【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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逆流-リバース-

「……やられた」

 

 義陰(よしかげ)の渾身の一撃であるシャドウヴァニッシャーを、リアクターシールドで受け止めつつ、それを足場として衝撃に身を任せながら跳び退いたことで、ひとまず無傷を保った希繋(きづな)

 しかし、彼が足の痺れに耐えながら元の場所に戻ると、そこには既に義陰と陽乃(はるの)の姿はなかった。おそらく、義陰もあの一撃で希繋を仕留めきれるとは思っていなかったのだろう。だからこそ、逃げの一手としてあの視界を覆うほどの大技を選んだに違いない。

 

「さすがに悪者の気分で戦うとギアの出力も下がるな、エクレール」

『私たちユナイトギアは装着者の感情に応じて出力を向上させます。ご自分の行いに不満を持って扱うのであれば、リミットブレイクできたことさえ奇跡ともいえます』

「いや、リミットブレイクは俺とお前ならできると信じてたよ。けど、その後が問題だったな。出力は著しく下がるわ、制限時間がみるみる減っていくわで焦りに焦った」

 

 ギアを解除しながら、エクレールと今回の反省点を振り返る。無論、任務失敗の報告もしながらだが、おそらく誠実(せいじ)はエクレールを通じて状況をリアルタイムで中継していたはずなので、既に悠生(ゆうき)にも連絡は行っているだろう。

 エクレールの言う通り、今回の戦闘では希繋には幾つかの「無茶」が入っていた。というのも、希繋は今回の事件において、義陰と陽乃を捉える理由が「誠実との友情と義理」しかないのである。

 レイドリベンジャーズとしてレイダーを討つことや、ユナイトギア悪用犯罪者を捉えるといった、世界の命運を肩に乗せた「使命感」による戦いではなく、あくまで友人の頼みを聞いているだけに過ぎない。

 

 もちろん、義陰と陽乃にどんな理由があれ、彼らが数名の民間人にギアを用いて暴力を働いたことに目を瞑ることはできない。しかし、一方で彼らはORBにおける一連のいざこざの被害者であり、組織から逃げたくなる理由も納得できてしまう。

 彼ら自身の危険性は決して低くはない。しかし彼らの性格や経歴から、その危険性が表立つことはあまりにも考えにくい。戦闘直前の会話で、陽乃が自身の働いた暴力行為に対して物申すような態度を見せていたことも気がかりだ。

 いずれにせよ、彼ら側の視点に立って調査をし直す必要があることは疑うべくもない。果たして本当に彼らは「追われる」べき対象なのか。そこを見極め、誠実とも話し合う必要がある。

 

『ですが、その無理筋なリミットブレイクのせいで、随分と素敵になりましたよ』

「は?」

『携帯端末のカメラ機能でご自分の姿をご確認なさってはいかがでしょう』

 

 なんのことかと思いながらも、ひとまず逢依に帰宅が遅れる連絡を入れてから、そのままカメラ機能をオンにして、自分の姿を映した。すると――。

 

「……前に白露(しろろ)が言ってたのはこういうことか」

 

 そこに映っていたのは、鮮やかな赤色の瞳と、艶のある自慢の黒髪の毛先を彩るかのような深紅のグラデーション。

 何故、と問うまでもなく原因は明らかで、これまで何十回と繰り返したリミットブレイクが、今回の無理筋な運用によってとうとう一線を越え、エモーショナルエナジーの逆流が起きてしまったのだろう。

 

「逆流の影響か、ギアを纏ってないのにやたら体が軽いな。生身にアクセルアクションを使ってるような気分だ」

『生身でもマッハ1でしたよね?』

「実際に測ってみないとわからないけど、感覚的には今ならマッハ1.2くらいいけそうだな」

 

 そうですか、と半ば呆れと驚嘆が混じり合ったような様子で会話を受け流すエクレールに、希繋は苦笑いを浮かべた。

 さすがに逆流の影響となれば、もはや今後死ぬまでずっとこの色とは付き合い続けなければならない。となると、逢依(あい)に隠し通すことはできないだろう。だがそうすると今回の無茶は知られることになるだろう。

 ネガティブとはいかないまでも、感情の勢いが下向きのままリミットブレイクを運用し、それを維持した状態で上位互換のギアを所有する相手2人を相手どって戦闘となり、しかも取り逃がすという有り様。

 取り逃がしたことに関しては立場的な叱責に留まるとしても、それ以外に関しては小転(こころ)も交えてお説教となりかねない。いや、なりかねないというよりも、なるに違いない。

 

「……でもたぶん白露が一番怒るだろうなぁ」

 

 実のところ、桐梨家において逢依と小転の説教というものは、相手のミスを論理的に指摘して、問題点を明らかにして反省を促したり、改善案を提示したりするだけの、いわばミーティングのようなものであって、感情的に言葉をぶつけるようなことはほとんどない。

 それは、逢依と小転の両名があまり感情的にならないタイプだということもあるが、それ以上に感情的に言葉をぶつけて心にもない批難をしたりすることで決定的な溝を作ることを避けているから、ということが大きく、意識的・意図的にそうしているのだろう。

 だが白露はまだそういった論理的な思考ができる年齢ではない。普段が大人しく温和であるためそうは思えないが、彼女は割と感情に身を任せてしまうことが多々ある。だからこそ、時として母親や伯母よりも厳しい言葉を投げつけることがあるのだ。

 

