「……菊菜。お前ホントにそっちの姿でいいのか?」
「うん……。今までは叶枝くんと望夢くんを騙すだけの姿だったけど……もう、二人を裏切りたくない。わたしは……「わたし」として二人の友達でいたいから」
そうか、と静かに微笑む叶枝の隣で、ぶすっと頬を膨らませる望夢と、沈黙のまま目を伏せている小柄な少女――香坂逢依。
蒼いレイダーへと対処には、やはりマスカレイダーを含めたユナイトギア装着者による対応が求められた。理由は単純に、相手がマスカレイダーとは異なる存在だという証明のため、同じ場所にマスカレイダーと蒼いレイダーを配置する必要があり、かつその後に蒼いレイダーだけを倒すには、やはりユナイトギアが不可欠だという判断だ。
とはいえ、ならば『ユナイトギア装着者』の枠には「最強のレイドリベンジャーズ」「レイドリベンジャーズの英雄」と名高い、大郷悠生が相応しいという意見が多かった。過剰戦力とも思えたが、蒼いレイダーの戦力がわからない以上、出し惜しみをしてメリットがあるとは思えないからだ。
しかし、それを否定したのは他でもない悠生自身であった。曰く――仮に対象の戦力が並のレイダーより少し高い程度であれば、そのレイダーを倒すためにうっかり街一つ吹っ飛ばすようなリスクは背負わない方が無難だ、とのことだ。つまり、手加減できる自信がない、ということだろう。
事実、ここ最近で彼が対峙した相手というのは、あらゆる威力をゼロに変換するユナイトギア装着者であったり、最悪の殺人鬼集団『蓬莱寺家』の一員であったりと、間違いなく『強者』と呼ぶに相応しい者ばかりであった。
しかし、今回の相手はどれだけ強かろうとその性質は『レイダー』である可能性が高い。となると、ユナイトギアは軽く打つ程度でもレイダーには致命傷になりうる。そんな相手に、過剰なパワーを叩き込めば、対象だけでなく余剰火力が周囲を灼き尽くしてしまいかねない。
そこで選抜されたのが、桐咲菊菜――いや、桐梨希繋である。「最弱のレイドリベンジャーズ」であり「慈愛のレイドリベンジャーズ」とも呼ばれる彼ならば、周囲を破壊することなく、もしも蒼いレイダーに意思があった場合、戦力に頼ることなく事態を収められるかもしれない、という望みも兼ねての判断であった。
今は桐梨希繋ではなく桐咲菊菜だが、外観と倫理観が女性に寄っているだけで、記憶や思考回路は本来の姿と同じだ。背丈とリーチは縮むが、それだけに回避に集中してしまえば、捉えられるのは逢依だけだろう。説得が目的ならば、その方が都合がいい。
とはいえ、如何に素早いとはいっても体重が減ってしまえばそれだけ戦闘力も落ちる。ただでさえ病的なほどに軽い「彼」が「彼女」になったことで、それに拍車をかければ、スピードが上がっても威力が落ちる。できれば戦うことなく事態を収めたいというのが本音だ。
「今、永岑第一部隊から連絡が入ったわ。目標は現在、北東から真っ直ぐこの政礼町A-07ポイントへ進行中。間もなく肉眼で確認可能な地点まで到達するとのことよ」
「了解。じゃあ……いくぞ望夢!」
「うん。今回は最初っから全力だよ、叶枝!」
二人が手を繋ぐと同時に、叶枝の「右手首」と望夢の「左手首」に現れる灰銀のバトルデバイス。
凄まじい速度で回転する歯車は、火花だけでなく小さな竜巻をも巻き起こし、二人の力と覚悟を高まらせていく。
「変、貌ッ!」
「変貌……!」
二人の声に呼応するように、より激しさを増した火花と竜巻は、やがて二人を覆いつくし、その中から現れたのは――。
「純銀の、マスカレイダー……?」
