。兗州内で反乱が起こりました!」

「まじかよ」程遠志は小さく声を漏らした。「そりゃな、休んでる暇はねえか」

 

 程遠志は店主に目を移す。すまねえな、と小さく謝り、食べかけの料理を下げる。

 

「それで、敵は誰だ。董卓の残党か? 黄巾の残党か?」

「どちらもです」

「はあ? なんだよ、黄巾、董卓の残党が同時に湧きやがったのか。そりゃ急がねえとな」

 

 急いで立ち上がる程遠志に、兵士は微妙な表情になる。程昱は真顔になった。

 

「ただの黄巾、董卓残党ではないのですかー?」

「はい」兵士は体中から汗を噴き出していた。「明らかに、統率が取れた動きを見せています」

「敵の正体は、把握できていますか?」

 

 程昱は鋭い瞳で兵士を見た。程遠志もそこで気がつく。何か嫌な予感が、彼の背筋を走った。

 兵士は小さく言い淀んだ。数秒が経過し、程遠志が明らかに焦れた頃、信じられぬ、という表情のまま兵士は口から言葉を吐き出した。

 

「張邈軍です。董卓の部下である華雄と、元黄巾党の裴元紹という男を連れ、この鄄城に向けて迫ってきています!」

 

 どういうことだ、と言わんばかりの表情。程昱も僅かに混乱した。張邈。曹操様の知己と聞いている。この状況で、何故反乱を起こしたというのだ?

 兵士と程昱がそんなことを考えている中、程遠志は別のことを考えていた。昔からの腐れ縁。黄巾の砦でその縁を確かに切った、と思っていた男。そんな馬鹿な、と小さく口を開く。

 

「―――裴元紹だと?」

 

 呆然と、その名が口から漏れた。脳内には、あの、狗鷲のような猜疑心の強い表情が浮かんでいる―――

 

 

 

 

 








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