真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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張邈決戦編 第六話

 

 

「まずいな」

 

 荀彧、程昱と別れ、程遠志と鄧茂はいつもの面子で集まった。即ち、張曼成と厳政を含めた四人である。

 張曼成は静かに呟いた。その声色は、悲壮感や焦燥が僅かに混ざっていた。平時では何事も落ち着き払って行動することを務めているこの男も、いつも通りとはいかなくなっていた。

 

「このままじゃ、この城が落ちるってことか」

「それもあるが、このまま時が流れれば、恐らくお前は殺されるか幽閉されることになる」

「はあ?」程遠志は目を瞬かせた。「どういうことだよ」

「あの号令を聞いて、逃げだすものは確実に表れる。元曹操軍の兵士を、あれほどどうやって集めたのかはわからぬが、兵士たちには動揺が広がるだろう」

「それで、どうして俺が殺されることにつながるんだ」

「兵士たちの逃走は、そこまでの問題でない。しかし、それが将軍の裏切りとなったら話は別だ。恐らく、その兵士の逃亡が続けば、お前が寝返ることを警戒されるようになる」

「荀彧や、程昱がか。寝返る気なんてさらさらねえぞ。向こうに言ったら裴元紹に殺されるっての」

「彼女らは、恐らく二番目に合理的な方策を取るだろう。この状況で最も合理的な手は、降ることだ。程昱―――そして、何より荀彧は、曹操さまに絶大な忠誠心を持っている。その手は使えない」

「つまり、その二番目ってのが」

「お前を含めた、俺たちを先に反乱分子として処罰することだ」

 

 張曼成は、程遠志を真っ直ぐ見つめた。どうするのだ、と問いかけるようだった。

 

「俺たちを殺して、それで城を持たせれるのかよ」

「俺でも十日は持たせられる。共通の敵を作ることは、城内の人間を一時的に麻痺させ、同調圧力を持たせることができるだろう。俺でそこまでできるのだから、彼女たちならば二十日は持たせられるはずだ」

「それならよ、俺たちが協力すればもっと持ちこたえられるんじゃねえのかよ」

「そう変わらないさ。俺たちがいて疑心暗鬼に包まれているのと、俺たちがいなくなって歪んだ信頼関係が生まれるのでは、大して変わらない。恐らく、この城はどちらにしても二十日程度で落ちる―――だから、荀彧はより合理的な判断をするはずだ。俺たちが本当に裏切るか、裏切らないか。それがわからない現状、いなくなっても戦力が変わらないのならば、斬り捨てるに違いない」

 

 あと二日、三日としてからだろう。荀彧が動くのは。そう、張曼成は続けた。

 程遠志は小さく悔やんだ。程昱はともかく、荀彧。彼女とは満足のいく信頼関係を結べていない。夏侯惇、夏侯淵がこの場にいれば、と意味のない後悔が頭の中に浮かんできた。今から話しかけに行くか―――と、一瞬強引な考えが浮かんだが、首を振る。それこそ、変だ。怪しまれる。

 

「そもそも」厳政は小さく手を挙げた。「二十日間で曹操さまが来るとも限りませんよね」

「曹操さまを裏切ることができない、というのが彼女たちの弱点だろう。もしかすれば、俺の見立てとは違って何か秘策があるのかもしれないが、どちらにしてもこの城は二十数日しか持たないはずだ」

「ならよ、張曼成。お前はどうしたらいいと思う?」

「簡単なことだ。俺たちが、最も合理的な手を取ればいい」

「はあ?」

「この城を抜け出すのならば今だぞ、程遠志」

 

 程遠志は張曼成をまじまじと見つめた。何を言ってやがるんだ、と殴りかかるような、そんな勢いだった。

 張曼成は揺らがない。彼は自分のために言っているのではない。全員―――すなわち、この四人が、確実に生き残ることを重視している。曹操軍、という括りではない。

 

「裴元紹に殺されるだろ」

「降るわけじゃない。逃げだすんだ。すべてを捨てて。張邈は、逃げだす兵士を決して殺すことはないだろう。他の兵士の逃亡を助長させるために、放置するに決まってる」

「その中に紛れ込むってのか」

「不可能ではない。寧ろ、この包囲がまだ完了していない今ならば、成功する確率の方が遥かに高い」

 

 張曼成と程遠志は数秒の間、睨み合った。どちらもが一度は逸らし、再び目を合わせ、また逸らした。

 その交錯は、まるで永遠に続くかのようだった。

 

 

 

 

「程遠志を殺すべきかしら」

 

 荀彧は小さく呟いた。張曼成は彼女が兵士たちの脱走が始まる二日、三日から動く、と考えていたが、それは大きな見誤りであった。彼女の利発さと、苛烈さ。そして、曹操への忠誠心は旧くからの付き合いである夏侯姉妹に及ぶほどであった。

 彼女の隣には程昱がいる。眠そうな瞳で、頭には不思議な人形が乗っていたが、その目は笑っていない。

 

