遠坂夫妻はイチャイチャしてます。
朝食の匂いにつられて、言峰綺礼は目を覚ました。
どうやら寝坊をしてしまったらしい。6時を指す時計を見て、綺礼はため息をつく。普段ならばこの時間には鍛錬に入っているというのに。
やはり、あの黄金王は害悪だ。召喚された時からそれは分かっていたのに、ついつい飲みに付き合ってしまった綺礼の失敗だと言える。ちなみに、ギルガメッシュ本人は途中で「英雄王キャストオフ!」と脱ぎ出したので廊下に叩き出した。恨みを買ってることは必然だろうが、生憎と裸体の男と飲む趣味はない。後、どこかでアイドルもどきの悲鳴が聞こえた気がした。きっと気のせいだろう。
コンコンコン。
控えめなノック音と、「おはようございます。起きていますか?」という声に、綺礼の意識は現実へと引き戻される。
素早くパジャマから着替え、ドアを開けた。
「おはようございます。未来の騎士王様」
「や、やめてくださいよ。私はまだ修行途中で、ちゃんと『私』になれるかもわからないんですから・・・・・・」
口ではそう言いつつ、リリィのアホ毛は前後左右にせわしなく動いていた。
(犬の尻尾か・・・・・・?)
綺礼は失礼なことを思ったが、言わなかった。言わなければ失礼でないしね。
「ところで、如何様で?」
「あっ、はい。朝餉の用意ができたのでお呼びしようと」
「・・・・・・」
仮にも未来の騎士王に、こんな家政婦のごとき真似事をさせて良いのだろうか。
確かに扱いとしては正しい。彼女らはまさしく
「朝餉にしては、少々刺激的な香りですね」
「はい!麻婆豆腐ですから!」
「麻婆・・・・・・?」
何を言ってるのだろう、この少女は。朝食から麻婆豆腐?何故だ。それに、別に綺礼の好物は麻婆豆腐という訳では無い。
「っ・・・・・・」
そう思った瞬間、綺礼は僅かな頭痛を感じた。なにか、別世界から黒髪ツインテのツンデレやオレンジ髪の正義の味方にツッコまれてるような・・・・・・。
「マスター?」
「あぁ、いや、なんでもない」
綺礼は頭を振ると、食堂までの廊下を進む。リリィもそのあとをぴょこぴょことついてきた。
「リセイさんにはもう食していただいてます!気絶するほど美味しいと言っていただけたので、味には自信がありますよ!」
でも、本当に気絶するなんて思いませんでした!と、朗らかに笑うリリィを見て、綺礼は戦慄した。
あの、父が・・・・・・。
『たとえ不味かろうとなんだろうと、相手が心を込めて作ってくれたものならば、最後まで笑顔で食べきりなさい』
と言っていた父が・・・・・・っ!
「父上・・・・・・あなたの
決意を固めた綺礼を見て、リリィは首を傾げるのだった。
赤かった。
なんというか、赤かった。
赤を通り越して紅を通り越して赫を通り越した上のナニカだった。
「えぇ・・・・・・」
「さぁ、どうぞ!遠慮なさらず!」
困惑する綺礼に、リリィは善意100%の笑を向ける。綺礼が苦手としているそれに、思わず目を背けた。
「? どうしたのですか、マスター」
「い、いや、なんでもない」
意を決して、レンゲを手に取る。豆腐まで赤いってどうなってんだこれ。
一口分掬い、恐る恐る口に入れた。途端、綺礼の舌を焼くような感覚が襲う。
辛い。辛いとしかいいようのないくらい辛い。少なくとも人間の食べていいものじゃない。これだけで毒物として使用できそうだった。
「き、騎士王・・・・・・水・・・・・・」
「はい、どうぞ」
思わず敬語も忘れ手を伸ばす。リリィの差し出した水を奪うようにして喉の奥に流し込んだ。
「あの・・・・・・お口に合いませんでした?」
不安げな声と瞳に、綺礼は何も言えない。正直に「どうしたらこんなものが作れるのだ」と言えればいいのだが、生憎とこの言峰綺礼はまだ綺麗な方だった。幼子にそんな酷なことを言えるわけがない。
『ねぇ扱い違くない?私との扱いが違くない!?私も一応ロリだったんですけどー!?』