『グッドラック、ディアマスター』

「お前こういう時ホント他人事みたいに言うよな」

『他人事なので』

 

 

 

 

「――で? 結局どうだったんだ、昨夜(ゆうべ)は」

「案の定というか、やっぱり白露にめっちゃ怒られた」

 

 翌日。さすがにORBとの協力任務があるとはいえ、希繋と悠生にも通常業務がある。ORBは引き続き義陰と陽乃の行方を追いながら、希繋と悠生はレイドリベンジャーズとしての仕事に追われていた。

 前日に積もらせたまま放置した仕事を午前中に大方片付け、食堂で夕飯がてら雑談に興じていると、その話題は当然ながら希繋の『逆流』の方へと寄っていく。

 

「とはいえ「気付いたら逆流してた」は一番いいパターンだろ。普通なら逆流は膨大なエモーショナルエナジーが全身を駆け巡ってドぎつい苦痛を伴うからな」

「まぁ本来のとは違った形で無理矢理にリミットブレイクしたおかげか、今朝起きた時めっちゃ全身痛かったけどな。エクレールに電気マッサージしてもらいながら2時間くらいで治ったけど」

「逆流前後のスペックの差を把握しきるまでは無暗に力を入れるなよ。軽く握ったつもりで物壊したり、軽くジャンプするつもりで屋根登ったりするらしいからな」

「朝、靴履いた時に踵を直そうとして爪先トントンしたら玄関のタイルに罅入れたからそれは痛感してる」

 

 逆流は、それに至るまでの過程に苦痛を伴うとはいえ、なってしまえばデメリットなしで身体能力の向上が見込める現象であり、ユナイトギア装着者たちにとっては「意図的にしようとは思わないけどなったらラッキー」が共通認識だ。

 しかし、身体能力がある機会を境に急激に変化するというのは、実際に逆流した者からするといいことばかりではない。意図せず周囲を傷付けたり、無意識に物を壊すことも少なくないと報告されており、それもまたユナイトギア開発部が『逆流』を正規の運用現象として認めていない理由のひとつだ。

 力に善悪はない。力はあくまで力なのだ。それを制御するか、暴走させるか。それが力を持つ者を善悪に分けるのだ。人を――人類を守護する組織が持つ力が「制御できない力」であってはならない。それが開発部の理念なのである。

 

「腕力とか握力はそこまで変化はなかったかな。今までは逢依を抱えるのがやっとだったのが、今は白露を抱き上げられるようになった程度か」

 

 少し前に白露に抱っこをせがまれて泣く泣く断ったことを思い出すと、感慨深くすらあるのか、希繋の目尻にうっすらと一滴の涙が浮かぶ。

 

「誤差だろ。ていうか逢依って白露より軽いのか?」

「逢依が34キロで白露が38キロだな」

「白露はともかくなんで逢依の体重まで把握してんだオマエ」

「体重管理の話をしてた時にポロっと」

 

 悠生が家を出て、体の鍛え方を今までとは違う方向へと切り替えたことで、体重管理は希繋にとって非常に大きな課題だ。骨と肉は増やさなければならないが、脂肪は今まで以上に絞らなければならないし、かといって体重はある程度増やしつつ、今のスピードを維持しなければならない。

 そのため、希繋の体重管理は彼だけではなく、彼の食事を一身に担っている逢依にとっても無視できない問題だった。食事はもちろんだが、職場のトレーニングルームで行う運動だけではなく、家でもできるストレッチや、睡眠時間の確保も無視できない。

 となると、逢依もある程度はそうしたトレーニングに付き合わなければならない。そこで洩れたのが、彼女の体重(おとめのヒミツ)であった。

 

「……逢依で感覚おかしくなりがちだが、白露もたいがい軽いな」

「適正体重より8キロ少ないからな。俺と逢依もさすがに心配になって食事量を増やそうとはしてるんだが、本人が小食だからな」

「量はそのままにして高カロリーなもの食わせるとかしてやれよ」

「俺の食事が低カロリー高タンパクだからな、白露用の献立も別けて作ると逢依の負担が倍になる」

 

 食費に関しては心配ないけど、という言葉は心に留めた。というのも、桐梨家に限らず、レイドリベンジャーズは国家機関であるため、どの部署であっても基本的に高給である。その中でも特に危険な任務を担う前線部隊は年収およそ2500万弱。

 希繋一人でも家族四人を養うには十分だが、逢依も同じ部署で働いているため、桐梨家の貯金はとんでもないことになっている。おかげで所得税もとんでもないことになっているが。しかも桐梨家が暮らす家は、彼らの母親である笹倉婚代が新居を一括で購入したため、住宅費すらないという有り様である。

 ではそんなものをポンと与える婚代(こんぎく)はというと、貯蓄が国家予算みたいなことになっているのだが、それはおいておこう。

 

「オマエ、料理だけは手伝えねーからな」

「手伝ったら邪魔どころか無意味に屍ができるだけだからな。俺も好き好んで被害者を出したくはない」

 

 二人揃って表情を暗くすると、食堂に休憩時間の終了を告げるアナウンスが流れた。

 このくらいにしておこう、とはどちらが言うこともなく、揃って席を立ち、各々の職場へと戻っていく。

 

「希繋」

「ん?」

「仕事が片付いたら、帰る前にトレーニング付き合ってやるよ。最近オマエとはやってなかったからな」

「おっ、サンキュー悠生。じゃあまた後でな」


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