「余計なお世話……でしたか? マスカレイダー」
不敵な笑みを浮かべながら振り向くのは、虹色の髪と瞳を持つ竜のような少女。その巨大な翼と蛇のような下半身は、間違いなく対レイダー兵器『ユナイトギア』によるものだ。
そしてユナイトギアを纏う戦士がこの場に居るということは、彼女がレイダーに対抗するための勢力『レイドリベンジャーズ』の一人であることを意味している。
「…………」
「沈黙、ですか。まぁいいでしょう。レイドリベンジャーズであるあたしが、レイダーである貴方の前に現れたということは、本来なら剣を交えるべきなのですが……おおよその状況は聞いています。そちらに敵意がないのなら、ひとまずここは共闘といきませんか?」
「…………」
「迷いのない首肯は有難いです。では、一時的なものではありますがよろしくお願いします。レイダーはこのA-06ポイントからA-08ポイントに向かって……と、エリアポイントはわかりませんよね。ここから南南西に向かって一直線に進行中です。既に他のレイドリベンジャーズが迎撃準備を整えているので、我々は追い込みながら合流します」
声を出せば個人を特定される可能性がある。そう考える叶枝は、マスカレイダーの姿での会話を避けるためジェスチャーのみでコミュニケーションを計る。
幸いなことに、このレイドリベンジャーズはマスカレイダーに対して明らかな好意も悪意も抱いていない。「状況は聞いている」という発言からして、おそらくマスカレイダーとの交流を目的として派遣されたのだろうと叶枝はアタリをつけた。
事実、彼女はそうした目的のために遣わされた者であり、叶枝の判断は結果的に正しいものであった。しかし反面で自発的な発言ができないせいで、彼女がどんな人物であるのかもわからなかった。それは内面だけでなく、名前ひとつにしても同じことが言える。
(やっぱプロは手際がいいな。レイダーに対抗する手段を持っているという点では同じはずなのに、避難誘導を進めながら敵勢力の規模と行動ルートの把握、必要量の戦闘部隊の派遣まで行ってなおマスカレイダーにまで人員を割く余裕があるってのは、さすがに
個人と集団。数の差は「できること」の差だと誰かは言う。一人でできることを、二人なら単純に二倍できる。それが「集団」や「団体」と呼べるだけの人数になれば、当然その数に比例して「できること」は増えていく。
まして「できること」に個体差があるものが集団となれば、それはもはや単純な足し算では数え切れない。1+1が10にも100にもなる。それが集団の最大の強みなのである。
そして、その集団を構築する個人個人が熟練されたプロフェッショナルたちであるのなら、もはや個人との差は比較にもならない。どう足掻いても「個人」の範囲を越えられないマスカレイダーは、それを痛感せざるをえなかった。
「あと五分程度で追跡中のレイダー群に追いつきます。ですが目的地となるポイントに追い込むまでこちらからは攻撃せず、誘導と監視に留めてください。無暗に相手を刺激することでレイダー群が散開し、被害の拡大が予想されます」
「…………」
無言のまま首肯で返し、緊張感の指向性を戦闘時のものから索敵時のものへと切り替える。するとマスカレイダーの表皮が敏感にレイダーが孕むネガティブな感情を察知し、おおよその位置と距離を掴む。
同行するレイドリベンジャーズの言う通り、移動速度はこちらが勝っており、このままの速度でいけば五分、遅くとも七分程度で追いつくことができるだろう。
しかし予想外なのは数であった。先ほどまで居たポイントでは14頭ものレイダーがいたことに対し、彼らが今追っているのは僅か6頭程度の少数勢力。先程の彼女の口ぶりから、これが「追撃戦」だとすると――。
(俺たちが対峙したのは間違いなく本隊ではなかったはず。もしそうなら俺たちより先にレイドリベンジャーズが到着していたはずだし、援軍はもっと早く多かったはずだ。ということは、この短時間で最低でも20頭以上の敵部隊を片付け、残党となるこの勢力を追い込むところまで持って行ったということか)
つまりは、現在追っているこのレイダー群はレイドリベンジャーズの「取りこぼし」であるか、あるいは本隊から逸らすことが目的なのだろう。
しかし、そうなると今度は「取りこぼし」というものに対して疑問が残る。これほどまで迅速かつ周到にレイダーを追い込み、そして仕留めることのできる組織が、なぜ「取りこぼし」などを出してしまったのか。
本隊から逸らすことが目的であるとしても、これほど長距離に及ぶ必要はないはず。これでは引き剥がすというよりも隔離と称した方が――、
(――まさか)
脳裏に浮かぶのは幾つかの無関係なワード。「一時休戦と共闘」「同行するレイドリベンジャーズ」「少数のレイダー群」「取りこぼし」――そして「隔離」だ。
表面的に見れば「本隊との交戦中に取りこぼした少数のレイダー群を迎撃部隊が待ち構え、マスカレイダーと共に誘導・監視しつつ追い込むための共闘」となるだろう。しかし、そこに「隔離」の二文字が追加されるとすれば?
