【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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雑談-チャット-

「よっ。隣いいか?」

「お疲れ様です。どうぞ」

 

 その日の夕方、希繋(きづな)が食事をとっていると、背後から声をかけてきたのはリデアであった。周りにいた数名の訓練生たちが、慌てて料理を口にかっ込み、ごちそうさまでした、の一言を告げて去っていくのを、希繋は苦笑いしながら見送る。

 これが今日の訓練の成果ですよ、と皮肉たっぷりに言うと、リデアはさして気にした様子もなく「だろうな」と笑った。彼女曰く、訓練中は訓練生に嫌われるのが教官の勤めなのだそうだ。

 既にリデアのやり方を知っている今の希繋はそれに異を唱えることはないが、かつての彼はその言葉に反することなく、リデアを嫌っていたし、今でも隙あらば一発叩き込みたいと思う程度には「弟子」らしいところが残っている。

 

「そういえば、今日はまったくレイダー出現のアラートが鳴ってませんでしたけど、やっぱり東京は平和なんですか?」

「まぁ、レイダーに関しては、国内で永岑市より忙しいところなんてないだろうな。前回のレイダー出現も二か月くらい前だ」

 

 二か月。週の半分以上をレイダーの対処に追われる永岑市とは、比較するべくもなく少ないと言い切れる間隔期間だ。

 しかし、とリデアは続ける。

 

「レイダーの方は平和だが、ユナイトギア悪用犯罪者はそっちの比じゃないだろうな」

「今、ちょうど俺と悠生(ゆうき)がそっち関連の事件にあたってますけど、他の部署ではレイダーの対処に当たっているので、ここ数か月で一件ですね。こちらは?」

「ちょっと前には輸送中のギアを国際的犯罪者集団のひとつと思しき組織に奪われたほか、現在対処にあたっているヤマだけで三件だ。災害はないが事件はある、というのが都会的というのなら、東京は大都会さ」

 

 皮肉たっぷりに言うリデアの表情は、いつものように飄々としていて、それでも確かに、レイドリベンジャーズとしての怒気も抱えていた。

 それはリデアに限った話ではない。レイドリベンジャーズとは、人類を理不尽から守るために発足した組織である。故に、多くのレイドリベンジャーズたちは厳しい現実を直視しながらも、誰もが傷つかない理想の未来に向けて努力している。

 しばしば悠生を「勇者」だとか「英雄」だとか囃し立てる者もいるが、彼はその度にその言葉を否定する。レイドリベンジャーズという組織において、英雄とは誰かを指す言葉ではなく、誰もがそうなるべきだと信じているからだ。

 故に、普段はセクハラ魔のようなリデアでさえ、レイドリベンジャーズとしての矜持は持ち合わせている。

 

「国際的犯罪者集団となると……国内では「蓬莱寺(ほうらいじ)家」を筆頭にいくつか候補がありますね。もう目星はついてるんですか?」

「さすがに蓬莱寺家が相手なら、被害はトラックと運転手だけじゃ済まなかっただろうさ。同じ理由で、金峰院(きんほういん)家もないだろうね。となると、有力なのは蔵王庵(ざおうあん)家か。あそこは強盗・窃盗が専門だしな」

「蔵王庵……。確かにあそこなら人的被害が少ないのも納得ですけど、そうなると奪還は難しいでしょうね。あそこに奪われて返ってきたものなんて数えるほどもありませんし」

 

 だからといって泣き寝入りするつもりもないが、それだけ厄介な相手だということは、希繋もリデアも理解していた。

 とはいえ、希繋はこの件についてはあくまで部外者だ。本部から直接要請がない限り、永岑支部所属の希繋がこの事件に関わることはない。

 

「そういえば、話は変わるがお前ずいぶんと速くなったな。昔は電撃体を使っても秒速26万キロが限界だったろ。これはいよいよ『最速』をくれてやるのも時間の問題だな」

「そうは言いますけど、『ストーム』は相手のスピードが生み出した風に乗ってより速くなるじゃないですか。こっちがどんなに速くなっても、師匠には敵いませんよ」

「ん? あー、別にそんなことないぞ。ストームはあくまで相手の生み出した風に乗るだけで、相手より速く動けるギアじゃない。相手に風を作ってもらわないといけない以上、先手はどうしても譲っちまうからな。相手が動き始めてから風に乗るまでの間に勝負がつけば、あたしサマはどうしようもない」

 

 ましてや、リデアは両目を包帯で隠しているため、視覚的に相手の位置を追うことができない。匂いも風に乗ってくる以上、それよりも速く動く相手に対して有効なのは聴覚と触覚だけである。

