真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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文章量が多くなりすぎちゃいました<(_ _)>



張邈決戦編 第八話

 

 

 

 夜中である。時刻は子の刻を優に周り、曹操軍の兵士たちもおよそ七割が睡眠をとっていた。夜襲に備える者、話をして恐怖を紛らす者、単に眠れぬだけの者。三割の中にも様々な者がいた。

 そして、その三割の中に荀彧もまた、入っている。

 彼女はこれからの戦場の移り変わりを頭に描き、図に記していた。このままでは、まずい。張曼成や鄧茂が思ったことは、彼女の聡明な頭脳ならば既に導き出せている。その対処策も無数に浮かんでいる。そのうちの一つに、彼女は固執していた―――すなわち、程遠志を殺す、ということに。それが己の身をいずれ危うくし、滅ぼす可能性すら内包していることに彼女は気づいている。それでいい、と思った。それで、曹操様が救われる可能性が一分でも上がるのならば、何を惜しむことがあろうか。

 荀彧は、先の攻防で張邈軍の中の董卓軍の強さを理解した。しかし、理解したのはそれだけではない。この状況の打開策。それに似たものを導き出していた。

 董卓軍は強く、戦意が旺盛に見えるが、その姿には強迫的な色が伺えた。何かに怯えているのか、押さえつけられているのか。どちらにしても、この戦いに主体的に動いているようには見えなかった。その真逆の、受動的で従属的な動きが目に見えた。単に張邈の命令を受けたから、などという様子でもない。

 しかし、主体的でないというのに、董卓軍の攻めは苛烈であった。矛盾が生じている。主体的に動いていないはずの董卓軍が、張邈軍全体の中で、この初戦で最も戦った軍なのである。この矛盾を突くことこそが、曹操は来るまで持ち堪えるために役立つはずだ。すなわち、打開策になる。

 

 ―――この矛盾は、董卓軍の元へこちらの手の者を侵入させることで露見する。

 

 荀彧はそれが難しいことも、時間がかかることもわかっていた。張邈が敷いた、この不完全な包囲と暗夜を利用して、城から何名も使者を派遣したが、果たしてそう簡単に董卓軍へ侵入できるか。本日中には不可能だし、後一日、二日と経ってもまだ難しい。四、五日して張邈軍の警戒が緩んだ頃、ようやく成功するか否か、といった計略だ。今日送った使者が一人も帰ってこないことを、彼女は非情さを持って受け入れていた。その中には普段から仲良くしていたものもいる。戦争だから仕方ないことだ、なんて容易く言える決断ではなかった。

 だからこそ、程遠志を殺してでも、一時的にでも城内の結束を固める必要があった。董卓軍と張邈軍の間に不和を生じさせてこの籠城戦を長丁場の者へするために、その時間を稼ぐための時間が、今は必要なのだ。

 

 そう考え。

 荀彧は、静かな殺意を身に纏い始めた時―――彼女の部屋に慌ただしい音が轟いてきた。兵士の足音である。

 荀彧は眉を顰めてそちらを見る。こんな夜分にそのような足音を立てれば、眠れぬ兵士たちが増える。焦ろうとも表面上は穏やかに動け、と言いたくはなったが、我慢した。そのようなことは兵士だってわかっているはず。それでも焦りを隠せないような出来事が起こったに違いない。

 

「し、失礼します」

「入りなさい。要件は?」

「監視中の程遠志殿が、四人でこちらへ向かっているとの報告が入りました」

「な」荀彧は、一瞬唖然とした。「まさか」

 

 様々な可能性が脳を掠めた。裏切り、私を殺しにきた? いや、それは恐らくないはずだ。敵軍にいる裴元紹という男と、程遠志の中が悪いことは既に把握している。他ならぬ、程遠志自身が言っていた。それを発言したのはまだ張邈がこの城を完全に包囲する前である。すなわち、嘘だとも思えない。

 それに、そもそもそのようなことになれば城内がここまで静謐を保てているはずがない。

 

