【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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東条望夢-プリーズ-

 三人の前に現れた蒼いレイダー率いるレイダー群。数にして70頭弱というところか、狙撃隊によれば潜伏型は確認されておらず、勢力の大部分が蛞蝓型と二足歩行型で構成されているらしい。

 しかしやはり一番異彩を放っているのは、リーダー格の蒼いレイダーだった。全身が鮮やかな蒼色であり、オレンジ色の複眼と灰銀色の触角、そして特に目を引くのがムカデのような尾と全身の突起物であった。

 その独特の容貌を目にしたマスカレイダーは――望夢は、すぐさま蒼いレイダーの正体に気付いた。

 

「やっぱり、ぼくと同じ……ッ!/『プロジェクトR』の被検体か……!」

「プロジェクトR……?」

「レイダー因子を人体に移植して新しい生命体を生み出す実験だ/自我を持つ、という意味での成功例はぼくが最初で唯一。だけどそこまでに284人もの犠牲を出してしまったんだ。おそらく、彼もまたその一人だ」

 

 蒼いレイダーの視線が、マスカレイダーを捉えた。すると途端に、蒼いレイダーが内包していた悪感情が威圧感となって三人を襲った。

 単なる威嚇ではないのだろう。プロジェクトRにおいて、285の被検体の内、自我を保つことができたのはたった一人、望夢だけ。その望夢でさえも、悪感情を抑え込むために叶枝を求めたほど、被検体たちが抱え込む悪感情は膨大。

 それはどこにも向けることのできない悪感情だったはずだ。向けるとすればプロジェクトそのもの、あるいは研究者たち。しかし施設を失い、恨むべき研究員たちも望夢が脱走したあの日、塵となってしまった。だからこそ――蒼いレイダーの悪感情の矛先は、救われなかった284の悪感情を背負い、救われた一人に向けられたのだ。

 

「ナンバー285……!」

「ぼくを知ってるってことは、ナンバー260から284までの誰か、か。よりにもよって、キミたちか……!」

「ナゼ、オマエダケガ救ワレタ……! オマエダケガ平和ヲ得タ! オマエダケガ友ヲ得タ! ナゼ私タチデハナク、オマエナノダ! 私タチトオマエニ、ドレホドノ差ガアッタノダ!」

 

 まるで悲鳴のような蒼いレイダーの言葉は、マスカレイダーではなく東条望夢へと突き刺さった。

 できることなら助けたい。それは望夢だけでなく、この場にいる誰もが同じ気持ちであった。しかし――望夢はわかっていた。

 

(手遅れだ……。肉体がレイダー因子と完全に結合してしまっている。こうなったら、もう助ける方法はない……)

 

 肉体と因子の結合が不完全な状態であれば、マスカレイダーが悪感情と共にレイダー因子を喰らうことで助けられただろう。しかし、既に結合が完了してしまった今、同じ方法をとれば彼の存在そのものもマスカレイダーに喰われてしまう。

 彼を「ヒト」として救うためにできること。それはもう――「殺す」以外にありえないのだ。

 そして、意識が融合している叶枝にも、それは伝わっていた。

 

「ワタシハ……ワタシタチハ不幸セデ哀レナ日々ヲ送ッテイタ……。ダガ仲間ガ、友ガイタカラ耐エラレタ! オマエモソノ一人ダッタ! オマエガ成功例ニナリ、救ワレタ時、ワタシタチハ安堵シタ。ダガ……オマエハソンナワタシタチノ気持チヲ裏切リ、施設ヲ破壊シ脱走シタ! ナゼダ! ナゼ裏切ッタ!」

「裏切ったんじゃない! ぼくだってキミたちと同じだった! キミたちと一緒だったからあの辛い日々を耐えられた! だけどそんな想いさえ、この体は……この遺伝子は塗り潰した。キミたちごと……施設を瓦礫に変えてしまった……。キミたちを、殺してしまった……!」

 

 レイダー因子に適合したあの日。確かに望夢には自我があった。しかしその自我を上書きするように、因子の持つ悪感情が暴走を始めた。最初こそ幾重にも張られた拘束具によって封じ込めができていたが、僅か数十分でそれは意味を為さなくなり、彼の力は施設を呑み込んだ。

