「くっ……なんて硬さしてんのコイツ!」
「こっちも、わかってはいたが速すぎる!」
攻撃に転ずれば希繋の速さはあらゆるものを貫く槍となり、悠生の力は万物を砕く鎚となる。攻防一体のインファイターが二人。それもギアによる特殊能力ではなく、彼ら自身が持つ格闘センスと身体能力によるもの。
ギアやアームズに頼った強さならば、それを除けば勝機はあるかもしれないが、彼らにはそれがない。武器がないことが、一転して強みへと昇華しているのだ。
「ルーナ!」
『ラジャ。肉体を影に変換します』
「ソール!」
『ラジャー。肉体を光に変換します』
肉体変換によって物理攻撃の無効化を計るものの、義陰の影は電光によって、陽乃の光は熱によってダメージが通ってしまう。しかしそれでも、生身よりは動きもパワーも格段に上がるため、純粋な強化として運用しているのだろう。
悠生のアイコンタクトに合わせて、希繋が先んじて義陰へと攻め込む。しかしその動きを逸早く捉えた陽乃によって、牽制でありながら必殺の一撃は狙いを外し、その脚を掴まれ地面に叩きつけられるが、悠生の放った
吹き飛ばされながらも空中でどうにかバランスを整えた希繋は、着地と同時に未だ地に膝をつく陽乃へと攻め込むが、今度はそれを義陰のラリアットが阻む。義陰の振り被った左腕を足場に跳び退くことでどうにか躱すと、今度は灼熱の炎が義陰に襲い掛かる。
「ぐっ……うわあああぁぁぁっ!!」
「悠生! やりすぎるな! 任務はあくまで確保だ!」
「やりすぎずにどうにか出来る相手ならそうするがなッ!!」
「義陰ッ! くっ……このぉぉぉぉッ!!」
炎を放つ悠生の右手を、陽乃の純白に輝く拳が殴りつけた。
完全に不意を衝かれたとはいえ、僅か一瞬ではあるものの、頑強にして不壊に等しい悠生の体を弾くほどの威力を見せつけた陽乃に、悠生の中の闘志が燃え上がる。
背後にあるものを守るという「勇気」だけでなく、強者を前にしたことで燃え上がる「勇気」までもが、彼の力を――スヴィルカーニィを熱く激しく滾らせたのだ。
「希繋、オマエはもうそっちの野郎に「適応」しただろ。ならこっちの女はオレがもらう。コイツはオマエじゃどうにもできねーからな」
「そう簡単にタイマンさせてくれりゃいいが、どうやら向こうはタッグマッチをご所望らしい」
「……義陰、大丈夫?」
「肉体変換してなかったら死んでたよ。ありがとう陽乃」
互いに仕切り直すように向き合い、感情を昂ぶらせていく。
単純なギアのスペックなら義陰と陽乃に分がある。しかし、そのスペックを埋めるほどの身体能力と戦闘経験を持つのが希繋と悠生だ。まともに正面からやり合えば、万が一にも義陰と陽乃の二人に勝機はない。
だからこそ彼らは希繋と悠生に真正面から攻めることはしなかった。ギアスペックのアドバンテージを活かして、自分のペースに巻き込むのではなく、相手のペースを作らせないことに全力を注いだ。
だがそれでも、よくて優勢。どうしても勝利にはつながらない。だからこそ、義陰は希繋を集中的に狙った。自分の胸に灯り続ける「怒り」のボルテージだけは絶対に下げないように。
(リミットブレイクしたいところだけど、あれの発動時間は24時間につきたったの3分間。ついさっき発動してしまった僕にはもう、これ以上のリミットブレイクはできない)
(義陰は既にリミットブレイクを発動した。現状を打破しかねない要素としては、未だ使用していないアームズだが……それをこうも使おうとしないのは、おそらく使わないのではなく「使えない」からか。ユナイトギアを環境修復に使用していたORBでは、戦闘なんてほとんどないもんな)
