【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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未熟-ルーキー-

 時を少し遡り、同日の朝。希繋(きづな)不在の穴を埋めるべく、逢依(あい)は朝の4時からレイドリベンジャーズに出勤し、作業に追われていた。

 昨日の一件から、白露(しろろ)は逢依に「反省するまで小転(こころ)から離れること禁止」を言い渡され、隣町の幸盛市に存在する希繋たちの育ての親が住む笹倉家に預けられていた。

 

 本当なら彼女の年齢を考えて、この街の学校に通わせるべきなのだろうが、彼女が希繋たちの下へ来てからまだ11日。法的立場としては彼らの養子となる白露だが、養子縁組の書類を出したのが2日目。受理されるまでにはあと数日かかる。

 これは優芽(ゆめ)たちにも言えることだが、未来から訪れた人物たちには、この時代における戸籍が存在しない。保険証もなければ住民票もなく、公共サービスのほぼ全てが受けられない状態にあるのだ。

 そのため、という理由だけではないが、現在の白露は笹倉家で暮らす数人の絆の家族(ファミリィ)と共に、希繋たちの母である笹倉婚代(ささくらこんぎく)の世話になっているのだ。

 

 レイダー襲撃による避難警報が発令されたのは、ちょうど婚代と数人の兄妹たちが買い物に出ている時だった。

 家に残された年少組を、その子らの相手をするために家に残された年長組が率いて、市内の各ポイントに設置されたシェルターへと避難する中、白露は自らの懐にしまったシンクロナイザーを握り締めて立ち止まる。

 年長組が白露に避難を促すが、小転が彼女の説得を引き受け、他の兄妹たちを先に行かせた。

 

「……小転さま。わたしは悪い子です。お母さまに叱られたのに……お母さまに心の底から心配していただいたのに、わたしはその意に反して、戦渦の只中に赴こうとしています……」

「それがわかっていて、どうして白露ちゃんは行こうとするのかな。未来がどんなに悲劇的でも、それを変えられることは優芽ちゃんが証明してくれている。君ががんばらなくても、希繋や逢依ちゃんが変えてくれるはずだよ」

「確かに、わたしの力など知れています。お父さまとお母さまならば、未来だって変えてくれると信じています。だけど――たとえわたしの力がどんなに小さくても、何もしなくていい理由にはなりません。わたしなりに、できることをしたいんです!」

『了解。ユナイトギア第四六六号・シンクロナイザー、桐梨白露に同調接続(アクセス)します』

 

 白銀のマフラーを身に纏い、白露はもう一度、大好きな母に叱られる覚悟を決める。今度は、素直に自分の力を認めようと。自分の力の限界を見極めて、少しずつ、シンクロナイザーを知っていく。

 昨日、逢依が教えてくれた『シンクロナイザーの真価』を、白露はまだ知らない。昨日の戦いで、シンクロナイザーは戦い慣れていない白露のために、自分の意思で戦闘をサポートしてくれた。しかし、装着者とギアの関係として、それは望ましくない。

 ギアは、装着者によって「使われて」こそのギアなのだ。ギアが装着者を思い、ある程度のコミュニケーションを省くことはあれど、ギアが装着者の意に反して行動することは、決して良い傾向ではない。

 

「お願いします、小転さま。わたし一人では、レイダーをまともに倒すことはできません。わたしの身勝手に、お付き合いください……」

「……あんまり、わたしを嘗めないでもらいたいなぁ、白露ちゃん。君はわたしを、この桐梨小転をいったいどんな人間だと思っているのかな」

 

 落胆するようなため息と、いつもと変わらない感情の起伏をまったく感じさせない声のトーン。

 やはり、身勝手が過ぎたのだろうか。いくら姪とはいえ、この時代ではまだ希繋と逢依の子は産まれてはいない。小転にとって、白露は赤の他人だったということだろうか。

 思わずこみ上げる感情を必死に抑えながら、白露は下げた頭を上げることができないでいた。

 

「わたしは、世界でいちばん優しいお母さんに育てられた兄妹たちの……絆の家族(ファミリィ)長姉(おねえちゃん)だよ? 弟や妹を守り、育て、時に叱って、時に慰めるのがお姉ちゃんの役目」

