【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

35 / 155
不吉-メッセージ-

 6月21日。誠実(せいじ)に呼び出された希繋(きづな)は、彼の護衛と近隣の警護を兼ねて武城(たけしろ)家に泊まった。その日はどうにか何事もなく朝を迎えることができたが、いつまでもこんな風に怯えて過ごし続けるわけにもいかない。

 希繋にはレイドリベンジャーズの、誠実にもORBとしての仕事があるし、そうでなくとも諸悪の根源とも言うべき元凶がはっきりしているのに手を拱いているのは臆病風に吹かれるにも過ぎるというものだ。

 だからとて、焦燥に駆られ事態を急ぎ、仕損じるのも愚かしい。相手が相手だけに、ただ仕損じるだけなら儲けもので、よほど運がよくなければ四肢のひとつくらいは持っていかれるだろう。最悪は死に直結というのも悲観的な予想ではあるまい。

 それだけに、この案件は慎重でありながらも早急な解決が求められた。それは二人自身のためでもあり、この町で怯え震えている人々のためでもあるのだ。

 

「おはようございます、桐梨(きりなし)さん」

「おはよう、敬意(けい)。誠実はもう起きてるのか?」

「はい。既に朝食をとられて、庭で精神統一のための素振りをなさっておいでですわ」

 

 敬意に案内されて武城家の内庭に赴くと、そこでは誠実が薙刀の木刀を一心不乱に振っており、その集中力たるや、希繋と敬意が近くで見ていることにも気づいていないようだった。

 薙刀は長柄武器の一種であり、同じ長柄武器であり、突くことに重きを置く槍と比べると、斬る・払うことも目的に入れた汎用性の高い武器であると言える。

 刀よりも長く、槍よりもできることが多い薙刀は、それ故に相応の技術を要求されるものの、使いこなせば徒手や刀・剣などでは相手にならない。リーチの差というものは、そのまま戦力の優劣に直結するのだ。

 

 そして、誠実の動きはその「技量」という点において、素人である希繋の目から見ても明らかに高かった。

 演舞のような美しいものではないが、型に忠実で動きに無駄がない。武骨とも評することのできるその動きは一振りに重みがあり、何より疲労からくる僅かな鈍さも感じない。

 それはきっと、本気で修練したものであれば誰もができる動きなのだろう。しかし、そのために要求される努力は並ではない。血反吐だけでなく、汗も涙も吐瀉物も、吐き出せるものを全て吐きながら継続したものだけが行き着く『凡才の境地』なのだ。

 

「型に忠実なのに、まるっきり型通りにしてたら防ぎきれないところまでカバーしてる。攻める分にも申し分なし。単純なスピードだけじゃきっと防がれるだろうし、俺でもあの間合いを越えて懐に入れるかどうか……」

「失礼を承知で申し上げますと、誠実様は戦闘における才能というものが極めて凡庸ですわ。桐梨さんや大郷さんのように身体的な強みもありませんし、香坂さんのような情報計算能力もありません。あらゆる意味で「凡才」と言えましょう」

「ああ。だから誠実はできないことをすっぱりと諦めた。そして、理論上可能な技術であれば、それを実現可能にするまで研究と修練を重ねた。優芽と同じだ。優芽の『境地』が「戦術」だったように、誠実は「技術」を極めた」

「その通りです。よって、誠実様の強みは『理論上可能な技術を実現可能にする技術』と言えましょう。そして、誠実様はその技術の引き出しを幾つかの段階に分けて使いこなされます。その段階を測る定規が、あの「薙刀」というわけです」

 

 戦闘における優劣を決める要因のひとつに、互いの持つ手札をいつ切り、それを戦術的にどう活用するかという『駆け引き』が存在する。

 手札を切るタイミングが早すぎれば無為に自らの実力(テッペン)を晒し、遅すぎれば事態が追い込まれてしまう。そのため、誰もが可能な「技術」以外にこれといった優位性を持たない誠実は、この『タイミングの駆け引き』を非常に重視していた。

 そして、そのタイミングを計るために、彼は技術の引き出しをいくつかの段階にわけて戦術を使い分けることにした。そして、その段階的な引き出しをいつ開くかを決める『定規』として、薙刀を選んだのだ。