「どうしましょうか」

「……今、程遠志はどこにいるの」

「先ほど部屋を出たばかりです。まだ、余裕はあるかと」

「起きている兵士をここに呼びなさい―――あと、風は?」

「既に声をかけています。程遠志殿よりも早く、こちらに着くはずです」

「わかったわ。ご苦労」

 

 ならば、問題はない。一つ、荀彧は深呼吸をした。

 城の外をぼんやりと見つめる。風が吹いてきた。何かが変わる、予感がした。

 

 

 

 

 程遠志が無作法に扉を開けると、中には荀彧と程昱、それに武装した兵士たちが二十人ほど立っていた。それを見て、一瞬、厳政は顔を歪める。鄧茂も大丈夫なのか、と不安そうな顔になり、程遠志の前を盾になるように動こうとした。

 それを、自然と程遠志は手で遮る。顔には先ほどまで滝のように流れていたはずの汗は霧散しており、その表情は平時のものと遜色なくなっていた。何も問題はない、といった雰囲気で、「流れ」がまだ来てはいないのに、妙に堂々としていた。その姿こそが、流れを引き寄せると言わんばかりだった。

 

「よう、荀彧」程遠志は、軽く右手を挙げた。「相談があるんだが」

「私はないわよ。それに、話すときは鄧茂を介しなさいって―――」

「悪いが、これは俺の口から言いたいんだ。頼む」

 

 荀彧は、僅かな間確かに殺意の籠った瞳で程遠志を睨みつけた。死が濃厚に感じられる。それでも彼は視線を外さず、怯えた様子を見せなかった。

 やがて、荀彧は頭を軽く振った。譲歩する、ではなく我慢する、といった感じで「好きにしなさい」と吐き捨てた。程遠志は一つ息をつく。この状況が逆に功を奏した。二十人の兵士に囲まれ、四人では明らかに太刀打ちができない状況。だからこそ、荀彧は程遠志に対して微塵も恐怖を抱いておらぬのだろう。

 程遠志自身、この場で荀彧や程昱に危害を加える気はない。だが、そう誤解された時点で、詰む。この相談が破談に終わっても詰む。どうせ明日殺すのならば、今でもいいだろうと思われて、虫のように殺される。現実的なそんな未来が確かに見えた。

 

「時間も勿体ねえからよ、正直に言うぜ―――俺たちを信じてくれ」

「……へえ。誰の入れ知恵よ」

「……どういう意味、とは聞かないんだな」

「時間がもったいない、ってあんたの言葉に乗ってあげたんじゃない」

 

 荀彧はふん、と鼻を鳴らした。

 

「男のくせに、中々頭が回ったじゃない」

「考えたのは俺じゃないさ。張曼成だ」

「へえ。その木偶の坊が」

「木偶の坊じゃない」張曼成が小さく言う。「沈毅と言え」

 

 その訂正はこの緊張した場に似合わず、小さな滑稽さがあった。

 程遠志は苦笑を浮かべたが、目の前にいる荀彧や程昱は笑わない。おや、と程遠志はそこで思った。彼女たちが笑わないことに驚いたのではない。程昱の観察的な視線が、頑なに彼へ飛んできていた。警戒ではなく、観察。何を見極めているんだ?

 

「単刀直入に言うわ。あんたを殺すことが、この城を持たせる策よ」

「他にもあるだろうが」

「でも、この策ほどの効果は見受けられない」

「状況は日々変わっていっている」張曼成が口を挟んだ。「俺たちを殺して、後々でまったく後悔しないとなぜ言い切れる」

「状況が変わったからこそ、私はあんたたちを早く殺すべきだと踏んだのよ。張邈は何故か、董卓軍の残党を使うだけで本気で攻めてはきていない。明らかに何かおかしいし、全軍が動かないのならば想定した二十日以上城で耐え凌ぐことも可能になるかもしれない。そのためには、兵士たちを完全に掌握する必要があるの」

「だから、殺すのかよ。簡単に」

「簡単ではないわ。私は恐らく、この城を保ったとしても何か罰を受けることになるでしょう」

「それなら」

「それでも、私は華琳さまにこの城を守るように命じられたの。私がどうなるにしても―――死ぬにしても、それは絶対に果たさないといけない命令だわ」

 

