GM、大地に立つ   作:ロンゴミ星人

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12話

 八本指。

 その名の通り八つの部門を持つ、王国の裏社会を牛耳る犯罪組織の名前だ。

 現在、八本指の手によって王国には麻薬が蔓延し、その影響はバハルス帝国にすら及び始めている。

 対処しようにもその活動拠点は巧妙に隠されており、大規模な調査を行おうにも貴族内に八本指と繋がっている者がいるために実行に移せない。

 そのため、国の腐敗と犯罪組織の拡大を前にしてどうする事もできないのが王国の現状である。

 

「随分と面倒臭そうな事になってるんだな。組合で勉強してた時にはそういう話はちっとも出なかったのに」

 

 ザナックとクレマンティーヌに八本指の事を聞かされ、トールは腕を組んで感心するように頷いた。

 表向きは商談という事になっているこの情報提供の場が開かれるのも既に三度目。

 普段はクレマンティーヌの持つ情報を渡し、ザナックから金を受け取ったり便宜を図ってもらったりするのだが、今回はトールが途中で八本指の事を聞いてきたため、改めて八本指の話をする事になったのだ。

 

「ふふふふふ。誰でも知ってるような組織じゃないからな。どういう事を勉強してたのかは知らないが、そうそう教わる事でもないだろう」

 

「あのねぇ。私が何度も八本指って口にしてたのに、あんたは気にならなかったわけ?」

 

「いや、そういうあだ名の奴でもいるのかと思ってたんだ」

 

「はぁ!? いや、でも……うーん」

 

 言われてみれば八本指についての具体的な説明をしていない事に気付いたクレマンティーヌは頭を抱えた。

 もちろん彼女には教える義務などないのだが、ついつい自分が教え忘れていたと考えるあたり、だいぶ毒されている。

 そんな二人を呆れたような目で眺めていたザナックだが、次にトールが呟いた言葉を聞いて更に間抜けな顔を晒す事になった。

 

「とりあえずこの八本指ってのは潰した方がよさそうだな」

 

 まるで散歩にでも向かうかのような気軽さで放たれた言葉だった。

 つい先ほど八本指に関する説明を受けたばかりで、どうしてそんな言葉を言えるのか。ザナックにはさっぱりわからなかった。

 

「聞き違いか? 八本指を潰すと言ったような気がしたんだが」

 

「いや、だってこんなもんあるだけ邪魔じゃん」

 

「そういう問題ではなくてだな……!」

 

「面白そうじゃん。私もそれさんせーい」

 

 ザナックが冷静に反論しようとしたにも拘らず、クレマンティーヌまでもが楽しそうに手を挙げた。

 しかもさっきまで気だるげだった眼にはギラギラとした輝きを放っている。

 明らかに異様な気配を放ちだした彼女に気圧され、ザナックの頬を冷や汗が伝う。

 

「相手が犯罪者ならいくら殺しても文句ないでしょー? やっぱ偶には体を動かさないとねー」

 

「おいおい、クレム殿まで……」

 

「まぁ聞けよザナックさんよ。さっきの話を聞いた限りじゃ、あんただって八本指には潰れてほしいはずだろ?」

 

「それはそうだが……」

 

「それにほら、貴族と繋がってるとかなんとか言ってたじゃん?」

 

 そう言われたザナックは顎に手を当ててしばらく考えた末に口を開いた。

 その声色は先ほどまでよりも更に真剣で、低く小さなものだった。

 

「……先も言ったが貴族内に八本指と繋がっているものがいる。それどころか、俺の兄も八本指から金を受け取っている。その確たる証拠さえ掴めれば、俺は王位継承に向けて大きく前進する事ができるだろう」

 

「なるほど。つまり潰すついでにその証拠も取ってこいって事か」

 

「いや待て。まさか、本当に八本指を潰すつもりなのか?」

 

「俺は冗談が嫌いだぜ?」

 

