【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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領域-フィールド-

「さすがにギアは目立つから、早めに解除して正解だったね」

「まぁね。レイドリベンジャーズならギアの起動だけで場所を特定されるみたいだけど、ORBがあそこを頼るとは思えないから、杞憂じゃないの?」

 

 ルーナとソールを解除して、街の中を堂々と歩く義陰と陽乃。

 追われる立場ゆえに、その身なりにはある程度の注意を払ってはいるものの、そもそも自然災害や環境汚染が相手のORBは、レイダーと戦うレイドリベンジャーズとは違って感情エネルギーを広域・詳細に探知する手段はない。

 ましてやこの両者は基本的に不仲であるため、協力体制を取ることは考えにくく、ギアさえ解除してしまえば見つかることなどそうそうあるわけがない。そう義陰は高を括っていた。

 しかし――。

 

「その発言がフラグにならなきゃ大丈夫だとは思うけどね。あ、スーパーあったよ。買うもの買って早く帰ろう」

「悪いが、そういうわけにもいかない」

 

 不意をつくその声に、二人の身体が強張る。軋む身体をどうにか動かし、振り向いた先にいたのは――。

 

「最弱の……ッ!」

「レイドリベンジャーズ……ッ!?」

 

 最弱のレイドリベンジャーズ。それは即ち――『英雄の弟』『準最速』『お人好し』の意味を含むたった一人の男を指す。

 その男の名を桐梨希繋。この世で最も弱く、最も優しく、そして「逃げようとする者」にとっては最も出遭いたくない人物。それが目の前に立つ彼なのだ。

 

「親友の頼みでな。君たちにはORBに帰ってきてもらいたい」

「親友……? いったい誰の頼みか知らないけど、僕たちには関係の無――」

「誠実さ。君たちの上司のね。表情が硬いからわかりにくいが、あれでかなり無理というか……心配してたぞ」

 

 武城誠実。二人の上司であり、義陰にとっては幼馴染であり依存相手である陽乃を覗けば唯一ともいえる「信頼できる人物」だ。だからこそ義陰は閉口を免れなかった。他でもない誠実が、ORBを飛び出した自分たちをまだ必要としてくれているということを、喜ばずにはいられなかったのだから。

 しかし、同時にそれに従えないということもわかっていた。おそらく、誠実が帰還を促すということは、自分を虐げた局員たちは既に処罰を受けたのだろう。ならば、躊躇う理由などないようにも思える。だが、そうではない。そうではないのだ。

 もはや「逃げ出した理由」はどうでもいいのだ。義陰にとって重要なのは、もはや信じられる人間というものが極めて少ないという事実。月村義陰という視点から見た世界の残酷さが、彼にとって耐えがたいものであるという真実はもう捻じ曲がらない。

 

「誠実さんには悪いと思うよ……。けど、僕はもうORB(あそこ)には戻らない。僕らは僕らのやりたいように生きていく」

「ギアはさすがにORBに返すべきだが、俺個人としてはそれもいいと思うよ。だけどこっちも仕事だ。何よりお前たちがORBとも関係のない一般市民を攻撃している以上は見逃せない。それに関しては弁明はあるか?」

「あれは向こうからアタシたちに……!」

「ないよ。けどこっちだって形振り構ってられない。使えるものはギアだって使う。弱い僕が生きるために……この力は不可欠なんだ!」

 

 どちらからともなく、義陰と陽乃の手が繋がれる。

 

「ルーナ!」

「ソール!」

『了解。ユナイトギア第八二二号・ルーナ、月村義陰に同調接続(アクセス)します』

『了解。ユナイトギア第八一九号・ソール、日向陽乃に同調接続(アクセス)します』

 

 夜を染める月影『ルーナ』の黒い靄と、昼を照らす太陽『ソール』の白い輝きが、二人の腕にガントレットとなって形を成す。

 ギアの装着は、言葉に変えるのなら「戦意」――戦う意志だ。その意志を折るまで、二人のギアは解除されない。もはや戦うことは避けられないのだ。

 

「……本気なのか」

「僕らを止めようとするのなら、本気さ……!」

「止まらないんじゃない。アタシたちはもう、止まれないんだ……ッ!」

 

 突如、二人の姿が黒と白の閃きと共に消える。希繋も即座にその肉体を電気に換え、二人を追う。僅か一秒にも満たない瞬間の出来事だったが、希繋の目は確実に二人を捉えていた。

 当然ながら、二人はこれに驚いた。レイドリベンジャーズ準最速とは知られていたが、希繋の持つエクレールが持つギア特性は『電気変換』であって『光変換』ではない。故に、二人の持つギア『ルーナ』と『ソール』の光速移動にはついてこられないはずだと踏んでいた。

 だが彼はそれに追随するどころか、二人の速度を追い越し、その進路を阻んだ。それは間違いなく、ギア特性だけではなく彼自身の身体能力がそうさせたのだと直感的に理解させた。

 

「僕の「影」と陽乃の「光」に追いついた……!?」

「これが本職の戦士、レイドリベンジャーズの準最速ってわけか……!」

「逃げても無駄だ。お前たちのギア……ルーナとソールは俺のエクレールと同じ変換系特性だろ。特性としての速度だけなら俺の上位互換になっただろうけど、お前たちの地力が俺を下回っている以上、俺からは逃げられない」

 

 エクレールから赤い電光を散らしながら、希繋は二人の挙動を注意深く観察し続けた。一瞬でも気を抜けば逃げられる。だからこそ、威嚇することで相手の初動をわかりやすくするためににじり寄る。

 しかし、二人はそんな希繋に対して、今までの不安げな雰囲気を振り払うように、不敵な笑みを浮かべた。

 