「程遠志さんたちを殺して、城を保てますかねー」

「兵士は多少混乱することになるでしょうね。程遠志を慕っている者もいるようだし」

「それでも、大丈夫だと?」

「慕っている者もいれば、慕っていない者もいる。それだけの話よ。私のように男を毛嫌いする兵士もいるし、賊上がりは決して認めないなんて凝り固まった兵士もいる。そちらを扇動し、多数派にすれば同調圧力を全体に浸透させることはできる」

「彼らを殺しても、二十日か、もう少ししか持たないかとー。徐州で何が起こっているかはわかりませんが、華琳さまがこちらへ戻ってくるには、混乱する大軍を鎮め、劉備や関羽、張飛―――それと趙子龍がいる陶謙軍を煙に巻く必要がありますし」

 

 程昱は言外に難しい、と言った。勿論そのことは、荀彧も理解している。理解して尚、である。

 

「二十日では、厳しいと思う?」

「三分七分かと」

「的確ね。私も、その程度の確率だと思うわ―――それでも、それ以外の方法ではもっと稼げる時間は少なくなる」

 

 三分七分に賭けることが、最も勝率が高いのではないか。

 即ち、程遠志らをすべて始末してしまい、彼らに悪事を背負わせることが。

 

「――――――風は、少し様子を見たいですね」

「まだ、程遠志らを殺すべきではない、と? 程遠志らをこのまま放置しておけば、逃げだす可能性があるわ。逃げだされるのと、殺すのではわけが違う。粛清した、という言い訳ができなくなれば、兵士たちを同調圧力で包むこともできなくなる」

「ええ、それでもー」

「理由を聞いてもいいかしら」

「趙子龍―――星ちゃんに、聞いたことが、気になるんです」

 

 程昱は趙雲が言っていたことを思い出していた。「程遠志という不思議な男がいた」そんな一言が、どうしても気になってしまう。「流れ」というものを信じているわけではなく、ただ、気になる。こんな簡単に殺していいのか? と自分の中で、踏ん切りのようなものがつけられなかった。

 程遠志という男に、興味を持っていた。趙雲は騙されている。郭嘉のそんな意見に、程昱は賛成でも反対でもなかった。流れを信じてはいないが、趙雲はそこいらの輩に騙されるような女ではない。ならば、何か他の要因があるはずだ。それを見つけるまでは彼に対しての観察を止めたくなかった。

 

「それだけで、程遠志を見逃すと?」

「逆に」程昱は、小首を傾げて荀彧を見た。「桂花ちゃんは、程遠志さんのことを何か知らないんですかー?」

 

 荀彧は少しの間、黙り込んだ。知らないわけではない。曹操軍の中で、戦場で最初に程遠志という男に会ったのは、荀彧と夏侯淵だ。その時のことを、暫しの間回想した。

 軍を摺り抜けられ、本陣を奇襲された時のことである。思い返すだけで憤怒の感情が浮かんでくる。男にいいようにされた、というだけで荀彧には屈辱だった。許せないことであった。当時は少し、思い悩みもした。あのような男の奇襲を許すとは、どこかに自分の怠慢があったのではないか。そんなことも考えたが、当時の自分に落ち度は見受けられなかった。

 

「私は、一度。程遠志に負けたことがあるわ」

「というと」

「言い訳になるけれど、あの時の程遠志は神憑っていたように感じたわ」

「神、がかる?」

 

 程昱は少し、困惑したようだった。抽象的な言葉だった。またか、とも思う。程遠志という人間について尋ねると、どの人間もあやふやで、曖昧な答えになる。趙雲も、荀彧も。夏侯淵や夏侯惇だって。程昱は様々な人間に程遠志という男のことを尋ねたが、結局、満足な回答は得られなかった。

 言葉では表すことができない人間だ、ということなのだろうか。いまいち納得はできない。

 

「風、あんたが弱兵を二百人を率いて、私が率いる五、六千の兵と戦う状況になったら、どうする?」

「逃げますねー」程昱は小さく笑った。「勝てないです、それじゃ」

「そこで、勝ちではないけど引き分けに持ち込んだのが程遠志よ」

「どうやって、ですか」

「奇襲をしたのよ。本陣だけを狙って」

「本陣に辿り着くまで、他の兵士たちがいるでしょう」

「誰一人として、気づかなかったわ」

「どうして? その日の天候か、兵の不調でも?」

「どちらもない。ただ、廻り合わせが悪かっただけ、としか言えないわ」

 

 不愛想に荀彧は言った。程昱はそれを聞き、背に寒気にも似たものが走った。

 自分が兵士を指揮し、完璧を為したとして。廻り合わせなどという抽象的なもので負けたとしたら。偶然兵士が敵を見つけられず、無防備な本陣を陥られるとすれば。どうしようもない。程昱は思わず、「それが、流れ?」と声に出していた。荀彧はその言葉を聞き、顔を顰める。「流れ」などというものを、認めたくはない。軍師として当然の表情だった。その表情を固くしたまま―――あるいは、もっと険しくして、再び口を開く。

