【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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恩讐-ヘイト-

「さーて、楽しい楽しい座学の時間だ! 腹も膨れて眠気もあるだろうが、あたしサマの教導中に寝るヤツはそのままベッドに連れ込まれるのも覚悟しな!」

 

 昼休みを挿んで、座学による教導が始まった。昼休み中に目を覚ました希繋(きづな)も、午後からの座学には復帰した。というよりも、目を覚まさなければリデアに襲われる寸前だった。

 独特の注意喚起を前置いて行われた講義は、意外なほど順調に行われた。随所にリデアらしい下品な例えを含んではいるものの、講義を受ける者を誰一人として置き去りにしない語りは、さすがに教導官といったところか。

 途中、何度か説明を遮るように問いかけられた質問にも、簡潔で具体的な回答で軽くかわす様子は、まるであのセクハラ教導官と同一人物には思えなかった。

 

「リミットブレイクの最たる特徴のひとつは、エモーショナルエナジーの過剰摘出(エクシードチャージ)によってチャージなしでスキルを発動できる速攻性・奇襲性の高さだ。さっきの訓練でも、地震スキルを使ってたヤツがそれを上手く活かしてたな」

 

 リミットブレイク。装着者の感情エネルギーを必要以上に引き出し、ギアのスペックを限界以上に引き上げる「ユナイトギアの切り札」とも言うべき力。しかし、装着者への負担の大きさや、ギア自体の耐久限界から、最長で3分間のみ。使用後は24時間の冷却時間(クールタイム)を必要とする。

 総じて「一時的にスペックを向上させる技術」というのがリミットブレイクの性質となるが、単純なスペック向上だけでなく、エモーショナルエナジーを過剰摘出した影響で、ユナイトギアとして幾つかの例外現象を引き起こす。チャージを必要としないスキル発動も、そのひとつと言えよう。

 

「他にも、リミットブレイク特有の現象として、これを繰り返すことで俗に言う『逆流現象』を引き起こすことがあるってのも忘れちゃいけない。逆流現象を経験した装着者は、ギアを解除してもエモーショナルエナジーによる強化現象が続いているかのように身体能力が向上し、ギアを再装着することでそれまで以上のスペックを得ることができる」

 

 とはいえ、と一拍おいて、

 

「それが良いことかと言うと、そう断言もできない。それまでの感覚に従って物を握ったり掴んだり、あるいは走ろうとしたりすれば、強化された体と感覚のギャップに苦しむことになる。今ここにも、逆流現象の影響によって変化した身体能力の制御方法を学ぶために共同訓練に参加しているヤツらが数人いる。そうした負の面も制御して、ようやく力は意味を持つのさ」

 

 制御できない力は、ただの暴力にしかならない。希繋の「罪を憎んで人を憎まず」思想の根底にある「暴力」に対する捉え方は、他でもないリデアから学んだものだ。

 暴力を是として圧倒的な破壊力で罪も人も罰する悠生とは違い、希繋は制御された力によって罪を暴き人を赦そうとする。その両者の思想は、どちらが間違っていてどちらが正しいというものではない。ある意味ではどちらも正しく、ある意味ではどちらも間違っている。

 しかしだからこそ希繋と悠生は共に手を取り合うことで、罪を背負った人間を正しく裁くことに成功しているのだ。

 

「逆流現象による影響は日常生活において絶大だ。良くも悪くもな。たとえばコーヒーを飲もうとマグカップを手に取ったとして、普段の感覚で取っ手に力を入れたらポッキリ折れてしまった、なんてことも少なくない。誰かは履いた靴の位置を直そうと爪先をトントンしたら玄関の床を砕いた、なんてこともあったらしい」

(あの後、砕いた床を直してもらうのにだいぶ使ったんだよなぁ……。俺の不注意のせいとはいえ、予想外の出費だった……)

「レイドリベンジャーズとしての業務にはまったく関係ないが、日常生活でこうしたミスや失敗を繰り返していれば、当然ながら精神的な不満やストレスになる。そしてそんな精神状態で任務に挑めば、自分だけじゃなく周りを危険に晒すことも少なくない。そういうのを回避するためにも、逆流現象の影響の制御は大事なことだってのがわかるだろ?」

 

 逆流現象そのものは、数こそ少ないが決して珍しい現象ではない。リミットブレイクを繰り返せば、いずれ誰もが到達しうるものだ。

 しかし、だからこそそこに到達した者の苦労は知られなければならない。本人の注意を促すためにも、周囲への理解を促すためにも。

 

「だが逆流現象の影響の制御ってのは、言葉にするよりも遥かに難しい。訓練を始める時にも言ったが、あたしサマから教えられるのは制御する術だけだ。感覚だけは自分で掴んでもらうしかない。少しでも怠ければ制御できない力に溺れることになるって覚えとけ!」

 

 リデアは、自身の持つユナイトギアの影響か、「感覚」というものを特に重要視している。感覚とは、言葉ではなく経験や直感によって得られる「フィット感」のことだろう。自分に最も適した方法・手段を見つけ出すこと。それが彼女の言う「感覚を掴む」ということなのだ。

 しかし、希繋を始めとした多くの訓練生たちは、その「感覚」というものを上手く理解できないでいた。おそらく「フィット感」という意味までは理解できているのだろうが、それが具体的にどのような感覚なのかは、まだわかっていないのだろう。

 

「まぁ、今すぐにわかるものでもなし。そういうのは体で実感するもんだ、今は座学だからな、まずは頭に教え込んでやるよ。じゃあ先にリミットブレイク発動時のエモーショナルエナジーについてだが――」

