真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾党編 第四話

 

 

 

 

 

「程遠志、これまずくない」

「まずくねえよ。夏侯淵が俺の名前を覚えてようが、覚えてなかろうが、問題なんてねえ。黄巾の情報を持ったまま降伏するのに、文句なんてつけられてたまるか」

「まあ、それはそうだけど……」

「曹操は知りたがってるはずだ。黄巾の情報を、間違いなく。夏侯淵ってのは曹操の部下なんだから、それを無下にはできないんだ。そうだろ?」

「そうかもしれない」

「そうだ。間違いねえ」

 

  程遠志は意固地になっている。これはまずいな、と鄧茂は苦笑した。こんな具合の彼が何かを成功させたことなどない。博打でも、女関係でも。拗れに拗れ、最終的に追い込まれ、そこでようやく動き出し、程遠志らしい突飛な行動でなんとか丸め込む。よくある展開だ。

  夏侯淵の時と同じだ。意識をしすぎて怪しまれ、追い込まれて、告白した。最終的に意味のわからない行動に出ることで、お茶を濁すのが彼の行動原理になっている。不思議なことにその突飛な行動は英雄的なものを帯びることがあり、今まではなんとかうまく丸め込めているが、果たして今回はどうなるだろうか。

 

「程遠志、もう村に着くぞ。どうする」

「どうするも何も、変わっちゃいねえよ。一回どうするかを決めたら、それに身を任せることが俺の人生哲学だ。降伏することは、変えねえ」

「分かった。腹を括る」

「そうしろ。俺もとっくに覚悟を決めた」

 

  程遠志は自分に言い聞かせた。問題なんて、何もない。何もあるはずがないのだ。

  しかし、言い聞かせれば言い聞かせるほど、何かが間違っているのではないか、という疑念に襲われる。もう後戻りはできないのだ。そう自分を一喝する。

 

「あれ」

 

  唐突に、間の抜けた声がした。あまりにも大きな声だったので、少し程遠志は驚き、その声の主であろう鄧茂へ向けて注意を飛ばそうとした。

  しかし、それは半分正解で、半分不正解だった。声の主は、確かに鄧茂だったが、鄧茂だけではなかった。一般兵も、鄧茂の隣の張曼成も、また、短い嘆息にも似た声を発していたのである。

  何事か、と前を見て、程遠志も声を発した。それは鄧茂たちの溜息じみた声ではなく、絶叫と呼ぶべきものだった。村の中から、大勢の人が出てきている。民ではない。武装している。兵士たちだ。

  それはつまり。

 

「曹操軍?」

 

  嘘だろ、とどこからともなく情けない声が程遠志の耳に入ってきたのと同時に、矢が飛んできた。

  程遠志は確かに見た。村から出てきた武装した兵士たちの、一番前にいる女。凛々しく弓を構えて、放った女。数日前に見た、恐怖の対象になり得る女。夏侯淵だ。夏侯淵だ!

  矢は程遠志たちの方角へ飛んできた。兵士の悲鳴と、矢が土に突き刺さる音が、木霊した。

  黄巾党の兵士が、皆、混乱した。状況の把握ができず、指揮系統が混乱した。その間にも弓は絶え間なく飛んでくる。二射、三射、四射。相当の距離を苦ともせず飛んでくる弓は、風の抵抗と減速から兵士たちを傷つけることはなかったが、黄巾党の軍の各所に、降ってきた。

 

  どういうことだ、と程遠志は呆然となった。一瞬にも満たない間に、脳内を単語が駆け巡る。「罠」「夏侯淵」「曹操」「厳政」「何故ここに」「裴元紹」「裏切り」それらは最終的に全て繫がり合い、「これはまずい」という誰しもが思いつくような感想になった。

  慌てて、辺りを見渡す。弓矢が近くに落ちていた。夏侯淵が今さっき射掛けてきたものだ。はっとする。その鏃に、なにかが刺さっていた。

  小走りで弓矢の元へ向かい、土から一気に抜いた。刺さっているのは手紙だった。矢文だ。くしゃくしゃになったそれを、無造作に開く。

  程遠志はそこに光明があるのではないか、と期待していた。敵が夏侯淵だと少し前に知らされて、街に来てみたら待ち伏せをされ、いきなり弓を射掛けられた。そろそろ、報われてもいい頃ではないか、なんて、理屈ではない期待をしてしまう。

 

「程遠志」気がつけば隣には鄧茂がいた。「なんて書いてある?」

「……読んでみるか?」

「口で言ってよ」

 

