【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

21 / 155
家族-プライド-

「ここは……廃ビル? さっきまでの場所からそう離れてはいないみたいだけれど……」

「そうですね、ここは先程の場所から南西に400メートルほど離れた場所にある廃ビルの4階ですわ」

 

 声を辿って視線を向ければ、フレキシブルトリガーを逢依に向けた覚悟(さとり)がにこやかに立っていた。

 冷酷なほどに優しい微笑みを浮かべながら、覚悟は引き金を引く。しかし、銃声がビル内に響く頃には既に逢依の姿は目の前になく、覚悟はその弾丸の軌道を自らの背後へと偏向する。

 すると、背後ではキンッ、という金属同士がぶつかり合う音。逢依(あい)の持つマルチプルダガーが、フレキシブルトリガーの弾丸を弾いたか、あるいは切り裂いたか。

 

 ゆっくりと振り返れば、既にそこに逢依の姿はない。しかし、それでも覚悟は焦る様子を見せない。

 直後、100を超えるマルチプルダガーによる全方位からの攻撃が覚悟を襲った。しかし、覚悟はそれすらもヴォイドの『虚空連結』によって無効化してしまう。

 ただでさえ虚空と虚空を連結させることで無限に等しい範囲・軌道を持ち、フレキシブルトリガーとの併用によって攻撃そのものが多角的かつ複雑な覚悟のスタイルは、逢依にとって極めてやりにくい相手だった。

 

(「フレキシブルトリガーの引き金を引く」以外にまったくアクションがない……。時を凍らせて攻撃を避けても、まるで私が次に現れる位置がわかっているかのように弾丸がこちらに迫ってくる……)

 

 もしもクリュスタルスが「認識」に特化したギアでなかったらと思うと背筋が凍る。

 今、逢依が覚悟の攻撃をかわしていられるのは、クリュスタルスの基本機能である「認識領域の拡大化」と「認識情報の詳細化」をフル活用し、なおかつギア特性である「瞬間凍結」まで使っているからだ。

 もしもクリュスタルスにそれらの機能がひとつでも欠けていたら、そして自分にもしそれらの情報を処理しきれるだけの能力がなかったら、今頃とっくに自分は敗けているだろう。

 それほどに、逢依と覚悟の戦力の差は歴然としていた。

 

 もしも希繋(きづな)ほどのスピードが自分にあれば。もしも悠生(ゆうき)ほどのパワーが自分にあれば。そんな考えが逢依の脳裏を過る。

 だが、ないものをねだっても意味はない。逢依にできることは、全てを認識して凍らせることだけ。あまりに少ない手札だが、今まで何度もこの手札だけで戦い(ゲーム)を制してきたのだ。

 だからこそ逢依は自分の持つ少ない手札を信じた。自分にはスピードもパワーもないが、それでもいい。数少ない手札でも、何もないわけではないのだ。

 

(クリュスタルスの「瞬間凍結」は温度を下げる力じゃない。あらゆるものの運動量をゼロに固定する力。時間や空間に干渉できるヴォイドとは、根源となる力の意味が異なる)

 

 そう、クリュスタルスの瞬間凍結は、決して「あらゆるものを凍えさせる力」ではない。あらゆるものの運動量に干渉し、それをゼロにできる力。それが瞬間凍結の正体だ。

 物質の三態というものがある。分子の運動量――すなわち熱によって、物質は固体・液体・気体の三つに姿を変える。クリュスタルスの瞬間凍結は、あらゆるものをこの「固体」という状態にできる能力に過ぎない。

 時間の凍結についても同じだ。時間は常に未来へと向かって運動を続ける。クリュスタルスはその運動をゼロにすることで時間を凍らせ、固定するのだ。

 

 しかし、ヴォイドは違う。ヴォイドは時間の流れに逆らうことなく、今ある時間と過去・未来の時間を強引に繋ぐ。そうすることで、今あるべきではない時間から現在に対して攻撃を行える。

 虚空と虚空を繋ぐヴォイドのギア特性……それは即ち、時間すらも繋ぐ力。だから「固定」された時間そのものには干渉できなくても、時間がいつ、どのタイミングで「固定」されたのかを認識できる。

 タイミングさえわかってしまえば、あとはもう脅威ではない。時間の固定から、再運動が始まるまでの僅かなタイムラグの間に、自分を覆うように「虚空」を作り出し、それをまったく別の「虚空」と繋ぐだけ。

 

「わたくしにとって、脅威となるのは「予測できない攻撃」だけです。ですが、私の左目(ヴォイド)は時間の流れを、虚空の断片を認識する。そんなわたくしに、予測不可能などありえません」

「時間の流れ、虚空の断片……そんなものが見えるからなんだというの? あなたが見えているものは曖昧な運命でしかない! 私は、そんな曖昧でよくわからないものなんかに負けないわ!」

 

 逢依は激情を言葉に換えた。感情の起伏がさほど激しくない逢依にとって、ユナイトギアを起動させるほどの激情はただひとつ。幼い頃から共に在り続けた『桐梨希繋』という人物への深く大きな愛情。