 瓦礫の山となった施設を見て、ようやく望夢は自分を取り戻した。だがその瓦礫の下に無数の亡骸が埋まっていることは、足元に落ちた被検体たちの四肢の破片によってわかってしまった。

 自分が研究員だけでなく仲間たちをも殺してしまった。それに気づき、彼はその場から逃げ去った。現実から目を逸らすために、ひたすら走り続けた。そうして逃げて逃げて逃げ延びた先で叶枝と出逢い、婚代と出会い、今に至るのだ。

 

「……モハヤ言葉ナド意味ヲ持タナイ。ワタシハコノ感情ニ決着ヲツケル。ナンバー285……オマエヲ殺スコトデ!」

 

 先手は蒼いレイダーにとられた。すぐさま菊菜が間に入り、蒼いレイダーを蹴り上げるが、空中で体勢を整え、再びマスカレイダーへと迫る。

 

「あいつの狙いは俺たちだ! 菊菜たちは他のレイダーをどうにかしてくれ!」

「……任せたからね! いこう逢依!」

 

 僅かな逡巡の果てに、菊菜と逢依は駆け出した。目の前に迫る蒼いレイダーの拳を左手で払い、右の掌で胸元を捉えた。体が完全にレイダー化したとしても、元となったのは人間の素体だ。臓器に関しても、レイダー因子をコントロールする機関が追加されているものの、およそ人間と同じ。だからこそ、肺を強く打てば呼吸が止まる。

 元からレイダーとして生まれていればありえない隙は、すなわち彼が人間であったことの証明。最初は人によって獣となり、いつしか人を守るために獣となり、今は人を殺めるために獣となっていることを痛感する。

 

「ガフッ……ハァッ、ハァッ! ウゥ、オォォォッ!」

「パワーもスピードもあるのに動きが単調なのは、やはりレイダーとなって知性が下がっているせいか/あるいは、そもそも学ぶ機会そのものが無かったから、かもね」

「殺ス……! オマエダケハ、絶対ニ……ッ!」

「そうだね……。キミだけは、ぼくが殺さなきゃ……! 君の犯した罪は……ぼくが償ってこなかった罪だッ!」

 

 襲いくる蒼いレイダーの拳を外に受け流しながら、逆の肩で鳩尾を打つと、またも短く呼吸が止まる。肺と心臓が存在する以上、呼吸が止まれば意識的に酸素を取り入れようと動きが止まる。

 背中を丸めて呼吸を整えようとする蒼いレイダーの腹を、爪先で蹴り上げる。衝撃のまま吹き飛ばされ、仰向けのまま苦しげに息をする相手の腹部を、無慈悲に踏みつける。

 

「ガハ……ッ! グッ、ゴホッ……! ウ、カフッ……!」

 

 何度も、何度も、執拗に踏みつけるその顔に、表情はない。そこにあるのはただの仮面。その裏にある表情を隠すための、ただの仮面。

 

「動かないで。もうそのまま抵抗しないで。楽にしてあげるから/……トドメだ。息を合わせろ」

 

 動きが鈍くなった蒼いレイダーを見下ろしながら、右脚を高く掲げる。同時に踵に現れた刃を見て、蒼いレイダーの無表情に怖気が表れる。

 

「『刺電(しでん)』……/『一穿(いっせん)』!」

 

 振り下ろされた一撃と同時に、その刃から放たれた膨大な悪感情が破壊エネルギーとなって爆発を巻き起こす。これを受けてまともに立っていられる者などそう多くはない。蒼いレイダーは片付いたかと誰もが思う中、マスカレイダーだけがその場を動かなかった。

 当たれば必殺となるはずの一撃。それはマスカレイダーも同じように捉えているはずだ。しかし、それでもマスカレイダーが緊張を解かない。そう、あれは当たれば必殺なのだ。――当たれば。

 踵を振り下ろした瞬間、その足が感じたのは蒼いレイダーを貫いた感覚ではなく、何かを掠めて刃が地に突き刺さる感覚。それを捉えた瞬間、即座に踵の刃をへし折り、爆発と同時に防御態勢をとった。すると直後、爆風と共にマスカレイダーを襲ったのは無数の蒼い破片。

 

