真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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黄巾討伐編 第二話

 

 

 

「立ち話もなんだから、店の中に入りましょう」

 

 曹操はそう言うと、今出てきた料理店に再び入り直した。え、と程遠志は思わず叫ぶ。こんな高い店に入るのか。 

 

「心配しなくても、お金くらいは私が持ってあげるわよ」

「華琳さま、このような輩どもにそこまでしてやる必要は―――」

「いいのよ、春蘭。彼、彼女らには頼みたいことがあるのだから」

 

 彼女、と呼ばれ、流し目で見られて、鄧茂は一瞬肩をビクつかせた。

 

「頼み事って何ですか?」

「そのことは中で、料理にでも手を伸ばしながら話しましょう」

 

 程遠志は嫌な予感がした。どうにもきな臭い。

 すぐにでもこの料理店から出るべきなのだろうが、悲しいかな、それはできない。曹操に逆らう気には、どうにもなれないからだ。

 

「おい、程遠志」夏侯惇がすっ、と寄ってきた。「お前、ちゃんと鍛えているか」

「ああ。鍛えてるよ」

「前みたいな酷い有様じゃ、お前のことを一生認めてなんてやらないからな!」

「前って。あの、お前と勝負した時のことか」

「そうだ。私から一本も取れなかった、あの時だ」

「お前には、俺は一生勝てない気がするんだけど」

「そんな思いでどうする! やる前から諦めるな!」

 

 夏侯惇はそう言ったかと思うと、程遠志の背中をばん、と叩いた。

 まるで飛び上がるような衝撃―――というか、実際に飛び上がった。人一人分くらいの距離を程遠志はその勢いのまま跳躍し、着地してつんのめった。

 くすくす、と夏侯淵が笑っている。こんな奴に勝てるわけねえだろ、と程遠志は呆れながら思う。

 

「まあよ、善処するよ」

「ゼンショ?」

 

 夏侯惇はその単語の意味が分からないらしく、その分からないことを察せられることも嫌らしく、微妙な顔のまま二、三度頷いた。

 

「うむ。ゼンショしろ」

「ああ」

「程遠志、お前も随分と姉者と仲良くなったな」

 

 小さな声で、背後から夏侯淵が話しかけてくる。

 夏侯惇にその言葉を聞かれれば「この男などと仲良くなんてない」と猛烈に否定し、程遠志に迷惑がかかるのではないか、と危惧してくれる程度には気を使ってくれていた。

 

「どこがだよ」

「私と同じで、姉者にも敬語を使っていないじゃないか」

「……お前と同じことを言われたんだよ」

「私と同じ?」

 

 夏侯淵は首を傾げる。こいつ、もう忘れたのか、と程遠志は少し腹を立てた。

 少し前―――程遠志が曹操に仕えるようになった初期に、夏侯淵は彼に一つ文句をつけてきた。「お前の敬語は気味が悪い」「もっと、自然に話すようにしろ」と。

 それと全く同じことを、夏侯惇にも言われた。ただそれだけの話である。

 夏侯淵に程遠志がそう伝えると、「ああ」と言って手を打った。心なしか顔が笑っている。

 

「姉者と同じ、というのはいいな」

「何がだよ」程遠志は呆れた顔になる。「俺からしてみたら、お前ら姉妹に敬語をケチつけられただけだぞ。なんもよくねえ」

「姉者は可愛いからな。それに免じて許してやってくれ」

「どういうことだっつーの」

 

 程遠志は、にやにやと笑う夏侯淵を尻目に軽く肩をすくめた。

 そんなことをしながらも、料理店の店員に案内され、席につく。鄧茂と張曼成は明らかに舞い上がっていた。

 程遠志も店の中に通されて、実際に料理が目の前に並んでくるのを見ると、少しずつだがこんなのも悪くはねえな、と思うようになってくる。

 落ち着け、と頭を振る。鄧茂や張曼成みたく、料理で釣られては駄目だ。

 

「それで、曹操様。頼みたいことって何ですか」

「そうね。でも、その前に賭けをしない?」

「は?」程遠志は一瞬、素になった。「あ―――いや。どういうことです?」

「そのままの意味よ。私たちと、対決しない?」

「対決」

 

 いい響きの言葉だった。対決。言葉の勢いのまま、すっと胸に入ってきそうになって、程遠志はまたハッとする。

 

「と、いうと」

「簡単な、なんてことのない勝負よ。そこの料理を、早く平らげた方が勝ち。私たち、と言っても、勝負するのは春蘭だけどね」

「その対決に、何の意味が」

「勝った方は、負けた方に言うことを一つだけ聞かせられる、というのはどう。私は貴方に少し無理難題を言うわ」

 

 無理難題を少し言う、とは。程遠志は苦笑した。どこに、少しの要素があるんだ。

 鄧茂と張曼成は、料理に魅かれていた目を、いつの間にか程遠志の方へ不安げに向けていた。

 

