真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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第5章 官渡会戦編
官渡会戦編 第一話


 

 

 

 袁紹の動きは神速と呼ぶに相応しかった。

 公孫瓚が長く持たない、という予想を持つ者は多くいた。曹操や荀彧も理解していたし、張曼成だって早々と気がついていた。よって、公孫瓚を倒すまでの速度が速かったのではない。その後、である。

 公孫瓚を倒し、袁紹はそこで小休止を取らなかった。曹操に書状を送り付け、そのままの強行軍で軍を動かした。それが兵士の疲弊を招くことは袁紹自身理解していたし、将軍たちもわかっている。兵士たちからの反発を招くのではないか、との声もあったが、袁紹はその声を自らの実力で蹴散らした。大々的な演説と、具体的で実利的な褒賞を兵士に示し、士気を落とすことなく強行軍を理解させたのである。

 

 大多数の兵士が理解したのならば、この強行軍に失敗はない。

 結果、袁紹軍は公孫瓚を倒した翌々日に―――曹操軍に対して攻撃を仕掛けた。

 

 この神速とも思われる強行軍に対して、まったくの反対がなかったわけではない。軍師である田豊は難色を示し、沮授は明確に反対した。それらを説き伏せたのも、袁紹である。

 押し通したのではなく、説き伏せた。田豊や沮授の献策をすべて取り入れたわけではないが、ある程度までは受け入れる姿勢を見せた。田豊や沮授は袁紹が闇雲な会戦を望んでいるのではない、とそこで理解した。袁紹は何事にも本気で取り組むようになっており、また、この短期間で確かな成長をしていたのである。

 そして、この強行軍に対して、曹操軍は序盤明確な抵抗ができなかった。書状を送り付けると同時に攻め込み、不意を突かれたということもあるが、他にも要因はある。袁紹軍の侵攻は、公孫瓚の滅亡から二日後のことで、曹操軍からしてみれば張邈との戦いが終わった五日後のことである。

 

 曹操軍もまた、袁紹軍と同様に、休めてはいない。

 それを袁紹が狙っていたかどうかは、定かでない。

 

 確かなことは一つだけである。

 曹操軍は黄河南岸の白馬という地を放棄し、敗走した。曹操はすぐさま兵士をまとめ、追尾してくる袁紹軍に追いつかれる前に、軍備を整え直した。

 袁紹軍は多くの軍勢を吸収し、本拠に守兵を置きながらも、総勢十五万の大軍。

 曹操軍は張邈軍をあまり吸収することはできず、全ての兵士を連れて総勢四万。

 

 その両軍は官渡にて、対峙した。

 

 

 ―――そして、その最中、各地の情勢はめまぐるしく変化していた。

 陶謙の死んだ後、徐州は劉備の手に移った。しかしながら、劉備は何かに導かれるように西進し、徐州を捨てて益州へ向かっていく。孔明、龐統の献策から、との声もあるが、定かではない。

 そして、その劉備と早くから同盟を結んでいたのが、孫策である。彼女の軍勢は少しずつ肥大化していき、確かに牙を研ぎ始めていた。その牙が向く袁術は、未だその事実に気が付けていない。

 各地の遊牧民族の動きも、活発化しつつあった。五胡、と呼ばれる非漢人の集団は力を増し、各地の勢力は融和策を取ることが多くなった。融和ではなく、正面から打ち破ることができる勢力は、この時点では袁紹以外に存在しなかった。

 

 

 

 

 

「官渡、ね」程遠志は、笑いながら言った。「初めて来たよ、俺」

 

 曹操軍全体が疲弊している中でも、彼は特段気負った様子を見せていなかった。鄄城における戦の間も、つかの間の休息の間もほとんど休めなかったというのに、である。隣にいる鄧茂、張曼成は表情を少しだけ強張らせながらも、程遠志同様に張邈との戦の折ほど緊張はしていない。

 

「袁紹が、ここまで早く来るとは思わなかった」

「それに十五万だってか。驚きだよな」

「それにしては、随分と油断しているじゃないか、程遠志」

「いや」程遠志は小さく笑った。「油断じゃねえよ。曹操さまがいて、夏侯淵の奴も、夏侯惇もいる。軍師だってすべて揃ってる。万全を期してるだろ」

「万全だからって、勝てるわけじゃない」

「それによ、袁紹って奴には、俺は近くで会ってんだよな」

 

 へえ、と張曼成は相槌を打った。程遠志はふと、その時のことを思い返す。

 反董卓連合の折である。先陣の援兵として命じられて、そこで袁紹の顔と振る舞いを見ていた。露骨なほどまでの自負と、油断。これほどの大軍を指揮すれば、彼女はまた油断し、慢心するだろう。それがこの官渡における決戦にどれほどの影響を招くかまでは不明だが―――曹操軍全体として見れば有利になるはずだ。

 圧倒的不利な状況で、張邈に攻められ、井戸に毒を入れられた時よりかは、まだ状況は悪くない。

 

「袁紹って」鄧茂は首を傾げる。「どんな感じの人だったの?」

「美人だったよ」

「程遠志」

「冗談だよ、冗談。本当のことを言うとよ、あんな大軍を率いたら油断しそうだな人だなって思ったんだよ」

「ふうん、でも」鄧茂は流し目で程遠志を見る。「程遠志が言うなら、逆のことが起きそうだ」

「お前ってよ」程遠志は顔を引き攣らせた。「本当に怖えこと言うよな!」

「でも、事実でしょ。で、今の『流れ』はいいの?」

「わかんねえけど、悪くねえんじゃねえかな」

 

