「消えろォォォォッ!」
「…………ッ!!」
振り下ろされる
鎌の根元を繋ぐ鎖の輪を射抜くように地面へと突き刺さったのは、紫色の布装飾が施された一本の
マスカレイダーもまた警戒しながらレイドリベンジャーズの視線を追うように顔を上げると、そこには小学生程度の身丈をしたレイドリベンジャーズが二人を見下ろしていた。
「……永岑市の第二部隊長か。レイダー駆除の邪魔とはなんのつもりだ!」
「なんのつもり、はこちらのセリフだと思うのだけれど。今回の作戦はマスカレイダーとの共同戦線。私情を挟むなとは言わないけれど、せめて作戦中は指示に従ってもらわないと困るわ」
「レイダーを殺すためにレイダーと共同戦線なんてありえない! それに僕は政礼支部のレイドリベンジャーズだ! あんたの指示に従う理由はない!」
「作戦の指示に従わないだけでなく作戦の概要をまるっきり聞いていなかったのね……。今回の作戦の指揮には政礼支部第一部隊長と永岑支部第二部隊長の私が請け負っているの。だからあなたは私の指示に従う義務がある」
溜息ながらに頭を押さえると、その少女のようなレイドリベンジャーズはビルから飛び降りて二人を遮るように立つ。
その視線は若者へと向けられたままだが、手にした短剣は両者のどちらにも向けられるように、常に威圧感と緊張感が漂っている。
「マスカレイダーは肉体こそレイダーのものだけれど、現時点では明確な自我を持ち、私たちに協力してくれている。ならばこちらも誠意ある態度で協力するのが筋というものではないの?」
「レイダーに筋を通す必要などないッ!」
「……これは対話でどうにかなる様子ではないみたいね。なら、少しお灸を据えてあげるとしましょう。マスカレイダー、あなたはこの先にいる彼の部隊と合流してサポートしてもらっていいかしら?」
少女は体を半身のまま顔をマスカレイダーへと振り向くと、その隙をついて放たれた鎖鎌を振り向きもせず防ぎきり、余裕のある微笑みを向けた。
マスカレイダーは少し考えて、「任せてもいいのか?」とバトルデバイスに入力すると、彼女は軽く頷き、若者のレイドリベンジャーズへと向き直る。
「…………」
「逃がすかッ!」
「通さないし、あなたこそ逃がさないわよ」
駆け抜けるマスカレイダーを庇うように立つ少女に、若者は怒りを露わにする。
「今回の行動は立派な命令違反。再三に渡る説得および忠告にも耳を貸さなかったとなると、ちょっとやそっとのお叱りでは反省しないでしょう?」
「邪魔をするなッ! 支部は違えど仮にも部隊長だろう! ならなぜレイダーの味方をする! 貴様それでもレイドリベンジャーズかッ!」
「ええ。私はレイダーを駆逐するためではなく、市民の平和を守るためにレイダーと戦うレイドリベンジャーズ。市民を守ってくれる存在であるのなら、たとえ彼がどんな姿であろうとレイドリベンジャーズの味方として受け入れるわ」
漆黒に妖しく光る短剣を手に、
どちらが正しくどちらが間違っているわけではない。どちらもが正しいが故にどちらもが反発し合う。だからこそ衝突に言葉は意味を為さず、手にした力をぶつけ合うしかない。
叶えられる「正しさ」はひとつだけ。そのひとつを掴むため、二人の望みが牙を剥く。
◆
若者の相手を少女に任せて走り抜けた先でマスカレイダーが見たのは、12メートル近い巨体を持つ超大型レイダーを涼しい顔で討ち倒し、軽い休憩を挟んでいる数人のレイドリベンジャーズたちの姿だった。
ワイヤーで雁字搦めにされ、首と胴を切り離されて横たる巨人型レイダーは、他の部位にまったく損傷が見られないところを見ると、おそらくほとんど一瞬で仕留められたのだろう。
「おっ、お前さんが噂のマスカレイダーってやつか。悪いな、見ての通りお前さんの見せ場はもうなさそうなんだ。他の部隊……つってももうそろそろどこの部隊も同じような感じだろうな。コーヒーくらいなら出してやれるが、お前さん口ねぇからダメだな。まぁゆっくりしてけよ」
「てゆーかマスカレイダーさんの方に新入り行かなかったか? あいつレイダー見ると見境ないッスけど、マスカレイダーさん大丈夫ッスか?」
「……ああ、会話は筆談なんだ。えーっと……「小学生くらいの少女が逃がしてくれた」って……あぁ、永岑支部の第二部隊長さんですね。ならまぁ心配なさそうでひとまず安心安心」
無精髭を伸ばした男と、軽薄そうな少年、そして朗らかな少女が、遠慮なしにマスカレイダーへと詰め寄る。おそらくこの三人と先程の若者でひとつの部隊なのだろう。
マスカレイダーはやや困惑しながらも、いつものようにバトルデバイスを通して会話を進めた。するとやはり、先程の若者はレイダーを誘導・追跡中、本流から逸れた数体を追ってはぐれたのだという。
