前線第二部隊オペレーションルームでも、彼らの戦いは捕捉されていた。
「永岑市内において、レイダーとは異なる高出力のエネルギー反応を検知!」
「詳細な座標、出ます!」
「これは……ッ!?」
モニターに移されたのは、『
これを見て、逢依だけでなくオペレーションルームに待機していた全員が青ざめる。
「第七号ELBシステム『イーリス』……ッ!」
「レイダーじゃなく、ユナイトギア装着者が相手ってことは……ッ!」
オペレーターの二人が感嘆と不安の声を漏らすと、我に返った逢依がオペレーションルームを出ようとする。
「隊長、どちらに!?」
「私が希繋のサポートに向かう。相手がユナイトギア装着者じゃ、ギアを持たない武装メンバーが行っても戦力にはならないわ」
「いけません! 逢依さんが
「指揮は希繋のサポートと並行してタブレットとギアを通じて行うわ。その間、ここはみんなに任せる。それでいいでしょう?」
言うと同時に、逢依はオペレーションルームを出て行った。
逢依が焦る理由――それは、相手が強力なユナイトギアだからではない。
問題は、「相手がレイダーでない」ということ、ただその一点に尽きる。
(お願い、間に合って……ッ!)
◆
「残念ね。私が「時を凍らせた」わ。悪いけれど、希繋はまだ
逢依が交戦地帯に辿り着いた時、希繋はクリムゾンインパクトを放つ間際だった。
そして、彼の視界には入っていないだろう大穴の下に待ち構える虹色の少女の姿を見て、逢依はすぐさま少女の狙いに気付き、即座に自らのユナイトギアを展開した。
「紫色のヘッドギア……。香坂逢依と、そのユナイトギア『クリュスタルス』ですか……」
「あら、私の名前が知られているだなんて光栄だわ。もっとも……だからといってユナイトギア悪用犯罪者を見逃すつもりもないけれどね」
逢依のユナイトギア『クリュスタルス』は、彼女の両目を覆うように展開されるヘッドギアだ。
標準的な機能として視覚・聴覚・嗅覚によって得られる情報を通常の数十倍まで引き上げることが可能な、『最新のユナイトギア』である。
「時を凍らせる……。相変わらずいつ聞いてもインチキだな、そのギア特性は」
「希繋……大丈夫なの?」
「ああ。さっきのは不意を衝かれたが、今度のはさすがに幻じゃなさそうだしな」
その虹色の翼を使い、下の階から希繋と逢依が待つこの四階へと上がると、優芽は再びディアドロップを展開し、それを構える。
突き付けられるは明確な敵意。そして鋭く冷たい水の刃。希繋は逢依の前に出ると、またも優芽と対峙する。
その両脚に「戦う力」を、その胸の内には「抗う意志」を、そしてその瞳には「不屈の誇り」を込めて、希繋はその拳に力を入れる。
「さて……逢依も手伝ってくれないか。俺だけじゃあの子を止められそうにない」
「止める……ね。「倒す」とか、「捕まえる」とかじゃないあたりが、ホントにあなたらしいわね。……いいわ、私ができる限りのサポートはしてあげる。だから、思いっきりやりなさい」
背を押す逢依の言葉を受けて、今度は希繋から優芽へと仕掛けた。
ユナイトギアによるギア補正を除いても、希繋自身の身体能力は元から常人よりも高い方だ。パワーに関しては常人にも劣るが、スピードならまず負けることはないと言っていい。
鍛え抜かれたその脚から繰り出される多彩かつ常識外れな蹴り技の数々は、今まで数々のレイダーを葬っており、そして数々のユナイトギア悪用犯罪者から彼自身の身を守り続けてきた。
「「止める」だなんて甘っちょろいことを……ッ! そんな生半可な覚悟で、本気のあたしに勝てるとでも思ってるんですかッ!」
「応ともッ! たとえ理想論だと言われようが、俺はその理想のために全力を賭けて君と戦うッ! 君と分かり合うためには、それしかないだろうしなッ!」
希繋の繰り出した飛び蹴りを、優芽はディアドロップで受け止めて弾き返すと同時に接近し、大胆な横袈裟を振るう。
しかし希繋は空中で一回転しながら体勢を整えると、彼女の袈裟に合わせてディアドロップの側面に手を添え、横回転しながら着地、低姿勢のまま優芽の足を払う。