 

「流れというものは」荀彧は苦々しく言う。「あの野蛮な男に限れば、あるのかもしれない」

 

 信じられない言葉だった。程昱は少し驚く。それを言えた、ということに心底敬服した。

 軍師にしか分からない感情だろう。流れだの、運だの、勘だの。それですべて上手くいくなど、そう簡単に受け入れられるものではない。程遠志もそうだし、噂に聞く孫策もそうだ。軍師という職業の存在に関わるのではないか。そんな、一種の蕁麻疹のような発作が胸から沸いてくるのだ。

 

「だから―――それでも、程遠志さんを殺した方がいいと?」

「程遠志が逃げれば、終わりなのよ。流れが何にしろ、それは変わらない事実でしょ」

「仮に、あくまで、仮にですが」程昱は何度も前置きをした。「流れが存在するとすれば、それを生かしてこの状況を逆転できるとは?」

「程遠志の起こす流れがどのようなものかなんて誰にも理解できないわ。すべてがあの野蛮人の上手くいったとして、それが張邈への降伏に繋がる流れかもしれないし、私たちが死ぬ代わりに程遠志たちが生き残るだけかもしれない。我が軍全体の利益になる、とは、必ずしも言い切れないのよ」

 

 荀彧は、言葉言葉で詰まったり、唇を噛んだりしていた。「流れ」を彼女自身すべて受け入れたわけではない。仮に存在するとして、その仮定が存在したとして、尚、合理的な判断を下そうとしている。曹操のため、滅私奉公の精神で。

 程昱がまず感じたのは、小さな不満だった。流れなどは存在しない。そう言い切りたかった。しかし、その胸から沸いてきた不満を、彼女は易々と抑え込んだ。それよりも気になることがあった。

 荀彧がここまで「流れ」を受け入れようとしている。すべてを曹操に捧げた彼女が、男は死ねと公言して憚らない彼女が、である。夏侯惇や、夏侯淵や、趙雲。武に生きたものだけではない。曹操軍の知を司る彼女が、男であるという偏見に耐え忍びながら認めたのだ。ある意味、誰よりも信用が置ける。程昱は程遠志に対する関心がさらに増した。ここで死なせてはならぬ、と胸にどこかにある感情が声を上げた。

 

「ではー」程昱は、その感情を抑えて言う。「一度、程遠志さんに対する監視を大々的に行えば?」

「そんなことをすれば、あの野蛮人だって警戒するでしょ」

「多少怪しまれたとしても、あからさまな監視を行えば逃げだすことはできなくなるでしょう」

「……殺してしまえば、そんな無駄は省けるけれど」

「まだ早計である、と愚考しますがー?」

 

 程昱と荀彧は、そこで見つめ合った。数秒、数十秒と経過する。

 最初に目を離したのは、荀彧だった。程昱の瞳にはある種の必死さが見えた。気圧された、と言ってもいい。

 

「……わかったわ。確かに、今すぐ殺す必要はないかもね」

「ありがとうございます」

「でも、あまり長引かせると兵士たちが疑心暗鬼になるわ。誰かを生贄にするか、何か他の手でも見つけなければ、二十日どころか十日も持たなくなる」

「それは、その通りですねー」

 

 程昱は素直に頷いた。程遠志を早く殺す、という荀彧の判断は、二十日城を持たせるという観点からすれば何一つ間違ってはいない。事実、遅れれば遅れるほど兵士の掌握が難しくなるだろう。

 お互いに、そこで黙り込んだ。話すことはもうない。外から鬨の声がした。張邈軍が仮初の包囲を半ば完成させたらしい。

 

 ―――ここから、戦いが始まる。

 

 荀彧と程昱は、額から汗を流した。恐怖や困惑ではない。

 このどこへ向かうかわからぬ戦場の状況に、極度の集中と緊張から汗が噴き出したのである。

 

 

 

 

 

 

 ――――――鬨の声が、外から漏れた、その時。

 

 程遠志と厳政は不細工な表情で手を挙げていた。鄧茂と張曼成は、手を挙げていない。

 

「ぼくは」厳政が口を歪めて言う。「張宝さまたちを置いて、この城からは出られません」

「俺はよ」程遠志は苦み走った顔で言う。「曹操さまを信じてやりたいってのが本音だな」

「僕は」鄧茂は涙ぐみながら言う。「この城で程遠志が殺されるのだとしたら、耐えられない」

「俺は」張曼成は汗を流して言う。「この四人が生き残るには、逃げだすのが一番いいと思う」

 

 

 綺麗に分かれていた。二対二。多数決が、叶わなかった。

 喧嘩になったわけではない。ただ、この四人それぞれに譲れぬものがあった。誰が間違っているわけでも、正しいわけでもなかった。

 

 どうすりゃいいんだ、と誰かが言った。

 この四人の総意でも、あった。

 

 

 

 

 




最近恋姫の作品で面白いの増えてきてない……?
めっちゃうれしい(*'▽')










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