GM、大地に立つ   作:ロンゴミ星人

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3話

 

 

 

「ここのトップに会いたいんだが、頼めるか?」

 

 そんな事を言う男がエ・ランテルの冒険者組合の受付に現れたのは、昼を少し回った頃だった。

 大仰な仕草をしながら入口の扉を開け放った男は、まっすぐに受付までやってきて、その場にいた受付嬢にそんな事を告げたのだ。

 ただそれだけなら笑って受け流して用件を聞くだけだが、問題は男が受付カウンターの上においた袋にあった。

 頭ほどの大きさがあるその袋の口からは、怪しい輝きを放つ大量の宝石が姿を覗かせているのだ。

 

「こ、これは……その……」

 

「なんだ。会わせてもらえないのか?」

 

 どことなく不機嫌そうに言う男の姿も問題だった。

 受付嬢にはこれまで多くの冒険者を相手にしてきた経験があり、街の最高ランク冒険者であるミスリル級に会ったこともある。

 だが目の前の男が身に纏う物は、そうして見てきた冒険者たちの誰よりも上等であるように見えたのだ。

 黄金の翼をイメージさせる紋様が描かれた漆黒のマントに、派手な赤い装飾が目立つ白い衣服、指に嵌めている黄金の指輪。

 どれもこれもが一級品の輝きを放っており、それを着こなす男の精悍な顔立ちもあって、至近距離で見つめられた受付嬢は思わず顔を赤くしてしまっていた。

 

「い、いえ! そういうわけではありませんが、ご用件を……」

 

「なら追加だ。とにかく会わせてくれ」

 

 そう言って、男はマントの中から更に一回り大きな袋を取り出し、カウンターの上に置いた。

 乱雑に置いたためかその口が緩み、中から一つの指輪が零れ落ちる。

 明らかにマジックアイテムだろう文字が刻まれたその指輪には、冷たい輝きを放つ黒い宝石がはめ込まれていて、詳しい知識のない受付嬢にも凄まじい値打ちものだという事が伝わってきた。

 そして袋の口からは、同じような値打ちものに見える腕輪(ブレスレット)首飾り(ネックレス)が姿を覗かせている。

 それを見て固まった受付嬢に、トールは笑顔でその指輪を渡してきた。

 

「この指輪はプレゼントしよう。とにかく、ここで一番偉い奴に会わせてくれないか?」

 

「しょ、少々お待ちください!」

 

 もはや自分の手には負えないと判断した受付嬢は、逃げるようにその場を後にした。

 そして受付には、緊迫した表情で同僚を伺っていた他の受付嬢と、ちょっとやりすぎたかなと反省する一人の男が残されたのだった。

 

 

 

 エ・ランテルの冒険者組合長、プルトン・アインザックは、冒険者組合の建物内にある応接室の扉の前に立っていた。

 トールと名乗る人物が冒険者組合にやってきたという連絡が彼の元に届いたのは、ほんの少し前の事だ。

 その時アインザックは昼までの仕事を終えて休憩を取ろうかというタイミングだったのだが、駆け込んできた受付嬢からの話を聞いてすぐに応接室に通すように指示を出した。

 最初はまず目的が何なのかを確認してから対処するべきと考えたが、受付嬢がプレゼントされたという指輪を見て考えが変わったのだ。

 あれだけの代物をポンと渡せるような人間には、相手が何を考えているにしろ自分が対応しなければならないだろう、と。

 

「お待たせした。この街で冒険者の組合長をやっているプルトン・アインザックだ」

 

 応接室の扉を開いたアインザックは男の正面に座ると、語気を強めて自分の紹介を行った。

 聞いた話では、トールと名乗る男は何らかの交渉を行おうとしているはずだ。それがどんな内容であれ、トップとして舐められるわけにはいかない。

 

「俺はトール。まぁ、これからよろしく」

 

 余所の冒険者……というわけでもなさそうだな。

 元は冒険者だったアインザックは、軽く返事を返してきたトールを見てそう判断した。纏う空気があまりにも違いすぎると思ったのだ。纏っているものはかなり質が良い事から、どこかの貴族である可能性も考慮に入れる。

