真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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めっちゃ難産でした(;'∀') お待たせして申し訳ありません<(_ _)>
皆さまからの感想、本っっ当に励みになってます!!!!!



張邈決戦編 第十二話

 

 

 流れを引き寄せる、ということを、今の状況から引き起こすのがどれだけ難しいか。程遠志にはよくわかっている。

 流れとは一度傾けば傾き続けるものである。彼の人生哲学が「流れに流されること」というように、悪い流れをそう容易く自発的にいい流れにはできない。

 孫策は言った。程遠志が流れを完全に掌握したのならば、恐らく誰もが敵わないだろう。それを行おうとしていた。誰もが敵わぬほどの高みに上らねば、この状況を覆すことはできない。程遠志はそう考え、この戦場の流れを完全に掌握しようとした。

 董卓軍は動きを止め、張邈軍全体がまだ士気の低下が続いていることから、満足な攻勢に出られていない。荀彧と程昱が攪乱して時間を稼いでいる。新しく加入した張遼は董卓軍と戦うことは本意じゃないだろうが、それでも戦っている。程遠志が動けぬから、鄧茂と張曼成はいつも以上の力を放って奮起している。厳政が何をしているのか程遠志にはわからなかったが、彼がこの城のために動いているのだということは、理解できた。そのために自分は何ができるのか。何をしなければならないのか。それもまた、理解しているつもりだった。「流れを操ること」こそが自分にできる唯一無二の才能なのだ。

 

 

 

 流れを自発的に引き寄せた、ということは程遠志にはまだあまりない経験である。

 黄巾の砦に侵入したときは偶発的に転んだことからだった。董卓軍と戦った時だって、夏侯惇を守ろうとしたのは本能的で、反射的なものだった。かつて黄巾に属していた際の夏侯淵、荀彧との戦いは、自発的と言えば自発的ではあったが、今回の戦況とはかけ離れている。あの時は「逃げる」という選択肢もあったが、もう今その選択肢は存在しないと言ってもいい。そもそも、今の状況に「流れ」が変わるような前兆は見当たらなかった。

 全くの無の状態から、流れを作り出さねばならない。

 程遠志の人生の中で、最も苦境に立たされていると言ってもよかった。この苦戦を引き起こした相手に裴元紹が混ざっているということは何とも皮肉なことだ、と程遠志は思う。黄巾の砦で殺しておくんだった。厳政や張角三姉妹に遠慮をするべきではなかったのだ。

 

「………………」

 

 後悔しても仕方がない。

 程遠志は息を吸い込み、瞳を閉じた。思考を活発化させ、どんどん奥深くまで潜っていく。外では刀と刀がぶつかる衝突音、味方から漏れ出る悲鳴が響いているが、それはいつの間にか彼の耳に入らなくなった。無音の世界が、程遠志の周りで構成されたのである。

 ―――いつにもなく集中できている。気負っているのだ。体中の穴という穴から汗が噴き出している自覚があった。荀彧や程昱。一流の軍師である彼女らが選んだ策は「遅延」だった。それも、曹操が間に合わぬでしかできない期間である。そして、その期間を程遠志に託した。

 信頼されたのだ。それを考えると、気負いや緊張をしないはずがなかった。元々、このような場に自分は力不足もいいところだ。程遠志は心底そう思っている。そのような人間に、この城の未来を頼むという選択を軍師たちはした。それが正しいか間違っているか程遠志にはわからない。信じられている。自分の流れが、この瞬間において言えば信用されているのだ、ということだけ理解できた。

 

 

 役に立たねばならない。

 程遠志はそう思い、いつも以上に集中した。痛む頭を無理に動かし、身体を痙攣させた。その姿は傍目から見れば物笑いの種になるようなものだったかもしれない。そうだとしても、外見などどうでもいいと言わんばかりで彼はこの状況を変えるために粉骨砕身した。

 

 粉骨砕身した、が。

 

