【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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協調-セッション-

 マスカレイダーとレイドリベンジャーズの合同作戦からちょうど一週間が経過したその日、政礼町だけでなく愛知県周辺の各県では物々しい空気が漂っていた。

 時を遡ること二日前、10月11日の夜の出来事であった。事の発端となったのは、日本三位の人口数を誇る愛知県の主要都市・粋津(いきつ)市で発生した大規模なレイダー発生事件。

 レイダーの勢力レベルは100頭以上300頭未満を現す『団』レベルであり、近年では永岑市でさえ多くは見られない大規模勢力による侵攻であったが、レイドリベンジャーズ粋津支部および周辺支部の助力もあり、12時間に及ぶ長丁場の末、事態は鎮圧された。

 しかし、数人のレイドリベンジャーズから送られた報告の中に記載された数行の記述が、政礼町を混乱に陥れた。その記述とは――、

 

『作戦中、明確な自我を持つレイダー個体を確認した。人型のような姿をしたそれは、明らかに通常の二足歩行型レイダーとは風貌が異なり、こちらの言語を理解しているような素振りを見せていた』

『任務遂行の最中、蒼色の二足歩行型レイダーを確認した。通常のレイダーが灰銀色であることから、それは随伴していた各メンバーにも目立ったと思う。しかしそれよりも、作戦中に何度もこちらをじっと見つめるような行動を見せていたことが気味悪く気がかりだ』

『誰もが任務の成功に安堵しているであろうところに水を差すようだが、私は今回の任務が本当に成功したとは思えない。任務中に見たあの不自然なレイダーの討伐報告が、今のところどの班からもないからだ。あの蒼いレイダーは本当に倒せたのか?』

『作戦の途中でひときわ異彩を放つ蒼いレイダーを確認しました。それは二足歩行型というよりも人型と呼ぶのが相応しく、孔雀のような翼を広げて飛行すらも可能にしていました。あんなに目立つレイダーなのに、なぜまだ討伐報告がないのでしょうか。まさか……』

 

 他にも同様あるいは類似の報告が数件挙がっている中で、彼らの言う「翼をもつ青い人型レイダー」は作戦を終えてから24時間が経過した現在でも、討伐成功の報告はない。

 そればかりか、作戦終了後12時間が経過した昨夜9時、愛知県と隣接する長野県でも10頭程度のレイダーと、それらを率いるように行動する蒼い人型レイダーの出現報告が近隣のレイドリベンジャーズ支部全てに伝えられた。

 これを聞き、真っ先に行動を起こしたのは言うまでもなくマスカレイダーと合同作戦をとったことのある政礼町と永岑市であった。この二つの支部はすぐさまマスカレイダーを政令支部の作戦室へと呼び出し、全開の合同作戦後の行動を確認した。

 しかし、状況を全く聞かされないまま事情聴取となったマスカレイダーは、最初こそ職員の質問に対して素直に受け答えをしていたものの、時間の経過と共に困惑以上の憤りと不信感を感じたのか、その口調が荒くなっていく。

 このままではいつ威力を行使するかわからない、となったのが数分前の出来事。そんなマスカレイダーの前に現れたのは、他でもなく彼らが何よりも守ろうとしていた日常――その象徴となる少女だった。

 

菊菜(きくな)……!? なぜ菊菜がここに!? お前ら、彼女に何をした!」

「ほう……ようやくキーボード越しでなく君自身の声が聞けたね。それが君の声か、随分と人間らしい声をしているじゃないか、マスカレイダー」

「……ッ! チッ、だがそんなのはどうだっていい! それよりなんで菊菜がここにいる! そいつは――! ……いや、待て。まさか……そういうことかッ! 菊菜ッ!」

 

 舌打ちを伴いながら睨みつけた先に居たのは、彼が何よりも守りたかったもの。日常の証。揺るがないはずだった友情。壊れないはずだった信頼。その名は――桐咲菊菜。

 その視線に込められた意味を理解したのか、菊菜は観念したようにしばらく俯くと、再び顔を上げて、ぽつりと言葉を零した。

 

「……うん、そうだよ。わたしは――ううん、違うね。「俺」の本当の名前は……」

 

 瞬間、菊菜の全身を包み始めた赤色の閃光。バチバチと電光を洩らしながら現れたその姿に、マスカレイダーは驚愕を隠せないでいた。

 

「俺は桐梨希繋(きりなしきづな)。永岑支部第二前線部隊所属のレイドリベンジャーズにして、君の半身と同じ絆の家族(ファミリィ)の次男坊だよ」

「初めて会ったあの夜も、俺たちの行動を知っていたからこそ出会えたのか。あれだけ近くでレイダーが出現してもアラートが届かなかったのも、お前がレイドリベンジャーズだったからか。お前の行動の何もかもが俺たちを監視するために……ッ! そのために自分の弟まで騙していたのかッ!」

「それについては弁明のしようもない。俺はレイドリベンジャーズの任務として、君が人類にとって敵となるか味方となるかを見極める必要があった。そのために君を騙していたことは、本当に悪かったと思っている。だが信じてくれ。君たちと過ごした日常は、本当に尊いものだと思っていたんだ。その気持ちに、偽りは一切ないんだ……!」

