戦場における兵の数は、多ければ多いほど、それだけで脅威となる。特に、味方の兵数の倍を超えられると、まず勝ち目はなくなる。
なぜ、1:2という比率がそれほどまでに絶対的な意味を持つのか。それは、臨機応変さを求められる戦場において、攻撃と防御という『明確な役割分担』ができるからだ。
確かに、スピード型の
スピードに秀でているタイプのレイドリベンジャーズは、確かにその圧倒的な速力を用いて複数の相手をほぼ同時に相手取ることが可能ではある。
しかし、それは同時に複数の相手に対して常に集中力を割き続けなければならないという意味でもあり、機敏な動きや機転の利く相手には、あまり有効な手段とは言えないのだ。
でも、それでも、それが愚策でしかないとわかっていても、希繋はその脚に力を入れた。6体もの分身を操る以上、集中力を割き続けなければならないのは優芽も同じ。
「いくぞ、エクレールッ!」
『了解。アクセルアクションを使用します。エモーショナルエナジー、
「そう来ると思ってました! イーリスッ! 彼に鎧をッ!」
『了解。アクアコートを使用します。エモーショナルエナジー、
しかし、自分の弱点を理解しているのは
だがそれゆえに、希繋がどんな手札を切るのかも予測できた。6つ全てを同時に操るなんて無理だ。だから希繋のスピードは恐ろしかった。
けれど――希繋の恐ろしさ、底知れなさは、優芽の予測できる範疇をさらに一歩分、逸していた。
「させてくれねぇだろうなぁッ!」
スピードに特化した希繋に対して、優芽が導き出した1つめの戦略はこうだ。
まずディアドロップの特性を生かし、複数の形状を『ディアドロップ』ひとつで臨機応変に変化させられることを希繋に教え、彼の攻め手を遅らせる。
さらに『セブン・フォー・ワン』による兵力の数によって、希繋をスピード勝負に引きずり出す。ここまでは、優芽の狙い通りだった。
そして、その後――スピード勝負に乗ろうとアクセルアクションを発動しようとする瞬間、アクアコートによってエクレールごと希繋の身体を覆ってしまえば、そこで勝負がつく。
そんな甘い考えは、一瞬でかき消された。
「なぁ……ッ!?」
いくら鎧のように装着されるとはいっても、自らの身を守るために纏うのとは違い、意思を持って動く相手に装着させるのは、はちゃめちゃに動き回る子供に服を着せようとするように難しい。
だから、せめて脚を覆うことさえできれば、と思っていた節もあった。実際、それだけでも希繋の機動力を削ぐという目的はある程度果たすことができる。だが、甘かった。
彼はアクアコートが脚を覆い始めた一瞬を狙って、それを振り払うように脚を振るうと、その水を優芽に向けて放ち、アクアコートから逃れつつ反撃の狼煙を上げたのだ。
『
アクセルアクションによって音速の数百倍のスピードを出すことができる今の希繋に、優芽は明確な防御手段を持たない。理由は簡単、そのスピードを捉えられるほどの動体視力がないからだ。
見えない攻撃を防御する手段がないわけではない。全方位に対して水のバリアを張れば、防御手段としては愚策ではない。だがそれは、同時に自分の行動範囲をそのバリア内に留めてしまうという意味でもある。
スピードタイプの相手に足を止めるという選択は、あまりにも愚かだ。ただでさえ、そのスピードを突進力としてパワーに変換できる以上、足を止めればそのスピードを活かした連続攻撃も受けるだろう。
「ここに来て、一気にペースを持っていかれるとは……! けれど、手段はまだありますッ! イーリスッ!!」
『了解。セブンスサンクチュアリを使用します。エモーショナルエナジー、
優芽の翼――イーリスが虹色の輝きを放った瞬間から、彼女を軸として半径200メートル圏内が虹色に染め上げられた。
そして、同時に5体目、6体目の分身が撃破された直後だった。加速しながら本体である優芽に接近していた希繋のスピードが急激に減速し、優芽の視界にはっきりと映った。
