リミットブレイク。
限界突破の意に偽りなく、装着者の持つ最も強い感情を一時的に増幅、そして
感情の昂りが威力となるユナイトギアにとって、エモーショナルエナジーのブーストは、そのまま威力の増強へと言い換えることができる。
しかし、強い力には相応の代償が付き纏う。限界を超える感情の
ある青年は胸の「希望」に全霊を懸けた。
ある少女は胸の「憧れ」に全力を賭した。
そして、胸に抱いた感情をそのまま爆発させ、燃え盛るそれをユナイトギアへと注ぎ込む。
「――リミットブレイク。イーリス・プテリュクスの展開を完了しました」
虹色の閃光から姿を見せたのは、その翼に七つの輝きを蓄えた『
通常の『イーリス』よりも遥かに大きなその両翼は、羽搏く度に霧のような水滴を撒き散らし、小さな虹を作り出す。
「――リミットブレイク。ノーブル・エクレールの展開を完了しました」
そして、そんな彼女の前に立つのは、深紅の雷光を全身に纏いながら『
両脚に展開されていた『エクレール』は、より鋭角的なフォルムとなり、各関節部からは常に大量の火花を散らしつつ、希繋の体を稲妻で覆う。
「……それがお前の限界突破か」
「そうです。これが……あたしとイーリスが心をひとつにした証。あたしとイーリスの切望の翼……イーリス・プテリュクスです!」
切望の翼。確かに、優芽の言う通りかもしれない。
遠くない未来から、希繋を……そして彼の大切な家族を救うという、たったひとつの切なる望みだけを胸に抱き、今こうして救いたいはずの人物と敵対している彼女にとって、イーリスこそが自分にとって最大の理解者。
そして、その理解者が背中を押してくれるのだ。「今ならこの願いが届くかもしれない」「今ならこの胸の想いを叫んでもいい」と。だからこそ彼女の翼は輝きを失わず、むしろその眩しさを増していくのだ。
「先に言っておく。ノーブル・エクレールの放つ電撃は今までのような「痺れるだけ」のものとはまったく違う。完全な「雷」のそれだ。イーリスの『アクアコート』くらいなら一瞬で蒸発させる」
「心配は無用です。あたしだって、エクレールを破壊するために、お兄さんと戦うことを想定してこの時代に来たんです。だから……お兄さんも全力であたしにぶつかってきてください!」
合図はなかった。
互いに言いたかったことを言い切って、次ぐ言葉を失えば――自然と動くのは口ではなく身体だった。
希繋の脚が大地を蹴り、駈け出すと同時に到達するほどのスピードを以て、優芽の胴を横薙ぎに蹴り飛ばす。
電気化も、アクセルアクションも使用した様子はなかった。ただの純粋な俊足による接近。だがそれは通常時のスピードとは遥かに質が違った。
ノーブル・エクレールが放つ、全身を覆うような電気は、ただ肉体に収まりきらないエモーショナルエナジーを電気に変換して放出していただけではない。
それと並行して、各神経網を刺激することで電気と同じレベルの反射速度と思考速度を会得させ、その思考に合わせようとする肉体が、副次的に動作速度までもを加速させていたのだ。
しかし、リミットブレイクして強くなったのは希繋だけではない。
彼のキックは、確かに狙いを射止めていた。だが、切り裂いたものは『優芽』ではなく、彼女の姿を映した霧の幻影。
そう――イーリス・プテリュクスの翼が散布している霧は、周囲の光を微調整しながら幻影を生み出す「ミラージュミスト」だったのである。
「10、20、30……40弱ってところか。いや、このまま放っておけば、俺の視界すべてを幻影で覆われてしまう。エクレールッ!」
『スパークスティンガー』
希繋の呼びかけに、エクレールはすぐさま応じた。
スキルの使用の度にエモーショナルエナジーを充填する必要がある通常形態時とは異なり、リミットブレイク中はエモーショナルエナジーが常に放出され続けている。
無論、余剰エナジーは無駄に消費し続けるだけに、3分間という厳しい制限時間が設けられているものの、スキルの使用にタイムラグが発生しないというのは、戦術的に極めて大きなメリットである。
(スパークスティンガーは一度に12のスフィアを生成し、1つのスフィアにつき3発の電撃槍を発射することができる。続けざまに全て使えば36発……。リミットブレイクの影響で威力も底上げされてる今なら、36騎の幻影を葬ることができる……!)
既に対象となる幻影たちの座標は把握している。多少の撃ちこぼしには目を瞑って、今はとにかく幻影の数を減らすことに集中する。
「撃ち抜けッ! スパークスティンガー!」
「まずは本物を炙り出すために広範囲攻撃で幻影を殲滅……。無難ではありますが、だからこそ読むに容易いとは思いませんでしたかッ!」
ほとんど同時に放たれた36の電撃槍。しかし――。
「スパークスティンガーが、消えた……!? いや、霧の幻影すべてに対して『アクアコート』を付与して無効化したのか……! やってくれるッ!」
「お兄さんの言う通り、お兄さんに対して使用したところで、アクアコートは一瞬で蒸発させられてしまうでしょう。しかし、威力が上がっていても、スパークスティンガー程度の威力ならッ!」
スパークスティンガーは、その速射・連射に重きを置き、希繋の持つ手札の中でも特に威力の低いスキルのひとつだ。
そのため、リミットブレイクの影響で威力を底上げされても、元々の相性が悪い『アクアコート』が相手では、その力を十分に発揮することができなかった。
「だったらぁッ!」
『エナジースパーク』
だが、相手が自分にとって天敵であり、そしてリミットブレイクまで解禁した優芽である以上、スパークスティンガーが通用しない程度のことは、希繋にだって予想がついていた。
だからこそ、次の手に戸惑いも躊躇いもない。
心から溢れ続ける「希望」を思いっきり解き放ち、その「心の威力」をスパークさせる。
「常時放出されている電気に加えて、エナジースパークによるデタラメな限外放電……! これほどの威力を……なぜ世界最弱であるあなたがッ!」
「ったりめぇだろ……! 俺や、俺の大事な家族のために必死になってくれるヤツが、心で泣きながら戦ってくれてんだぞッ! 『最弱』なんて枷におとなしく縛られてる場合じゃねぇんだよッ!!」
この戦いに勝たなければ、エクレールを守ることはできない。それはもちろんだ。
だが……エクレールを守ることができなければ、優芽にエクレールを破壊させてしまえば、たとえ未来が変わっても、優芽の心には「希繋とエクレールのキズナを引き裂いた」という罪悪感が必ず残る。
希繋が守りたいのは、自分の相棒であるエクレールだけではない。自分や、その自分の家族のために自分の時代を捨ててまで過去に駆け付け、こうして必死に対峙してくれる優芽も、守りたいのだ。
「見つけたぞ……幻影でも分身でもない、本物のお前をッ!」
「くっ……イーリスッ! この手に剣をッ!」
『了解。大気中の水分を操作します』
ディアドロップ……未来にて『零れ落ちていく大切なもの』と名付けられたそれを、この時代で限界を越えながらも確かに握り締める優芽の瞳に、迷いも惑いもないのは、向かい来る『彼』の瞳がそうだからか。
激しくぶつかりあう二人の希望と憧れは、尽きることなく輝きを増していく――。