 そう言ってニッと笑ってみせるトールを見て、ザナックは肩をすくめた。

 トールの性格はこれまでの話し合いでわかっていたためになかなか信じる事は出来なかったのだが、流石にそこまで言うからには本気なのだろうと思ったのだ。

 トールが女の前では割と見栄っ張りでかっこつけたがりな事も、ザナックは既に把握している。

 それに漆黒法典だったクレマンティーヌがいるのなら、本当に潰してくれる可能性も十分にある。

 元々ザナックにとってもメリットの大きい話であるため、そうと決まれば背中を押さない理由がない。

 

「ふふふふふ。わかった。そこまで言うならお願いしようか?」

 

「あぁ! お前は貴族の弱みを握れてハッピー。俺は目障りな奴を潰せてハッピー。クレマンティーヌは思う存分殺せてみんなハッピーってわけだ。これこそ最高の案だろ! なぁ!」

 

「確かに。そうかもしれないな」

 

 トールが差し出してきた手と握手を交わし、ザナックもにやりと笑みを浮かべる。

 もし本当にトールの言うとおりになれば、王国は変わるだろう。ザナックも王になった後で色々と楽ができるはずだ。

 そうなった時の事を思うと、ついつい笑みが抑えきれなくなってしまう。

 

「ところで、何か欲しい褒美はあるか。もし本当に書類を取ってこれたら、俺の力でできる事なら何でもくれてやるぞ」

 

 だからザナックはそんな事を言ってしまったのだが、そこでトールから返ってきた答えのせいで彼のテンションは急降下する事になった。

 無理難題を言われたというわけではない。

 単純にその内容が気持ち悪すぎたのだ。

 

「それなら……あんたの妹の王女様、性格は最悪だけどやっぱ外見はほっとくには惜しいと思ってさ。意識は奪うから一回だけ手を出してもいいかな? ちゃんと治癒魔法使って痕跡は残らないようにするからさ」

 

「何?」

 

「うわ」

 

「おいクレム、普通に引くのやめてくれないか」

 

「いや、さすがにちょっとねぇ」

 

 拷問好きで殺人マニアなクレマンティーヌさえちょっと引く提案である。

 当然ザナックはそれ以上にドン引きだったわけだが、それでも彼は首を縦に振った。

 

「わかった。いいだろう」

 

「……言っておいてなんだが、マジで?」

 

「記憶も痕跡も残らないのなら、それは何もなかった事と変わらない。そもそも俺に聞くような事でもないと思うが?」

 

「いや、許可があるかないかは重要なポイントだからな。じゃなきゃ最初から忍び込んだりして好き放題やってるよ」

 

「そ、そうなのか」

 

 トールはよくわからないこだわりを口にするが、その場にいる誰にもそれが伝わる事はなかった。

 しかしそれに気落ちすることなく、言いたいことを言い終えたトールは帰り支度を始めてしまう。

 

「おい! どう動くつもりなんだ?」

 

 八本指を潰す。

 口をするのは簡単でも、実行するにはどれだけの労力がいる事だろうか。

 だというのにザナックはまだ具体的なプランを聞いていないのだ。

 

「店に戻ってから決めるよ。楽しみにしててくれ」

 

 しかし、トールの口から語られたのは完全にノープランである事を告げる言葉だった。

 絶句して立ち尽くすザナックを、トールの後について部屋を出ようとするクレマンティーヌはヒラヒラと手を振りながら嘲笑った。

 

「……あいつの言葉に乗せられたのが運のツキだよ、王子サマ」

 

 

 

 

 王城を出て店に戻ってきたトールとクレマンティーヌは、店長室で紅茶を飲みながら今後の予定について話し合っていた。

 

「とりあえず、俺は麻薬部門を潰そうと思う」

 

「なんで?」

 

「麻薬ダメ絶対って知らない?」

 

「知ってるわけないでしょ」

 

「そうか? ずっと昔に生まれた有名な標語だったんだけどな……」

 