リミットブレイクを既に発動してしまった義陰とは異なり、陽乃に至ってはまだ発動に至るほどの感情の爆発がない。ギアを運用する上でどのような感情を際立たせているのかはともかく、その感情はリミットブレイクに到達するほどの激しさはないということか。
しかし、義陰を追い込み過ぎればその限りではないことは明らかだ。人は誰でも、自分の大切なものを守る時にこそ最も顕著に感情を昂らせる。だからこそ、希繋も悠生もできる限り攻撃を片方には集中させなかった。
「エクレールッ!」
『了解。リアクターシールドを使用します。エモーショナルエナジー、
「ソール!」
『ラジャー。サンライトシューターを使用します。エモーショナルエナジー、
真っ先に飛び出したのは希繋と陽乃。突進のスピードを活かした希繋の跳び蹴りを、純白に輝く拳が打ち返すが、力の拮抗の瞬間に打ち負けると素早く判断した希繋は、陽乃の拳と接触していない左足の踵で相手の手の甲を打ち付け、力のベクトルを逸らす。
だが陽乃も冷静に逆の拳で追撃を行うと、希繋の頭上に影が差す。見上げれば、エモーショナルエナジーをチャージし終えた義陰が、見下ろすようにブラックバレットを構えていた。
おそらく、陽乃の攻撃を左右かバックに避ける瞬間を見極めて発射するつもりなのだろう。通常の弾丸とは違い、ブラックバレットは「影」の弾丸。その速度は光速に等しい。さすがの希繋でも、発射の瞬間を見てからでは躱せない。
「苛烈――!」
「また、仲間もろともに……ッ!」
だが、それを遮るように聞こえてきたのは悠生の広域粉砕衝撃波、苛烈拳衝を放たんとする声。
先ほどの炎と同様に、希繋を巻き添えにしてでもダメージを与える気かと、義陰と陽乃は身構える。
「それはどうかな!」
『
「――拳衝ォッ!」
だが、希繋の発動したリアクターシールドによって、希繋とその正面にいた陽乃は衝撃波から守られ、義陰だけが吹き飛ばされた。
それだけでなく、衝撃波に備えて攻撃を中断したことで、陽乃は防御態勢とはいえ目の前の希繋に対してあまりにも無防備な状態を晒していた。
当然、これを見逃す希繋ではない。電光よりも純度の高い「光」そのものである陽乃に対して、電磁体での攻撃はほとんどダメージにならないが、それでもノックバックは発生する。
このノックバックを活かして、彼女と義陰の間に自分が入り込むことで、両者の連携を大きく阻むことに成功するだけでなく、陽乃は希繋を攻撃する前に悠生をどうにかする必要ができた。
『
「――――!」
スヴィルカーニィから聞こえたアナウンスを聞き、希繋は即座に叫んだ。
「義陰!」
「……ッ!」
「もういいだろ! 今、悠生の特大火力である
「陽乃を人質にするつもりか……!」
希繋の背中を襲おうとしていた陽乃の動きが止まる。振り向けば、まるで大地全てを焦土にせんとするかのような灼熱の
少しでも動けば、彼の超灼熱の拳は陽乃と義陰を焼き尽くすだろう。同じ軌道上に希繋がいるとはいえ、ここまで幾度となく希繋を巻き添えにした攻撃を続けてきた彼ならば、味方一人を犠牲にすることに躊躇するとは思えなかった。
実際のところ、悠生が希繋を犠牲にすることはないのだろうが、彼らの関係性を知らず、ここまでの連携だけで性格を判断している義陰と陽乃には、その判断はつかないだろう。
「あの時、誠実からの依頼だったとはいえ部外者である俺がお前たちと戦い、その結果として陽乃を痛めつけてしまったことは謝罪する。本当にすまなかった。けど……これ以上戦ったところで、傷つくのはお前と陽乃だ!」
「うるさいっ! そんなこと……そんなの君に言われなくてもわかってるよ! 僕たちがどんなに頑張ったって、歴戦の勇である君たち
そう、最初からわかっていた。