 

「薙刀の届く範囲で用いるスタイル。薙刀では届かない範囲で用いるスタイル。薙刀を必要としない範囲で用いるスタイル。誠実様はそれぞれのスタイルを完璧に使い分けるだけでなく、その段階を確実に見極め、適切に手札を切ることのできる観察眼をお持ちです」

「いっそ機械的なほどの状況判断能力。そして機械では判断できない経験則や直感さえも最終的な決断に織り込む柔軟性。あれで全盛期の頃とは比較にならないくらい弱くなってるって言うんだから、蓬莱寺ってシャレんならないよな」

「わたくしも元は蓬莱寺ですわよ? 誠実様に比べればほんの一時期ですけれど」

 

 うふふ、と小さく微笑む敬意のどことなく威圧感のある雰囲気に圧されて冷や汗を垂らすと、同時にようやく誠実がこちらに気付き、薙刀を振るう手を止めた。

 演舞でもないただの素振りであるが、その精錬された無駄のない動作に見とれていた希繋としては、もう少しそれを見続けていた気持ちもあったが、そういうわけにもいかない。

 逢依に無理を言って午前中はまるっきり仕事に行けないという旨を伝えているが、現在レイドリベンジャーズは連日レイダーの襲撃に対応しており、彼の抜ける穴はあまりにも大きい。

 

 おそらく、誠実もそうだろう。彼の務めるORBは自然環境の保護を目的としており、レイダーの襲撃が自然環境に影響を与えないなどということはありえない。

 よって、今回の事件に限っては、普段あまり友好的とは言えないORBとレイドリベンジャーズが協力体制にあるのだ。

 特に、誠実の場合はORBの保有する『ユナイトギア装着部隊』の副隊長を務めているため、その穴はある意味で希繋以上だ。

 

「なんだ、見ていたのか。声くらいかければいいだろうに」

「あんな真剣な顔してる奴の邪魔できるほど、俺の精神(こころ)は図太くないさ。それに、俺としてももうちょっと見ていたかったしな。めっちゃカッコよかったぜ、誠実」

「世辞はいい。質実の道を往く俺の素振りが華やかでないことくらい知っている。見て楽しいものではないということもな」

 

 そう言って微笑む誠実の言葉に偽りはなかった。先にも言った通り、確かに誠実の素振りは演舞のように華やかなものではなく、ただ鋭く、ただ素早く、ただ重いということだけがわかる質実の動きであったからだ。

 希繋としても、それを否定するつもりはない。彼の薙刀は誰かを魅せるものではなく、誰かを守るために振るうものであると理解しているからだ。

 それでも、それを否定せずとも、希繋の心は自然と言葉になった。

 

「それでも、誠実の振るう薙刀は、俺や敬意にとってすごくカッコよく見えたよ。なっ、敬意?」

「はい、桐梨さんのおっしゃる通りです。わたくし、いっそう惚れ直してしまいました」

 

 希繋も敬意も正直者だ。言葉を飾らないというわけではないが、ネガティブな言葉でない限り、彼と彼女は自分の本心をそのままぶつけようとする。

 その素直さに、その健気さに、これまで幾度となく救われてきた誠実だからこそ、この二人の良いところは把握している。

 故に、希繋と敬意の賞賛を斜めに聞き流すことはできなかった。彼の本心と彼女の本音を真正面から受け止めて、ただ一言しか返せなかったのだ。

 

「……そうか。ありがとう」

 

 今度こそ「うれしい微笑み」で告げた言葉。この感情を信じる限り、その言葉を信じられる。

 

 

 

 

(まさかこうも早く蓬莱寺が動いてくるとは。いえ、むしろ今だからこそ、かしら。レイダーの連続襲撃にレイドリベンジャーズが対応している今だからこそ……と思うべきでしょうね)

 