「俺が勝ったら、何言ってもいいんですね」

「勿論よ。ここの料理店を一生無料にしてもいいし、貴方の給料を二倍にしてもいい」

「休みを増やしてくれ、なんて願いでもいいんですか」

「あら、不満があったの」

「別にそういうわけじゃないですけど」

「いいわよ。なんだって、言うことを聞いてあげる」

 

 ふうん、と程遠志は溜息に似た声を漏らす。おい、と横で声がした。鄧茂と張曼成が、まるで大事な何かを伝えたいと言わんばかりに、両の手でバツ印を作っていた。小さく、ばれないように。

 彼らがあくまで小さく遠慮しがちに行動しているのは、勿論曹操らに対する遠慮もあるのだろうが、程遠志はこんな挑発に乗らないだろうという信用も多かった。

 いくら相手が主の曹操とは言えど、あくまで冗談の範疇に入る提案だ。拒否することは不可能でない。

 だというのにもかかわらず、程遠志はにやりと笑った。「いいっすね。受けますよ」勝ちを確信した表情で、そう言う。

 そこで初めて鄧茂は「程遠志!」と悲痛な声で言ったが、程遠志の表情は変わらない。

 それどころか彼は鄧茂の腕を静かに引いて、自分の方へ引き寄せた。耳元で囁く。

 

「俺よ、昨日見ちまったんだよ」

「見たって何を」

「夏侯惇の、食べるのが遅いところをだよ。それに、曹操様たちはさっきまで飯を食ってたんだ」

「だから勝てるって?」鄧茂は軽く首を振る。「根拠が薄すぎる」

「負けねえよ。それに、お前も曹操様に難儀してたんだろ。ここで俺がしっかり勝って、絶対に怒らないって条件を受け入れてもらって、お前の性別を言いやすくしてやるよ」

「程遠志、そのために……?」

「ああ。ここで俺が負けるとすれば、夏侯惇が昨日の飯を食う姿を俺に見せることも、曹操様がこの店から出てきたことも、計画のうちってことになる。そんなことあり得るか?」

 

 あり得る、と鄧茂は言いたかった。曹操ならばやりかねない。夏侯淵の悪戯っぽい笑みも、夏侯惇の得意げな表情も。すべてがそれを裏付けるようであった。

 しかし、鄧茂は程遠志を止めることができなかった。考えすぎだろうという思いと、程遠志が自分のことを心配してくれていた嬉しさから、何も言えなくなっていたためだ。

 

 

 

 

 程遠志は簡単に負けた。彼は捨て鉢になったのか、それとも負けるのならば高級な料理を味わって食ってやろう、と画策したのか、最後の方はえらくゆっくりと箸を進めていた。

 夏侯惇の飯を食べる姿は美しく、その上早かった。それに動揺した程遠志は焦り、そのせいでいつもよりもかえって遅くなってしまい、惨敗した。

 

「程遠志。私たちの勝ちね」

「もしかして、ですけど。俺って仕組まれました?」

「ええ。ごめんなさい、と謝った方がいいかしら」

「それは、まあ、いいですけど」程遠志はどうも釈然としなかった。「こんな賭けをする必要なかったじゃないですか」

「どうして?」

「賭けなんてしなくても、命令されたら俺は何でもしますよ。なんでも、ね」

 

 その程遠志の言葉は、完璧に掌で踊らされたことからくる不満の感情なのか、負けたからこそ曹操への忠誠心を見せてやろうという媚びなのか。

 恐らくそのどちらもだろう、と鄧茂は思った。やめればよかったのに、と思いながらも、真剣に止められなかった自分が言えたことではないな、と思った。

 

「あら。それはありがたいことね」

「ええ。何でもおっしゃってください」

「今現在の、我が軍の情勢を知っているかしら」

「黄巾に対して圧倒的に押してる、ってのは知ってますよ」

「そうね。凪たちが、向こうの主力軍を撃破した後、逃げ込んだ城を包囲しているわ」

「順調ですね」

「順調すぎたのが、失策だったかもしれないわね」

 

 え、と程遠志は小さく漏らすように言う。順調ならばいいではないか。

 凪―――というのが誰を指すのか、まだ程遠志は知らない。恐らく真名なのだろうから復唱することを避けたが、彼女が城を包囲しているならば何も問題ないのではないはずでは。

 

「どういうことですか」

「今、黄巾党の総指揮を取っているのは、誰かご存知かしら」

「張角様―――」程遠志はそこで、慌てて手を振る。「張角ですよね。そう。張角」

「名目上は、そうね。ちなみに貴方はその張角の顔を知っているの?」

「知らないですね。俺は、元々ある黄巾党に便乗して入った口だったので」

「じゃあ、張角が何をやっているのかも知らないの?」

「いや、それは聞いたことがあります。確か、旅芸人をやっていた―――」

「数え役萬しすたーず、という名前で活動しているのでしょう?」

 