 

 頭を垂れたまま震える白露にゆっくりと近付き、小転はその冷たい両手を彼女の背に回す。

 

「弟の娘が……めったにワガママ言わない姪が、せっかくわたしに甘えてくれてるのに、応えないわけがないよね。大丈夫、逢依ちゃんに怒られたら、わたしも一緒にごめんなさいするから、まずは白露ちゃんのやりたいようにしなよ」

「……ありがとうございます」

 

 無感動で無感情で無表情な小転の、無感動で無感情で無表情ではない温かさを受けて、白露は自分のやりたいことをやり抜かんと決意する。

 昨日、逢依が白露を叱った理由が今ならわかる。白露はまだ幼い。希繋と逢依の娘である以前に、そもそも彼女はまだ10歳になったばかりの子供なのである。

 レイドリベンジャーズは、人をレイダーから守るために生まれた組織だ。そんな彼らが、人類の未来を担う子供たちを死なせるような行いを許すわけにはいかない。

 

 子供は大人に愛されながら守られ、大人は子供の期待を背に受け強くなる。それは誰に定められた摂理ではない。人が人として生きてきたこれまでの歴史が、自然と生み出した暗黙のルール。

 愛する子供を守れない大人にだけはなってはならない。そう思いながら育ってきた大人たちだからこそ、白露を戦渦に巻き込ませたくはなかった。だが――それが彼女自身の願いと想いを否定する行為であるのなら。

 逢依に叱られて、自分の行いが決して良いものではないと理解しながらも、それでも白露が戦うつもりなら、それを頭ごなしに否定することはできない。

 できることがあるとすれば、彼女が戦いの中で決して斃れることがないように、彼女をいつでも守ってあげられるように共に在ること。

 

(逢依ちゃんの予想通り、この子はやっぱり希繋に似て無茶をする。だから、わたしを白露ちゃんの傍に置いたんだよね。この子がやりたいことをやる時に、この子を守ってあげられるように。それなら……あとはお姉ちゃんに任せなよ、逢依ちゃん)

 

 白露と出逢い、彼女が未来から来た自分たちの娘だということを知ったあの日、逢依と小転は誰に言われるまでもなく、彼女がどんな人間なのかを悟っていた。

 誰よりも優しく、誰かのために一生懸命になる希繋と、自分に厳しく、自分の背負うべき責任を果たそうとする逢依の間に生まれた白露が、その優しさと厳しさを受け継いでいないはずがない。

 故に、未来を変えるために現代へと訪れた彼女が、その使命を誰かに預けるだけで終えるとは思えなかった。そして、彼女がシンクロナイザーを持っていると知った時、その予感は確信となった。

 白露はきっと無茶をする。希繋と逢依を救うために、二人の進む未来を変えるために、この時代で危険に飛び込もうとする。それをわかっていたからこそ、逢依は白露の傍に小転を置いた。

 

「シンクロナイザー、レイダーの位置と勢力を教えてもらえますか?」

『了解。レイダー密集地は永岑市A-07ポイント。ここから北東に18.4kmです。しかし、そちらにはレイドリベンジャーズが対応に当たると思われます。となると、既に散開した勢力が存在するA-09ポイントを優先すべきでしょう』

「A-09ってことは、だいたい21kmってところだね。じゃあ、移動はわたしが背負って運んであげる。そのくらいの距離なら、3分くらいで着くから」

 

 21kmを3分と聞いて、思わずシンクロナイザーは『は?』と訊き返した。白露はただ漠然と「じゃあすぐ着きますね」くらいに思っていたが、シンクロナイザーは自分の計算の早さを恨めしいとさえ思った。

 とはいえ、小転がこの事態に冗談を言う人物とも思えなかったシンクロナイザーは、せめて白露を守らなければと思い、小転の背中に乗った彼女を守るように、自身をその体に幾重にも巻き付けた。

 

「さすがにこうも何重に巻き付かれると動きにくいんだけど……まぁ、今回は仕方ないよね。じゃあ……行こうか」

 

 直後、420km/hによる空中移動を味わった白露は、シンクロナイザーの気遣いに心底から感謝した。

 