「逃げられない? そうかもしれない。けど……逃げる必要がないなら、どうする?」

「何……?」

「十分だよ、ここまで来られれば……ここはアタシたちのフィールドだ!」

「――――ッ!!」

 

 フィールド、と言われて、希繋はようやくその地形を把握した。

 光も影もバランスのとれた夕暮れの草原。光速移動はたったの数秒間の出来事だったが、市街地から離れるには一秒もあれば事足りる。なのに彼らはどうしてあれほどの時間を移動に費やしたのか。

 全てはこの障害物が一切ない草原と、生い茂る木々によって無数の影が存在する雑木林が隣接するこのフィールドに希繋を誘い込むため。光と影のバランスが最も高い状態でキープできるこのフィールドこそ、彼と彼女の領域なのだ。

 

「エクレール」

『了解。スパークスティンガーを使用します。エモーショナルエナジー、充填開始(チャージ)

「ソール!」

『ラジャー。ライトイジェクションを使用します。エモーショナルエナジー、充填開始(チャージ)

 

 ギアに指示を出すと同時に、陽乃の手刀が希繋の喉元を掠めた。咄嗟に反るような体勢でそれをかわすと、左足を軸にカウンターのミドルキックを叩き込むが、彼女は身体を光に変換することでそれを透過させる。

 予想していたことだが、並の攻撃速度では体を無質量化することで攻撃を無効化されてしまう。義陰の「影」に関しては電光がダメージ源になるとして、陽乃の「光」に関しては有効な攻撃手段がない。光をも焼き尽くす「熱」ならば、可能性はあるだろうが、頼みの綱である悠生はあと一時間は来られない。

 続いて義陰の飛び蹴りが希繋へと迫った。だが蹴り技に関しては希繋より優れる者などそう多くはない。ダッキングでそれをかわし、通り過ぎる瞬間に体を起こすことで、義陰の腰にショルダータックルを打ち込む。

 小さな悲鳴を上げて着地する義陰に追撃を行おうとするも、陽乃の乱打がそれを阻んだ。

 

充填完了(コンプリート)。スパークスティンガー、いけます』

充填完了(コンプリート)。ライトイジェクション、いつでもできます』

 

 希繋の周囲に12個のスフィアが浮かび、同時に陽乃のブレスレットが純白の光を照らし始める。

 

(質量を持たない光は威力を持たない。つまりこれはフィールド形成系のスキルか……!)

 

 視界を覆うほどの光につい目を庇うが、その隙を逃してくれるほど甘くはない。視界を奪われた希繋の胴を、陽乃の手刀と義陰の拳が痛烈に捉える。

 以前よりも肉付きがよくなったとはいえ、胴体(ボディ)は未だ希繋のウィークポイントだ。特に骨に守られていない腹部に関してはほとんど防御力が皆無と言ってもいい。思わず蹲ってしまいそうな苦痛を耐えながら、スパークスティンガーを全てのスフィアから一発ずつバラ撒く。

 この眩いフィールドにおいて、目から得られる情報など無いに等しい。希繋を中心に12方に向けて放たれたその攻撃は、当たらずともかわすために地を蹴る「音」を見つけ出してくれる。二つ分の足音を確かに捉えると、希繋はそこに向けて残る24のスパークスティンガーを全て叩き込んだ。

 

「くっ、ライトイジェクションの影響下でもこれだけ戦えるなんて……ッ!」

「やっぱり本職だね。義陰、ここは二人で一気に畳みかけよう」

「うん。先行は任せたよ、陽乃!」

「任されるよ」

 

 ライトイジェクションの影響下では、周囲の全てが純白に染まる。希繋もようやくその目を開くが、光が眩しすぎて二人の姿はおろか、雑木林も自分の影も、そればかりか自分の視界に映る自らの身体すら白く染まっていて、ギリギリ輪郭だけを捉えている状態だ。

 それでもどうにか二人の攻撃を凌げているのは、やはり彼の生まれによるものか。視覚だけでなく聴覚や触覚による状況の把握は、希繋がレイドリベンジャーズになる以前から得意としていた。その理由について話そうとはしないが、今は関係ないだろう。

 ともあれ、そうした察知能力の高さに助けられ、この視界絶無のフィールドでも希繋は二人の装着者を相手に互角の戦いを維持し続けた。

 

「エクレール!」

『了解。フラッシュパルスを使用します。エモーショナルエナジー、充填開始(チャージ)

「ルーナ!」

『ラジャ。ダークイラプションを使用します。エモーショナルエナジー、充填開始(チャージ)

 

 目蓋を閉じていても目が焼けそうなほどの光を耐えながら、義陰の突きをかわし、その腕を掴んで肘鉄を彼の胸に打ち込む。ライトイジェクションの影響なのか、動きが活発になった陽乃に反比例するように、義陰の動きが鈍くなっているのを希繋は見逃さなかった。

 おそらくは、ルーナとソールのギア特性によるものなのだろう。彼らの力は、肉体をエネルギーに変換して放出するエクレールとは異なり、肉体をエネルギー変換しつつ、そのエネルギーを溜め込み、溜め込んだエネルギー量に比例して身体能力を向上させる類のものなのだ。

 だからこそ二人は光と影のバランスがとれた夕暮れの草原をベースに、光のフィールドを生み出した。おそらくは、ギアから聞こえた「ダークイラプション」というスキルも、その名前からして影のフィールドを作り出すスキルなのだろう。そうして切り替えながら戦うつもりに違いない。

 

「くっ……本当はもう少し粘りたかったが仕方ない。エクレール、やるぞッ!」

『了解。第四号ユナイトギア・エクレール、リミットブレイクします』


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