『希望を繋ぐキズナが俺の名だ!』
脳裏を
いつか憧れた人の名は、いつだって自分に希望を与えてくれた。
心が折れそうな時も、泣きそうになった時も、誰かを憎んでしまいそうになった時も、憧れの人が「
そう、あの日あの時――希望の象徴だった「その人」が、世界に裏切られ、世界に失望し、世界を見限る、あの瞬間までは……。
「……
「優芽! 目が覚めましたか……! よかった……ッ!」
「あたしはなぜ……って、そっか。
優芽にとって、希繋は絶対に助けなければならない恩人だ。それは、敵となった今でも――否、敵となった今だからこそ変わらない想いだ。
だが、希繋は優芽の想像を遥かに超えていた。彼は、優芽が思い描いていたほど強くなかったのだ。
(世界最弱のレイドリベンジャーズとはいえ、未来では世界中から注目されるほどになった桐梨希繋が、まさかあれほどまでに弱かったなんて……)
その「弱い」はずの彼に負けたのは、まぎれもなく優芽だったが、彼女にとって希繋は、口先も巧ければ戦いも巧いはずの人間だった。力がないだけに、それを技で補っているのだと思っていた。
しかしそれは違った。彼は口先こそ巧かったが、こと戦闘に関してはスピードしか直接的な武器になるものがなかった。技に関して言えば、ただ愚直に速いだけのキックだけ。
優芽は、なぜあんなにも弱い彼が、未来ではレイドリベンジャーズとして世界中に注目されていたのか、今になって疑い始めていた。
「……覚悟さん」
「はい。なんですか、優芽」
「戦ってわかりました。あたしは、桐梨希繋よりも強かった。なのに……なぜあたしは桐梨希繋に勝てなかったのでしょうか」
ぽかん、とする覚悟の表情を見て、よりいっそう優芽は疑問を強める。
「……それは、優芽が一番よくわかっていることではありませんか」
「あたしが……?」
そう、それは優芽自身が誰よりもよく知っている答え。希繋がいかに弱く、自分自身がどれほど強くても、勝てなかった理由。
決して、忘れてはいけないはずの、大切な大切な――コタエ。
「確かに、桐梨希繋は世界で一番弱い。ですが、それは国際脅威と対峙するレイドリベンジャーズとしての強さです」
「――――!」
国際脅威的侵略性生命体対策自衛集団――レイドリベンジャーズ。それは、国際レベルの脅威となる生命体が襲い掛かる時、それらに対策し、自らの力で衛り抜く集団。
それは即ち、この世界の敵と対峙し、戦い、それらを葬るための力を持つ者たちが、この世界に存在しているという証だ。
しかし、桐梨希繋という存在は、少なくともそれだけのために戦う戦士ではなかった。
「レイドリベンジャーズは、端的に言えば「恐ろしい敵を倒す」集団……。けれど、桐梨希繋という存在は……」
「たとえ相手がこの世界の脅威であっても、できることなら戦う以外の方法でわかり合いたいと願う、そんな理想を本気で抱き続ける人……。だからこそ優芽は、彼に憧れたのではありませんでしたか?」
優芽が希繋に勝てなかった理由。それは、戦うことで解決を図ろうとしたことによる、自分の
もしもあの時、優芽が希繋を「一人の戦士」ではなく「一人の人間」として、彼の強さを本気で認めていたのならば、あの勝負に決着はつかなかったはずなのだ。
「桐梨希繋は……最後の最後まで、あたしを「助ける」ために戦い続けた……。けれどあたしは、最後の最後で「勝つ」ために戦い、彼を「救う」という最初の目的を忘れてしまった……。だから……ッ!」
「もうわかるでしょう、優芽。あなたは桐梨希繋に負けたのではありません。あなた自身の弱さ……憧れを救うという、絶対に失ってはいけない想いを失った「弱さ」に負けたのです」
強さと弱さは表裏一体。信じるべきものを信じることで得た「強さ」は、それを信じ続けることでより大きな「強さ」となる。
しかし、信じるべきものを信じられなくなった時、それは「弱さ」となって自分自身の力を、強さを、逞しさを、恐ろしいほどに貪っていく。
「そんな……じゃあ、あたしに、あの人を……桐梨希繋を救う資格なんて……! 勝手に憧れて、勝手に救うと誓ったくせに、勝手な思い込みで彼を見下して……! あたしはもう……ッ!」
◆
同刻。
今回は永岑市全体――いや、それどころか永岑市の南北に位置する
勢力レベルは「群」。おそらく、北の勢力と南の勢力は同一のものとしてカウントされているのだろう。
『南側はディアフレンドたちに任せて……私たちは私たちのすべきことを、全力でやる。それでよろしいのですね、ディアマスター?』
