「二人で一人の装着者、か……。なるほど、これが君の切り札というわけだね」
「さっきの一撃をかわしても、お前の体は既に満身創痍。抵抗するなら
「降伏とはまた……
この逆境で呟いたウィルフの言葉は、
彼の言う、絶体絶命の状況でこそ決して諦めることのない精神は、善悪の方向性こそ真逆であるものの、
誰かに「手を差し伸べる」ための家族と、誰かを「傷つける」ための集団。決してわかりえない二つの徒党だが、その両者が掲げる信念には通じるところがまったくないわけではなかった。
むしろ、理解できるからこそ……通じ合う部分があるからこそ、希繋たちはよりいっそう蓬莱寺を嫌悪していく。
「……けれど、さすがに僕も限界でね。悪いけれど今回はここでお暇させてもらうよ」
「逃がすと思うか?」
「ふふ、増援に次ぐ増援……それは果たして君たちだけかな?」
「何――ッ!?」
ウィルフの言葉の意味を理解するよりも早く、
ひとつふたつどころではない……明らかに20以上は存在するその勢力は、彼のレイドリベンジャーズとしての本能に警鐘を鳴らした。
「まさかレイダー!? このタイミングで、どうしてッ!?」
「今回ばかりは君たちの勝ちだし、ご褒美にその質問くらい答えてあげようか。とはいえ、そう難しいことじゃないよ。感情の昂ぶりを求めているのはユナイトギアだけじゃない。恐怖・不安……そして『憎悪』や『嫌悪』も感情のひとつさ」
背後から迫るレイダーの触手が希繋に伸びるが、
だが、おそらくウィルフはもう今回の件から手を引くだろう。すぐに状態を立て直すには痛手を負い過ぎていることは明白であるし、何よりシンクロナイザーのギア特性を得たことで、希繋が全盛期の力を取り戻したことは彼も痛感したはずだ。
そうなると、ウィルフだけでは対応しきれない事態だということを、彼だけでなく蓬莱寺家そのものが理解したはず。彼らの現時点での目的が「桐梨希繋の確保・拉致」だとバレている以上、こちらの警戒を上回る準備が必要になることも要因のひとつだ。
「逃がしたか……ッ!」
「追っても仕方ねーよ。まずはレイダーを食い止めるぞ!」
「ああ。逢依、指揮を任せる! 優芽、俺と一緒に悠生と総交の援護をしつつ前線の優勢を保て!」
失踪したウィルフを追おうにも、どこに向かったかもわからなければどんな俊足も意味をなさない。
早々に切り替えて、目の前に押し寄せようとしているレイダーたちに視線を向けると、このメンバーの中で唯一、レイドリベンジャーズとして前線での作戦にほとんど参加したことのない優芽に指示を出した。
悠生と総交については既に臨戦態勢。逢依は大局的な戦略的指揮に優れている分、前線での臨機応変な戦闘指揮は、普段からそれをこなしている希繋の役目だ。
「……こりゃあとで家族会議だな」
「会議後のご機嫌取りが大変ね」
先ほどウィルフが去り際に言い放った言葉の意味を、既に希繋と逢依は理解していた。
しかし――否。だからこそ、その意味を「本人」に話すこと、そしてそれをレイドリベンジャーズへ通達することには頭を痛めた。
「まぁ、娘のためさ」
「そうね、娘のためだものね」
◆
「さて、じゃあ改めて今回の『レイダー連続襲撃事件』について話し合いましょうか」
自宅に帰ると、少し早めの食事を終えて早々に家族会議が行われた。テーブルには希繋と逢依が向かい合って座り、逢依の横に白露が座っている。
優芽と
「そもそもの始まりは白露ちゃんが12年後の未来から来たことに起因するわ」
現代における18日前。白露が12年後の未来から現代へ訪れたその日、既にレイダー連続襲撃事件の引き金は引かれていた。
両親を救わなければ、という使命感によって過去へと遡った白露だったが、蓬莱寺によって父を失い母を喪ったばかりの彼女のメンタルは決して良いものではなかった。
両親のことを想う度に、彼女の脳裏には「蓬莱寺さえいなければ」という不安と恐怖、そしてそれを上回るほどの嫌悪と憎悪が渦巻いていたのだろう。
人一人の生み出す感情エネルギーは決して侮れるものではない。感情生命体とも呼ばれるレイダーを撃退するのが感情武装であるユナイトギアであるように、人の感情には無尽蔵の力が秘められていることは事実だ。
