【更新休止】Doppelter Gedanke Alchemist   作:APOCRYPHA

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第二十八話 頼み事

「完成だ!!」

 

 アインが謎の物質を造り出してより早二ヶ月後の事

 アインのアトリエでは主のアインが早朝から無駄に高いテンションで叫び、煤塗みれの天井に向けて完成したブレードの無い鍵らしき何かを束ねる鍵束を掲げ、2ヶ月の試行錯誤が報われた喜びからか小躍りすらしていた。

 

「完成度は上々、耐久値も文句無し、これなら道中砕ける事も無かろう」

 

 そうして鍵束から鍵頭の1つを取り外すと、机の上に置かれていた物々しい黒い小箱の中に放り込んで鍵を掛け、その小箱を鍵共々コンテナの隣に置かれた金庫へと放り込む。

 その際、金庫の中の収納がガタガタと蠢き紫色の光を放ったが、アインはそれを見た瞬間に顔をひきつらせ、何処からともなく取り出した鉄の板を収納の蓋に嵌め込み、指先から出した焔で溶接し固定する事で収納の一部を塞ぐ。

 

「これでよし、だな」

 

 鉄の板で補強されてもなおガタガタと音を出して開こうとする収納ではあったが、それでも当面の危機は去ったとばかりにアインは額を拭い、金庫の扉を閉めた。

 

「さて、後は……そうだな。あいつに話しとけば十分か」

 

 そう言って、錬金釜に満たされた溶液へ半ばまで浸かっていた蒼い宝玉の付いた杖を背に帯びたアインは、自らのアトリエを出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインが自らのアトリエを出て十数分

 まず手始めに訪れたのは、鉄を打つ音と窯から放たれる熱気が籠ったロジーの鍛冶屋だった。

 ちょうど客も居らず、図らずとも二人きりになったそこで、アインは炉の前で鉄を打っていたロジーへ『話がある』と声を掛けた。

 

「それで、話ってなんだ?」

 

「己は旅に出ようと思う」

 

「それはまた、随分と急な話だな」

 

 『何かあったのか?』

 カーン、カーン、と赤熱している鉄を打つ音を響かせながらもロジーはアインにそう問い掛ける。

 

「別に、単なる自分探しだ」

 

 そんなロジーからの問い掛けにアインは『自分探し』と述べて、大した事ではないとばかりに左手をヒラヒラと左右に振る。

 

「自分探し…ね」

 

 それを聞いたロジーは赤熱した鉄を水に浸け、ジューー、と水の蒸発する音を響かせながら問い掛けた。

 

「記憶は戻らなかったのか?」

 

「ああ、前と同じで何か切っ掛けでもあれば出て来そうな気こそするが、肝心要のその切っ掛けが見付からん」

 

 ロジーから『記憶は戻らなかったのか?』と問われたアインは不機嫌そうな表情を浮かべながら変わり無しと答えていたが、突如として嬉しくて嬉しくて仕方がないと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、『だが―――』と言葉を続ける。

 

「やっとアレを排除出来たのだ。己の記憶を取り戻す術なり切っ掛けなり、これから存分に探すとするとも」

 

「アレって……ああ、ナルの事か?」

 

「そうだ」

 

「そうだってお前……仮にも何年も同じ身体を共有してた仲だろうに」

 

「ふん、何年も同じ身体を共有してたからこそだよ」

 

 普段の表情の薄さは何だったのだと言いたくなるまでに見事な笑顔を浮かべて他に何がある? と言わんばかりのアインに対して、排除されたらしい存在―――ナルと呼ばれた存在と何等かの関わりでもあったのか、ロジーは呆れたと言いた気な表情を浮かべ、水で冷やされた刀身の出来映えを視ながら苦言を呈する。

 そんなロジーからの苦言に対してアインは、笑顔のまま『何時爆発するとも知れぬ身体で旅なんぞ出来るか』と吐き捨てるように言った。

 

「……まあ、あいつの事なぞどうでも良い」

 

 そう言ったアインは、鍛冶屋の壁にとある騎士からの注文を受けて鍛造した内の一本である立て掛けられていた常人には持ち上げられないだろう武骨で分厚い大剣の柄を掴み、何処か懐かしそうな目で見ながら『頼みがある』と、出来上がった刃を柄に嵌めて組み立てているロジーに告げる。

 

「なんだ、また釜を壊したのか?」

 

「違う……いや、その釜は後で買わせて貰うから置いておいてくれ」

 

 頼みと聞いたロジーは『念の為に用意しておいた大釜が確かこの辺りに………』と、半ば物置と化しているカウンターの奥の小部屋からアインが愛用している錬金釜より小型ながらも、70cmの高さに直径1mの口造りをしており、通常の料理用と違い鉄も分厚い故に錬金術の行使に耐え得るだけの強度と様々な素材を容れるだけの広さを内包した逸品だった。

 ロジーの持って来たその見事なまでの携帯性と強度を両立させた大釜を見たアインは咄嗟に『違う』と否定こそしていたものの、後で買うからと取り置きを求め、ロジーはそんなアインに『いや、こんな特殊な釜はお前かソフィー位しか買わないだろう』と口では言うものの、自信作が好評で嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

「んん……釜の件はともかく、それとは別に頼みたい事がある」

 

「なんだなんだ? そんな顔で頼みと言われるとなんだか恐いな」

 

「ああ……これを預かって欲しい」

 

 脱線しかけた話を元に戻そうとしたのか、軽く咳を払ったアインは心なしか深刻そうな顔でロジーを見る。

 アインから深刻そうな顔を向けられたロジーは何を言い出す気かと組上がった刀の出来を確認していた手を止め、壁に立て掛けて構えるものの、アインから頼みと称して小さな金属の細工を渡されると『そんな事か?』と、先程の深刻そうな顔はなんだったのかと拍子抜けした気分になるのだった。

 

「これは……なんだ?」

 

 アインからロジーが受け取ったのは、掌サイズの四角い塊に棒の付いた金属の細工だった。

 用途の判らない謎の物体を渡されたロジーは『これは何か』とアインに問い掛けるもアインはそれに答える事はなく、『とにかく、それを肌身離さず持ち歩いていてくれ』とだけ言うと、用は終わったとばかりに鍛冶屋から飛び出した。

 

「あ、おい!」

 

「良いな! 絶対にそれを手放すんじゃないぞ! 金属だからって融かすのもダメだからなーーー!!!」

 

 アインを呼び止めようと一歩遅れてロジーも外へ出るのだが、既にアインは遠くまで行っており、大声でとにかく持っておいてくれと頼みながら街の出口へと物凄い勢いで走り出しているのだった。

 

「……はあ、仕方ない」

 

 『今度、釜を買いに来た時にでもこれが何なのか問い詰めてやろう』

 そう思ったロジーは、カウンターの下に備えられている金庫に金属の細工をしまうと、紙と共に置かれていた包丁を手に取り、炉で熱して軽く打ち直すと砥石で研ぐのだった。




今更ながら、ロジーさんのフィクサリオ姓って不思議シリーズには無かったのか……いや、もうこの際だから修正しない方向でいこう。うん。(別に姓が無い訳でも無い筈ですし……描写がないだけで)

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