突如、共に追跡をしていたマスカレイダーの足が止まり、同行していたレイドリベンジャーズが訝しむように足を止めて彼に問いかける。
「どうかされましたか?」
『俺の確認した限りではレイダー群は6頭だが、レイドリベンジャーズにとって「6頭のレイダー」というものは「被害範囲の拡大を留めつつ対応できないほどの勢力」なのか?』
バトルデバイスから投影された小型モニターに表示された文章を見た瞬間、相手のレイドリベンジャーズは表情はそのままに、しかし言葉を詰まらせた。ポーカーフェイスこそ一級のものだが、肝心な言葉が出ていない。それだけで判断材料としては十分だった。
緊張感の指向性を再び「臨戦態勢」へと切り替えたマスカレイダーは、そのまま身構えながらレイドリベンジャーズを睨む。しかし相手は何も言わないまま無表情だった口角を上げ、満足気に微笑む。
『目論見が明らかとなったことで本性を現したか』
「ふふっ……いえ、そんなことはありませんよ。ただ「やっぱり」と思っただけです。相手がただの一般人ならともかく、あなたのような頭の回る相手では無意味な作戦だと思っていました。あー……いえ、もしかすると彼的にはそっちが本命なのかもしれませんね。あなたに危機感を与えるには十分な効果ですから」
『……どういう意味だ』
「簡単なことです。半分ほどはあなたの言う通り。「これ」はレイダー追撃作戦ではなく、マスカレイダー捕獲作戦です。たった6頭程度のレイダーなら、レイドリベンジャーズ一人……新人でも二人いれば十分対処可能ですからね」
マスカレイダー捕獲作戦。
レイドリベンジャーズに対し、明確な敵意を見せていないマスカレイダーを、レイダーの追撃という名目を餌に誘き寄せ、徹底した戦力をもって攻撃・捕獲することを目的とした作戦。
しかしこの作戦において被害を被るのはマスカレイダーだけではない。レイダーを意図的に逃がすという作戦は、民間人に及ぶ危険性を見逃すということでもある。
『卑怯者め……』
「確かにあなたから見ればレイドリベンジャーズの評価は地に落ちたことでしょう。でも勘違いしないでください。この作戦が認可されたのは、他でもないあなたのためなのだということを」
『こうした作戦をとることで俺に危機感を与えようということか。詭弁だな。作戦がバレた時の負け惜しみで恩を押し売りしているようにしか聞こえん』
「無論、そうした意図がないわけではありませんが、それだけではありません。この作戦を提案したのはレイドリベンジャーズの中でも特にレイダーに対し強い憎悪を持ち、あなたのような意思疎通が可能な相手に対してもその姿勢を崩さない、いわば「過激派」と呼ばれる者たちです」
過激派の活動はしばしば民間人への被害も顧みず徹底的にレイダーへの攻勢を崩さない姿勢や、人命救助を優先すべき状況でもレイダーとの戦闘に固執するスタンスを持ち、予てよりレイドリベンジャーズへの不信感を買っていた。
しかし基本的に個人個人のスタンスであるために、そうした過激派に対してまとめて処罰を与えることはできていなかった。そのため、今回の作戦でそうした過激派を炙り出し、その副次的な目的としてマスカレイダーへの警戒心を与えることを狙っていたのだ。
「今回の件で過激派の大部分がリストアップできました。もちろん個人のスタンスに組織として強く口出しすることはあまりできませんが、既にこれまでの経過からも許容できる範囲を大きく逸脱しています。厳重注意くらいでは済まない程度には、ね。あなたには不快な思いをさせましたが、これも巡り巡って民間人のためと思っていただければ幸いです」
『……お前たちの目的は理解した。納得できる理由だと言える。だが騙されて気分のいい奴なんていないってことくらい、そっちも理解できるだろう』
