【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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疾風迅雷-キック-

「さて……今日で短期教導訓練も終わりだ。お前さんたちはあるべき戦場へと戻り、あるべき日常を守るために戦うことになる。今日はこの三日で学んだ技術を全て出し切り、あたしサマとタイマンしてもらうぞ。あんまり出来が悪いヤツには追試とあたしサマの愛の手がいくことになるから気ィ張ってこい!」

 

 教導訓練最終日。リデアから課されたのは一対一(タイマン)。リデアが最も得意とする土俵であり、リデアが最も警戒する土俵である。

 地上モニタールームで他の訓練生たちがリデアと戦う様子を見守りながら、両者の動きの良いところと悪いところを見比べる。すると、希繋(きづな)はあることに気付いた。

 

(師匠の動き……最速と準最強をほとんど使ってない。速くもなく強くもなく……ただ、ほとんど「悪い動き」がないだけだ)

 

 そう、リデアが今している動きには、彼女が「最速」「準最強」と呼ばれるためのスピードとパワーを一切発揮していない。誰にでもできる動き、誰にでもできる技だけで、対戦相手の動きを完封している。

 おそらく、戦っている相手もそれに気付いているだろう。あるいは、彼女がそうする意図さえも。しかしそれでも、誰にでもできる動きだからこそ、それが突破できないことに苛立ち、自分の動きがより悪い方向へと循環していく。

 常に全力でないことが、時として相手に焦燥感を与えることは、知識としては知っている。しかし「最弱」であるが故に、いつだって全力で戦わざるをえない希繋からすれば、とても真似できる戦い方ではない。しかし――。

 

(そうか、優芽(ゆめ)と初めて戦った時に感じた焦りや困惑はこういうことだったのか)

 

 もはや半年以上前のことだが、つい先日のことのように思い出すのは、優芽と初めて戦った時の感覚。

 あの時、優芽の戦術のバリエーションに希繋は常に驚かされ続けた。電気も速さも封じられ、まるで自分を殺すためだけにあるような戦術の数々に、焦りと驚きが隠し切れなかった。あの時の感覚が、今リデアと戦っている相手が感じているものと同じなら、優芽の凄さがより深く理解できる。

 優芽には飛び抜けたステータスというものがない。希繋のようなスピードも、悠生(ゆうき)のようなパワーとタフネスも。それでも、そんな圧倒的なステータスを圧し潰すようなものがあるとすれば、多彩な武器と戦術を使いこなし、相手を翻弄する頭脳。

 彼女がそれを知っていてやっていたかどうかは今を以て不明だが、その頭脳と技量に圧倒されたからこそ、希繋は彼女に終始押され続けていたのだろう。

 

「次、桐梨隊員、出ろ!」

「はいッ!」

 

 先ほどの戦いが終了し、待ち構えているのは既に14人抜きを果たしながらも息一つ乱さないリデア。仁王立ちで待つ彼女に、準最速が挑む。

 

「おっ、最初からユニティバレット使う気マンマンか。いいね、昨日・一昨日のひどい有り様よりは成長がみられる」

「師匠相手に、手の内を隠してなんかいられませんから」

 

 模擬戦闘訓練のルールは単純にして明快。開始から10秒間はリデアからの攻撃はなし。またリデアはリミットブレイク禁止。訓練生からの棄権は緊急時を除き不可。危険行為を行った際は中断。訓練生が戦闘続行不可と判断されたら試合終了。

 訓練生側にリタイアの権利がないのは、教導官の判断で「安全な範囲で限界以上を引き出す」ためだというが、リデアに限って言えば、単に訓練生をヒィヒィ言わせたいがためだろうと、希繋は心の中で苦笑いする。

 しかし今は笑っている暇などない。リデアと睨み合い、カウントダウンを待つ。

 

『5……4……3……2……1……訓練開始』

 

 先に駆けだしたのはリデアだった。だがそのスピードは希繋からしてみても目で追えるほど遅く、とても「最速」のそれとは思えない。が、だからこそ希繋は努めて冷静に対処しなければならない。