 しかし、受付嬢から聞いたやり取りや、自分を前にしても自然体を崩さない様子を見る限り、そういう事では怯まない人間である事は間違いがなかった。

 

「それで、私に会いたいとの事だが。何の用かな?」

 

 本題に入るため、アインザックは話を切り出した。

 短い時間ではあったが、既に彼はトールが持ってきた袋の中身を確認している。そしてその中身が宝石である事も、価値ある装備の山である事もだ。

 彼は魔法詠唱者(マジックキャスター)ではないが、冒険者として、組合長として、多くのアイテムを見てきたからこそ、それらの装備の全てがマジックアイテムではないかと想像していた。

 

「俺が受付で渡した袋ってもう確認した?」

 

「あぁ。宝石はどれも価値があるものばかり。そしてあれは……あれはマジックアイテムか?」

 

「まじっく……? あぁ、効果のある装備ばかりだ」

 

 何故かどもりながらも、トールはアインザックの考えを肯定した。

 しかしそれなら、あの袋一つに凄まじい価値が付くことになる。

 果たしてそんなものを渡してきたトールの意図はどこにあるのか。さっぱりわからなくなったアインザックが黙り込んでいると、トールが満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「ああいうマジックアイテムを俺はいくらでも用意できる。それらを提供するから、あんたは俺に金と身分を与えてほしい」

 

「……なるほど。トール殿、君は国外の人間か」

 

「まぁそんなとこだな」

 

 金だけならともかく、身分まで求めるのは不可解だが、国外の人間であるのなら話は別だ。

 冒険者組合長のアインザックがその証明を行うのなら、トールが今後もエ・ランテル内で活動を行う場合に、正体不明の人物として扱われることはなくなるだろう。

 そして冒険者を相手に商売を行う場合、これ以上はない後ろ盾を得ることにもなる。

 

「何故魔術師組合ではなくここに? マジックアイテムの買い取りならそちらの方がより価値を理解してもらえると思うが」

 

「え、そんなもんあったの?」

 

「何?」

 

「いや、知らなかったんだ。そんなもんあったんだな」

 

 アインザックの疑問にそう答えるトールは、全く嘘をついているように見えなかった。

 これで嘘をついているのなら凄まじい演技力だが、嘘をついていなかったらとんでもない交渉下手だ。

 どちらにせよ、目の前の人物はあまり交渉に向いていないとアインザックは思った。

 そして、もう少し情報を引き出してみる事にした。

 

「私は時間がなくてあまりあのマジックアイテムを見る事が出来なくてね、もし何か持っているのなら見せてもらいたいのだが」

 

 トールが何の荷物も持っていないのを知っていて、あえて彼はそう言った。

 仮にこれで見せられると言って、ポケットから指輪などのマジックアイテムを取り出せるのなら、意外と用心深い奴かもしれないと思ったのだ。

 もちろん、どれだけのマジックアイテムを持っているかの確認でもある。

 アインザックの意図に気付いたのか気付かないのか、トールは一度首を捻ってから口を開いた。

 

「そうだなぁ。あんた体付きからして戦士だったんだろ?」

 

「あぁ、そうだ。昔はミスリル級冒険者だった」

 

「じゃ、これをやろう」

 

 そう言ったトールは、何もない場所に手をやったかと思うと、虚空から鞘に収まった一本の剣を取り出した。

 そんな現象を目にしたアインザックは驚愕して椅子から立ち上がり、大声で叫んだ。

 

「こ、これはいったいどこから取り出したのかね!?」

 

「あ~~~収納魔法みたいなもんだ、うん」

 

「そんなものが……」

 

 驚愕しながらも、トールが差し出してきた剣をアインザックは受け取った。

 戦士だった彼にはわかってしまったのだ。今差し出された剣がどれほどのものなのかが。

 感動を抑えきれないアインザックは、僅かに震える手で剣の柄を握り、ゆっくりと剣を抜き放った。

 それは刀身が黄金と紅玉(ルビー)で縁取られた剣だった。だというのに恐ろしくバランスが良く、重さも自分にとってちょうどいい。間違いなく魔法の力が宿っている剣だった。