(逆流したエモーショナルエナジーの制御は、リミットブレイク時のギアを制御するのと似てる、ってのは聞いたことがある。元より、どちらも過剰なエモーショナルエナジーを制御するものだから、似てて当然と言えばそこまでだが、あれはもう感覚というよりも慣れだ。無意識で制御しているせいで、意識的にやろうとすると難しい)

 

 慣れることと感覚を掴むことは似ているようでまったく違う。慣れることとは、無意識に理解することであり、感覚を掴むこととは、意識的かつ直感的に理解することだ。

 歩く、という行為はただ左右の足を交互に前に出すだけではない。重心移動や歩幅の調整。非常に細かい制御の上で誰もが無意識にやっていることだ。だがこれを感覚ではなく頭で意識してやろうとすると、容易に出来る者は決して多くない。

 だからこそ、無意識による理解というものは、時としてとても役に立たないものになり得るのだ。

 

「――というワケだ。まぁユナイトギアってのは感情が昂るほどに力を増す。逆流現象と同じさ、抑え込まずにコントロールするのが大事なんだ。リミットブレイクと逆流現象の制御が似てるって言われてるのもそこさ。無理に覆い隠そうとすると溢れちまう。むしろもっと爆発させて、その勢いに指向性を持たせるんだ。みんなやってるだろ?」

 

 指向性、という言葉を聞いて、希繋は自分の中にあった「無意識」の形をようやく理解した。そう、あの感覚はまさしく「指向性」だったのだ。感情を抑え込まず、その向きを変える。それが希繋が――そして多くの装着者がしていた無意識の制御方法の正体。

 だが頭ではわかっても、それを実行に移せるかは別問題だ。まだ試していないのでわからないが、そう容易くいくことはあるまい。リミットブレイクの制御でさえ、本来ならば長い訓練の末にようやく可能となるのだ。

 義陰(よしかげ)がリミットブレイクを行使したために容易く思われがちだが、彼も「制御」という意味ではリミットブレイクに失敗している。あれはただ感情を爆発させてリミットブレイクの「発動」に成功しただけだ。その証拠として、彼はリミットブレイク中、常にスキルを最大威力でしか使用できていない。

 

「何人かは得心がいったようで何より。ま、あとは感覚を掴むまで実践あるのみ。座学を終えたらまた実践訓練だから、その時にもっと具体的な説明をしてやるよ。じゃあ次、リミットブレイクの発動タイミングについては――」

 

 

 

 

「さて、今日の訓練はここまでにしよう。各自で軽く体操して今日は解散! おつかれー」

「ご指導ありがとうございました!」

 

 その日の訓練を終え、リデアが訓練室を去ると、全員がその場に倒れ込んだ。

 

「さすが噂に違わぬスパルタの鬼だった……!」

「これがあと二日も続くのか……」

「お前ら教官に何回尻揉まれた? 俺は3回」

「僕6回」

「なんであの戦渦の中で尻触る余裕があるんだ……」

 

 倒れ込む訓練生の中には、リデアのセクハラに対する不満を告げる者も多い。さもありなん、と希繋は苦笑いするが、彼も4回ほど尻を揉まれている。

 むしろ一回も触られなかった者はいるのか、と挙手を促す者もいたが、誰一人として手を挙げなかった。

 

「あの教官マジで一回ボコりたいよな」

「わかる。明日の訓練で一発ギャフンと言わせたい」

「動機はともあれ、自分もリデア教官に一矢報いたい気持ちはある」

 

 ふと、一人の訓練生が希繋の方を向いて、「お前あの教官の愛弟子だろ、何か弱点とか知らないのかよ」と問うが、

 

「そんなの知ってたら真っ先に実行してるよ」

 

 と遠い目をしながら語る彼を見て、誰もが慰めの視線を送ったという。

 

「まず師匠のスペックの話からしようか。みんなも知ってる通り師匠は『最速』『準最強』のレイドリベンジャーズだ。俺より速く、悠生の次に強い。だから単純な殴り合いではまず勝てない」

「具体的に、桐梨隊員よりも速いというのは時速何キロぐらいを指すんだ?」

「俺の限界が秒速31万キロだから、それよりは速いことになるな」

 

 周囲から「なんだそれ」「化け物かよ」「常識を軽々と飛び越えるな」という声が挙がるが、希繋はそれらを全てスルーした。

 

「そして悠生の次の強いって点では、少なくとも直径10キロメートルの隕石を粉々に砕くくらいはできるって本人は言ってた。悠生も「それくらいならまぁ」って言ってた」

 

 周りからは「まぁじゃないが」「類友を呼ぶな」「人間の範疇を逸脱するな」という意見も聞こえるが、希繋はまたも全てスルーした。

 

「それに加えてあの超感覚。目隠しで使い物にならない視力も含めて全ての五感が鋭敏化しているだけでなく、五感で捉えられない情報は全て直感で察知する。的中率100パーセントの直感はもはや未来予知にも等しい。何より幾つもの戦場を潜り抜けてきた経験が、戦略的にも戦術的にもバトルセンスを格段に向上させてる」

「なんだその戦うために生まれてきた戦闘民族みたいなスペック。ホントに人間か? 漫画の世界から飛び出してきた「ぼくのかんがえたさいきょうのバッタおんな」じゃないのか?」

「そう思いたい気持ちはわかるが残念ながら生物学上あれでも人間なんだ」

 

 その場の誰もが絶望する中、不思議とその胸には共通の思いが宿っていた。

 

「……今すぐにとはいかないだろうが、いつか全員であの教官をボコろうぜ」

「ノった」

「異議なし」

「あいつ殴れるならレイドリベンジャーズ辞めてもいい」

 

 全員でリデアを殴る。そんな思いを胸に、全員が一致団結した。

 なお、この会話はもちろんホッパーの超聴覚によって聞かれており、訓練室を出た直後みんな揃ってセクハラされた。


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