「それによ」と程遠志は続ける。「鄄城で、流れを引き寄せるコツみてえなのを俺は掴んだ気がするんだよな。最悪流れが来なくても、俺の手で引き戻せる気がする」

 その変な自信も怖いんだよね、と鄧茂は少しだけ舌を出すと、程遠志も少し身体を震わせた。

 

 

 

 

 

 曹操が軍議に割いた時間は非常に少なかった。

 行軍中に彼女は軍師と策を練り、既に勝つための策を導き出していた。その意思を統一し、全ての将軍に策を教える程度の時間で十分だったのである。軍議が紛糾するなどということは、まったくなかった。

「奇襲と、内通」と、曹操は短く言った。「緒戦は相手の出方を見る」とも言い、慎重な姿勢を見せつつも「短期決戦で決めるしかない」と続けた。一見矛盾しているような言葉で、程遠志は少し首を捻ったが、近くにいた荀彧が見下すような視線で「ここまで速く動く袁紹を一旦警戒してるのよ」と付け加えたので、一応の納得はした。

 ここまでの袁紹の動きは速かった。程遠志は再度、前に会った時のことを思い出す。あのように余裕を見せ、常に優雅な様子を崩さなかった彼女が強行軍を仕掛けている。確かに変で、警戒はするべきかもしれない。

 ならば、本当に鄧茂の言ったように、逆のことが起きるのだろうか。やめてくれよな、と程遠志は微妙な顔になる。本当になりかねない。

 

「袁紹はよ、どう動くのかな」

 

 軍議が終わり、独り言のように程遠志は言った。「さあ、どうでしょうねー」と、それに言葉が返ってきたので、程遠志は目を見開いてそちらを見た。

 

「あれ」そこには、程昱がいた。「今、風に話しかけたんじゃなかったんですかー」

「おう。独り言のつもりだったよ」

『うっかり勘違いしちまったよ、すまねえな兄ちゃん』

 

 程昱の頭に乗っている人形が喋った、気がした。いやいや、と程遠志は首を振る。

 視線をそのまま下にずらし、程昱の能天気そうな顔を見た。

 

「……なに、腹話術?」

「宝譿です」程昱は無表情のまま言う。『宝譿だぜ』と頭の上の人形が揺れた。

「初めて聞いたよ。頭においてるのそういう意図があったのか」

「そうですね、宝譿も初めて自己紹介したと思いますしー」

「自己紹介……?」

 

 腹話術じゃないか、と程遠志はもう一度言うも、程昱は意にも返さない。「だからなんだ」と開き直ることも「そうじゃない」と否定することもせず、ぼんやりと彼を見返した。

 

「とにかく」程遠志は話を変えた。「袁紹がどう動くのかはまだ皆目見当がつかねえわけか」

「皆目、ではないですが、ほとんどわかりませんねー」

「なんだ、少しはわかるのかよ」

「彼女の性格を加味すれば長期的な戦を望むとは思えませんし、ここまでの進軍の速さを考えると、いきなり襲い掛かってきてもおかしくはありません。短期戦になる、と思いますねー」

「お誂え向きじゃねえか。曹操様も短期戦を望んでたしな」程遠志はそこまで言い、「あれ」と首を傾げた。「でもなんで、短期戦なんて望むんだ。こちらの方が兵力が圧倒的に少ないんだから、そこまで焦ったらまずいんじゃねえの」

「兵糧が足りないんです」

 

 程昱はそう言ってから、顔色を曇らせた。「むぅ」と言葉を漏らし、辺りを二、三度見る。誰もいないことを確認して、「失言でした」と彼女は少しだけバツの悪そうな表情になった。「程遠志さんになら言ってもいいんですけど、他の人に発覚すると、まずいので」

 辺りに誰もいないことなんて間違いないだろ、と程遠志は言いたくなったが、それよりも発言の内容が気にかかった。

 

「どういうことだよ」

「ついさっきまで、本隊は徐州へ出陣していたので、備蓄の兵糧の集まりがよくないんですー」

「枯渇してるのか」

「そこまでではないですけど、長期戦は望めません」

「短期決戦しか、選べない」

「そうです。ですが、袁紹軍が愚直に攻めてくるだけならば、勝機はあります」

「その策をもう考えてある、ってわけか」

「ええ」程昱は自信ありげに彼を見る。「ですので、他の方には内密にしてください。袁紹軍の偵察兵が格段に多いことは、反董卓連合の際に確認できていますので」

 

 ふうん、と程遠志は唸り、適当に頷いた。その情報を伝えようにも、伝える相手なんて殆どいない。

 鄧茂や張曼成、厳政の顔も浮かんだが、彼らがその情報を聞いても碌な反応をしなそうだった。鄧茂はまた心配そうな顔になり、張曼成はよくわからない国のよくわからない名言を引き出し、厳政に至っては「不幸だ」と嘆くに違いない。言う必要もねえな、と程遠志は確信する。

 

「まあよ、黙っとくよ。でもなんで、俺には言ってもよかったんだ?」

「他の軍師にも、夏侯惇さんや、夏侯淵さんにも既に伝えていますよ」

「それでも、その面子は曹操様の重臣で信頼されてる奴らじゃねえか」

「程遠志さんも、信頼してます」程昱はにっこりと微笑む。「それでいいですかー?」

 

 真っ直ぐな瞳で言われて、程遠志は戸惑い、目を逸らさざるを得なかった。

 自分はあけすけな言葉に弱いな、と今更になって自覚する。「お前、流れは信じてないんじゃねえのかよ」「程遠志さんを信じてるんですよー?」そう言う程昱の顔が、一瞬だけ鄧茂に似て見えたので、程遠志はさらに動揺して、たたらを踏んだ。

 

 

 







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