真・恋姫†無双~程遠志伝~   作:はちない
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一度、厳政視点からの話を挟みます!


黄巾討伐編 第三話

 

 

 最近、どうにもツイてない。厳政は自分の靴についた犬の糞を見て、情けない顔になった。この一週間で、似た不幸に三度は遭遇した。もうこれは偶然ではなく必然と呼ぶべきである。それはつまり、今のこの不幸は起こるべくして起こったことなのか、と考えると、いやな気分になった。

 張宝に「付き人、お願い」と頼まれた時は、舞い上がったものだ。その時の高揚は既に冷めている。彼女ら三姉妹に対する忠誠心は今でも変わらないつもりだが、それは曹操へ内通書を送った自分が声を大にして言えることではないか、と諦めにも似た感情を持った。

 

「厳政、これからどうするの?」

「……城に籠っておれば、暫くは安全かと」

「それからは?」

「私がどうにかします。張宝さまは、心配なさらないでください」

「本当に大丈夫なんでしょうね」

 

 不安げな表情になる張宝を見て、厳政は少し悩みを持った。今のままでいいのだろうか。

 このまま戦えば負ける。この城に籠り続ければ、中から崩れる。それは間違えようのないことだ。だから、張角、張宝、張梁三人の身柄とともに降伏する。曹操からは彼女らを助命するという約定も受け取っている。

 それこそが彼女らを救う最もいい方法だと考えていた。

 その考えは、間違っていない。

 何が間違っていたかと言えば、黄巾党の内部が予想よりも脆かったことだろう。

 

 数日前、大規模な内部反乱が起きた。張角に対する反乱。黄巾党に後から入った、野党同然の者たちだった。

 厳政らによってそれは鎮圧されたが、その影響から中から外への脱出は難しくなり、曹操への連絡手段も消えた。

 今すぐ城を開門し、降伏するべきだ、とも思ったが、黄巾党の張角に対する信仰は、危うさを含む程までになっている。下手に曹操に降伏するなんて言えば、殺されかねない。

 

「なんでこんなことになっちゃったのかしらね」

「張宝さまが、大陸を獲る、なんて言うからじゃ……」

「うっ」張宝は胸を押さえた。「あ、あれは歌で獲る、って意味だったのよ」

「皆には、冗談には受け取られなかったみたいね」

 

 はあ、と張梁は一つ息を吐いた。その隣にいる張角も、張宝に苦笑を零しつつも少し焦った様子を見せている。

 彼女らを守らなければならない。張角も、張宝も。高い管理能力を有している張梁でさえも、元は旅芸人に過ぎないのだ。こんな状況に免疫があるはずもない。

 厳政は静かに決心した。今の黄巾党に、信用できる人間はいない。自分しかいない、と思った。彼女らを守れる人間は。

 そんな悲壮な決意を抱いたからか、厳政は昔のことを思い出した。一年前。張宝たちと出会った、一番最初の頃のことである。

 

 

 

 厳政は、昔、小さな村で小さな役職に就いていた。毎日毎日、ある程度決まった仕事を片付ける。それだけの日々だった。

 特に不平不満を覚えることはない。仕事は安定している。そんな毎日を暮らすことは人間誰しもができることではなく、自分はまだ恵まれている人間なのだ、とは理解できた。理解できたが、詰まらなかった。

 不平不満がないことが、不満だった。矛盾している言葉ではあるがそれが真理であった。要するに、退屈だったのだ。

 とある日、退屈な毎日に嫌気がさして、仕事を無断で休んだ。それが何か変わる切っ掛けになると思った。遊び惚けてやろう、とも思った。そんな日が必要なのだ。そう心底信じ込んだ。

 だが、どれだけ遊んでも大して楽しくはなかった。夜中まで乱恥気騒ぎをする予定だったのに、体が持たず吐きそうになって陽が沈む頃には切り上げた。切り上げて、外に出てから、ハッとした。陽の沈み方がいつもの帰り道と同じだった。仕事から解放されてもなお、憂鬱さが残る、帰り道と。