 昨晩、夜も更けているというのに、希繋は一本の電話を受け取ると、すぐさま身支度を整えて家を出てしまった。

 普段とは明らかに慌て方が違うと察した逢依(あい)は、敢えてそれを止めはせず、ただ「ひと段落したら連絡を入れなさい」とだけ告げて彼を送り出した。

 連絡は、それからわずか数時間後に届いた。電話ではなくメールということは、思いのほか余裕があるのか、逢依はひとまず安堵したが、その内容に目を疑った。

 

『すまん、蓬莱寺絡みと思しき事件に関わっちまった。ワリィけど明日の午前中だけでも休ませてもらえないか? 誠実が思いのほか参ってるし、護衛とパトロールもしなきゃいけないんだ。あと白露(しろろ)には誤魔化して伝えておいてくれ』

 

 随分とこちらのことも考えず要件だけをさらっと言い切るメールに多少の呆れもあったが、それよりも気になるのは「蓬莱寺絡みの事件に関わった」という一文。

 誠実の名前が出た時点で、彼が被害に遭ったのか、あるいは彼に近しい誰かなのだろうということは察したが、それはつまり「誠実だけではどうにもならない」ということの証明であった。

 元とはいえ、同じ蓬莱寺であった誠実が対処できないほどとなれば、相手もそれなり以上の実力を持っていることは明らかだ。以前の会話で、近々こういった事件に巻き込まれることは予想していたが、まさかこうも早いとは思わなかった。

 

(今の状況でレイドリベンジャーズは動かせない。だからといって、相手が蓬莱寺である以上、小転(こころ)を希繋の元へと向かわせるわけにはいかない。ここは希繋を信じるしかない……)

 

 本当ならすぐにでも駆け付けたい。しかしレイダーの連続襲撃をギリギリで退けている今、希繋という戦力を一次的に欠いた状態でさえレイドリベンジャーズにとっては大きすぎる穴なのだ。

 永岑支部に所属している『ユナイトギア装着者』はわずかに10名。希繋を欠けばたったの9名だ。ELBシステムであれば簡易型でもレイダーを抑えることは可能だが、致命的なほどに決定力に欠く。

 しかも第二前線部隊は基本的に希繋を一番槍として投入し、それを切り札として戦線を展開していく。司令塔である逢依が前に出ることは、それだけで急事と言える。

 

(これまでの流れを見る限り、おそらく今日もレイダーはこの永岑を襲うはず。如何に無敵の第一前線部隊だって守れる範囲には限りがある。第二前線部隊が前に出ないわけにはいかない)

 

 希繋のことを信じる彼女だからこそ、その不安は増していく。逢依の信じる希繋は、困ってる仲間を決して見捨てないお人よしだ。自分が損をしてもいいから、誰かの笑顔のために頑張れる人間だ。

 いつだか彼に問いかけたことがある。「もしも溺れている子供が二人いて、自分を含めて二人乗りのボートしかない。子供ではオールは重くて焦げないから、自分を犠牲にはできない。もしそんな状況ならどうする?」という、意地の悪い問いを。

 だが、彼は迷わず答えた。

 

『その子たちを二人とも乗せて、泳いで運んでいけばいいだけじゃないのか?』

 

 なんのこともない表情で、むしろそれ以外の答えなど他にあるのかと逆に問いかけるような口ぶりで、彼は即答した。

 故に、逢依は今までどんな時でも希繋のことを信じきってきた。彼はよく無茶をする。無理だってするし、無謀なことだってわかっていても手を伸ばす。それでも――彼なら救うべき人をみんな救い、自分のこともきちんと守り切れると信じてきた。

 だけど、だとしても、今回の事件ばかりは手放しで信じきる自信がなかった。相手が蓬莱寺とわかってしまえば、無茶も無理も無謀もしてほしくはない。彼らが相手なら、どんな状況だって絶対安全とは言い切れないのだから。

 それでも――彼を愛する心に従うほどに、彼を想う気持ちが強くなるほどに、希繋が誰かのために――誠実と敬意のために無茶して怪我して、無理して傷ついて、無謀に突っ込んでボロボロになることが目に見えてしまう。

 

(お願い希繋……無事で戻ってきて。どんなにカッコ悪くてもいいから、どんなにボロボロでもいいから、お願い……!)

 

 静かな願いが、静寂の朝に消えていく。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。