 

「おぉ……」

 

「『燃え盛る死(コロナ・ディザスター)』だ。効果は確か、耐性無視の炎と氷の無効化と……忘れた」

 

 既にアインザックの耳にはトールの言葉は半分くらいしか入っていなかった。

 彼が今手にしている剣は、間違いなく今まで見てきた中でも最高のものだと分かったからだ。

 そしてそれが、自分のものになるかもしれないのだ。

 そんな今にも剣に頬ずりを始めそうなアインザックを見て、トールは面倒くさそうに声をかけた。

 

「それはプレゼントするよ。とりあえず、すぐにでも金が欲しいんだが頼めるか? 身分とかそういうのはまた後で細かく決めてけばいいからさ」

 

 トールはもう交渉は成功したと思っているようだ。

 だがそれは間違った認識ではない。

 アインザックも、目の前の男を絶対に逃がすべきではないと思っていた。

 これだけの剣をあっさりくれるというような男なら、きっと今後も色々なマジックアイテムを見せてくれるはずだし、それは冒険者組合にとって大きな力となるはずだ。

 

「わかった。そちらにも準備はあるだろう。それで金はどの程度払えばいい? これだけのものを渡されたのだ。私に用意できる範囲でならいくらでも払おう」

 

「いや、そんなにはいらないんだ。ただ、この後に娼館に行きたいからさ」

 

「娼館?」

 

 アインザックは耳を疑ったが、間違いではないらしい。

 先ほどから彼が思っていたことだが、トールという男が見せていた軽薄な態度は中身がそうだからだったようだ。

 そして同時に、かなり俗物的で思ったことをそのまま口にするタイプであると思われた。

 

「あぁ。この後行きたいんだ。そこに行けるだけの金が欲しい。後、変な店は嫌だからそっちも紹介してもらえると嬉しいんだけど」

 

 そんなトールの言葉を聞いて、アインザックは思わず口元に笑みを浮かべた。

 これだけわかりやすい性格をしていれば、むしろ好ましい。本来交渉などできる人間ではないのだろうという事も伺える。

 そんな人間がこれだけのマジックアイテムを持っていて、更にこれからも用意できるというのだからおかしなものだ。

 

「わかった。それではこの街で一番質のいい娼館を紹介しよう。正式な契約はまだだから、金は私のポケットマネーから出す。それでいいかね?」

 

「いいね! わかってるねアインザックさん!」

 

 トールはこれまたわかりやすく笑顔で歓声を上げた。その態度には嘘など全くないのだろう。本気でありがたく思っていて、親しげに声をかけてきている。

 これからの交渉の事を思うと騙すかのようで気が引けたアインザックだが、たぶんそれすらもトールは気づかないのだろう。

 組合長が見る限り国宝級のマジックアイテムである剣を、娼館への紹介とそこで遊ぶ金と交換にするなんてのは知識不足に過ぎる。

 それでもこれで話は終了だ。アインザックはトールが差し出してきた手と握手を交わした。

 

「それではトール殿。今後の取引についてはまた明日細かく取り交わすという事で」

 

「あぁ。それでいいぜ」

 

「ところで明日、魔術師組合長も呼んで構わないかな? マジックアイテムに目がない奴で、君にも得な話になると思うんだが」

 

「別に構わないさ。それより、早いとこ娼館に行きたいんだけど」

 

 もはやトールの頭の中には娼館の事しかないらしい。

 それを聞いて思わずアインザックの口から笑い声が漏れた。

 

「まだ昼だぞ? いくらなんでも早いんじゃないか?」

 

「昼でも行きたいのさ。溜まってるもんでね」

 

「そういう事なら金を用意しよう。今から取ってくるから待っていてくれたまえ」

 

 アインザックは自分の部屋に向かうために立ち上がり、すぐ隣の自室へと向かった。

 きっとトールとの付き合いは長くなるだろう。

 そんな予感がしていたアインザックは、最初の印象を良くするためになるべく多くの金貨を用意するのだった。

 

 

 




こんなの交渉じゃないわ!ただの物量任せの押しかけ契約よ!

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