出逢い-アクセス-
「はぁっ……はぁっ……!」
なぜ、どうして私が。乱れた息を整える間もなく、少女はそう心中で叫びながら走っていた。
今日は厄日だ。そんな愚痴を零す暇もないくらいに少女を追い込む気配は、未だその勢いを止めようとはせず、少しずつ……しかし確かにその距離を縮めている。
迫る者――それが何かは知っている。通り魔なんて生ぬるいものではない。あれは、そう……人類を滅ぼすもの。ヒトの天敵。人間社会への侵略者。即ち――『レイダー』。
「なんで、あのレイダーは執拗に私ばっかりを狙ってくるの……ッ!?」
虹色の髪を靡かせながら、同じように虹色に光る瞳を潤ませて、少女は人通りの少ない道を、ひたすらに走り続けた。
もしも自分が街に出れば、街がパニックになりかねない。それだけは避けなければ、と既にほとんど力の入っていない両足に気合を込めて、もう一歩を前に出す。
しかし、その一歩は迫りくるレイダーの触手に絡めとられ、ただの転倒だけではない残酷な未来として現実に迫る。
『――――』
レイダーは雑音とも悲鳴とも取れる独特の声を上げながら、少女にじわりじわりと近づく。
灰色の泥のような体躯に、鋭い鎌のような腕。脚はなく、ナメクジが這うように動くさまは見ているだけでも不気味だ。
「いやだ……嫌だッ! 私はまだ、死にたくないッ! 生きていたいッ!!」
脳裏に浮かぶのは、かつて自分を守って塵と消えた母の姿。
あの日の情景が今になって浮かぶということは、これが走馬灯というものなのか。そう自己分析する自分に、少女は「こんな時になってやけに冷静だな」と嗤う。
しかし、それでもいい。走馬灯であろうが幻覚であろうが、あんな姿は見たくない。あんな姿にはなりたくない。そう思うことで繋がるものが、ひとつだけある。
迫るレイダー。かわせない鎌の一撃。それでも、少女は絡まる触手をふりほどき、その一撃を横にかわした。
その一瞬があったから。その行動ができたから。その勇気は、希望を繋いだ――。
「そうだッ! 生きることから目を背けるなッ!!」
一瞬、少女はその真っ赤な光に視界を奪われた。
光はしばらくしてその姿をヒトのそれへと変え、少女を庇うようにレイダーとの間に割って入る。
真っ黒な髪とロングコートがこの夜の世界に溶けて表情は伺えないが、その優しい声は、不思議な力強さが宿っていて、少女はようやく安堵する。
「……あなたは?」
「
青年は自らを「希繋」と名乗ると、その両脚に履いた赤いメタリックブーツから稲妻のような火花を散らしながら、レイダーに向かって駈け出した。
少女はすぐさまそんな彼を止めようと叫ぶ。なぜなら相手はレイダー。人類では敵うことのない天敵にして仇敵。それでも、希繋はレイダーに立ち向かい、そしてその右足を叩きつけた。
無駄だ、あんな「ただの蹴り」がレイダーに通用するわけがない。そう思う瞬間――現実は、歪んだ。
「おぉらッ!」
『――――ッ!?』
「……えっ!? レイダーに、まともなダメージを……ッ!?」
感情生命体であるレイダーに、ただの人間がダメージを与えられるということは、まずありえない。
ということは、この希繋という青年は何かを持っている。あのレイダーに対抗できるものを。感情とぶつかれる、特別な何かを。
そして、それは間違いなく、彼の細身には見合わない頑強そうなメタリックブーツにあるはずだ。
なぜなら、彼はさっきからレイダーを蹴り技でしか攻めていない。つまり、手ではなく足でなければダメージを与えられないということだ。
圧倒的なスピードから繰り出される多彩な蹴り技と、柔軟な回避能力。彼の力の根源には、常に「スピード」が絡んでいる。
『――――!』
「レイダーの体勢が崩れた……!」
「今だ、いくぞ『エクレール』ッ!」
『了解。クリムゾンインパクトを使用します。エモーショナルエナジー、
希繋の放った強烈な回し蹴りによってレイダーが後ろへと傾いた瞬間、希繋の言葉に反応するかのように、彼のブーツから大量の火花が散り始め、そして彼自身の体も赤く発光する。
すると彼は何かを『待つ』かのように全身の力を抜き、ふらつくレイダーを睨み付けながら「駈け出す」ための構えをとる。
そして数秒の間が開き、ついにその時が――来た。
『
機械音声の言葉を聞くと同時に、希繋はレイダーへと一気に駆け出し、その圧倒的な勢いのまま地を離れ――。
「ぜああああぁぁぁッ!!」
『――――ッ!!』
突き出した右脚はレイダーを貫き、その灰色の体を塵へと変えていく。
「……お疲れさま、エクレール」
『お疲れさまです、ディアマスター』
そう、これは出逢い。
今までの世界をすべて塗り替えるような、刺激的で、そして悲しい出逢い。
少女は、ヒーローに、初めて出逢った――。