 リデアのスピードをギリギリ上回る程度の速度でクロスレンジに入り込むと、彼女の拳撃を手で受け流し、フェイントを入れつつミドルキックを打ち込んでいく。

 キックを基本的な攻撃手段として使う二人だが、全体のバランスがとれたリデアに対して、希繋は拳による攻撃ができない。それはユナイトギアを纏っていないから、という意味ではなく、パンチの打ち方を知らない、というのが大きい。

 そのせいか、リデアのキックにはパンチを組み込んでいるため奇襲性があるのに対して、希繋は「キックだけに注目していても対処ができる」という状態なのだ。

 

 食生活や鍛錬法を変えたことで上半身にもある程度の肉と骨の太さが出てきた希繋だが、今のところそれを活かすことができているのは防御面での話だ。

 手と腕でガードし、全身でかわし、足で逃げる。ディフェンスにおいてはバリエーションもできてきたが、これが攻撃となると、やはりキック一辺倒だと言わざるを得ない。

 だからか、リデアからの攻撃は全て防ぎきれているのに、攻撃がまったく当たらない。当たっても全てダメージにならないよう防がれてしまっている。この状態ではとてもではないがリデア相手に勝利がもぎ取れない。

 

「いいぞ、フェイントが上手くなってるじゃないか! だがやっぱり全体のバランスが悪いな! こっちのキックは全部防げてるのに、パンチはちょくちょくガードを抜けられる。ただ腕を構えるだけじゃダメだ! もっとお前の動体視力と反射神経を活かせ! 相手の足元にばかり注目せず全身の動きを見るんだ!」

 

 スピードタイプの相手に対して、足元の動き――特に爪先の向きに注目するのは基本中の基本だ。それを正しく把握できれば、スピードに追い付けなくても「どこへ」向かって「どこから」攻撃が来るかを予想できるからだ。

 しかし、リデアはその予想さえもフェイントに変えてくる。足の動きに注意していることと、希繋も足の動きが機敏であることも相俟って、キックは全て防げているが、やはり上半身の動きに対して不注意になってしまう。

 

拡張接続(アクセスロード)! ユニティバレット!」

『了解。ユニティバレットに拡張接続(アクセスロード)します』

 

 開始前からずっと握っていたユニティバレットを左腕のブレスレットに装填してスライドさせると、橙色の光を伴って彼の右腕全体を覆う篭手が展開された。

 その形状からして、明らかにパンチ力を増強するためのユニティバレットであることは明らかだが、この防戦一方の状況でなぜそれを選んだのか、リデアは一瞬だけ判断が遅れた。

 

拡張接続(アクセルロード)!」

『了解。ユニティバレットに二重拡張接続(ダブルアクセスロード)します』

「二重展開……ッ!?」

 

 再びユニティバレットを装填し、エクレールの側面に赤色のブースターが展開されると、リデアに明確な動揺が生じた。この瞬間を狙っていたのだ、と言わんばかりに、希繋の拳がリデアの胴を捉えた。

 

「やっと師匠に一撃くれてやれた……!」

「痛ててて……これはさすがにビックリしたねぇ。さすがあたしサマの愛弟子だ、予想外のことをしてくれる」

「このユニティバレットはどうやら俺の大切な仲間が俺のために用意してくれた特別製みたいで。だからきっと、同時にひとつしか使えないなんて、本末転倒なものじゃないって信じてましたよ! ――エクレールッ!」

『了解。クリムゾンインパクトを使用します。エモーショナルエナジー、充填開始(チャージ)

 

 その勢いのまま、ミドルキック、ハイキックと続けざまに叩き込むが、さらにフェイントを挿んで回し蹴りを入れようとしたところで、リデアの反撃が希繋を後退させた。

 

「ストーム、一発デカいのくれてやろう」

『イエス。リデアキックを使用します。エモーショナルエナジー、充填開始(チャージ)

 

 できるだけリデアに考える時間を与えないよう、希繋は即座に次の攻撃へと移った。ハイキックを左腕で防がれることをわかった上で、右脚を地につける動作のまま左脚で足元を払う。