「……オ、オォォォ……ッ!」

「今のは……脱皮?/ボサっとすんな望夢! 来るぞ!」

 

 叶枝の叱咤に体が反応するよりも早く、蒼いレイダーが残像を引きながらマスカレイダーに突進し、吹き飛ばされた先へと回り込んで突き蹴りを叩き込んだ。

 先ほどまでとは段違いのスピードに、思わず思考を止めかけるが、それをすれば間違いなく死ぬという確信が頭の回転を促した。原因は間違いなくあの「脱皮」だろう。全身の突起物を喪っているものの、あれを武器として使っている様子がなかったため、マスカレイダーの知る限りではノーリスクで高速化しているようだ。

 実際はあの突起には毒が仕込まれており、投擲武器としても機能したためまったくのノーリスクというわけではないが、蒼いレイダー自身がそういった小手先の技を使いこなすよりも身体スペックに任せてゴリ押しする戦法をとっているため、脱皮した方が相性もよかったのだろう。

 

「ぐっ……! 叶枝っ!/対抗策を見つけろってんだろ! わかってる! もう少し持ちこたえろ!」

「ハッ! タッ、ダァッ、ヤッ、ハァッ!」

 

 縦横無尽に駆け回りながら繰り出される攻撃を耐え続けるマスカレイダーだが、カウンターを叩き込もうにも接触の寸前に回避されてしまう。

 菊菜であれば同じスピードで、逢依であれば時間凍結で対抗できたかもしれないが、マスカレイダーにはそうした特殊能力がなく、あるのは純粋な破壊力だけ。

 その破壊力を活かすために、叶枝が観察・対策・判断し、望夢が適宜レイダー因子をブーストするのがマスカレイダーの基本戦術だが、蒼いレイダーのスピードは、その起点となる「観察」を許さない。

 

「ダメだ! 速すぎてどんな動きをしてるのかさっぱりわからねぇ!/これ以上の攻撃を受け続けるのはさすがに拙いね……!」

「タッ、ヤァッ、ウォオオォッ……タァッ!!」

 

 強烈な跳び蹴りを受けて攻撃が止むと同時に、今度はマスカレイダーの方から距離を詰める。

 蒼いレイダーの猛烈なスピードの前では、半端に距離をとったところで意味はない。ならばいっそのこと、距離をわざと詰めて相手の判断を急かして冷静さを保たせないように動けば、まだ勝機があるだろう。

 一番拙いのは、相手のペースに乗ってしまうこと。それだけは避けなければならない。故に、マスカレイダーはその攻撃がどれだけかわされても絶え間なく攻め続けた。攻め続ける中で、続く策を思考し続けたのだ。

 

(こいつ、こっちの攻撃を全部かわしてるのに、反撃してこねぇ。まったくないわけじゃないが、動きがめちゃくちゃだ。かわせるってことは、こっちの動きは見切ってるはずなのに……なんでカウンターしてこないんだ?)

 

 さっきマスカレイダーが一方的な攻撃の起点としたように、カウンターは相手の動きを見切り、タイミングを合わせて的確に急所をつくことで、自分が生み出す威力に相手の勢いを上乗せできる技術だ。

 その上で最も重要なのは、やはり相手の動きを確実に見切る観察能力。蒼いレイダーは「脱皮」を経てマスカレイダーの動きを遥かに上回るスピードを得ているため、無論それも可能だろう。にも拘わらず、蒼いレイダーはそれをしない。

 いや、反撃自体はしているのだ。しかし、まったくタイミングが合っておらず、急所からも外れている。だからこそ逆にマスカレイダーはその攻撃を予想できず受け続けているのだが、それが意図的なものとは思い難い。

 

(もしかして……「いつ」「どこに」打ち込めばいいかわからないのか? ただこっちの動きが見えている「だけ」で、ただ超スピードで動けるようになった「だけ」……ってことなのか?)

 

 だとしたら、策はまだ尽きていない。

 

「ぐっ……叶枝!/ああ、こっからは任せろ!」

 

 スピードじゃ敵わない。パワーでも、動体視力でも、おそらくは敵わないだろう。

 だが――万策尽きてもまだ万とひとつの策がある。故にマスカレイダーの膝は、まだ土につきはしない。


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