 ――――――その努力を嘲笑うように、未だ流れが変わる気配はない。

 

 

 

 

 

 程遠志は焦燥感を持った。明らかに流れが掌握できていない。何かが変わるような感覚すら掴めない。

 自分が空回りしているわけではない、と思った。状況が悪すぎるのだ。自分の能力を超えている。程遠志は何か言い訳をするようにそう思い、すぐさま自分を殴りつけたくなる衝動に駆られた。満足に身体を動かすことができれば迷わず行動に移していただろう。

 

「馬鹿が」程遠志は、代わりに吐き捨てた。「俺が弱音を零したら、一番駄目だろうがよ」

 

 言葉はそこで打ち切り、再び目を瞑る。

 外の音が耳に戻ってきた。戦闘音や、悲鳴。様々な環境音が耳朶を打つ。先ほどまでは聞こえなかったはずの音や声である。集中が途切れてきている。焦燥は強まり、汗はさらに強く流れる。それでも、それら全部を無視して程遠志は痛む脳を強引に動かし続けた。

 俺が。俺がこの状況を変えなければならない。託されたのだから。その使命があるのだから。

 

 ……程遠志がそこまで思い込んで、自分を追い込んでも状況は変わらない。

 先ほどまでの集中していた無音の世界にすら辿りつけない。集中力が途切れている。

 あとどれだけ荀彧の策は戦況を保てるのだろうか。董卓軍の遅延が限界に達し、張邈軍が今まで通りの士気を取り戻せばすべてが崩れる。その時が二日後なのか。半日後なのか。半刻後なのか。それよりも短いのか。誰にもわからない。

 

 この世に、何もかもを掌握できる都合のいい「流れ」が存在するのか。曹操は一考はするに違いないが、やがて否定するだろう。劉備だってそう容易くは受け入れられないだろう。孫策は肯定するかもしれないが、全てを受け入れるわけではないだろう。或いは、この鄄城を囲む張邈からすれば、詰まらない群集心理だと断ずるに違いない。城の中に籠る荀彧や程昱は、程遠志が盲目的に信じる「流れ」というものに中てられ、存在しないものを幻視しているに過ぎないのだ、と。

 誰だってそうだ。殆どの諸侯が、武将たちが、軍師たちがそう思うことかもしれない。

「流れ」や「運」は、この詰み切った状況を覆せるはずもない。誰もが、そう思うに違いない。

 

 だが、それでも。

 程遠志は愚直に、諦めることなく流れを引き寄せようと励み続けた。

 

 

 そして。

 そこで。

 

 

 程遠志は、世界が再び無音に包まれた、ように思えた。

 しかし、それは間違っている。

 例えるならば、大きな光を目に浴びた際、僅かな間視界が完全に眩まされたと感じるのに似ている。無音に包まれたのではない。あまりの大音量に耳が麻痺し、一瞬ではあるもののすべての音が掻き消されたのである。耳を潰すか、と疑わしいほどの声がしたのである。遅ればせながら、程遠志はそのことに気づく。あまりの轟音に顔を顰め、なんだよと文句を言いたげな顔になる。

 迫力のある音で、何かに挑戦していくような感じだった。そこに至ってようやく、この轟音が歌であることに程遠志は気がついた。可愛らしい歌声に勝気な旋律。信じられないほど大きな音量。それらすべてが非調和的でアンバランスだったが、不思議とそれが持ち味なようにも思えた。

 程遠志はそのように考え、ハッとする。意識を奪われていた。それどころではないというのに。音源の方を彼は睨みつけるようにして見て―――そこでまた固まった。

 

「……張角、三姉妹?」

 

 城の中。一部の傷兵や、農民を保護する場所。そこの一角から、三人の少女が姿を見せていた。

 歌っているところを見るのは初めてだった。程遠志も、鄧茂も。彼女たちが旅芸人をしていたということは知識として知っていたが、それ以外のことは何も知らない。

 