平行世界からのツッコミを無視し、綺礼は偽りの言葉を紡ぐ。
「いえ、すごく美味しいです」
「よかったぁ!」
花が咲くような笑顔、とはこれを言うのだろう。白百合の王に相応しい表情に、自然と綺礼の顔も「まだまだおかわりは沢山あるので、どんどん食べてくださいね!あっ、英雄王さんも呼んできましょう!」
「えっ」
緩みかけた顔が一瞬にして引き締まる。
拙い。それは拙いぞセイバー・リリィ。
あの天上天下唯我独尊な英雄王にこんなものを食べさせた暁には、リリィの首が物理的に飛ぶかもしれない。「我になんてものを食べさせるこの雑種が!」とか言いながら。
「あの、騎士王、それはやめた方が・・・・・・」
「何をしておるのだ雑種」
AUOはKYOでもあったらしい。綺礼は露骨に舌打ちをした。
「おい貴様、今何をした?」
「いえなにも」
「あ、英雄王さんいい所へ!朝餉ができたので、食べてくれませんか?」
「ふはははは!この我に!雑種の用意した!ものを!食せと!」
どうでもいいことだがいちいちうるさいなコイツ。
綺礼は知らず知らずのうちに黒鍵を取り出していた。無論、投げることはしないが。
「よかろう!供物を献上するがいい!」
「こちらになります。どうぞ召し上がりやがれください」
黒鍵を投げない代わりに麻婆豆腐もどきを英雄王の口に突っ込むことで溜飲を下した。
「貴様何するっ、がっはっ、ぐふっ」
英雄王ならば麻婆豆腐を口に突っ込まれたくらいでは死なないだろう。これで死んだらお笑い草だ。
「セイバー。アーチャーは貴方の麻婆豆腐が気に召したらしい。鍋ごと持ってきてもらってもいいでしょうか」
「ほんとですか!今もってきます!」
たたた、とかけてくリリィを暖かい目で見ながら、綺礼の右腕は確実に英雄王を止めていた。
「貴様・・・・・・いつか、殺す・・・・・・」
「・・・・・・どうせ、なんの楽しみもない人生だ。いつ殺されようが構わん」
ふっと笑みを浮かべ、綺礼は遠くを見つめた。英雄王が財宝で殴る。
「そうか、ならば死ね。今すぐ死ね。麻婆豆腐に埋もれて死ね」
ギルガメッシュがここまで感情を出すのは珍しい。綺礼は殴られながら思った。
「・・・・・・そういえば時臣氏はどうした」
「・・・・・・」
途端、宝物庫を閉じて英雄王は不貞腐れる。その様子に、綺礼はなんとなく事情を悟った。その上で指摘した。
「なるほど。遠坂家のイチャイチャ空間に耐えきれず逃げて・・・・・・いや、体のいいように追い出されたのか?」
「我の方から出ていってやったのだ追い出された訳では無いわこの戯けがっ!!!」
どうやら図星だったらしい。綺礼の顔に、先程とは別の笑みが浮かぶ。
「愉悦」
「
躊躇いもなく発射された宝物の数々を綺礼は避ける。
「礼を言うぞ英雄王!私に感情を教えてくれたことにな!」
「ええい黙れ雑種ゥ!そもそも貴様が我と共に愉悦に目覚めるのはもっとあとであろう!」
「何を言っている!それは拙いのでは!?」
メタに走り出したギルガメッシュを自重させ、綺礼は机を盾にし、
『あっ』
食べかけの麻婆豆腐が零れた。
「お待たせしました!」
と、間の悪いことにリリィが鍋いっぱいの麻婆を抱え戻ってくる。そこにギルガメッシュの宝物のひとつが当たった。
『あぁ!?』
ガシャーンという金属音とともに、殺人料理が床にぶちまけられた。
「あー・・・・・・いや、その、これは、ちがうんです」
綺礼はイタズラがバレた小学生のように言い訳を並べる。ギルガメッシュはいつの間にかいなくなっていた。あの野郎。
リリィは俯いていて表情は見えない。小刻みに体が震えており、綺礼は冷や汗を流した。
「・・・・・・」
「あの、騎士王?」
「・・・・・・ヵ」
「か?」
「
その日、黄金の光に包まれた聖堂教会の被害総額は、ケイネス先生の魔術工房を凌駕したという。
「食事を無駄にするやつは万死に値します」
「はい」
罰として綺礼は作り直した麻婆豆腐を完食し、新しい味覚を開拓したのだった。