最初に交わした話の内容は「なぜボランティア活動をしているのか」だった。早智はいつものようにあっけらかんとした笑顔で「人助けが趣味だから」と言った。しかし九衣は少し困ったような様子で「人は好きじゃないけど、地球は好きだから」と言ったという。
そして何度か交流を繰り返し、互いに将来の夢ややりたいことを語り合い、早智は「人助け」のためにレイドリベンジャーズへ、九衣は「地球のため」にORBへと就職した。そして互いの就職が決まったと喜び合った日の帰り道で
早智はレイドリベンジャーズに入団してから半年間は、日本本部の教導部隊で訓練をつけられることになっていたため、同居生活を始めて早々に九衣と杏樹は二人きりとなった。
九衣はというと、あくまでORBにおけるユナイトギアの運用は「災害地域の修復」や「野生動物の保全」などであるため、戦うための訓練などはなく、就職後すぐに希望の班に割り当てられたこともあって、割と早い段階で生活が安定した。
そうした事情もあって、杏樹は二人に対して従順ではあるものの、特に九衣の言うことには大人しく従う傾向にあった。もちろん全てに頷くわけではなく、ある程度の自己主張もするが、九衣の言葉選びが巧みであることも相まって、杏樹が彼の言うことに反抗することはあまり多くはなかった。
そんな彼女が、年齢こそ二つ違いであるとはいえ、実質的な保護者となっている二人の言葉を無視して、ウィルフと名乗る男に対峙した時は、早智と九衣の背筋が大いに冷えた。
ユナイトギアを隠し持っていたことは後々問い詰めればいい。しかし、なぜ持っているのか、相手の男とどういう関係なのか、そしてあの凶悪的なまでに恐ろしく悍ましい力を持った相手に、手負いの人間を二人も庇いながら戦って敵うのか。訊きたいことがありすぎて、逆に声すら出なくなった。
そうして今、二人が横たわるベッドの間に椅子を置いて、一言も発さず俯く彼女の姿が、目を覚まして最初に目に入った。
「……キョウ……」
「九衣……? 九衣……ッ! よかった……目を、覚まして……くれたんだね……!」
「ここは……病院か。なら、あいつを退けてここまで……。心配をかけたな。ありがとう、キョウ」
「九衣が……二人が無事でいてくれるなら……それだけで、十分だ……!」
杏樹の頬に一粒の涙が伝っていくのを、九衣はただ見ていることしかできなかった。本当ならその手を伸ばして慰めてやりたい。もう大丈夫だと声をかけたい。だが今は傷の痛みと、朦朧とする意識のせいで、ほとんどそれは叶わなかった。
ウィルフの放った骨の矢は、二人の腹を貫通しながらも、幸い内臓をほとんど傷付けることなく通過したらしく、医師からも「奇跡的なまでに損傷が少ない」と言われた。しかし杏樹によればそれは偶然というよりもウィルフが死体を「アート」にするため、体の内外にできるだけ傷をつけないようにしたせいだろうということだった。
ただ実際のダメージに反して出血が多かったせいか、今は貧血でまともに歩けるような状態ではなく、早智に至っては未だ目を覚ましてすらいない。だがむしろ、だからこそ今が好機とばかりに、九衣は杏樹に問いかけた。
「キョウ……。あの男は、お前の知り合いのようだったが、いったいどんな関係なんだ?」
「……それ、は……」
「キョウの過去がどんなものかは知らないが、お前と出会ったあの時から、お前にはきっと人には言えないような事情を抱えているんだろうと思っていた。だから、いつかは聞くべき話だと思っていたし、実際にそれがこうして危機という形で迫ってしまった以上、もう見過ごしてはおけないんだ」
痛みを訴え気怠さの残る身体を起こし、九衣は杏樹の目をまっすぐと見つめた。
「……ボクを、軽蔑しない……?」
「どうかな。聞いてみないことには確約はできない。けど……俺はキョウのことを信じてる。だから、聞かせてくれ」
「……わかった……」
そうして、杏樹はぽつぽつと話し始めた。
「元々……ボクは卵子と、人工精子を組み合わせて造られた……人工ベビーなんだ……」
人工ベビー。体外で培養した受精卵を胎内に戻して出産する試験管ベビーと異なり、受精・培養から新生児レベルまで培養ポッドの中で行われた子供のことだ。
2098年に精子と血液、あるいは卵子と血液で受精卵を作り出す技術が発見されたことが後押しとなり、2122年にこの人工ベビーが認可・施工されるようになった影響で、当時まで同性婚を否定する最大の要因であった「出生問題」をクリアし、時期に差はあれど各国で同性婚が認められるようになったという。
