【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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逆境-ターニングポイント-

 悠生(ゆうき)白露(しろろ)の戦闘は、両者の実力を把握しつつ客観的に状況を把握できている小転(こころ)にとって、あまりにも単調で退屈なものだった。

 悠生の圧倒的なパワーが白露を容赦なく襲い、白露はそれをかわしてカウンターを入れようとするものの、彼の強靭な肉体がそれをものともせず、カウンターの直撃を許しながらも強引な力技で押し返す。その繰り返し。

 純粋な体躯と経験の差。そう断じるに十分な実力差。しかしそれ以上に、白露が自分とギアの力を把握しきれていないことが、何よりも状況を悪いものにしている原因であった。

 

 白露の幼く小さな体躯は、悠生のような鈍足パワーファイターにとって、決して楽な相手ではない。的が小さいだけで面倒なのに、さらに素早さが加われば、攻撃などほとんど当たらない。どんな強力な一撃も、当たらなければ無意味なのだ。

 しかし白露は父親譲りの素早さに関する自覚はあれども、その小柄な体つきについては無自覚であった。何度か悠生の攻撃を避けることができているのはその小ささのおかげだというのに、それを単なる偶然やすばしっこさによるものだと勘違いしている。

 それだけではない。シンクロナイザーさえも認める鋭い聴覚や嗅覚についても、ほとんど宝の持ち腐れ状態になっている。音に気を配っていればかわせた攻撃も目で追おうとして防御せざるをえなくなっていたり、とにもかくにも不注意が目立つ。

 

 小柄であることのメリットがわかっていないのなら、デメリットについてはさらに無関心といえた。特に顕著なのが、体の小ささがリーチの差だけだと思っている節がみられることだった。

 体が幼く小さいということは、それに比例して体重も軽いということになる。機動性という点ではメリットだろうが、積極的な攻撃を行うのであれば、この軽さは明かなデメリットだと言えよう。

 それは単に打撃が軽く弱いという意味には留まらない。シンクロナイザーのアームズ『御霊鎮之紅瑠璃(みたましずめのくるり)』は、彼女の身丈を越える大太刀。当然ながら重量も相応である。

 白露はそれを肩に担ぎながら体重の移動や遠心力を用いて振るうことで騙し騙し使い続けているが、自分の体重の7パーセントに相応する約3キロもの重量を常に支え続けるには、あまりにも体重が足りていない。

 

 と、フィジカル面での課題点だけでもこれほどの粗が見当たるというのに、ギアへの理解力という点に関しては、これ以上に問題が多かった。

 シンクロナイザーのギア特性を知らないという最大の問題に目を瞑っても、先に述べた通りアームズを使いこなせていない点や、そもそもギアの形状や性質について、その特徴や欠点についてまったく把握できていない。

 マフラー型のシンクロナイザーは、柔軟かつ伸縮自在であることを最大の強みとし、周囲の環境を利用しながら立体的な動きを可能にする、まさしく「柔」にして「技」のユナイトギアだと言えるだろう。

 しかし白露はその柔軟さを犠牲にし、エモーショナルエナジーを注ぐことで硬度を増して防御に利用したり、ようやく伸縮させても投げ技に利用したりと、ほとんど立体的な戦闘ができていない。できても場当たり的なもので、戦術的とは言い難い。

 

「シンクロナイザーのサポートが追い付いてない……。やっぱり悠生くんの攻撃を防ぎきるにはシンクロナイザーだけじゃどうにもならないか。白露ちゃんも、それはわかってるみたいだけど……」

 

 白露も、シンクロナイザーを理解しようとする気持ちがないわけではない。しかし、レイダーという脅威がない時代で生まれた彼女は、ユナイトギアが戦いで用いられた光景をほとんど見たことがない。

 12年後の悲劇である『悪夢再び』によって、蓬莱寺と元レイドリベンジャーズたちの総力戦が起きた時には、既にユナイトギアをまじまじと見られる状況ではなくなっていた、ということもある。

 故に彼女は、現代のあらゆる装着者の中でも「ユナイトギアへの理解力」という部分が最低だといえるだろう。

 

「オレたち装着者とユナイトギアは、感情の昂ぶりが一番強い絆になる! 心のエンジンが上がるほど、ギアのパワーも燃え上がる! 憎しみじゃなけりゃどんな感情でもいい! オマエの心にある一番熱い感情を燃やしてみろ!」

「わたしの感情……! わたしが一番強く感じているもの、それは……!」

 

 白露の脳裏に浮かぶ、在りし日の悲劇。その悲劇の中、死に物狂いで抵抗し、そして散っていく人々を見た時の恐怖心。目の前で母を喪った時の絶望感。そして母を喪いこの世に見切りをつけて自分の前から姿を消した父への失望。

 そんな『悲劇』へのマイナス感情が白露のハートを刺激する。だがそれは決して憎悪の感情ではない。これは、この感情は――「二度とそんな悲劇を起こしてはならない」という、使命感だ。

 

「わたしは、お父さまとお母さまを救うためにこの時代へ来たんです……! 未来を全部まるごと救うために、護るために! そのために必要だというのなら……シンクロナイザーッ!」