「悪いな、マスカレイダー。決してお前さんが悪いわけじゃないが、あいつもあいつで家族をレイダーに殺されてる。だがお前さんに非がなくとも、レイダーを恨む奴がお前さんを恨むことも、ひとつの当然ってやつなんだ。決してそれを「仕方ない」とは思わなくていいがな」
「わたしたちも昔はあんな感じだったしね。マスカレイダーさんには申し訳ないけど、あなたがもう少しレイドリベンジャーズ全体に認知されるまでは、我慢してあげてくれないかな。時期がきたらほっぺのひとつくらいひっぱたいてもいいからさ」
「…………」
彼らの言う通り、マスカレイダーとレイダーの本質は同じものだ。負の感情を糧として肉体を成し、負の感情を力と振るう。決定的に異なるのは、心の有無だ。他者を尊び、他者を思いやり、他者を守ろうとする心があるか否か。
しかし感情は形のないものだ。誰にどう伝えても、伝える手段が言葉である以上、その言葉を疑われてしまえば感情は真の意味を伝えきれない。だからこそ、マスカレイダーがとるべき行動はひとつだ。
今の立場ではレイドリベンジャーズの多くはマスカレイダーを心底から信じきれない。だから言葉も気持ちも伝わりきらない。ならば、信用を得ればいいのだ。
マスカレイダーとしてレイダーと対峙しながら、レイドリベンジャーズの信用を得て自分の想いを伝え、次はレイドリベンジャーズだけでなく周囲に居る多くの人々に、マスカレイダーが味方なのだと知ってもらう。
今のままではよくても「敵ではない」止まりだ。そこから「味方」だと知ってもらうために――マスカレイダーという存在を受け入れてもらうために、
たとえその道の途中で、どれほど多くの人々の醜さを目の当たりにしようとも。
「すげー関係ないッスけど、マスカレイダーさんってオスなんスか? それともメス?」
「ほんとに関係ない上に唐突だねー。ていうかオスメスって言わないであげてよ。ガワはこうでも中身は人間なんでしょ?」
「え? 人間なのか? 俺が聞いた限りだとレイダーの突然変異種って話だけど」
「え? 人間がレイダーと融合してるんじゃないの? こう、近くにいたレイダーもぐもぐして」
おそらく場を和ませようとした少年のちょっとした質問が、不意に闇の深い沼のような意見へと混乱していく。
しかし実はこの問いに一番困ったのはマスカレイダーだった。真実としては、レイダーの遺伝子を投与された人間が一般人の意識と融合することでマスカレイダーとなっているわけだが、そうなると彼らが「普段は人間」だということを証明してしまう。
だが安易に「レイダーの突然変異種」だと言ってしまえば、それはレイダー全体の評価を変え、レイドリベンジャーズの今後の動きを阻害してしまう要因になりかねない。
レイダーを討つというレイドリベンジャーズの使命を揺るがすことなく、自分が人間だということを隠すにはどうするか。マスカレイダーの出した答えはひとつだった。
「「人工的に造られたレイダーだ」……って、それ思いっきり違法研究じゃないッスか。あー、なんか聞いたことあるかもッス。要注意組織ってやつッスよね」
「とはいえ要注意組織といっても数があるからな……。どの組織なのかわかるか?」
「…………」
マスカレイダーは静かに首を横に振った。
実際は『
おそらく無精髭の男はそれを察したのだろうが、沈黙の意味も同様に察してくれたようで、それ以上の追及はなかった。
「……そうか。まぁ出自がどうあれ今は心強い味方だ。ちょっと休んだら他の部隊とも合流する。それまで俺たちに同行するか?」
これにもマスカレイダーは少し悩んで、やや間をおきながらバトルデバイスに文字を入力していく。
「「同行することに異議はないが、先程の彼との衝突は避けたい。お前たちの視野の外から追尾する形でよければ同行する」か……。それもそうッスね。永岑の第二部隊長さんも暇じゃないし、適当なとこで切り上げて返してくれるはずッスから、それが平和的っちゃ平和的ッス」
「じゃあわたしたちは気付いてないフリしないとですね。となるとけっこう離れててもらわないとですけど、マスカレイダーさん目なさそうですけどわたしたちのことちゃんと見えてます?」
「見えてなかったらそもそも左腕のアレをこっちに向けないだろ。まぁ800メートルくらい離れて気配消してりゃ大丈夫だ。そうだな……もう五分も休んだら出発だ、お前さんも準備しといてくれ」
頷いて無精髭の男と手をはたき合わせると、マスカレイダーはその場を離れた。
視界の端で先程の若者と少女による戦闘の様子も映ったが、もはや気にも留めず駆け抜けた。