純銀の鎧を纏う強靭な体躯。肩や肘などの関節部には丸い発光体が存在し、顔のなかったかつての姿とは一変、大きな複眼と堅牢な牙が表れており、頭部には二本の長い触角が存在する。
その姿は、かつてのものが孔雀だとすれば、まるで蛍。夜の闇を照らし、自然の美を象徴する光の象徴――蛍であった。
「マスカレイダー、タイプオメガ……変貌完了ッ!」
マスカレイダー・タイプオメガ。対レイダー戦に特化したタイプアルファとは対を成す、対人戦特化型のマスカレイダー。
望夢の肉体に叶枝の意識をインストールしていたタイプアルファとは異なり、この姿は二人の肉体と意識が完全に融合した姿であり、望夢の持つ膨大なレイダー因子と、叶枝の持つ格闘能力を最大限に発揮することが可能となっている。
しかし、対人特化型の名に相応しく、その格闘スキルは「人の形をした相手」を想定したものばかりであり、また叶枝の
では、なぜ今回の相手が人型とはいえレイダーにも関わらずタイプアルファではなくタイプオメガを選んだのか。
「それが二人のとっておき?」
「ああ。レイダーに対して無敵のタイプアルファとは違い、防御面は完全に俺の格闘スキルに依存するが、攻撃能力に関しては飛び抜けてる。今回の相手は人型レイダーだってことだが/ぼくたちの勘が当たっていれば、それはおそらくぼくが決着をつけなきゃならない相手だからね。叶枝にはちょっと無理してもらうことにしたんだ」
無理をしてもらう、というのはおそらく
もともと、
そのために、彼がマスカレイダーとなって得た
「無理……はあんまりしてほしくないけど、まぁ言っても無駄かな。二人ともやる気マンマンっぽいし。じゃ、わたしたちも一緒にいこっか、逢依っ!」
「そうね。あなたこそ、あんまり無理はしないようにね、菊菜」
朗らかな笑顔と、涼しげな微笑み。二人の温度差は歴然であったが、しかし抱く思いはどちらも同じ。一緒に頑張って、一緒に解決して、そしてみんなで最後には笑い合いたい。そのために、今ここで踏ん張るために笑うのだ。
「エクレール!」
『了解。ユナイトギア第四号・エクレール、桐咲菊菜に
「クリュスタルス」
『了解。ユナイトギア第一四四〇号・クリュスタルス、香坂逢依に
赤い稲妻を迸らせる真っ赤なブーツと、微かな冷気を放つ紫色のヘッドギア。それらが菊菜と逢依に装着されると、いよいよ目標――蒼いレイダーを含むレイダー群が視界に入った。
逢依も、もはやクリュスタルスの広域知覚能力を使うまでもないと、ヘッドギアのバイザーを上げる。
「目標レイダー群、目視で確認。勢力レベルは依然として『集』」
「集?/……って、何?」
「レイダーの数が50頭以上100頭未満ってことだよ」
以前にも言ったが、レイダーの出現頻度というものは、およそ一週間に1度、数頭から多くとも数十頭程度のものが平均とされている。永岑市およびその周辺は、世界有数のレイダー頻出地域とされているが、それでも20頭を超えるレイダー群がこれほどの頻度で現れるというのは、明らかな異常事態とされている。
しかも、今回の出現地域は永岑市ではなく、その周辺地域でもない。長野県某所で出現したレイダーを、一頭たりとも逃すことなく、この政礼町まで誘導してきている。それは、その場で駆除してしまえば、また蒼いレイダーに逃げられてしまうかもしれない、という危惧のためだ。
「……敵は多いね、叶枝/いや、たいしたことないさ」
いつものように軽口を叩くだけで、体が羽根のように軽くなる。
いつものように笑い合うだけで、背中を押される気分になる。
二人の「いつも」が、二人の全部を支える力になって行く。
故に――今の二人は「一人」なのだ。
「今は俺とお前で、