「綺麗じゃないですか?」

 

 ふと隣を見ると、厳政がいた。

 程遠志は「そうだな」と思わず口から零れ落ちた。偽らざる本音だった。慌ててそれを打ち消すように首を振る。

 

「お前、今までどこに」

「大変だったんです」厳政は泣き出しそうな顔をした。「張宝さまたちに助力を頼もうとしたら、民兵たちが反乱を起こそうとしてて。張宝さまが人質に取られてそれを何とか奪い返して。どうにかして懐柔して、説得して。今までで一番自分の不運を恨みました」

「お、おう」

「でも―――どうにかしてここまでこぎつけました」

 

 厳政は泣き出しそうであったが、誇らしげでもあった。

 張角たちが歌い、踊るのは城の中でも最も安全な、傷兵を寝かせる場所である。それでも、今、戦場に立っていることに違いはない。程遠志は思い出した。黄巾の砦に潜入した折、自分が裴元紹の一味を一人斬った時である。三姉妹は噴き出す血や崩れ落ちる兵士に怯えるばかりで何もできなかった。そのような彼女らが戦場の一端に立つ、というのは、非常に為しがたい決断だったことだろう。また、それを懇願する厳政も、彼女たちとの交渉に難儀したはずなのだ。

 その結果が、ここにある。

 

「でも」程遠志は顔を引き攣らせる。「なんで、歌を」

「言ったじゃないですか。ぼくの演説じゃこの状況は変えられないって」

「言ったかもな」

「ああ言った後、ぼく以外の人間なら変えられるかもって思ったんです」

「それが」

「それが、張宝さまです」

 

 厳政は胸を張った。彼が平時からここまで堂々としているのは、初めてかもしれない。

 

「どういうことだよ」

「だから、張宝さまならこの状況を覆すきっかけになると」

「歌を、歌ってるだけじゃねえのか」

「程遠志さん」厳政は真面目な顔になった。「あまり抱え込みすぎないでください」

 

 はあ? と程遠志は言葉を返そうとしたが、声が出なかった。厳政の表情が今までにないほど真面目だったし、彼の言っていることが胸にスッと入ってきた。

 気負っている。そんな自覚があった。しかし、それは責任感とも言い換えられるもののはずだ。そのまま程遠志は厳政へ言葉を吐いたが、彼は小さく首を横に振った。

 

「周りを、見てください」

「周り?」

 

 程遠志はゆっくりと、しかし精一杯身体を動かした。

 歌を歌う張角三姉妹の近くでは、民兵たちが必死ながら、どこか楽しそうに付き従っていた。傷兵たちも、同じように笑顔を浮かべている。

 

「楽しそうにしてるな。でも、それだけだろ?」

「ぼくに対して、半狂乱で挑んできた民兵たちや、完全に戦意を失っていた傷兵たちが、楽しそうに笑っているんです。それは、それだけのことですか?」

「――――――」

 

 程遠志は黙り込んだ。不意に、耳に怒号が飛び込んできた。思わず耳を抑える。

 

「民兵たちが、戦意を盛り返してるんです。他の―――外で戦う兵士たちも、変わるはずです」

「あの民兵や、傷兵みたいに上手くいくのか」

「歌が、この状況を変えるんです」

「歌がこの状況を覆すってのかよ」

「そこまでは無理かもしれません」

 

 厳政はたはは、と笑った。それでも、と続ける。

 

「何かは変わったし、覆すきっかけにはなると思うんです。士気が完全に元に戻るわけでも、軍が蘇ったわけでもない。それでも、向かい風を変える程度のことは、できたはずです」

「………………」

 