しかし、ギアを運用せずその感情をエネルギー化することは難しい。できたとしても、それは決して大きな力にはなりえない。だからこそ、かつて白露がレイダー連続襲撃事件の原因ではないかという意見が出た際にも、逢依はそれを否定できた。
だが、それは当時の白露がまだ「不完全」だったからだ。どんなに感情を爆発させても、それを力に換えてくれる存在が、当時の彼女には力を貸さなかっただろうと思っていたからだ。
「おそらく、白露ちゃんはこの時代に来てから私たちに保護されるまでの間に、一度だけシンクロナイザーを起動した。それは必死の想いによるものだったかもしれないし、あるいは無意識によるものだったのかもしれない。だけど間違いなく、本人の記憶の外でシンクロナイザーは起動した」
「わたしが、シンクロナイザーを……?」
「そう。身に覚えはない? 起動した記憶はなくとも、起動に至るほどの強い想い……きっかけが何かあったはずよ」
逢依の問いかけに、白露はふとあることに気付いた。
「そういえば……この時代に来て数日経った頃、シンクロナイザーの入ったお守りに何かを願ったような……」
『そうだ、生きることから目を背けるなッ!』
「――っ! そうです! 朦朧とする意識の中で、お父さまの声を聞いた気がしました!」
「やはり、そうなのね。だとすれば、シンクロナイザーは間違いなくその瞬間、あなたの感情を知ったはずだわ。私たちを助けようという使命感、まだ助けられるかもしれないという希望。助けるために必要な力を欲する切望。そして――」
両親を喪失した悲しみ。愛してくれる人がいない世界への絶望。悲劇を止められない世界への失望。
母親を殺した蓬莱寺への憎しみ。母を喪った父親を支えてくれなかった人々への嫌悪。そしてそんな感情が全て交じり混ざったことで生まれた明確な殺意。
それらが全てシンクロナイザーへと注がれた。だがシンクロナイザーは感情の
自らに注がれた負の感情を全て、周囲の生物へと伝播させ、白露をレイダーギア化させないことに尽力した。
「蓬莱寺によって煽られた感情をユナイトギアが増幅し、それをギア自身の自己判断によって拡散してしまった。だけれどそれは同時に白露ちゃん自身が抱えていた無意識のネガティブな感情を発散することにもなった」
「さっきの戦いでウィルフを前にしても白露の感情が
拡散された感情は周囲の生物……動物や昆虫、あるいは植物や菌類にも影響を及ぼしたかもしれない。
とにかくそうして環境への影響が出たことで
だが発見直後の彼女は数日もの間、飲まず食わずで動き続けていたことで衰弱しており、意識も朦朧としていた。そのため自分がギアを起動させたことを覚えていなかった。
あらゆる負の感情を放出した彼女の胸に最後に残っていたものは、何がなんでも両親を守らなければ、という「使命感」だけだった。
「白露ちゃんが解き放った負の感情によって、レイダーは突如としてその勢力を増したわ。けれど膨大だった供給はその一度きり。だから最近になってその勢力が衰えを見せ始めた」
「もちろん、拡散後も負の感情による影響は続いただろう。動物や昆虫は群れの中で無益な闘争を始め、植物はストレスから成長が遅れただろう。だが、それは最初の供給とは比較にならないほど微小なものだったに違いない」
「ようは、先輩方がもうしばらくこのままのペースで対処し続ければ、レイダーの出現頻度は本来のものに戻るかも、ってことですよね」
優芽の言う通り、対処が後手に回っていることは隠しようのない事実であるが、しかし対処しきれる範囲に収まりつつあることもまた事実なのだ。
レイダー連続襲撃事件初日から現在まで既に12日が経過しているが、この12日の間にレイダー側の勢力は2割近く削られている。数か月もすれば、その勢力は十分に殲滅可能な範囲になるだろうと逢依は判断していた。
無論、レイダーの出現自体がなくなるわけではない。以前までと同じく、愛知県永岑市は世界有数のレイダー頻出地域である。それでも、ここ数日のような高頻度でなくなるだけでも、市民の精神的負担は減るだろう。
