「
「ええ。お隣の
「レイダーが仮面かぶって舞踏会でも開いてんのか?」
「まぁ、名前だけ聞けばそういう反応になるわよね……」
レイドリベンジャーズ永岑支部。世界有数のレイダー頻出地域の永岑市を守るそこで、一人の女性がそんな話を切り出した。
返事を返した男性は、真剣に受け取るべきか思案しているような素振りで、どうにも反応に困っていた。その女性は冗談を嗜むことはあれど、業務に関わる冗談を言うような人間ではない。
そうなると、返事をした男性だけでなく、その部屋にいる部下の面々は彼女の話を真面目に聞かざるをえなかった。
「あまり詳しい情報は私も知らないわ。政礼支部のレイドリベンジャーズから又聞きした話だし、何より私自身、この話を最初は本気にしていなかったもの」
「「最初は」ってことは、今はその噂を信じざるを得ない何かがあるってことか。まぁ、これが本当にレイダー絡みの話なら政礼支部でどうにかしろよってことになるんだが」
「もちろん政礼支部も何もしなかったわけではないけれど、どうにもならなかったみたいね。それに、そのレイダーの行動に不可解な部分もあったみたいだから」
「不可解な部分?」
不可解な、という言葉に男性は首を傾げた。もちろんレイダーという存在の成り立ちや、いつどこからどのように襲ってくるのか、という点は紛れもなく不可解なのだが、彼らの「行動」について不可解だということは、感じたことがない。
彼らは負の感情によって成り立つ感情生命体であり、人の負の感情を糧として生存し成長する。そのため、人を襲うことは一種の本能的行動であって、思考や嗜好の問題ではない。故に、彼らの行動原理は至ってシンプルだと言えるはずだ。
しかしそれが彼女の言う通り「不可解な」行動原理を持つとするのなら、そのレイダーには間違いなく「本能」以外の行動原理――即ち明確な「目的」が存在することになる。
「ひとまずそのレイダーの特徴から説明しましょうか。マスカレイダーの外観的特徴は、今までのレイダーとは一線を画すらしいわ。分類としては二足歩行型で、極めて人間的なフォルムを持ち、非常に短時間ながら飛行能力も持つとのことよ」
「二足歩行の飛行型って時点で新型だが、その上さらに人間的なフォルム? ようはあれか、神話とかに出てくるガルーダとかハーピイみたいな感じか」
「翼はスカートやコートのように腰から足を覆うようにしていたらしいから、パッと見ただけなら完全に人間の姿をしたレイダーと思っていいみたいよ。体つきからして、スリムな女性のような体型だったと報告されているわ」
「じゃあガルーダとかハーピイよりは天使とかそっち系だな。レイダーって時点で印象は最悪だが」
外観だけの話をすれば、衣服のように纏う翼を持つスリムな女性だが、その本質がレイダーだとわかっていれば、その美しい容姿も人間に油断させやすくするための擬態とも考えられる。
そうだとすれば、そのレイダーは人間の嗜好を理解し、どのような外見が有効であるかを理解しているということになる。
となると、その学習能力もさることながら、それ以上に人間の美的感覚――もしくはそれ以上に多くの感覚を理解しているということが、何より恐ろしい。
「あと何よりも度肝を抜かれたのは、そのレイダーが人間の言葉を理解していた……かもしれない、ということね」
「は?」
ここまでで十分そのレイダーの特異性や脅威性について事態を重く見ていた男性だったが、続く女性の言葉にいよいよ頭が真っ白になった。
「えっ、ちょっと待っ……は? いや、それはさすがに、えぇ……?」
「まぁ、そう言いたくなる気持ちはわかるわ。実際それについては「かもしれない」域を超えないらしいし。けれど、マスカレイダーと対峙したレイドリベンジャーズの多くは、マスカレイダーに対して「意思疎通が出来た」と感じたらしいわ」
言葉――それは人類史上で類を見ない、まさしく人類最大の発明にして、人類最大の文明であり、人類最大の技術だ。
