「A-07ポイントでのレイダー反応、消失しました。
「ひとまず民家への被害はゼロね。公園には相応の被害が出てしまったけれど、そこは上がどうにかするでしょう」
第一部隊の到着と同じくして、望月が抑えていたレイダーたちの反応が消失し、分断されていた
しかし、彼女が請け負っていたレイダーはあくまでメインターゲットではなく、そこから零れ落ちたものに過ぎない。
故に、第二前線連合部隊とレイダーの交戦状況の確認が急がれた。
「さて、メインターゲットはどうなっているの?」
「A-08ポイントにて幸盛支部の第二前線部隊と合流、戦闘を開始しています。……あれ? えっ、ちょっと待って! あ、新たな敵性反応あり! これは……ユナイトギア!?」
「反応特定! このパターンは……遺失ユナイトギア・カテゴリA! 第一四四号ELBシステム『テスタマン』ですッ! 登録者確認……完了! 登録者は『ウィルフ・ミルワード』!」
「ウィルフ・ミルワード? ウィルフ……? ……ッ、『蓬莱寺ウィルフ』ッ!?」
第二前線連合部隊とレイダーの交戦ポイントに近づく新たな敵性反応。それは、希繋と誠実と敬意の三人が死に物狂いで撃退した厄災『蓬莱寺』のものであった。
即座に全前線部隊にこれを通達、第二前線連合部隊に撤退命令を下すが――。
『こちら第二前線部隊・攻撃隊の
「……私が前に出るわ。30秒でいい、全力で時間を稼ぎなさい」
「いけません隊長! 他の部隊長が全員前線に出ている以上、隊長まで前に出れば本部の指揮能力の致命的な低下が発生します!」
「だとしても、今ここで出なければ第二部隊に限らず、前線部隊が全滅する可能性があるわ。それに……人を守るのがレイドリベンジャーズの使命だもの。だったら、
ここは任せる、と一言告げると、逢依は戦場へと駆け出した。正義を守るのがユナイトギアの使命ならば、人を守るのがレイドリベンジャーズの使命である。それは、全てのレイドリベンジャーズの胸にある根本思想だ。
しかし、否――だからこそ、人を守る者もまた人であることを忘れてはならない。自らの相棒たるクリュスタルスを身に纏い、逢依は駆ける足に力を込めながら、叫んだ。
「クリュスタルス!」
『了解。ワールドフリーズを使用します。エモーショナルエナジー、
一分一秒すら惜しいこの状況、いくら歴戦のレイドリベンジャーズが集まっても、相手が蓬莱寺であるならば戦力の優劣は明らか。
だからこそ、逢依は口に含む
「く、ぁ……ッ!」
『それ以上の服用は
「構わないわ。それより、充填は?」
『あと僅かです』
クリュスタルスは現存するユナイトギアの中でも最新にして最高の性能を持つが、そのピーキー極まるギア特性の影響で、スキル発動に必要なエモーショナルエナジー量が通常のギアよりも遥かに高い。
そのため、ただでさえ
だが、それでも、だとしても。彼女がレイドリベンジャーズであるために。彼女の愛する「彼」ならば、きっとこうするだろうという確信のために。彼女は時として誰よりも熱い感情を燃やす。
「クリュスタルス。仲間を守ろうとする気持ち、大切な人たちを守りたいと願うこの想い、あなたはこの気持ちをなんていうか知ってる?」
『――愛です!』
感情の昂ぶりに応じたように、世界の温度が消えた。
しかし文字通り世界を――「この銀河のあらゆる動き」を凍結させるこのスキルは装着者への負担も大きく、さらには装着者カウントで10分以上の使用には追加で負担が生じる。
目的地となるA-08ポイントまでの距離は28km。明らかに10分で到着できる距離ではない。故に、逢依が駆け抜けた先はレイドリベンジャーズ永岑支部の外ではなかった。
「クリュスタルス、ワールドフリーズを一時凍結解除」