 

 深く頭を下げる希繋だが、菊菜という日常を誰よりも守ろうとしていたマスカレイダーは、その胸に灯った不信感という炎を掻き消せないでいた。

 希繋もまた、それを察してかばつが悪そうに、しかし堂々とした態度を崩すことなく、言葉を紡ぎ続けた。

 

「俺もこんな形で君に正体を明かすことになるとは思っていなかった。もっと時間をかけて、君に納得してもらえるようにしっかりと説明をするつもりだった。だが状況が変わってしまった。今回現れた謎の蒼いレイダーのせいで、周囲の各支部からはマスカレイダーへの不信感が集中している」

「蒼いレイダー? ……とりあえず恨み言は後にしてやるから状況を話せよ。こっちはもう何時間もよくわからない質問ばっかされてイライラしてるんだ。外で何が起きてるかくらい説明してもらわねぇとこっちもお前たちに対する不信感しか感じられない。それはどっちにとってもマイナスだろ」

 

 マスカレイダーの言う通り、現状をどのように言い訳したところで、それはレイドリベンジャーズとしてもマスカレイダーとしてもプラスにはならない。

 ならば一時凌ぎの手とはいえ、現時点でなぜマスカレイダーがこのような状況に置かれているのかを順序立てて説明して、彼の協力を取り付けることの方が合理的かつ理想的だというのは、誰からしても明らかであった。

 希繋は隣に立つ小柄な少女に視線をやると、彼女の首肯を確認して口を開いた。

 

「わかった。順々に説明しよう。そもそもの発端は一昨日の夜に起きた粋津市でのレイダー襲撃事件だ。あの日――」

 

 不満気な様子は未だ納まらないまま、しかしマスカレイダーは彼の言葉を一切遮ることなく、ただ静かに説明を聞き続けた。

 10分ほどの時間をかけて、ようやく希繋が話を終えると、マスカレイダーは腕を組んで壁に背中を預けたまま少しだけ思考を逡巡させた。

 

「蒼い人型レイダー、か……。確かにそれなら俺を疑うのも理解できる。色はこの際おいておくとしても、人型レイダーという点だけで言えば俺たちが現時点では筆頭だからな。事実、マスカレイダーとしての力はこの姿以外にもある。だが……俺のことをずっと監視していたのなら、お前は俺たちの正体も知っているだろう。なぁ、菊――希繋」

「ああ。君たちは全寮制の彩桜(さいおう)学園に通っている。だから事件が起きた時間帯には既に門限を過ぎていることも説明した。レイダーさえ出現していなければ、君たちは門限を必ず守るということも添えて。しかし――」

「レイダーの出現どうこうはともかく、門限を破って外に出たという事実がある以上、その証言には説得力がない。それに、俺たちなら寮に縛り付けられていても逃げ出そうと思えばそれができてしまう。だから弁護ができなかった、だろ?」

「ああ……。俺だけの証言ではどうにもできなかった。こうなるくらいなら、君たちに疑われてでも人員を増やすべきだった。こういった証言は数が揃えば多少なりとも説得力が生まれる。そうすれば君たちを守れたかもしれないのに……」

 

 希繋の中にもやもやと膨れ上がる後悔と無力感。マスカレイダー――いや、叶枝と望夢は、自分を偽りながらとはいえ、ほんの短い期間のこととはいえ、それでも確かに友人であった。そんな友人たちを騙し、疑い、裏切り、そして今度は彼らを疑いから守ることもできずにいる。

 しかし、マスカレイダーの……叶枝の聡明な頭脳は既に答えを出していた。彼らにとっても、希繋は――いや、桐咲菊菜は大切な友人であった。いや、今も友人であることに変わりはない。

 たとえ自分たちを騙していたとしても、ずっと疑われていたとしても、そして何度裏切られても――あの日あの時、自分たちに向けられた笑顔とチョコチップクッキーの味は忘れられない。あの笑顔とチョコチップクッキーが、三人にとってのキリのない絆なのだと信じて疑わない。

 だからこそ、今こうして目の前で泣きそうな表情のまま俯いている青年の言葉を信じて、そしてこの言葉を告げられる。

 

「――任せろ」

「えっ……?」

 

 ただ一言。

 だがその一言こそ、希繋の中に募った感情を和らげる言葉だった。

 

「ようは俺たちがレイドリベンジャーズに協力し、その蒼い人型レイダーの対処に当たればいいだけの話だろう? そうなれば俺と蒼いレイダーが同一の存在でない証明になるし、事態の収束にも一役買える。俺としても、こんなことで街の人々からもらった『マスカレイダー』の名を汚されるのは甚だ腹立たしいからな」

「……すまない。本当なら君のような若者にこんなことを頼むのは大人のやることではない。どれほど非難されても言い訳などできるはずもない。だが、君たちの疑いを晴らし、そしてこれから君たちがその力でこの街を守り続けたいと願うのなら……今回の事件、君たちの力を貸してほしい」

「今までは大人(おまえ)たちが子供(おれ)を守ってくれてたんだろ。こんな時くらい、子供(おれ)にもいいところを見せさせてくれ。ただ守られているばかりの時期は、ここまでだ」


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