 しかし、希繋のトップスピードは光すらも超越する。故に、光よりも遅い音の情報はほとんど役に立たないと言ってもいいし、触覚で感じられるのはあくまで風の動きで相手の大まかな速度を測定するのみだ。

 となると、リデアが希繋の速度を捉えられる唯一の感覚は、「第六感」だけと言える。その第六感が、まるで未来予知にも等しい的中率を誇るからこそ苦戦しているわけだが。

 

「あと、今日の訓練はあくまで鬼ごっこであって模擬戦じゃなかったから使わせなかったけど、逆流した装着者にはユニティバレットが支給されてるだろ。アームズがないなら、ああいうのをもっと活かしな。使えるものはなんでも使わなきゃ、勝てる勝負も勝てないぜ」

「仰る通りです。でもまぁユニティバレットはまだ効果を全て把握していなくて……」

「全ても何も、ユニティバレット一回使えばどれも効果同じだろ」

「あ、いや俺のは7種類あるんですよ」

「宝の持ち腐れしてないでさっさと全部使って効果把握しろ」

 

 リデアから真っ当な指摘をされたことに一抹の悔しさを感じつつも、反論の余地もぐうの音もなく希繋は沈黙した。

 彼女の言う通り、未知の兵器を未知のままにして携行することは、戦いに身を置く者として許されざる行いだ。土壇場になってどんな効果を発揮するかもわからない戦力では、味方への影響も計り知れない。そういう意味では、未知の効果を持つ戦力など最初から無いものと思った方がいい。

 現状、希繋が把握しているのは赤色のユニティバレットの効果のみ。攻撃速度を向上させるブースターを脚部に展開する効果を持っている。おそらく他の六趣も、体の各所に武装を展開するものだろうと思っているが、現時点では具体的にどのような武装なのかさっぱりわかっていない。

 

「後で訓練室に来い。ユニティバレットの効果の把握に付き合ってやる。ついでに個人指導もだ。美人の師匠と二人きりで指導してもらえるなんて幸せ者だなぁ?」

「俺が未婚で師匠がセクハラ魔じゃなかったら幸せだったでしょうね。まさかとは思いますけど自分の息子さんにまでセクハラしてませんよね?」

「は? してるが?」

「児童相談所に通報していいですか?」

 

 合意の上だから、と笑うリデアだが、実のところまったく合意ではない。むしろ反面教師的にとてもガードの固い息子である。

 

「児童相談所で思い出したけど、お前んとこは子供どうすんだ? 相手知らんけどたぶんあのちっこい幼馴染の嬢ちゃんだろ?」

「そうですけど、なんで児童相談所で思い出したんですかね。あなたと違って通報される覚えはないんですけどね」

「いやまぁ子供云々よ。ほら、下世話な話だとは思うけどあの嬢ちゃんの体じゃ子供なんて作れないだろ。体格差がありすぎる」

 

 彼女の言う通り下世話ではあるが、希繋と逢依(あい)にとっては現実的かつ切実な問題のひとつである。希繋の身長は175センチ、逢依は142センチ。その差は33センチにも及ぶ。単純な体格差もそうだが、逢依の未発達な身体で、子供を作ることができるかどうかというのは、未だに怪しい。

 未来から実子・白露が来ている以上、逢依は出産に成功しているのだが、帝王切開によるものという可能性もあり、逢依の体にかかる負担のことを考えると、今の時代で子供を設けることについては、あまり楽観的に考えることもできない。

 

「一応、あたしサマの知り合いに145センチで二児の母ってヤツもいるから、極端に悲観する必要もないと思うけど、子供を作るってのは精神的にも肉体的にも母親に負担が大きいからな。ちゃんと考えて、支えてやれよ」

「もちろんです。あいつ自分の体じゃ子供は作れないだろうなって思ってるっぽいんで、無理強いをする気はないですけど……。でも、できるなら産ませてやりたいんですよね。あいつが一番、自分の子供を抱くことを夢見てるはずなんで」

 

 白露が未来から来て、一番喜んだのは逢依だ。

 自分の未発達な身体では子供を産むことは叶わないだろうと思っていたからこそ、未来から実子を名乗る少女がきて、自分の体に希望を持てた。

 もちろん、白露のことも愛しているし、そこに優先順位などない。だが、できればこの時代で、今の自分の体で、子供を産みたいと願っていることを、希繋は知っていた。

 

「じゃ、そんな奥さんを守り抜くためにも、この後の指導は力を入れないとなっ!」

「やっぱりそこに帰結するんですか……」


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