 荀彧の考えは、張曼成の予想した通りだった。滅私奉公。程遠志は溜息を吐き、黙り込む。

 

「私の言いたいことはわかったかしら」

「……どうしても、その策に固執してるってことは、わかった」

「今の状況は、その選択が最も合理的だと考えているだけよ」

「ふうん」

「逆に聞くけれど―――あんたは、今のままで張邈に勝てるとでも?」

 

 荀彧の瞳は「不可能だ」と言っていた。このままでは連鎖的に兵士たちの士気が下がる。その影響は兵士長にも伝播するだろうし、そこで止まるというわけではない。全体の士気が下がり、城に避難した市民も怯える。それが恐慌のまま反乱を起こす確率もある。単純に力攻めで落とされる確率も十二分に存在する。

 そんな状況を覆せるのか。

 荀彧は、そう程遠志に問いかけて。

 

 

「勝てる」

 

 

 程遠志は緊張することもなく、虚勢を張るわけでもなく、そう言い切った。

 

 ……次に黙ることになったのは、荀彧の方だった。程遠志の底知れぬ自信に思わず言葉を失った。「どうして、よ」と喘ぐように、ようやく喋った。

 

「理屈じゃねえんだ。勘でもねえ。俺には確信がある」

「……どういうことよ」

「馬鹿馬鹿しい、って思うかもしれねえが。俺は流れってのを信じてる。荀彧、お前は感じねえか。空気がひりつくこの感じだ。何かが、変わってるんだ。もうすぐ何かが起こる。起こるはずだ」

 

 荀彧は不意に思い出した。先ほど、城内で風を浴びた時、そのようなことを思ったような。何かが今から変わりそう、なんて。すぐ、彼女は否定する―――馬鹿なことを考えるな! もっともらしいことや、誰しもが思うことを言って煙に巻いているだけだ。この不安定な戦況では、誰しもが超常的で希望的な未来を幻視する。その感情を利用しているに過ぎない。

 程昱は、何かを堪えるかのような表情になっていた。無言のまま、静かに佇む。

 

「滅茶苦茶よ。意味が分からないわ」

「意味がわからなくても、そうなるんだ」

「誰がそれを信じるとでも!」

「荀彧」程遠志は両の目をしっかりと見開いた。「思い出せよ。俺たちが最初に会った時だ。お前は俺が起こした奇跡を、流れを見ただろ」

「あ―――あれは全くの偶然のことで」

「―――偶然で、お前は負けたのかよ」

 

 しまった、と思った。荀彧ではない。程遠志が、言ってからそう思った。

 

 荀彧の眦が震えた。瞳がびくん、と上がり、眉が吊り上がる。腰は屈辱からかぶるぶると震えていた。明らかな怒りの感情の発露である。彼女の怒りの臨界点。それを大幅に超えたことが、誰の目にも理解できた。

 まずい、と思ったのは程遠志だけではない。張曼成も鄧茂も厳政も。すぐさま理解した。元々、荀彧の中で彼らを殺すことは確定していたのだ。だというのに程遠志の話を聞いてくれたのは、彼女が彼の「流れ」をある程度まで認めていたからや、程昱の唱えた慎重論への配慮、それにある種の僥倖もあるし、様々な理由が絡み合っている。それらを統合した糸がぶつりと切れた音がした。踏み込み過ぎたのだ、程遠志は。どうせ殺すのだから、今殺しても同じだ。そんな思考に荀彧がなれば簡単に終わる命だということを、一瞬失念してしまった。

 荀彧は程遠志を見た。最初に持っていた殺意が復活し、さらに純度を強くしていた。そのまま口を開けて、何かを言おうとする。何を言うのか、それが自分にどのような影響を招くのかをすぐさま程遠志は理解して、恐怖した。自分の思った「良い流れ」はまだ来ていなかったのか。そう、疑いそうにもなった。

 

 その、荀彧の言葉は。

 

 

「ちょっと、待ってくださいー」

 

