GM、大地に立つ   作:ロンゴミ星人

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時間が取れるようになったので書き始めました
昔書いた作品は凍結中です。
今回は一応ゲヘナ当たりまでの話は考ので、どうぞお楽しみください。


第一章 GM、異世界に立つ
1話


 豪華な調度品が揃った広い部屋の中に、やたらと大きなソファに腰かける一人の男がいた。

 ロクに運動をしていないだろう体つきの伺えるその男は、ちょうど電話向こうの相手と話しているところだった。

 

『な? 頼むって。明日はどーしても外せないんだ』

 

「だからってなんで俺が……」

 

『明日だけ仕事を代わってくれればいいんだって。どうせ用事なんてないだろ? こっちは明日こそ彼女と一発決めたいんだよ!』

 

「ったくよぉ」

 

 男と友人だろう電話相手との会話には気安さが伺え、かなり仲が良い関係である事がわかる。

 その会話内容はというと、どうやら友人には彼女との進展のために欠かせないデートがあり、そのために用事を彼に任せたいようだ。

 そんな友人の言葉に、男は仕方なく頷いた。

 

「で、俺は何をすればいい?」

 

『GMだよ。前に一緒にやってただろ?』

 

「あー」

 

 かつて男は、友人と同じ会社に勤め、その会社が運営するオンラインゲームのGMをやっていた事があった。

 GM……即ちゲームマスター。その役割は様々だが、彼が行っていたのは実際にゲーム内にログインし、プレイヤーがトラブルを起こした際にGMコールで呼ばれて対処するというものが多かった。

 多くの情報を扱う仕事であるため、もちろん部外者がやっていい仕事ではない。

 しかし電話をする二人にとってはそんな事はどうでもいい事のようだった。

 

『つっても今回頼みたいのは前のとは別のゲームのGMだけどな』

 

「と言うと?」

 

『俺何回か転職したろ? まぁ同じ業界だけどさ』

 

「……そうだっけ?」

 

『あのなぁ……まぁとにかく、別のゲームなんだよ』

 

 友人が言うには、今回彼に頼みたいのはユグドラシルというゲームなのだという。

 明日の深夜にはサービスが終了するゲームらしいが、男はそのゲームを全く覚えていなかった。

 そう言うと友人は驚きながらも、もう全盛期を過ぎて随分と経つ昔のゲームだから仕方ないと言った。

 そんなゲームでGMなど必要あるかは甚だ疑問ではあったが、とりあえず男はそれを引き受けることにした。既に過疎化が進んでいるらしいし、最終日ならそれほど問題も起きないだろうから楽ができると思ったのだ。

 

『じゃあ後でソフトと機材持ってそっち行くわ。詳しい説明はそん時するから』

 

「問題起きても知らねーからな」

 

『どうせ最終日なんだ。問題起きたらその部分のデータ消すだけさ』

 

 仕事としてそれはどうなのだろうかという友人の発言だったが、男としても適当にやっているだけで済むのならありがたい。

 電話を切った男は別室へと向かい、一般にDMMO-RPGと呼ばれる類の体感型ゲームを遊ぶのに必要な、目元をすっぽり覆う形をした専用コンソールの準備をする。

 ちゃんと動くことを確認した男は、そこでほっと溜息を吐いた。

 

「これで動かなかったらどうしようかと思った」

 

 とにかくこれで明日の仕事には問題あるまい。

 そう判断した男は、電話のせいで中断していた映画鑑賞へと戻るのだった。

 

 

 

 そして翌日。

 指定された時間通りにユグドラシルにログインした男は、まずGM用のコンソールを使って自分のキャラネームを変更した。

 一日だけではあるがユグドラシルの世界を楽しんでみようと思った彼は、まず名前から入ろうと思ったのだ。

 渡された友人のアカウントでログインしているが、どうせ最終日だからどう弄っても構わないと許可を得ている。

 そこで彼はキャラクターの名前を、自分の名前をもじったプレイヤーネーム『トール』に変えたのだ。

 その名前は、彼が昔のゲームにおいて使っていた名前と同じものだった。

 