 先ほどまで、程遠志は何も聞いていなかった。だから気がつかなかったのだろう。

 味方が外で戦っている声がした。最初は悲鳴だったそれが、いつしか怒号に変わっていた。逃亡する兵士が減っている。そんな妙な確信が持てた。

 それでも、この歌がもたらす効果は、今のままでは一時的なものだ。いずれは冷めてしまう。だから厳政は「この状況を変える」と言ったものの、「この状況を覆す」とは言わなかったのだろう。それをするのは自分ではない。役割分担だ。荀彧と程昱が頭を使い、張遼が矛を振るい、鄧茂や張曼成が奮起するのと同様に、彼は自分のしなければならないことをしっかりとこなした。 

 

「程遠志さん。流れを掌握する、っていうのは難しいことだと思います」

「そうだな」

「正直、一人だけでは無理難題なことかもしれません」

「そうかもしれない。それでも」

「それだからこそ、ぼくたちも流れの一部だと思ってください。程遠志さんの役割の中に、ぼくたちも含まれてるんだと。そう思ってくれたら、覆ります」

「言い切るじゃねえか」そこで、程遠志は初めて笑った。「どうしてそう思う」

「ぼくの不運を覆したのも、程遠志さんじゃないですか。だからわかるんです」

 

 理屈になってねえな、なんて言って程遠志はまた笑った。だからいいとも思った。そもそも、流れなんて理屈の対義語みたいなものだ。そんな自分が理屈と常識を軸に考えることこそが間違っている。そう、破顔しながら考えた。

 

 そこから言葉はなくなった。厳政は程遠志から目を切り、張角三姉妹の方を見つめた。程遠志は静かに目を瞑り、先ほどの続きともいえる姿勢になった。

 無音の世界は訪れない。それでいい。先ほどの逆のような状況だった。怒号を飛ばす男。鬨の声を上げて味方を鼓舞する女。何もかもが聞こえてくる。そのような幻覚に囚われた。それは、いつの間にか懐かしい声になった。

 

 

『程遠志はまだなの!』と荀彧が言っている。

 

『どうでしょうー?』と素知らぬ顔で程昱が言っている。

 

『あいつならば』と張曼成が意味ありげに微笑む。

 

『大丈夫―――大丈夫だよね?』と鄧茂は心配そうに、それでも信頼を瞳に浮かべて戦っている。

 

 

 幻覚だとしても、現実でもこのような状況になっているに違いない。

 程遠志は目を開けた。もう閉じる必要はないと素直に思えた。

 

 

 

 いつの間にか、前兆は訪れていた。流れが変わるきっかけ。蝋燭の炎の揺らめきほどの小ささだったが、確かに存在していた。程遠志に見えていないだけだった。

 あとはこれを掌握するだけだ。前のように張遼が降伏したからと油断してはいけない。完全に、掌握する。厳政が言ったように容易いことではない。しかし、それでも、まったく不可能なことにも思えなかった。先ほどまでの気負いも消え、責任感は残ったものの嫌な感じはしなかった。

 

「俺ならば、できる」

 

 程遠志は、そう呟くように言った。

 

 

 

 

 ――――――流れや運が、この詰み切った状況を覆せるはずもない。

 誰もがそう思うに違いない。

 偶然だとか、奇跡だとか。そのようなものがこの状況に降り立ってくることはない。何かを祈るだけで、拝むだけで世の中の物事がそう容易くは変化しない。不可能なものは不可能なのだ、と超常現象を信じる人間にはいずれ気づく時が来る。

 

 

 しかし。

 それでも。

 

 

 軍師たちが策を練り、武官たちが戦い、旅芸人が鼓舞した。

 祈るだけでも拝むだけでもなかった。誰もが全力を、人事を尽くしていた。

 偶然が何かを変えるわけではない。奇跡が舞い降りてくるわけではない。やるべきことはやり終えていた。

 

 

 すなわち。

 

「きた」

 

 

 すなわち、この瞬間が来ることは、偶然などではなく。

 必然、と呼ぶべきものである。

 

 

「―――完全に、掌握した」

 

 程遠志は叫ぶように、そう断言した。

 

 

 

 








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