 程昱によって、遮られた。

 荀彧は、程昱を鋭い瞳で見る。それでも程昱は顔色一つ変えない。

 

「風、なに」

「桂花ちゃんの言葉を止めようと思ってー」

「どういうことよ」

「落ち着いてください。程遠志さんには流れが本当にあるのかもしれない、って言ったのは桂花ちゃんですよ。感情的にならないでくださいー」

「う…………」

 

 荀彧は再びそこで黙り込む。それに代わり、程昱が程遠志の方を見つめた。

 どこか、気の抜けた瞳だった。程遠志を見定めるような、観察するような様子はもう既にない。肩の力を抜き、だいぶ楽にした姿勢をとっていた。程遠志は少し、戸惑った。先ほどまでの雰囲気とは明らかにかけ離れている。

 

「程遠志さん」

「な、なんだよ」

「私は、今でも『流れ』というものに懐疑的ですー」

「だったらどうした」

「それでも、あくまで少しだけですが、すべてを否定するのもどうなんだろう、と思うようになりました」

「俺を信じてくれるってことか」

「違いますー」程昱は微笑んだ。「意味もなく否定することはしませんが、肯定もしません。先ほどにも言ったように、私は本心ではまだ程遠志さんの流れに懐疑的です」

 

 じゃあどうするんだよ、と程遠志は犬歯を出して言った。それに対しても程昱は怯まない。

 

「唐突ですがー」程昱はそう前置きして、本当に急なことを言った。「公孫瓚という人間を知っていますか」

「反董卓連合の時に見たけど、それがどうしたんだよ」

「彼女は少し前、劉虞という女性と領土を争っていました。公孫瓚が勝ち、劉虞は結果的に死ぬことになりましたが、このことをご存知ですかー?」

「知らねえよ」

「知っている」張曼成が横から口を挟んだ。「だから、どうした」

「では、捕えられた劉虞と、公孫瓚の問答は?」

「それは知らない」

「公孫瓚―――その軍師の関靖は、劉虞に向けてこう言いましたー。『雲一つない真夏の今日に、雨を降らせてみせよ』と。『そうすれば助ける』と。結果、降らせることはできず、劉虞は死にました。民衆に崇められ、全てを司ると称された彼女も、真夏の晴天に雨を降らせることはできませんでした」

「当たり前だろ。無茶苦茶だ」

「そうでしょうかー」程昱は、少し微笑んだ。「私は、その軍師の気持ちもわかります」

「どこがだよ」

「劉虞は自らを神に選ばれた人間だと考えている節がありました。それを信じるのは、民衆だけに及ばず武将や軍師たちにも及んでいました。それに半信半疑だった関靖は、超常的なものを理解するには、超常的な力を実際に見なければならないと考えたのでしょう。だから、劉虞に奇跡を起こさせようとして、奇跡が起こらなかったから、信じることを止めた―――この関靖と、今の私は同じ気持ちです」

 

 程昱の瞳は、そこでようやく程遠志を真正面から捉えた。

 

「真夏に雨を降らせてみろ、って言うのかよ」

「真夏に雨を降らせてみませんかー?」

「冗談だろ」程遠志は引き攣った笑みを見せた。「大体、今は真夏じゃねえ」

「比喩表現です。つまり、程遠志さんの信じる流れを、今この場で起こしてほしい。信じさせてほしい」

 

 程昱の瞳と、程遠志の瞳がぶつかった。それに合わさるように、荀彧もまた睨みつけるような視線を飛ばしている。ふ、と程遠志は彼女らから視線を離した。勢いに押されたからでも、自信を喪失したからでもない。妙な感情が胸から湧いてきた。彼の頬に、不自然な歪みができる。それは笑みだった。

 程遠志は自分の「流れ」というものを誰よりも信じている。狂人や馬鹿者だと思われることは多々あった。碌な生まれをしていないから、と哀れまれることさえあった。それに対して彼自身が何も思っていなかったわけではない。元々、豪放磊落に見えて繊細緻密な精神をしているのが、程遠志という男である。鄧茂と張曼成。黄巾時代の程遠志は、その二人以外に自分の流れを信じる人間は現れないだろう、とすら思っていた。