「これでよし、と。しかし、本当に誰もいないな……」

 

 彼がいる場所は本来人通りの多いはずの、プレイヤーによる露店などが並ぶマーケットエリアだったが、今ではぽつぽつと数人の人影が見えるだけだ。

 ゲーム最終日ならそんなものだろうか。

 そう思ったトールは、ロクに知らないゲームのはずなのに寂しさを覚えた。

 どんなゲームにもこういった光景を見る日はやってくる事は知っているが、実際に見たのは初めてだったのだ。

 

「さて、次はどうしようか。外見でも変えてみるかな」

 

 しかし、それはそれ。これはこれ。

 そもそもユグドラシルというゲームに思い入れなど全くないトールは、次に自分のキャラクターのビジュアルを変更することにした。

 いくらGMだからって初期設定そのままのモブ顔というのはつまらなすぎる。友人に対しての文句を言いながら、トールはその外見を変えていく。

 イメージは趣味の映画鑑賞で見たアクション俳優だ。

 

「……うむ。ナイスガイ」

 

 そうしてできあがった自分のキャラクターの顔を鏡で眺め、トールは顎に手をやりながら思わず呟いていた。

 メイキングの終わったその顔は、彼のイメージしていた通りの顔に変わっていた。短い黒髪の良く目立つ精悍な顔立ちのイケメンだ。文句なしである。

 それなりに古いゲームにしてはかなり詳細なキャラメイクが可能であったため、彼自身思わず自画自賛してしまいたいほどの出来に仕上がっていた。

 そうしてちょっといい気分になって、他のマップにも移動してみることにしたのだが……

 

「飽きたわ」

 

 30分もしないうちにリタイアしていた。

 理由は簡単である。最新のゲームにも手を出していたトールにとって、ユグドラシルというゲームのグラフィックはそこまで満足いくものではなく、たいして興味の惹かれる物でもなかったのだ。

 そんな事は事前に調べればすぐわかったことなのだが、今となっては自業自得である。

 

「そりゃ過疎ってサービス終了にもなるわな……何やって暇潰そう」

 

 もはややる事がないトールは、そう呟いてコンソールを開いた。

 ログインしてから既に1時間以上経っているが、、GMコールで呼ばれた事は一度もない。

 もうログアウトしてもいいんじゃないかとも思ったが、数少ない友人に頼まれた仕事であるために中断もできない。

 故にトールは、まだ使っていないゲーム機能などを試すのに没頭することにした。

 やたら大量にある魔法を見て、適当にぶっぱなしまくってみたり。

 NPC作成に手を出そうとして、その設定項目の多さにそっと画面を閉じたり。

 運営にすら影響を及ぼすというアイテム群を実際に取り出してみたり。

 確かに昔は売れたんだろうなぁという実感を持つ程度には、トールもユグドラシルを堪能した。

 

 そして現在、23時57分。

 トールは一匹の犬と共に、最初に彼がいたマーケットエリアに立っていた。

 結局あれからもGMコールはなく、彼はこれまでの時間をずっと暇つぶしに使っていたのだ。

 犬はその間に作り出した唯一のNPCである。

 その名前はジョン。犬種は柴犬だった。

 

「犬の可愛さだけは評価してもいいかな」

 

 本物のような愛嬌のあるジョンの頭を撫でながら、トールはそう呟く。

 トールは昔、ジェーンという名のロボット犬を飼っていた。

 世話が面倒くさい上に、最近はペットの飼育には細心の注意が必要だという事で、そういった面での心配がないロボット犬を選んだのだ。

 トールがGMコンソールまで使って犬のNPCを作ったのは間違いなくその事が影響していた。

 

「ゲームが終わったらまた犬でも飼ってみるか」

 

 今度はロボットじゃなく、生身の犬を。

 そんな事を考えながら、トールはサービス終了時間が来るのを待つことにした。

 

 

 

 そして3分後。

 サービスが終了して自動ログアウトになると思っていたトールは、どこかの草原の中に立っていた。

 

「は?」

 