「もちろんです。非礼を詫びた上で、良識の範囲内でそちらの要求をひとつだけ聞きましょう。上層部からその程度の融通は認可されていますし、情報部としてマスカレイダーが現時点では安全な存在だと流布することも可能です」
『俺がどんな存在であるかはお前たちが決めることじゃない。それは俺を見た人々が各々の判断で決めるべきことだ。それよりも――』
◆
「――で、本当によかったのかい? あんな約束を取り付けたりして。あれじゃあ向こうにメリットがありすぎる。表面だけの話をしても損得は明らかにこちらがマイナスだ」
「いいんだよ。こっちに敵意がないことを伝えることの方が最優先だ。そうすれば今回みたいに過激派が動いても俺たちが何をする必要もなくレイドリベンジャーズがどうにかしてくれる。それにレイドリベンジャーズの内部と個人的なパイプを作れただけでも十分なメリットだ。向こうは監視しやすくて万々歳、俺らは守ってもらえて万々歳。だろ?」
「それだけで済めばいいけど……そんな簡単に始末がつく問題じゃないと思うんだよなぁ。うーん、後で『お母さん』に相談しようかなぁ。あー、でもあんまり頼りすぎても『家族』の掟に反するし……相談するなら『
「毎回思うけどお前の『家族』ってなんなの? ヤのつく組の義兄弟的なアレなの?」
レイドリベンジャーズの少女と別れ、菊菜の待つ喫茶店へと戻る途中、叶枝と望夢は先ほど提示した『要求』についての話をしていた。
内容としてはシンプルなもので、「マスカレイダーの活動を妨害するか否かはレイドリベンジャーズの判断でしてもらう。ただしマスカレイダーがそれに従うかは別であり、代わりにレイドリベンジャーズとの交流は可能な限り受け入れる」というものであった。
それはつまりレイドリベンジャーズ側からすれば「監視・干渉は好きにしていい」というもので、逆にマスカレイダーからすれば「干渉に反発する権利だけは保ちつつ、レイドリベンジャーズをある程度まで受け入れる」ということ。どちらの方が明確な利を持つかなど、考えるまでもなく答えは出ていた。
レイドリベンジャーズという組織――つまり「集団」の力を得られるとはいえ、彼らの活動内容は基本的に民間に対してオープンだ。もちろん組織の中枢に関する情報までは出回らないが、主な活動内容や活動目的ははっきりしている。主戦力であるユナイトギアの存在も公表されているため、組織として表に出る情報は全てマスカレイダーも知るところだ。
しかしマスカレイダーの情報となると、これはレイドリベンジャーズの大部分が知ることのないものだ。情報部ならば彼らの正体や、その個人情報まで押さえている可能性もゼロではないが、それでも大多数はマスカレイダーを「明確な敵対意思を見せないレイダー」程度にしか認知していないはずだ。
ともなれば、交流を深めることでより多くの情報アドバンテージを取られるのは間違いなく情報をまだ出し切っていないマスカレイダーの方であり、レイドリベンジャーズは既に公表している情報にプラス末端団員の情報が流れる程度なのである。
「まぁ家族の話はまた今度にして、それよりも今はマスカレイダーとしての活動について……って、ああ、この話もここまでにしよう。桐咲ちゃんがこっちに気付いたみたいだ」
互いに並んで向けあっていた視線を前に戻せば、先ほどの喫茶店のテラスで大きく手を振りながら笑顔を向ける菊菜の姿が見て取れた。
さすがに店の前で待ち続ける気はなかったのか、優雅にお茶とケーキを楽しみながら文庫本を片手に待っていたようだ。
「……ん? あれ、あの一帯は
「菊菜ちゃんだけなら前回もそうだったからわかんないけど、お店が普通に営業してるとこから見てそうなんじゃない? 店員さんどころかお客さんものんびりしてるし」
「レイダー出現地域、ここからそんなに離れてないはずなんだが……」
脳裏にちょっとばかりの引っかかりを感じながらも、二人は手招きをする菊菜の元へと駆け出した。