 

 

 

 永岑市A-09ポイントに白露と小転が到着すると、既にそこではレイダーの侵攻が開始されていた。

 市民は既に避難を終えており、既に街はレイダーだけ。しかしその数は10を上回り、いかに小転といえど白露を守りながらでは対処に戸惑う数となっていた。

 

「とりあえず、白露ちゃんは防御に専念しつつ、シンクロナイザーの武器としての形状特性を理解することに努めて。白露ちゃんがちゃんと対応できるようになるまで、わたしが時間を稼ぐ。まずはシンクロナイザーを使いこなせるようにならないと話にならない」

「了解しました! お願いします、シンクロナイザー!」

『お任せください。可能な限りサポートします』

 

 白露が構えると同時に、レイダーも彼女らに気付き攻撃を開始した。

 二頭の飛行型レイダーによる急降下攻撃と、一頭の四足歩行型レイダーによる突進。小転はこれを上半身の反りと両腕のしなりのみで受け流すと、その勢いを弱まらせつつ、敢えて白露へと向かわせた。

 すると、白露は首元から二又に分かれて伸びるシンクロナイザーの一本を、自らに迫る四足歩行型レイダーへと伸ばし、もう一方を街路灯の柱に巻き付けながらぐるりと一回転し、その勢いのまま空中を飛び回る飛行型レイダーへとぶつけた。

 

「……なるほど。さすがに希繋と逢依ちゃんの子だね。戦闘のセンスは父親譲りで、戦術の組み方は母親譲りってところかな」

「飛行型レイダーへの攻撃は今みたいに投げるしか……いえ、シンクロナイザーの射程は通常のユナイトギアよりも遥かに長い。それに、この強度としなやかさを同時に用いれば……!」

 

 白露はアームズ「御霊鎮之紅瑠璃(みたましずめのくるり)」を手にすると、シンクロナイザーを地面に叩きつけ、その反動を用いて空中へと飛び上がる。

 確かにこの方法であれば空中へと飛び込むことが可能ではあるが、あくまでこれは「空中に浮いた」だけに過ぎない。これを好機と睨んだ飛行型レイダーは、すぐさま白露へと殺到する。

 

「空中での姿勢制御を考慮せず相手の得意な領域に飛び込むほど、わたしは無策ではありません! シンクロナイザー、お願いします!」

『了解』

 

 空中で姿勢を保てなくなった白露が編み出した戦術。それはシンクロナイザーを敵にぶつけ、その反動を用いて自らの姿勢を正すことで、攻撃と姿勢制御を同時に行う原始的かつ立体的なバトルスタイル。

 シンクロナイザーによる攻撃で体制を崩した飛行型レイダーは、その機動力を一気に損ない、目標である白露を再び確認することなく、彼女の下した一閃によって両断される。

 そのまま着地すると、彼女の背に向かう一頭の飛行型レイダー。白露はそれに気づきながらも、高所からの着地によって足が痺れ、回避がとれなくなっていた。

 

「シンクロナイザー!」

『了解。防御しつつ回避を試みます』

 

 だが、自分自身が動けずとも、長い手足のように自在に動くシンクロナイザーならば、対応は可能だ。

 マフラーの一方で飛行型レイダーを引っ叩きつつ、もう一方を電柱に巻き付けて白露を引っ張ると、飛行型レイダーは本来の軌道を僅かに逸れて地面へと着弾。

 ようやく痺れがなくなり、再び立ち上がると、白露は御霊鎮之紅瑠璃をマフラーに巻き付け、地上に墜ちた飛行型レイダーにトドメを刺し、続いて迫る大型レイダー2頭に向かって走る。

 

「うーん、さすがに大型2頭を任せるのは心配かな」

『……お任せください』

 

 どこからか、掠れるような小さな声が聞こえると、小転は道路に設置されたガードパイプを片手で引きちぎり、それを大型レイダーに向けて投げつけた。

 すると、そのガードパイプは白露へと振り下ろそうとしていた大型レイダーの左腕をビルへと打ち付け、それによって生み出された隙を、白露の放った必殺の一撃『大邪一断(たいじゃいちだん)』が討った。