 変な事で溜息を吐くトールに、クレマンティーヌは城で八本指潰しの話を始めてからずっと考えていた提案をする事にした。

 

「それよりさー。競争しない?」

 

「競争?」

 

「そっ! 普通にやってもつまんないでしょ? だから、どっちが先に八本指の部門を一つ潰せるかって感じでさー」

 

 クレマンティーヌの言いたいことはこうだ。

 トールは先ほど言っていた通りに麻薬部門を潰す。そしてクレマンティーヌはトールとは別行動をとって他に七つある部門のどれかを潰しに行く。

 そして先にザナックの言っていた証拠を掴み、八本指の部門長を捕まえた方の勝ちというわけである。

 

「うん、面白いな。確かにせっかくの事だし、楽しまないと損だ」

 

「でしょー?」

 

 トールも乗り気であると知り、クレマンティーヌのやる気は更に上昇した。

 そんな彼女にトールもまた一つの提案を行う事にした。

 

「それじゃあ奴隷部門をお願いしていいか? そこが酷い娼館経営とかしてるんだろ? 女の子が虐められてるのはさっさとやめさせたいんだ」

 

「……そこまで言うなら自分でやった方がいいんじゃないの?」

 

「いや、ほら。俺グロいのそこまで好きじゃないしさ。女の子がそういう目にあってるのとか目にしたくないじゃん?」

 

「そんな事だろうと思った。まぁいいけどさー」

 

 こうして極めて個人的な理由により、トールは八本指の麻薬部門、クレマンティーヌは奴隷部門を潰すことに決めった。

 更に、せっかく競争をするなら勝った方にメリットがあった方がやる気がでるだろうというトールの提案により、勝った方が相手に一つだけお願いをできるという取り決めがされる事になった。

 

「じゃ、私はさっそく動くから」

 

「あぁ。がんばれよ」

 

 副店長に店の事を任せる手続きをするトールに手を振り、顔がバレないように仮面を付けたクレマンティーヌは部屋の窓から外に飛び出していった。

 その姿は身につけたマジックアイテムの力もあって、あっという間に王都の中へと消えていった。

 

「さて、俺も準備してさっさと動こう。まずは情報収集だから……冒険者組合にでもいけばいいかな?」

 

 元冒険者であるという理由で副店長に任命したキャロルという女性に店の事を任せ、トールはマントを翻して一階へと向かう。

 トールの服装はかつて冒険者組合に初めて行った時のものとよく似たものだ。紅いマントには金糸で獅子の意匠が刺繍され、その下の衣服も赤を基調にしたものを選んでいる。

 冒険者を相手にする以上は装備を立派なものにした方がいいだろうという事で、外見の素晴らしさだけでなく、マジックアイテムとしての効果も優れたものを選んだのだ。

 結果としてドが付くほど派手なものになったわけだが、容姿のおかげでそこまで変に見えないどころか、よく似合ってるように思えるのだから不思議だ。

 

「……ん?」

 

 そんな全身赤づくめな恰好のトールは、一階に降りたばかりのところで足を止める事になった。

 彼が採用した可愛い店員が立つカウンターの前に、もっと可愛い女性三名とその他二名が立っていたからだ。

 思わずじっと見つめてしまい、その視線に気付いたのか、中心にいた金髪の美人がトールに視線を向けた。

 彼女たちの身につけた装備が明らかに冒険者然としたものだったため、トールはこれ幸いと思い声を掛ける事にした。

 

「失礼。もしかして冒険者の方だったりしませんか?」

 

 よそ行きの爽やかな笑顔を浮かべるトールに、その女性は美しい緑色の瞳を輝かせて名を名乗った。

 

「えぇ。私、蒼の薔薇のラキュースと申します」

 

 




やっぱり主人公は幸運値高くないとね。
この場合はユグドラシルのキャラクターの幸運値だけど。

八本指評価
ザナック→国を腐敗させる犯罪組織
トール→なんかむかつく奴らの集まり
クレム→ストレス解消のためのおやつ


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