これを受けて僅かに体勢を崩す優芽だったが、彼女は完全に転びきる前に手を床につき、16発の水の弾を希繋に発射して牽制し、その間に体勢を立て直す。
「さすがにこの程度じゃやられないか……ッ!」
「あなたの行動パターンは既に対策済みです。この程度の攻撃じゃ、あたしを止めるなんて夢のまた夢ですよッ!」
発射された水の弾は、希繋に届く前に逢依のクリュスタルスによって空中で動きを止め、希繋はそれらをたったの一蹴にて全て蹴り落とし、再び優芽へと向かう。
だが今度は彼女に蹴りを放つ直前で肉体を電気変換し、その接近スピードを急激に加速、まるで優芽の視界から消えるようなかたちで、彼女の背後へと回り込み、電気化した状態のまま彼女に突き蹴りを打ち込む。
が、それは優芽にとって計算の内であった。体表を覆うように、3ミリ程度の
「希繋、しゃがみなさい!」
「…………ッ!!」
背後から聞こえる声に反応できたのは、もはや条件反射に近かった。頭で理解してから行動していたら、きっと希繋の方が「それ」の餌食になっていただろう。
希繋と同じように声に反応した優芽の目が見たものは、12本のシンプルな
咄嗟に水のバリアを生成してその場を離れるが、12本のマルチプルダガーの内、2本のそれらが優芽の翼、イーリスを掠めた。
「あら、あの状態から反応できるだなんて、ちょっと評価を改めるわ。あなた、少なくとも希繋よりは各段に強いわね」
「とはいえ……さすがに時限式ではここまでのようですね。あたしはここで退かせてもらいましょう」
「時限式……? ……ッ! 優芽、まさかお前、『
デトネイター。第一種感情起伏成分含有薬品の一種であり、俗に昂揚剤とも呼ばれる。
主に感情の起伏が少ないユナイトギア装着者が使用し、一時的に感情を昂揚させることでギアの出力を上げ、レイダーと戦うことを可能にするものだ。
しかし、デトネイターの効果時間は僅かに30分。さらには、ユナイトギアを使う以上、どうしても依存性が高くなりやすい危険な薬品であり、一部のドラッグストアでは取り扱っていないところもある諸刃の剣だ。
まして、優芽は見た限りさほど感情の起伏が低いようには見受けられない。つまり、常人並の感情を持ちながら、なんらかの理由でデトネイターに頼っているということだ。
そうなると、デトネイターの効果が切れた時、すなわち感情の昂揚が止まった時、通常の使用者よりも遥かに強いバックファイアを受け、不安や恐怖、負の幻覚症状に苛まれることになる。
彼女はそれほどのリスクを背負いながら、今こうして希繋たちと対峙しているのだ。
「そんなものでユナイトギアを纏ってまで……ッ!」
「そんなものに頼ってでも、貫かねばならない意地が、あたしにはあるんです……ッ!」
優芽の身を案じる希繋の言葉は届くことなく、彼女はその両翼に水を纏わせて窓から飛び降りた。希繋はそれを追おうとしたが、逢依がそれを制止した。
「なんで止めるッ!」
「さっきまでの交戦で、この階はあちこちが損傷しているわ。今は追うことより、ここから逃げることを優先しましょう」
「……ちきしょうッ!」
今ここで優芽を追わなければ、彼女はまたエクレールを狙って希繋の前に姿を現すだろう。
それは即ち、彼女に再び『デトネイター』を服用させるということを意味し、希繋はそれを案じて焦っていたのだ。
しかし、希繋と違い、逢依は空中を飛び回ることのできるギア特性を持っていない。このまま建物が崩落すれば、逢依の身に危険が迫る。
「……あの子のこと、本気で助けたいと思っているのね」
「当たり前だ……。俺の力で誰かを助けられるなら、助けることのできる全部を助けたい。キレイゴトだと言われても、そこだけは変えらんない」
「そうね……。あなたがそんなあなただから、私も本気の全力で、あなたを信じられるのだから」
逢依のアメジスト色の瞳が、じっと希繋の背中を見つめていた。
いつもより小さく脆いその背中に、儚くも強い覚悟を感じながら……。