「……ですが、だとすればそもそもわたしが現代に来たことが、現代に生きる永岑の人々を不安に陥れたことに……! そればかりではありません! 実際にレイダーの被害を受けた方も……っ!」
確かに、今回の事件の顛末には、根本的な部分でどうしても白露の「負の感情」という要素が大きく影響している。それは言い換えるなら、そもそも彼女がこの時代に居なければ起こらなかった事件だということにもなる。
だが、希繋と逢依は――いや、ここにいる誰もが、白露を責める気など毛頭なかった。
「白露が悪いわけじゃないさ」
「ですが……ッ!!」
「そりゃ、原因が白露にまったくないなんて言えない。白露の感情が今回の事件を引き起こしたという事実は曲げようもない」
だけど、と希繋は言う。
「もしも白露が現代に来てくれなければ、救われないはずの命がいくつもあった。それは俺と逢依だけじゃない。蓬莱寺と実際に対峙してわかっただろ、あいつは俺と逢依と優芽と総交の4人がかりでも抑え込めないほどの相手だった」
「……蓬莱寺……」
「あの時、悠生が白露を連れてきてくれなければ……白露が『同調』できなければ、正直言って相討ちがいいところだった。悠生だって、最強だけど無敵じゃない。あの時、満身創痍だったのは相手だけじゃなかったからな」
事実、あの時の希繋はシンクロナイザーによってエモーショナルエナジーの供給を受けていたとはいえ、既に蓄積された疲労とダメージによって立っていることさえやっとの状態だった。
ここ数日続いていたレイダーとの連戦。誠実・敬意と共闘しながらウィルフと対峙し、たった四日しか開けず再びウィルフと戦闘。しかも最後に至ってはレイダーの殲滅、ウィルフ撃退、レイダー殲滅の三連戦だ。
最終的にレイダーとの戦闘後、その場で倒れて悠生に担がれながらレイドリベンジャーズの医務室に直行したのも、大部分は疲労によるものが原因だったという。
「過去はどうやったって取り戻せない。白露がどんなに悔やんでも、もうどうしようもないんだ。だけど未来だったら変えられる。白露がここで俯いていたら、変わる未来だって変わらない。……そうだろ?」
ちらり、と視線をソファーへと向けた。
するとその視線に気付いた彼女は、何も言わず微笑みながら頷く。
「白露ちゃんはお父さんとお母さんを助けたいんですよね? だったら俯いてる暇なんてありませんよ。それとも……あたし一人に全部任せてくれるんですか?」
「それは……っ! それは、できません……! 優芽さまだけには……いえ、決して優芽さまを信頼しないわけではありませんが、それでも……わたしがやるべき……やりたいことなんです! 優芽さまだけにお任せすることはできません!」
それは、白露が希繋たちの前で初めて見せた感情。
怒りではなく、しかし焦燥と独占欲の入り混じった……そう、まるで『嫉妬』のような感情。
「……えっと、あたし白露ちゃんに何かしましたっけ」
「あ……いえ、その……」
咄嗟のことに困惑したのは優芽だけではなかったのか、取り繕うこともできず縋るように希繋へ視線を向ける白露だが、さすがに白露がそういう感情を向ける理由がわからないのは白露以外の全員が同じだった。
ひとまず安心させようと、いつものように微笑みながら「平気だから、言ってみな」と宥めると、彼女は少しずつ口を開いた。
「その……お母さまを喪って世界に失望したお父さまがわたしの前から去る寸前、わたしは優芽さまの元に預けられたのですが……」
それはおそらく、
しかし、父と母が心から愛し合っていたことを誇りに思っていた白露にとって、それは自分という「逢依の置き土産」を
もっと大胆に言えば、白露の視点からすると、希繋が逢依の次に信頼していたのが優芽だったのだ。故に、白露は優芽に対して感謝だけでなく嫉妬も抱いていたのだ。
「……これは希繋が悪いわね。後でじっくり話し合いましょう」
「あたしが言えたことじゃないですけど、さすがにこれはちょっと……」
「さっきまで普通に良い感じの流れだったのに、唐突に矛先がこっち向いてきたな」
その後、家族会議は第二ラウンドへと突入した。