 そこまで知られているのか、と程遠志は驚く。流石に情報量が違うな、と感心していると、彼の隣で張曼成がぼそりと呟くように言った。

 

「しすたぁず、です」

「?」

「しすたーず、ではなく、しすたぁず」

「……そこは、重要な部分なの?」

「その読み間違いで、一度刃傷沙汰になりました」

「……そ、そう」

 

 曹操も流石に面食らった様子で黙り込んだ。嘘ではない。実際にあったことである。

 

「とにかく。名目上の指揮官は張角でも、実際に軍を動かすのは、また別の将がやることでしょう? それは誰かわかる?」

「実際の、大将」

 

 程遠志は首を捻った。彼は、黄巾党で人付き合いを精力的にしてはいない。思い当たる人間はそう簡単に出てこなかった。

 

「あら、わからないの。今の総大将は、厳政という男が務めているそうよ」

「ああ! あの男か。覚えていますよ」

「その男なんだけど、先日、張角の身柄を捕えて我が軍に降伏したい、という書状を送ってきたわ」

「ええ!? ……真面目そうなやつに見えたんですけどねえ」

「あら。我が軍に降ることは不真面目だと?」

「い―――いやいや。そういう意味じゃなくて。忠義を尽くす類の人間に見えたっていうか」

 

 しどろもどろになる程遠志を楽しそうに観察しながら、曹操は言った。

 

「まあ、そこまでは順調だったのだけれど、それから少し、問題が起きたの」

「問題?」

「少し前から、厳政から送られてくる書状が届かなくなったのよ」

「……降伏するのを、取りやめにしたとか?」

「いいえ。私は黄巾の間にも疑心暗鬼が生じた所為だ、と踏んでいるわ。城内から城外へ連絡を取る手段が消えたのでしょう」

「それは困りましたね」

「ええ。私としては、張角を生け捕りにしたいのよ。彼女にも何らかの才があるはずだわ。それを生かせる場を用意できれば、私の覇道の原動力となるかもしれない」

 

 曹操は力強く言った。

 この大乱を巻き起こした張角を生かすことは難しいのではないか、と程遠志は思ったが、その一方で曹操ならばどうとでもするんだろうな、という畏怖を持った。容易くやりかねない。

 

「今のままいけば、中で内乱が起こり、張角が死ぬかもしれない。かといって、漢王朝に不満を持つ人間が多いからなのか、そう容易くは降伏しない」

「今のままでは、手詰まりですね」

「そこで、貴方にお願いをしたいのよ」

「……俺が何をすれば」

「貴方が黄巾を抜けた、という知らせはあまり広がっていないはず。運のいいことに、秋蘭があの戦いで『降伏は認めない』という矢文も射ていた。おまけに、貴方は黄巾の中では中々の有名人だったらしいじゃない」

「つまり」

「貴方に、その城へ潜入してほしいの」

 

 確かに、中々の無理難題である。程遠志は重々しく唸った。

 程遠志が黄巾から曹操のもとへ身を移してから、黄巾党は連戦連敗を繰り返している。恐らく城の中は重苦しい空気が漂っているはずだ。

 すぐさま斬り殺される、なんてことは流石にないと思うが、危ないことに変わりはない。狗鷲に顔が似た、裴元紹の問題もある。

 

「黄巾の警戒が強まっているのなら、城内に自然と忍び込むのも難しいんじゃ」

「それはこちらで何とかするわ。そろそろ凪に任せっきりにするんじゃなくて、私も出陣する。私の歓待で少し包囲が緩み、その隙に忍び込めたことにしましょう」

「なるほど―――でも、そもそもこの作戦って、かなり難しいですよね」

「あら」曹操はにっこりと笑う。「なんでもするんでしょう? 命令すれば」

 

 う、と程遠志が言い淀む。何も言い返せない。

 

「まあ、心配することはないわ。張角、厳政と会うことが難しいなら、何もしないでくれても構わないし。危険を冒してまで助けに行ってくれ、とまでは頼らない。貴方が城に入って七日。その間になにも音沙汰がなければ、張角は諦めるわ」

「諦める、ってことは」

「力攻めに切り替える。張角の身柄を考えなければ、黄巾なんて簡単に滅ぼせるわ」

「……城の中にいる俺もろとも、なんてのは止めてくださいよ」

「安心しなさい。貴方の顔は一兵卒にも覚えさせるわ。―――どう、やってくれる?」

 

 やってくれる、も何も。やらなければならないだろう。程遠志は一瞬顔を歪ませ、苦笑した。

 

「やりますよ。やるしかないんでしょう?」

「ありがとう。成功の暁には、貴方に長い休息日を送るわ」

 

 随分と疲れが溜まっているらしいし、と曹操は嘯く。

 永遠の休みにならなければいいですけど、と程遠志が皮肉っぽく言うと、彼女はまた笑った。

 








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