今まで「戦うため」にギアを使ってこなかった義陰と陽乃では、どんなに
だが、それでも訴え続けなければならない理由があった。この痛みを、苦しみを、心の奥底に蓋をしてしまい続けることなどできるはずがなかった。
今までは耐えられた。だがもう耐えられない。いや、むしろ今まで耐えてきたからこそ、この痛みと苦しみが大きくなってきたのだと思えば、なおのことそれを抑え込むことが愚かなことだと思うようになった。
「僕は今まで、ずっと耐えてきた……! 僕を蔑ろにする母にも、僕を虐げる同級生や同僚にも、何よりずっと僕を苦しめ続けてきた孤独感にも! だけど陽乃のおかげで、孤独感から解放された僕は学んだ……! 『耐える』ことは悪だってことを! 本当に辛いことには、反逆すべきだってことを!」
「確かに、お前の言う通り苦痛に耐え続けて、そのせいで自分を崩壊させるくらいなら、いっそその怒りを解放してしまうのは悪いことじゃない。それは人として、心を保つ上で必要なことだ。だけど、そのために他者を傷付けていいわけがない!」
「だったら答えてくれ! 僕たちはどこにこの苦痛をぶつければいいんだ! 他人にぶつけられないのなら、僕が耐えてきた痛みはなんのためのものだったんだ! 僕が受け続けた苦しみは、僕の何がいけなかったからなんだ!!」
「義陰!!」
「――――!」
狂乱する義陰を落ち着けるように、希繋は一喝する。
「お前は何も悪くない。お前を傷付け続けた奴らは、お前に非があってそうしたわけじゃない。ただそいつらの見えてる世界が狭くて、相手を思いやる気持ちを見失っていただけだ」
「だったら、やっぱり僕は間違ってなんかいない……!」
「そうだ、お前は間違ってない。自分が傷ついたから、その苦痛をみんなに知ってもらおうって気持ちは正しくて、清らかなものだ。だが、そのために暴力を使っちゃいけない。他者を思いやらず、自分の意見だけを通すために暴力をふるってしまえば、お前はお前を傷付けたやつらと同じだ」
「――――ッ!!」
義陰は賢い。今この結論を叩きつけずとも、いつかは同じ答えに辿り着いただろう。だが、今ここで止めておかなければ、彼の未来により深い陰が差してしまう。
今ならまだ間に合う。今ここで手を止めれば、レイドリベンジャーズ襲撃についても、一般人への傷害行為についても、情状酌量の余地がある。そのための弁護を惜しむつもりはないし、レイドリベンジャーズとしての立場を使えば、優秀な弁護士にもパイプがある。
それでも、義陰の胸に灯った怒りの炎は消え切らない。自分が間違っていることは痛感している。曲がり間違っても自分が正しいとは言えなくなった。しかし、だとしても、陽乃を傷付けられたという事実が、彼の中で希繋への怒りを滾らせる。
「……一週間待ってくれ」
「一週間?」
「それまでに、僕らの間で折り合いをつける。どんな結論に至っても自首はする。だからその代わり、僕らに冷静になるための時間がほしい」
この時、義陰は初めて希繋の瞳を真正面から真っ直ぐ見つめた。それは誠意の表れか、それとも敵意か。
もしも彼の言葉が嘘にせよ本当にせよ、レイドリベンジャーズ側がそれに従うメリットは一切ない。嘘であれば逃げる時間を与えるだけとなるし、本当だとしても今ここで捕えてしまえばもっと早く事が片付くからだ。
だが、希繋は悠生へと向き直りアイコンタクトを送ると、彼も溜息交じりにそれに頷いた。
「わかった。ただし、居場所を把握できるように追跡用のチップを体内に埋め込ませてもらう。それが最大限の譲歩だ」
「ああ、従おう」
互いに合意すると、二人は悠生によって後ろ手に腕を掴まれながら、レイドリベンジャーズの医療室へと連行され、チップを埋め込んだ後に解放された。