『了解。アームズを最適化します』

 

 今の自分の未熟さを認める強さ。今の自分に出来ることを素直に見つめる勇気。悠生の言葉でそれらを学んだ白露が、自らの『使命感』を爆発させた時、シンクロナイザーがようやく白露を少しだけ「認める」ことになった。

 五尺をゆうに超えるほどの大太刀であった御霊鎮之紅瑠璃は、彼女の手にしっくりと納まる二尺ほどの小太刀へと姿を変えた。それはまさしく、『今の桐梨白露』に相応しい力の表れとして、白銀に輝く刃であった。

 それを認識した悠生は、ようやくか、と静かに洩らすと、不敵な笑みを浮かべながらその剛腕で大地を穿ち、巨大なクレーターを生み出した。

 

「シンクロナイザー!」

『了解。大邪一断(たいじゃいちだん)を使用します。エモーショナルエナジー、充填開始(チャージ)

 

 抉れる大地を強く蹴り、街灯、電柱、ビルと足場を変えながら高く高く飛び上がると、シンクロナイザーを悠生の胴へと伸ばし、縛り付ける。

 相手の回避を防ぎつつ、伸ばしたシンクロナイザーを引いて急接近することで加速を威力へと変換させることのできるその戦術に、悠生の口元がさらに歪む。

 

充填完了(コンプリート)。大邪一断、いけます』

「とやああああぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 

 

「希繋! 飛び退けッ!」

「え――」

 

 総交の声に気付いた時には既に遅い。直上から迫る無数の骨が、まるで獅子を囲う檻のように希繋へと降り注いだ。

 電撃体であれば抜け出すことも容易であっただろうが、電撃体を封じる手段を持つウィルフの目前で、それは自殺行為に等しい。

 地を抉った衝撃で発生した砂埃が少しずつ晴れていき、その檻の中へと閉じ込められた希繋の姿が――。

 

「……寸でのところで邪魔が入ったか」

「間に合った……! 間に、合った……!! 助けられた……!!」

「悪いけれど、私の家族は誰にも渡さない。まして、蓬莱寺なんかには絶対にね」

 

 そこにあったのは3人分の影。

 息を乱しながら膝をつく希繋と、そんな彼を目を潤ませながら抱きとめる少女。そして、そんな二人を庇うように立つ幼い体躯の少女。

 

優芽(ゆめ)……ッ! 情報部のお前が、どうしてここに……!」

覚悟(さとり)さんから、香坂(こうさか)先輩の様子がおかしいって聞いて、勝手ですけどお兄さんのバイク(XD400R)を借りて全速力で追いかけて、合流して一緒にここへ……。そしたら……!」

「……悪かった。心配かけたな。もう大丈夫……って言いたいところだけど、さすがにアタッカーが俺だけじゃどうにもならない」

 

 震える身体で希繋を抱きしめる優芽を優しく抱き返すと、ようやく彼女の顔から不安と恐慌が少しだけ和らいだ。

 立ち上がり、希繋はいつもの笑顔で優芽へと手を差し伸べる。

 

「俺を助けてくれたお前が膝をついてどうする。ヒーローらしく助けたんならヒーローらしく立って胸を張れ。そんでもって……手を貸してくれ。俺と一緒に、あいつを倒そう」

 

 それは、かつて優芽が憧れたヒーローに、一番言ってほしかった言葉。

 ヒーローに助けられるだけの人間でいたくない。ヒーローの隣に立ちたい。ヒーローと一緒に並んでいたい。そう願っていた彼女が、一番ほしかった言葉。

 その言葉を、彼女は今ようやく――自分を救ってくれた、一番聞きたかった声で、受け取った。

 

「……はいッ!」

 

 希繋の手を取る優芽の瞳に、もう不安はない。

 

(そう……そうよ希繋。それがあなたの強さ。スピードでもなく、ギアでもなく、まして『適応』なんかでもない。救うべき相手の最もほしい言葉や行動を、なんの疑いも迷いもなく、当然のようにやってのける優しさ。それがあなたの強さ)

 

 昂揚剤(デトネイター)を飲みこみ、イーリスを起動してディアドロップを構える優芽。

 靴のズレを直すようにエクレールの爪先を地面に軽く打ち付けながらウィルフを睨む希繋。

 両手のガントレットに弾帯を仕込み直しながら軽く背伸びをして身構える総交。

 三人の『仲間』が、逢依の前へと歩み出る。

 

(そして、そうやって救ってきた人が、あなたのことを放ってはおけなくなる。どんなに弱くても人を惹きつけてやまないカリスマ性……。それがある限り、希繋の『敵』はただひとつ)

 

 もはや疑う必要などない。かつての、自分と希繋だけのコンビであればどうにもならなかったかもしれないウィルフとの対峙。

 しかし今は二人だけではない。

 

「敵は一人。四対一の今でも厳しい相手には違いないけれど……でも、やれるわよね?」

 

 三人の返事はもはや聞くまでもない。

 三人の信頼が逢依を支え、逢依の信頼が三人を導く。

 

「蓬莱寺を前にして……生きることから目を背けられるかッ!」


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