ある女がいた。
何ものよりも美しく、また全てを惹き付ける女だった。
振る舞いは艶やかで、陽を振りまくような存在だった。
あらゆるものに平等に、無邪気に接する女だった。
しかし女は融通が利かなくもあった。女は何より規律を重んじた。
決まった時間に目覚め、決まった時間に出かけ、決まった時間に眠る。
女は変わらないルーチンをこなすことを喜びとした。そこで触れ合う全てを愛した。
全てのものはそんな女を姫と呼び時に憧れ時に焦がれた。
ある時一本の男が姫に思いの丈を打ち明けた。
齢千を超えた大樹だった。
古めかしく博識な彼は、千年留めた想いを堪えきれずに彼女へと打ち明けた。
高く大きく育った彼は枝をゆさりゆさりと揺らし、想いを綴った。
女は嬉しそうにはにかみ、されどそれを断った。
私が近づきすぎると貴方は燃えちゃうわ、と。
次に一匹の獣が彼女を求めた。
大樹が姫へ求婚したと夜中に聞いた彼は東にある一等高い山へと一目散に駆け抜けた。
空へと浮かぶ、兎を抱えた真ん丸の月を見送りようやく顔を出した彼女へ獣は高く雄々しく吠えた。
俺はあんただけを見つめよう、だから俺だけを見つめてくれ、俺だけに陽を降り注いでくれと。
あまりに傲慢な物言いも何のその。
全てを慈しむ彼女はやはり微笑みそれを断った。
私たちが見つめ合ったら貴方はその両の目を無くしてしまうわ、と。
次に来たのは一人の男だった。
彼女は自分にこそ相応しい、そう信じて疑わない男だった。
何年もかけて作り上げられた神殿の台座で彼は恭しく跪いた。
長い長い口上の後にようやく彼は小さな箱から銀に輝く輪っかを彼女へささげた。
だがそれもやはり彼女は断った。
顔を真っ赤にして怒りをまき散らしそうになる彼を彼女は優しく宥めた。
私が貴方だけのものになっても貴方は生きてはいけないわ、と。
その後も女へと想いを寄せるものは後を絶たなかった。
日が経つに連れて増え続けるそれはしかしどれもが決して実を結ぶことは無かった。
それもそのはずだ、女は全てを愛していたが、その前に一つの恋をしていたのだから。
女は変わらぬ日々の、その毎日が愛おしかったがそれそのものを楽しんでいたわけではない。
必ず自分の前を行く小さな男を追うのが何よりも好きだったのだ。
決して自らは光ろうとせず、己の放った光を弾くだけの彼に女は心を奪われていた。
靡かすドレスを派手にしてみても、たまには少し光を弱くしてみても、気にも留めない男が少し気に食わなかった。
毎日姿を変える彼がとても素敵だった。
どれだけ急いで駆けても絶対に追いつけない彼を追う毎日が愛おしかったのだ。
故に今日も明日もそのまた先も。
女は数多の想いを受け入れることは無いだろう。
夜空に輝くあいつと並ぶその時までは、誰の言葉もすり抜けるだろう。
そうして今日も二つの星はクルクル回る。
橙色に輝くドレスを靡かせながら、踊るように女は駆けるだろう。
光を反射する寡黙な男は二匹の兎を抱えて逃げるだろう。
クルクルクルクルと。一つの星が、終わるまで。