 仕事に行く時間に起き、大して楽しくもない時間を送り、仕事の終わる時間に帰る。

 同じではないか。無駄ではないか。叫びだしたくなった。

 決められた道を、決められたように歩かされているような束縛感だった。そして、この束縛からは一生逃れられないのではないか、という恐怖が身を襲った。自然と、歩く速さが落ちていく。

 

 だからこそだろう。急いでいる時ならば気づかなかったし、普通に歩いていれば目にも留めなかった。遅い足だからこそ、気が付いて、目に留まった。

 小さな村の、その中でも端っこの方で、張角たちは楽しそうに歌を歌っていた。ちらほらと立ち止まって見ている人はいたが、長くそこに留まる人間はいなかった。だというのに、彼女たちはまるで自暴自棄になったみたいに、歌って踊り狂っていた。

 足を止める人間が少ないわけはすぐわかった。こんな人口も少なく年寄りの多い小さな村で、煌びやかな格好をして踊ることは、非効率的で無駄なのだ。物珍しさから人が集まることはあれど、長く滞在するわけもない。

 彼女らにもそれはわかっているはずだ。それでも止めなかった。挑戦的で、目に見えない何かと対決しているかのようだった。

 それを見て、厳政は少し立ち止まってみると、彼女たちは嬉しそうになった。厳政は無性に腹が立った。まるで真逆な人生だ。自分と比べられている。そんな幻想を持った。

 仕事から逃げ出した自分と、何からも逃げ出さない彼女ら。安定した職業と不安定な旅芸人。不自由と自由。束縛と解放。

 歌が終わると同時、「気に入らない」と厳政は呟いた。馬鹿なことだ。八つ当たりにしても迷惑極まりない。わかっていても止められなかった。ぽかん、としている彼女らに、喧嘩腰で歩み寄った。

 

「誰も客がいないのに、そんな元気にやる意味なんてあるのか」

「何よ」厳政の喧嘩腰な態度に、張宝が噛みついた。「何か文句でもあるわけ」

「文句を言いたいんじゃない。ぼくは教えてあげてるんだ。人がいないのに、そんなに楽しそうにやる意味なんてないだろ」

「楽しそうにやらないと、駄目なのよ」

「どうして」

「対決に、負けるのよ」

 

 なんだって、と厳政は聞き返した。「対決」と言葉が返ってくる。対決、対決。何故か耳に残る言葉だった。

 

「自分自身と対決してるとでも言うのか」

「違うわ。この世界のすべての旅芸人に、よ」

 

 規模の大きすぎる話だった。あり得ない、と思いながらも、厳政は不思議と頷いてしまった。彼女らの歌は挑戦的で、好戦的だった。

 言葉を失った厳政に、張宝は一言だけ言った。「次が最後だから、全部聞いてね」

 もう帰る、と跳ね除けることはできなかった。足は棒になったように動かない。歌が始まる。目が離せない。

 彼女たちの歌と踊りが、最高に素晴らしい、というわけではない。旅芸人としての技術がもっと優れている団体は他にもあるだろう。

 だが、何か思いを伝えるということに限れば。挑戦する、対決する。大陸一の旅芸人になる。そういった、自分たちの気持ちを相手に素直に伝える能力ならば、誰よりも優れているのではないか。

 

 厳政は挑戦しよう、と思った。対決するのだ。自由だとか、安定だとか、束縛だとかに。それが世間一般からしたら正しい選択ではないとしても。

 それで、彼女たちについていこう。大陸一の旅芸人になる瞬間を見るために。

 

 歌が終わった。「どう?」と張宝が聞いてくる。意外にも、不安そうな表情を浮かべながら。

 

「好きだ」厳政は自然と口から声が滑り落ちた。「これ以上ないほど、好きになった」

「よかった」張宝は胸をほっと撫でおろしながら言う。「その言葉が欲しかったのよ」

 

 そんなわけで、厳政は仕事を辞め、張宝ら三姉妹についていくことになった。当時の彼女らにそれを伝えると、同情だの憐憫だの散々な目で見られたが、厳政は今でもその選択が間違いでなかったと信じている。

 

 

 

 








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