  程遠志は笑い出しそうになった。愉快だからではない。捨て鉢になる気持ちが、むくむくと胸から湧いてくる。

 

「降伏は認めない、だってよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

  流れ、というものは、どのような事柄にも存在する現象だ、と程遠志は思っている。博打においても、戦争においても、一騎打ちにおいても。運、と言い換えれるような、言い換えれないような。そのようなものは、必ず存在しているのだ。

  だから、今の状況はその流れというものが非常に悪いに違いない、と理解した。捨て鉢になりそうだったが、ぐっ、と我慢する。

  これからどうする、と自らに問いた。夏侯淵に降伏することはできない。あたかも脳内を覗き込んだような矢文のせいで。ならば別の手を打つしかない。別の手なんて、そうあるものではない。数ある選択肢の中から、どれか一つを選ばなければならない。

 

 

  夏侯淵と戦うか、一目散に逃げるか。

  ぱっと思いつく選択肢はこの二つだ。

 

 

  前者はあり得ない。黄巾党はこの戦いに負ける。それは決定事項だと言ってもいい。曹操軍の兵数は把握できていないが、武装から練度まで黄巾とは比べ物にならない。勝つ術がない。ただ、戦場に屍を晒すだけだ。

  ならば、逃げるか。鄧茂はついて来てくれるはずだ、と程遠志は思う。張曼成もついて来てくれるかもしれない。だが、逃げてどうする。その先は?

  逃げた末に辿り着いた場所が、黄巾党だ。そこから逃げて、野盗にでも身をやつして、それからは?  真っ当な未来などないはずだ。

  この二つでは駄目だ、と切り捨てる。他の選択肢が必要だ。絞り出すように脳を捻る。普段使わない細胞の一つ一つが活発に動き回り、頭が掻き回される。その濁流に、程遠志は自ら飛び込んだ。

 

 

  数秒、あるいは数十秒かもしれない。なんにせよ、夏侯淵が弓を放ち、黄巾の軍が悲鳴を上げ、その余韻がまだ覚め切らぬ間である。程遠志は蹲るような姿勢で黙りこくっていた。

  立ちあがる。頭の中の靄は晴れていた。どうすればいいか、はわからない。どうするべきか、もわからない。こうしよう、と程遠志は正しいか正しくないかわからない案を決めた。決めたら迷わない。そういう男である。

 

 

「程遠志、どうするか決めたんだね」

「わかるか、鄧茂」

「何年の付き合いだと思ってんのさ」

「俺がなにするか聞いたら、お前は仰天するかもしれねえぞ」

「するよ。程遠志がすることは、いつも突飛で馬鹿らしいことだ。今回も、そうなんだろ?」

「失礼なやつだな―――まあ、間違っちゃいないけど」

 

 

  そう言って、程遠志は大笑した。その左腕はぶるぶると震えている。武者震いではない。緊張を隠しきれないのだ。

  張曼成は、黙って程遠志を見ている。その瞳は心配そうで、不安そうだった。

 

 

「何をするんだ」

「俺にできるのは、流れに身を任せることだけだ」

「お前の人生哲学か」

「そうさ。俺は当初の目的を変えねえ。曹操に降伏する」

「矢文を見たんだろ?」

「あんなものは、知らねえ。どうにでもなる」

「無抵抗で降伏して、縛られて、曹操の元に運ばれて、首を切られる未来しか見えない」

「そんな未来にはならねえから安心しろよ」

「どうして言い切れる」

「抵抗はするからだ」

 

 

  は?  と張曼成は目を丸くした。

 

 

「曹操の性格を聞いたことあるか?  有能な人間は、身分を問わず雇っているらしい」

「それがどうした」

「俺たちが有能だと曹操に知らしめてやれば、降伏も受け入れられると思わないか?」

「何を言っているんだ?」

「夏侯淵に一泡吹かせてやれば、証明できるってことだよ」

 

 

  何を、と張曼成は少し後退った。

  鄧茂も顔を強張らせている。

  程遠志は顔色を変えなかった。

 

 

「黄巾党では、曹操軍に勝てないんじゃなかったのか」

「黄巾では無理だ。兵の練度が違う」

「なら―――」

「俺たちだけで、の話だ。黄巾の話じゃない。俺たち二百人で、夏侯淵と戦う。そしてその後に、降伏する」

 

 

  張曼成と鄧茂の身体が硬直するのが、鎧の上からでもわかった。

 








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