『了解』
彼女が向かった先……それはレイドリベンジャーズの技術開発部。
そしてそこで働く「彼女」のところだった。
「あら? 逢依さん、ギアを装着した上にそんなに息を切らしながら、いったい――」
「お願い
唐突に目の前に現れ、前置きもなく何を言うかと思えば、と理由を尋ねようとする覚悟だったが、明らかに逢依の様子が普段の冷静な彼女らしくないと感じ取り、何も言わないままヴォイドを起動した。
「理由は後で聞きますからね?」
『空間と空間を連結します』
「……ありがとう」
人が通るには十分な大きさの「空間の穴」をヴォイドが生成すると、逢依は即座に再び世界を凍結する。
A-08ポイントの戦渦からある程度離れたそこから、目的地までは走って5分程度。凍結されたこの世界ならば、約束の30秒には十分間に合う。
「お願い、無事でいて……!」
◆
「30秒持ちこたえろって、まさか新手は……ッ! 天宮と空宮は今すぐ負傷者を連れて下がれ! 永岑支部のみんなは防御態勢! 次の攻撃に備えてくれ!」
「いったい何がくるんです!?」
「レイドリベンジャーズがこれだけ警戒しなきゃいけない相手なんて知れてるだろッ! 蓬莱寺だッ!」
天宮と空宮が負傷者二名を連れて前線から下がろうとするが、超長距離から鼠色の
即座に反応した希繋がそれを蹴り払うものの、すぐさま次の
「このままじゃ……ッ!」
防ぎきれなくなる、と思いながらもその場を下がれないのは、その背の向こうに守るべき仲間がいるから。
それに、ここで戦うのは希繋だけではない。
「下がれ、桐梨ッ!」
「――――ッ!!」
突如として希繋の前に現れ、この弾幕を防いだのは、たった一枚の、群青の
「
「総交……! いや、有り難いがあの蓬莱寺の狙いはおそらく俺だ。だから、俺がここを離れても意味がない」
「お前が狙い、か……。ならば尚のこと、護り抜かなければならなくなった。到着に間に合っておきながらお前に何かあれば、優芽に顔向けできないからな」
二人は頷き合うと、他の隊員たちを下がらせた。相手が蓬莱寺であるのなら、下手な追加戦力は足手まといでしかない。
今回は撤退戦だ。いつでも逃げ切ることのできる希繋と、どんな攻撃でも防ぎきれる総交さえいれば、ひとまずそれ以上の被害は防ぐことができるはず。
逢依が来るのならば、隊員たちの撤退もスムーズに済ませられるはず。あとは悠生さえ間に合えばまともな戦いになるかならないかというところ。少なくとも今のままでは防衛すらギリギリだろう。
「あの時はとことん『敵』だったお前と、こうして肩を並べて何かを守れるってのは、感慨深いものがあるな」
「そう感慨に浸らせてくれない相手なのが残念だがな。足を引っ張るなよ? 優芽のヒーロー」
「トーゼン。お前こそついて来いよ? 優芽のパートナー」
視線を交わさないまま笑い合う二人の前に、ついに『災厄』が姿を表す。
鼠色の骨の尾と、鼠色の左腕を持つ男――ウィルフ・ミルワード。蓬莱寺ウィルフが。
「左腕が鼠色に……。まさか、この短期間でエモーショナルエナジーの逆流を起こしたのか!?」
「リミットブレイクを幾度も繰り返さなければ逆流は起こらない……。つまり、それだけ無茶な運用をしたということだ。さすが蓬莱寺、頭のおかしさでは他の追随を許さないな」
戦慄する二人も、ただ慄くばかりではない。
その圧倒的な存在を前にして、心の奥から湧き上がる恐怖心。そしてその恐怖心に抗い立ち向かおうとする気持ち。それこそが感情の昂ぶり。レイドリベンジャーズの強さなのだ。
「でも……だからこそ戦うしかない! 俺たちが退けば、それだけ守るべき市民の心に不安が生まれる! 俺たちはレイドリベンジャーズ……市民の不安に抗う反逆者だ!」