 彼女は、自らの内側に燃え盛る愛情によって、ユナイトギア装着者となったのだ。そして、その「愛情」という想いは、究極的なまでに自己中心的で利他的な感情だ。

 自分が愛されたいから他人を愛する。他人から愛されなくても自分が満足したいから他人を愛する。愛するという行為はどこまでも自由で独善的で自己中心的なのだと逢依は信じて疑わない。

 だからこそ、逢依は運命を許さない。他人から決められた行動など、認めるわけにはいかない。どこまでも自由だからこそ、どこまでも自分勝手だからこそ――香坂逢依の「愛情」はその力を発揮する。

 

「クリュスタルス、時間を凍らせることなく、フレキシブルトリガーの弾丸だけを凍らせることはできる?」

『不可能ではありません。しかし、そのためにはギア特性を発動する瞬間、対象である弾丸を認識しなければなりません。現状、時間を凍らせることで強引に攻撃を回避している以上、それは難しいかと思われます』

 

 ようするに、弾丸をかわすだけでもいっぱいいっぱいなのに、弾丸を捉えて凍らせるなど今のままでは叶うべくもない、ということらしい。

 時間を凍らせれば、弾丸を捉えることは可能だ。だが凍った時間の中で「運動」可能なのは、クリュスタルスを纏う逢依のみである。

 それ以外のものは完全に時間によって状態を固定されている以上、紙っぺら一枚だって貫くことはできない。いや、そればかりか、あらゆるものは固定された時間から一切「移動」も「変化」もしない。

 クリュスタルスが時間を凍らせる中、逢依が覚悟に対して直接ダメージを与えようとしないのは、これが一番の理由。凍った時間の中で攻撃しても、時間が解凍された瞬間に対処されてしまうのだ。

 

 そこまで考えて、逢依はふと「あること」に気付く。フレキシブルトリガーの弾丸は、直線軌道上でおよそ秒速600~800メートル。音速のだいたい2倍近くのスピードだ。

 しかし、物体が最大速度を出せるのは直線軌道を描き続けた場合に限られる。フレキシブルトリガーの偏向射撃が「何段階まで」許されるかは別として、4段階の偏向によって弾速が3~4分の1まで落ちていた。

 おそらく、偏向の回数が多くなるほどにそのスピードは落ちるはず。実際、覚悟は1発の弾丸を何度も偏向することで逢依を追い詰めることはせず、何段階かで偏向操作をやめて次弾を発射している。

 

(単純にスピードが落ちること自体を拒んでいるわけではなさそうね。あれはおそらく……「偏向できる段階数が決まってる」と考えるべきかしら。なら、逆転の隙はまだあるわ)

 

 瞬間、逢依は即座に時間を――この世界を凍らせた。今、自分に迫ってくる弾丸が「何段階」かは、数えていなかったから把握できていない。だから、まずはこの弾丸を処理して「次」を睨み付ける。

 弾丸の横に移動しながらマルチプルダガーの刃を弾丸の前に添え、時間を「解凍」する。直後、弾丸は鋭い刃にスライスされながら逢依の後方へと流れていった。

 

「無駄ですわ。たとえどれだけ弾丸を処理しても、あなたはヴォイドの「虚空」を超えられません。そろそろ、諦めてくださいな」

「諦める……? あら、聡明なあなたらしくもないセリフね。それとも忘れたのかしら? 私たち『絆の家族(ファミリィ)』が最も嫌いな言葉が、あなたの言う「それ」だということを」

 

 絆の家族(ファミリィ)は、その名に相応しくほとんどのメンバーが「血のつながらない他人」だ。

 では、その「血のつながらない他人」同士がどのように出会ったかといえば、それは共通の「親」によるものだ。

 彼ら彼女らを育てた「親」は、そういった「血のつながらない子供たち」を本当の子のように愛しながら育ててくれた。

 そして、その「親」たちが言ったのだ。

 

『あなたたちが今、この世界に生きているのは、決して私たちがあなたたちを拾い、守り、育ててきたからじゃない。あなたたちが、私たちが拾うまで諦めようとしなかったからだよ』

 

 そう――逢依たちの「親」は、決して無償で善意を振りまく「都合のいい偶像(カミサマ)」ではなかった。

 必死で足掻き、無心でもがき、みっともなくてもカッコ悪くても全力で最後の最後まで生きようと我武者羅になった人間にだけ、手を差し伸べてくれた。

 そして、その差し伸べられた手を掴んだのは、誰でもない「自分自身の手」なのだと教えてくれた。

 

 だから、絆の家族(ファミリィ)たちは諦めない。

 自分たちが兄弟姉妹であり続けようとする限り、そして自分たちの胸に「親」から授かった想いが生き続ける限り、彼ら彼女らは諦めない。

 

「生憎ね。私は確かにリスクの高いギャンブルは大嫌いだけど、リスクの高い勝負自体は嫌いじゃないわ! いくわよ、クリュスタルス!」

「……懲りない方ですね。ですが……ならばわたくしも全力でお相手いたしましょう。さぁ、行きますよ、ヴォイド!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。