 だが結果はどうだろう。曹操軍に入ってから厳政という新たな友が増えた。夏侯惇や夏侯淵に信頼されるようにもなったし、一兵卒からもある程度の信頼を勝ち取ることができていた。そして、今。荀彧や程昱も、懐疑的ではあるものの、信じようとしていた。程遠志の流れを、である。それが処刑のための建前だとしても構わない、とすら思った。

 

「おもしれえな」

 

 程遠志はぼそりと呟くように言った。流れが変わりかけている、と言ったのは彼自身である。程昱の言葉を拒否することはできなかったし、する気もなかった。実際に、何かが起こるはずだ。そういった確信も持てた。

 

「それは、つまりー?」

「見せてやるさ。流れが変わる、ってことを。今日中に」

「それじゃ遅いわ」荀彧は厳しく言う。「朝までよ、待てても」

「それなら、それでもいいさ。間違いなんてねえんだからよ」

 

 程遠志は静かに言った。荀彧は睨み、程昱は冷静に彼の顔を窺った。後ろにいる鄧茂は心配そうにしている。

 それらすべてを受け、それでも堂々と彼は屹立していた。

 

 

 

 

 

 ―――そして、時刻は大きく経過していく。

 子の刻から卯の刻へ。少しずつ太陽が昇り始めている。程遠志の言う流れは、まだ起きない。

 

「程遠志、大丈夫なの」

「鄧茂」程遠志はそれでも、体勢をぴくりとも変えなかった。「間違いなんてねえよ、俺には」

「流れの変わる感じが、僕にはまだしないんだけど。このままじゃ、まずいんじゃ」

「このまま終わり、なんてことにはならねえ。どーんと黙って構えてな」

 

 そんな程遠志とは裏腹に、鄧茂は心底恐怖していた。自身だけではない。このままでは程遠志が殺されてしまう。そんなこと許すわけにはいかない。静かに、彼は胸元に忍ばせた匕首を身に寄せた。荀彧さえ、彼女さえ人質に取れれば、まだ可能性がある。

 いつもの流れが変わる感じがしなかった。黄巾の時も、反董卓連合の時もわかったのに。何かが変だ、と叫びたかった。

 程遠志はそんな鄧茂を見て、軽く笑った。彼には無限の自信があった。それによって流れとは切り開かれるのだという確信も持っていた。

 

 ―――そして。

 荀彧が軽く欠伸をし、「そろそろ時間ね」なんて口を開こうとした、その時だった。

 

 

「――――――来た」

 

 

 外から僅かにした異音。それにいち早く気がついたのは程遠志だった。

 張邈軍はまだ動いていない。十分に休憩を取らせ、十全の力を持って攻める気なのだろう。それ故、城へ向かう人間は誰もしないはずである。だというのに、馬の駆ける音がする。遅れて「敵襲!」という声が城中に響いた。目の下に大きな隈を作っていた荀彧も、人形を頭の上に載せて立ちながら寝ていた程昱も、すぐさま真剣な顔になる。目は、下の城外を見た。

 一人の女が、馬に乗って駆けてきている。その女の正体が誰かわかる者はこの時点ではまだいなかった。胸にさらしを巻き、鋭い目を城へ向け、愉快そうに笑っている女だった。荀彧はその女を目を細めてみた後、程遠志に向き直った。程昱も同じことをした。これが程遠志の言う「流れ」なのか、と問いかけるようだった。静かに程遠志は頷いた。

 

「あれ―――まさか」一番最初に気がついたのは、目の良い鄧茂だった。「張遼?」

「張遼って、董卓軍の?」

「うん。宴会の時に、曹操さまが話していた人間の特徴に、似てる。瓜二つだ」

「だとしても、その張遼が、どうして」

「降伏しに来たんだろ」程遠志は訳知り顔で言った。「この状況を覆すにはそれしかあり得ねえ」

 

 それとほぼ同時に、その女が叫んだ。「張文遠や! 降伏する!!」

 奇しくも、それは程遠志の言葉と同じだった。

 

 

 

 

 








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