 

「まずは4頭……!」

「気を抜かないで。まだ大型が1頭いる。……といっても、あれを一人で任せるのは不安だから、白露ちゃんは取り巻きをお願い。あれはわたしがなんとかするよ」

「……わかりました。お任せします!」

 

 小転が大型レイダーに向かうと、突如として白露の背に衝撃が走る。勢いのまま5メートルほど吹き飛ばされながらも、シンクロナイザーによって空中で体制を整え、衝撃を受けた地点へと向き直るが、その原因と思われるレイダーは見当たらない。

 シンクロナイザーが直前でガードをしてくれたから吹き飛ばされるのみで済んだものの、あれが直撃であれば無事では済まなかった。となると、あれがレイダーによる攻撃であったことは疑いようもない。

 しかし、その攻撃がいったいどこから放たれたものであるのか、白露は身構えるものの、その集中力を削がんとばかりに、3頭の四足歩行型レイダーが白露へと迫る。

 

「シンクロナイザー! ひとまずあの三頭をまとめて仕留めます!」

『了解。勢邪業落(せいじゃごうらく)を使用します。エモーショナルエナジー、充填開始(チャージ)

 

 チャージの開始と共に、白露は迫るレイダーの一頭に向かって一気に駆け出した。

 まだ身体的に未成熟な白露では、希繋のようなアクロバティックなアクションも、逢依のような機敏で精錬された身のこなしも出来はしない。

 だからこそ、彼女は自分自身にできるアクションをこの戦いの中で探していた。そして、小柄で未成熟な身体だからこそできるスタイルを見つけ出した。その答えがこれだ。

 

「ここなら、わたしを挟み撃ちにするには好都合――ですよね?」

 

 両サイドから襲い来る二頭のレイダー。すると白露はその場を動くことなく、両サイドではなく正面で白露の退路を断たんと待ち伏せているレイダーをシンクロナイザーで掴み、そしてそのまま自分の方へと引き寄せる。

 しかし、いまさらその一頭を捕まえたところで、既に両サイドのレイダーはすぐそこまで来ていた。この距離では、まともに挟み撃ちをもらってしまう。

 これに気付いた小転が、咄嗟に白露へのサポートへ向かおうとしたが、しかし直後、彼女はそれをやめた。

 

「……小柄でよかった、と思ったのは初めてです」

 

 レイダーの挟み撃ちが白露を捉える直前、彼女は屈みながらくるん、と小さく前転。

 それは決して機敏な動きではなかったが、今までマフラーによって実際の身体よりもシルエットが大きく見えていたレイダーは、彼女を捉えられず、そのまま互いに衝突、その場にうずくまる。

 

充填完了(コンプリート)。勢邪業落、いけます』

 

 チャージが完了すると、シンクロナイザーが捉えていたものと共に三頭のレイダーが束ねられ、それを勢いよく地面へと叩きつけた。

 そして先程と同じように、今度はそれらのレイダーを束ねたまま空中へと飛び出すと、今度は空中で前転を始め、それに引かれてマフラーも回転。そして重力に従って落下していき――。

 

「とやぁぁぁぁぁッ!」

 

 地面に大きなクレーターを作りながら、三頭のレイダーは塵となって消失。

 息を切らしつつも、どうにか三頭を片付けたと思うと、ついさっきまですぐ近くで聞こえていた轟音は消え、大量の塵が風に吹かれて散っていた。

 

「あーぁ、だいぶ腕が落ちちゃったなぁ。まさか大型一頭のために5分もかかるなんて。これじゃ落第だよ」

「……正規ELBシステムなしに、レイダーを屠ったのですか……? え……あ、えっ……?」

 

 自らに失望するように、いつもの無感動で無感情で無表情な溜息を洩らす小転。

 そんな彼女に、どうやって感情生命体であるレイダーに物理的なダメージを与えたのかと問いたい白露だったが、そんな余裕を与えてくれるレイダーではない。

 ようやく8頭を片付けたとはいえ、まだ5頭ものレイダーが残されている。それに、先程の「見えない衝撃」の正体もわかっていない。

 じりじりと迫るレイダーの残党を前に、白露は再び身構えた。


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