「ああ。向こうにゃ兄貴がついてんだ。だったら、こっちも心置きなくやれるってもんだぜ!」
永岑市の内部にいる勢力レベル「個」のレイダーたちは、
たった一人で国ひとつはもちろん、本人曰く「星ひとつ」
だからこそ、希繋には一切の迷いも憂いもなかった。他のことは他のみんなに任せて、自分たちがすべきことだけを全力でやり抜けばいい。ただそれだけに集中できるということの強さを、彼は知っている。
「いくぞッ、エクレールッ!」
『了解。ユナイトギア第四号・エクレール、桐梨希繋に
希繋がエクレールを展開すると同時に、彼の両目が通常時の黒からエクレールの放つエモーショナルエナジーと同じ赤色に変色。
思考がやたらとクリアになっていく感覚を全身で実感すると同時に、彼の足が大地を蹴った。
そしてそれと同時に、永岑市の南側から巨大な火柱が地上から天を衝くような勢いで燃え上がった。
「悠生の方も始まったらしい。こっちも負けてらんないぜ、エクレールッ!」
『了解。アクセルアクションを使用します。エモーショナルエナジー、
希繋に襲い掛かる5頭のレイダーたち。だが、「飛び掛かる」という選択は希繋を前にしてあまりにも愚かだった。
5頭がまったく同時に「走って襲い掛かって」きていれば、その内の1頭くらいは攻撃を掠めることもあったかもしれない。だが、希繋はスピード型の戦士だ。
滞空時間という、圧倒的に「遅い」時間を要する攻撃が、彼に届くことは絶対にない。
『
「さっすがエクレールッ! 仕事が早いッ!」
『照れます』
希繋の連続ハイキックが5頭のレイダーを一気に葬ると、後方に構えていた数頭のレイダーがたじろぐ。
すると、10頭ほどの小型レイダーがその体を融合させていき、5メートル近い巨体を持つ大型レイダーへと変貌。
そしてこれに士気を上げられたのか、飛行型レイダー4頭も、希繋に向かって急降下を始めた。
「遅ぇッ!」
『――――ッ!?』
アクセルアクションによって動作速度と反射速度が通常時の数百倍となっている今、スピードに優れた飛行型レイダーの急降下すら、希繋には止まって見える。
落下地点からわずかに逸れ、がら空きになっている腹部に渾身のキックを叩き込むと、飛行型レイダーの1頭は3つほどの建物を貫通しながら、ぴくりとも動かず息絶えた。
そして、希繋に攻撃をかわされ地上に落ちた3頭はそれぞれ希繋の持つギアのヒール部分から生えた鋭いブレードを突き刺され、残るは大型レイダー1体と12体程度の尖兵型レイダー。
『ディアマスター。ブレードが折れた場合、すぐに同様のものが再展開されるとはいっても、こう一体刺すごとにペキペキ折るのは止めてください』
「いやレイダーの体液ついたまま戦うのはちょっと……」
『止めてください』
「……はい」
エクレールに注意されている間に、12頭のレイダーが希繋に接近してきていた。
いや、それだけではない。大型レイダーまでもが、その巨大な手を振り上げて、おそらく尖兵型もろとも希繋を攻撃しようとしているのだろう。
おそらく、尖兵型はそのための足止め。希繋の体を拘束するための、戦略的犠牲者たち。
「おいおい、やめろよそういう戦い方……。殲滅するぞ、エクレール」
『了解。クリムゾンインパクトを使用します。エモーショナルエナジー、
希繋の肉体がエクレールによって質量を失っていくと同時に、彼の全身が真っ赤な電気を帯び始める。
それだけではない。電気そのものとなったことによる、肉体的『死』から解放されたことによる一種の昂揚感が、希繋の動きをさらに鋭くさせる。
『
コンプリートと同時に、大型レイダーの巨大な手が振り下ろされた。
だが、クリムゾンインパクトが命中した時にできる巨大な穴が、レイダーには開いていない。それの意味するところは――。
『――――!』
悲鳴のように笑う尖兵型レイダーたち。
だが大型レイダーだけは何も叫ばず、ただただ、目を見開いたままそこに佇んでいた。
「へえ……それで? 誰を
ズシン、という地響きと共に、真っ二つにされた大型レイダーの体が、2頭の尖兵型レイダーを巻き込みながら倒れていく。
そう、希繋はあの瞬間、クリムゾンインパクトを確かに放っていた。大型レイダーの真上に飛び、落雷のような速度で大型レイダーの脳天から地面まで、一直線に。
『――ッ! ――――ッ!!』
今度こそ、歓喜のものではなく本物の絶望のままにレイダーたちは悲鳴を上げた。
しかし、そこに残った10頭のレイダーたちも、彼の追撃から逃れることはできなかった。