言葉を理解するということは人類を理解することと言っても過言ではない。それほどに人類は言葉というものに依存し、そして言葉によってあらゆる文明と技術を生み出してきた。
そんな「言葉」を理解できるレイダーが現れたとなれば、その脅威性はもはや先程言っていた「感覚」への理解などの比ではない。今こうしている間にも、そのレイダーは言葉を学び、人類を学んでいるはずだ。
人がどのような価値観をもち、倫理観を持ち、嗜好を持ち、欲求を持ち、感情を持ち、それらを律する理性を持っているのか。人類の防ぎようのない「内側」を全て知られることになりかねない。
「そんな厄介なレイダーがいるなら手を
「そうね。私もここまでの話を聞いた時は同じことを政礼支部の部隊長に言ったわ。どう考えても政礼支部だけで解決できる相手ではないし、現時点では政礼町に留まっているとはいえ、いずれより多くを学んだマスカレイダーが行動範囲を広げた時の被害は計り知れない」
「だったら……!」
「けれど……どうもそのマスカレイダー、人間をまったく襲わないらしいのよ」
うん? ともはや何度目か、男性は疑問符を浮かべた。
人間を襲わないレイダー。それはつまり、負の感情を得ようとしない、生存も成長も目的としない――生命の本能的にありえない「自滅的な行動」をとっているということになる。
本能だけで行動していないことは再三に渡って述べてきたことだが、それにしても根本的本質がレイダーである限り、本能の中でも最も根底にある「生存本能」に抗う個体となると、さすがに予想の範囲外であった。
「襲わないどころか、レイダーとの交戦中、不意をつかれたレイドリベンジャーズを庇うように現れ、そのまま加勢したという報告もあって、政礼支部は対応に困っているらしいわ」
「あー……レイダーって時点でその脅威性は明らかだけど、仮にそのレイダーが人類に協力的・好意的な存在だとしたら、そのレイダーを研究することでレイダーへの対抗手段を得られるかもしれないってことか」
「そういうこと。もっと端的に言えば、敵として駆除するかモルモットとして飼い慣らすかってことね。マスカレイダーからしたらどちらを選んでも不幸にしかならない気はするけれど」
人を襲わないばかりか、人を守ろうとするレイダー。人型というだけでなく言葉まで理解することまで入れて考えると、男性だけでなくその場の全員の脳裏に、現実的ではないが悪夢のような可能性が
「隊長、そのマスカレイダーって、もしかして……」
「十中八九、要注意組織のいずれかによってレイダーに「変異」させられた元人間……ってところでしょうね。奴らは自らの欲求に対してどこまでも忠実だわ。奴らの行った人体実験の被害者は、私も何度か見てきたもの……」
「「変異」……。いや、もしもマスカレイダーが人としての心を今も持っているのなら、変わったのは見た目だけだ。だから……そう、「変貌」だ。そいつはレイダーに変貌しながら、それでも人間であり続けてる……!」
だからこそ――と、女性は微笑む。
「だからこそ、あなたにこの話をしたのよ。世界最弱のレイドリベンジャーズにして、対人事件のスペシャリストである
「……なるほど、そういうことか」
「そう。あなたにはこれからマスカレイダーに接触してもらうわ。マスカレイダーが何を思い、なんのために人々の前に現れるのか、そしてマスカレイダーが本当に人類の脅威とならない存在なのか、それを見極めてちょうだい」
マスカレイダーを人間ととるか化け物ととるか。守るべき存在とするか駆除すべき存在とするか。レイドリベンジャーズはその判断を「彼」に委ねたのだ。
人類に対して誰よりも甘く、化け物に対して誰よりも冷徹な「彼」だからこそ、マスカレイダーの表面的な利害だけでなく、本質を見抜くことができるはずだ、と。
「了解。でもさすがにレイドリベンジャーズとして接触するわけにはいかないしな。エクレール、久しぶりにあれをやろう」
『……あれを? 了解。ご武運を祈ります』
「いやご武運じゃなくて平和的に解決したいんだよ」