だが今でこそ同性愛など当然のように受け入れられているが、当時はこれに反対する意見も多く、中にはそうした団体から資金的支援を受け、この技術を悪用しクローン技術を発展させた組織もあるという。
「けど……両親、という人はいない。ボクは……人口ベビー技術を、クローン技術に転用している……要注意組織の、モルモット……だったんだ……。身体が……10歳くらいに、なった頃から……投薬実験に……使われていた……。『
「いや、聞いたことはないな」
「まぁ……仮にも、裏組織だったからね……。とにかく、ボクはそこで……5年間、何度も何度も……数えきれないほど繰り返し、投薬実験を行われたんだ……。その薬に、どんな効果があったのかは……わからないけど、ボクの情緒が、不安定な原因のひとつは……それだろうって、後からわかったよ……」
組織が何を目的として運営されていたのかはわからなかったが、彼女の説明が確かであるのなら、感情起伏成分含有薬品――有名どころで言えば『
実際、その推測はそう大きく外れてはいなかった。要注意組織『RE:ARISE』は、元々「
そしてユナイトギアに勝る兵器の開発のため、非合法な実験を繰り返し、最終的には薬物投与による「人類の強制進化」を目標として、その知識と技術を注ぎ込むようになっていった。――しかし、そんな彼らに意外なところから鉄槌を振り下ろされた。
「ある日……研究所に、緊急警報が鳴り響いた……。あちこちから、悲鳴や破壊音、爆発音なんかが聞こえて……ボクはてっきり、かっこいいヒーローが……悪い研究員たちを、やっつけに来たんだと、思ってた……」
「思ってた、ってことは……レイドリベンジャーズじゃなかったのか?」
「うん……むしろ、真逆と言ってもいいんじゃないかな。研究所を襲って、ボクたち被検体を……助けて、くれたのは……『
蓬莱寺。要注意組織の一つであり、国際的犯罪者集団の頂点に君臨する殺人鬼の巣窟。国際的犯罪者集団の中では規模こそ大それてはいないが、げに恐ろしきはその被害規模。
かつて「最悪の蓬莱寺」と呼ばれた蓬莱寺家当主がたった一人で出した被害は、当時の世界人口の数十パーセントを狩り尽くしたという。もちろんそれは極端な例ではあるが、その時の被害はもはや世界大戦の比ではなく、今や蓬莱寺家は「人類のトラウマ」とも言い換えられている。
だからこそ、まるで「研究所を潰す」ことよりも「被検体の確保」を優先していたかのような彼女の口ぶりに、九衣は違和感を覚えた。
「蓬莱寺は、それを「依頼だから」と言って……ボクらを助け、殺人鬼の卵として、育てた……。投薬実験の影響で、薬や毒に……耐性を持つ子が、多かったのも……気に入られる要因になった……」
「殺人鬼の卵……。じゃあキョウ、お前も――」
「うん。ボクは「蓬莱寺」……蓬莱寺杏樹。それも、当主様の懐刀……。他の蓬莱寺からは……「忠犬」とも、あるいは「狂犬」とも、言われているよ……」
蓬莱寺が彼女を助けた理由が「依頼だから」というのは、おそらく事実なのだろう。むしろ、依頼でもないのに「獲物」になるはずの命を奪わない理由がない。
それが一人や二人なら、その蓬莱寺の気まぐれや、あるいは「抜け鬼」になる日が目前となった蓬莱寺の判断によるものだろうが、彼女曰くその研究所を襲ったのはある程度の人数を含んだ部隊であったという。
だからこそ、九衣の疑問はさらに深まった。「あの」蓬莱寺家が、依頼されて保護したとはいえ、その被検体たちを依頼人や「そういった業者」に売りつけることもせず、わざわざ殺人技術を教える手間をかけてまで殺人鬼へと育て上げた理由がわからない。
「ボクの、飼い主……当主様は、聡明なお方なんだ……。ボクが、今こうして、ここに居ることも……わかっていて、これまでは見逃してくれていた……。それはきっと、ボクを泳がせてた方が……当主様の目的を果たすには、都合が良かったからだ……」
「当主の目的?」
「うん……。当主様は、ご兄弟が、いらっしゃるんだ……。腹違いの……姉と、兄が……。だけど、そのお二人は随分前から、行方不明で……そのお二人を見つけるのが、ボクに与えられた……使命だった……」
「じゃあ、その二人を探すためにお前を泳がせていたのに、それを連れ戻すということは……」
うん、と一息おいて、
「きっと……見つかったんだと、思う……。当主様の、ご兄弟……姉の