 理解不能な事態に対し、トールは口をぽかんとあけて立ち尽くした。

 当然だ。やっとこさ退屈なゲームから抜け出して、酒でも飲もうかと思っていたのだから。

 それでもなんとか平静を取り戻したトールは、前の仕事での経験から、サービス終了と同時に何らかのバグが発生して別のマップにでもワープさせられたのだと結論づけた。

 

「わけわからん。さっさとログアウトしよ……あれ?」

 

 そしてトールは更なる異常に気付く。

 コンソールが出てこないのだ。GM用のコンソールも同様に出現しない。

 それどころか、何らかのバグが発生した時のための強制終了動作を行ってもログアウトできない。

 トールは再び混乱の渦中に叩き込まれた。

 

「どういう事だ……これじゃ酒が飲めないじゃないか……」

 

 思わずそう呟いたその時だった。

 

「酒の類であれば、それに該当するアイテムがアイテムボックスの中に入っていると思われます」

 

 やたらと渋い感じの声が、トールの足元から聞こえてきた。

 そちらに目をやったトールの目には、やたらリアリティの増した柴犬が彼を見つめていた。

 

「……ジョン?」

 

 まさかと思いながら、彼はその名前を呼んだ。

 

「はい」

 

 そして目の前の柴犬は口を開いてそう答えた。

 間違いなく、トールがさっき聞いた男の声である。

 

「犬が喋った!?」

 

「それはそうですよ。私は主殿が作ったアドバイザー兼ペットなのですから」

 

 少なくとも設定上はそうなっています。

 驚愕の声を上げたトールにジョンはそう告げる。

 トールはその言葉を聞いて、ジョンを作成した時の方法を思い出していた。

 やたらと設定項目が多い事に面倒くさくなった彼は、GMコンソールを用いて強そうな(エネミー)データをコピーし、先に作っておいた犬のNPCに外見以外を上書きしたのだ。

 その際、やたらとおどろおどろしい文面が書かれていた設定の下に、先ほどジョンが言ったような事を書いたような気もする。

 とにかく現状を知りたいトールは、犬に話しかける事に違和感を感じながらも、片膝をついてジョンに問いかける事にした。

 

「今どうなってるかわかるか? ここはどこなんだ?」

 

「わかりません。私にわかるのはユグドラシルの事だけです」

 

「……ここ、ユグドラシルじゃないのか」

 

「おそらくは」

 

 その言葉を聞いて、結局わけがわからない事態に進展はないのだろうと思ったトールは、ジョンからの助言を聞いて酒を飲むことにした。

 どうやらコンソールは駄目でもアイテムボックスは大丈夫らしく、その中に入っていたものは自由に取り出せるらしい。GMである彼にはアイテムを取り出す際の個数制限が存在しないため、好きなアイテムを好きなだけ取り出せるのだとか。

 そこでトールは、元々は一時的なステータス上昇系アイテムだったのだろう酒瓶を取り出した。

 

「なんかすごい高そうな酒だな。俺は普段安いやつしか飲まなかったんだが」

 

「味は判別しかねますが、その酒『ロイヤルクラウン』は一時的に魔法ダメージを30%カットする効果があります」

 

「ふーん……おっ、美味い」

 

 酒を飲み慣れているトールは、一口飲んでかなりその酒が気に入った。

 度数もかなり自分好みで、一晩中飲んでいられそうだ。そう思ったトールは更にアイテムボックスからつまみになりうるアイテムを探し始めた。

 既に彼の頭の中は、面倒な事は考えずに美味い酒を楽しもうという方向にシフトしていた。

 何故ゲームの中にいるはずなのに腹が満たされる気分になるのか。

 そもそも、ゲームの中の酒を飲んで何故酔うことができるのか。

 そんな事は考えもしなかったのだ。

 

 

 

 今いる世界はゲームの中ではなく、どこか別の現実世界である。

 トールがそれに気づいたのは、二日酔いで痛む頭のせいで最悪な目覚めをした翌日の朝になってからだった。

 




杜撰な管理、仕事の横流し、ダメ絶対。

しかし、登場人物全員クズいな

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