「『
このままでは、接近のスピードも相まって、一撃でももらった瞬間に沈む。回避できるルートを探す希繋だが、そんなものは既にない。
さっきのスフィアを咄嗟に回避できたのは、あれがスフィアの進行方向と同じ後方への回避だったからだ。
優芽へと向かって前進している今、迎撃をかわすにはあまりにも接近しすぎた。だからこそ希繋は、回避を諦めるしかなかった。
「エクレールッ!」
『了解。肉体を電気に変換します』
バチン、という弾けるような音を伴って、希繋の身体が一瞬だけ真っ赤に光る。そして直後、拳ごと優芽の身体を『通過して』いく。
そう、彼は回避が不可能と悟るや否や、自らを電気体に換えることで、優芽の攻撃ごと彼女の身体を通り抜け、そのまま背後に回ることを選んだのである。
それだけではない。電気体に直撃した優芽の身体は、僅か数秒ではあるものの麻痺状態に陥り、全ての回避行動がとれなくなっていた。
「ぜぇあッ!」
「ぐ、ぅ……ッ!」
背後から脇腹を狙った回し蹴りをモロに受けた優芽は、水の鎧――アクアコートを纏っていてもなお、その衝撃に耐え切れず、苦しげな悲鳴を伴いながら10メートルほど吹き飛ばされる。
それでも、優芽は吹き飛ばされる最中にも希繋から目をそらさなかった。彼のスピードを前にして、移動直前の動作を見損なえば、もう次の動きはまったく予想がつかなくなる。
だが、なぜか彼はその場から動こうとはしない。
「…………」
『ディアマスター?』
おそらく、それは何かを狙った上での、優芽の攻撃を誘う罠ではないのだろう。事実、エクレールですら、希繋のその行動には理解がいってなかった。
「…………」
『……マスター?』
そして同じように、立ち上がった優芽もまた、俯きながらその場を動こうとはしなかった。
「……優芽」
「お兄さん……」
希繋と優芽。二人は視線を合わせるわけでもなく互いを呼び合うと、ゆっくりと顔を上げて相手の目を見合った。
赤と虹。ふたつの視線がぶつかり合うと、両者はどちらからともなく一粒の涙をこぼし、叫ぶ。
「あたし、この時代でお兄さんに助けてもらったこと、すっごく感謝してます。お兄さんがいたから、今のあたしがいる。お兄さんに助けられて、憧れて、好きになったから、あたしは今日までいろんなことを頑張れた……。お兄さんがいなければ、ありえなかった毎日でした」
「……俺は、もっと君のことを知りたかった。こんな風なんかじゃなく、もっと普通に再会して、いっぱい喋って……たまにバカやって君に叱られたり、いろんなとこへ連れていって、たくさんこの街を見せてやりたかった……!」
二人は、溜め込んでいた全てを吐き出すように言葉を紡ぎ始めた。
本当ならきっと、もっとずっと前から言いたかったのだろう。しかし、二人にはそれ以上にやらなきゃいけないこと、ぶつからなければならないことが多かった。
だからこそ、最終決戦となったこの場で、おそらく最後になるだろう衝突の前に、言いたかったことを全て吐き出すことにしたのだろう。
「お兄さんは、今までもこれからも、ずっとあたしのヒーローです。たとえあなたが、レイドリベンジャーズでなくなったとしても、あたしはあなたのことが大好きです。あなたに……嫌われてしまっても」
「だから俺はもう君と「こんな出会い方」をしたくない。もっと普通に、笑いながら話し合える日々を作りたい。悩んだり迷ったりしたけど……その悩みと迷いの中で見つけた答えがこれだ!」
希繋の脚と優芽の翼が、示し合わせる間もなく同時に輝き始めた。
「イーリスッ!!」
「エクレールッ!!」
-リミットブレイク!-
『了解。第七号ユナイトギア・イーリス、リミットブレイクします』
『了解。第四号ユナイトギア・エクレール、リミットブレイクします』
そう――今の自分では抜け出せない