 リデアはこれすらも後退してかわすが、バックによって重心が僅かに後ろに傾く瞬間と、ミドルレンジ分の距離――これを希繋は待っていたのだ。

 

充填完了(コンプリート)。クリムゾンインパクト、いけます』

充填完了(コンプリート)。レッツゴー、リデアキック』

 

 二人は同時に駆け出し、そして同時に地を蹴った。

 

「ぜああああぁぁぁッ!」

「だああああぁぁぁッ!」

 

 二人の必殺キックが、ぶつかり合って――。

 

 

 

 

「ただいまー……」

「おかえりなさ……おっ、お父さまっ!? どうなさったんですか、その傷はっ!?」

 

 希繋が永岑市の自宅に帰ると、それを迎えてくれたのは白露(しろろ)だった。希繋の傷を見るなり、慌てた様子で彼の手を引き、夕食の準備を終えてリビングで雑誌を読んでいた逢依(あい)の元へと連れて行った。

 逢依は彼の様子を見て、「また派手にやられたわね」と呆れたような表情で迎えながら、白露が運んできた救急箱を開けて手当てを始めた。

 

「で、この傷が教導の成果?」

「まぁ、師匠と最後に全力の蹴りの打ち合いして……」

「蹴り? 蹴りでこんな火傷みたいになるの?」

「いや、打ち合いの結果、エクレールが爆発した」

 

 リデアのストームも小破したが、打ち合いの結果はもちろん希繋の負け。ギアの破損で戦闘続行不可となったせいだ。エクレールはAIとスキルやギア特性を登録している記憶領域の部分が無事だったため、家に戻る前に永岑支部の技術開発部へと修復――と「改造」を頼んできた。

 明後日には義陰(よしかげ)陽乃(はるの)の「答え」を聞かなければならないため、それまでには全て間に合わせてくれと言うと、菜咲(なさけ)は悲鳴を上げながら許しを乞っていたが、普段から愛車のXD400Rを勝手に弄り回されている報復も込めて、「じゃあよろしく」と言い渡した。

 

「間に合うの?」

「間に合わせるだろ。あれでも天才メカニックだからな」

「菜咲ちゃん、今夜は徹夜ね……」

 

 実を言うと、逢依と菜咲は部署こそ違うが親友と呼んで差し支えない仲である。同性の友人という意味では、小転(こころ)の次に親しい相手だと言ってもいい。しばしば希繋と菜咲がXD400Rをめぐってひと悶着を起こしているのも、逢依と悠生の共通の友人だという点からできた縁だ。

 そして、彼と彼女がこうしてひと悶着を起こす度に、菜咲の泣き言を聞くのが逢依の役回りでもある。今日明日はまだいい。技術開発部のラボに篭もりきりになっていて手が離せないだろうから。

 だが問題は彼女がそれを終え、希繋にブツを渡し、がっつり睡眠をとって体力を回復した後――。怒涛の泣き言ラッシュが通信機、あるいは私用の携帯に届くことは既に目に見えている。

 

(これは……最終的に悠生に泣きつくところまであるかもしれないわね)

 

 菜咲は泣き言が始まると、基本的には逢依に言うだけ言って満足する。しかし本当にどうしようもなく追い込まれた時は、恋人である悠生にまで飛び火する。

 そうなると面倒なのは、悠生は逢依と違って対応が雑なのである。話そのものは聞いてくれるし、ごくまれに本当に菜咲だけではどうにもならないような問題が起きていると助けることもある。が、しかし。基本的に悠生は放任主義なのだ。分かりやすく言うと「自分でどうにかしろ」というタイプである。

 そう言われてしまうと、もはや菜咲は感情のぶつけどころがなくなってしまい、最終的に泣き出す。これをあやすのが、再び逢依の出番となるか、場合によっては希繋もそこに加わることになるのだ。ただ、今回は原因が希繋なのでより面倒になる。

 

「まぁギャン泣きする前に謝ろうとは思ってるよ」

「そうね、それがいいと思うわ」

 

 希繋も察しているのか、謝罪の用意はしているようだ。


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