――問おう。お前の戦う理由はなんだ?
目的はなんだ?
示せ、お前の望みを。
託せ、お前の願いを。
あらゆる可能性を予測しよう。
あらゆる未来を見せてやろう。
だが、忘れるな。お前の望みは、お前の未来は多くの死の先にこそ辿り着く。
――殺せ。
――殺すのだ。
時に敵を。時に味方を。時にお前自身を。
さすればその願い、その望み、叶えてやろう。
さぁ、殺すのだッ!!
「あ、あぁぁああああああぁぁぁぁぁああァッ!!」
「ぐ、うぅ……」
これが、双子の欲した力。
これが、二人が求めた力。
壊れる。頭が壊れる。
脳内にビジョンが侵入してくる!
見たことのない光景が広がっている!!
姉が死んでる! 妹が死んでる!!
味方が死んでる!! 母艦が墜ちてる!!
何でだ。なんでこんな未来が見える!?
これが願いの果てか!? これが望みの果てか!?
止めろ、死を強いるな!! 殺意を押し付けるな!!
意識が呑まれる!! 自分が消える!! 入ってくるな、染め上げるな!!
私の身体を、支配するなァッ!!
「や……止めろぉぉぉぉ!!」
「認めない……私は、認めないから……!!」
ダメだ、勝てない。機械に頭が乗っ取られる。
このシステムは、欠陥品。死を強いることでしか、人を導けない。
無数に見えるは未来の欠片。膨大すぎる予測が、容赦なく二人の脳を押し流す。
壊れる。壊れる。失う。失う。消える。消える。
堪える。踏ん張る。抗う。戦う。
もう、限界。二人の意志が、奪取される。
その一歩手前で、誰かによって、二人の意識は回復した……。
「……ねぇ、いい加減に止めなさいよ。本当に、意識が破壊されるかもしれないわよ……?」
大きく息を吸い込む。酸素を欲して、何度も繰り返す。
見上げれば、見たことのある無機質な天井。
二人は、カプセル型の機械に横たわり、HMDを装備していた。
私服は汗をびっしょりとかいて、濡れている。冷や汗と脂汗。
酷い吐き気と頭痛が襲う。ふらついて、外して起き上がろうとする。
が、身体に力が入らない。そのまま天井を見上げて、深呼吸。
側には、しおらしくなったマスターユニットが心配そうに見ていた。
「五月蝿いわね……死にはしないわよ」
「……ちょっと、黙ってて。頭に響く」
双子の素っ気ない態度に、然し彼女は言い返す。
「バカ言わないで。もう、何度目なの? 精神が異常をきたすまえに止めろっていってんのよ。脳波がここまで乱れているのに、まだ続けるの!? 本当に死ぬつもり!?」
気丈に、純粋な心配をしてくれる。
が、頭痛で苛む二人には余計なお節介。
鬱陶しいとハッキリ言った。
「あんたとは、チーム組むつもりはないって言ってるでしょ。……何度も言わせないで。アリアはあんたじゃない。あの子だけ」
「……あなたは、新人の相手をしていて。私達は、あなたの世話をされるほど、弱くもなければ経験が浅くもない」
相変わらず、適材適所を知らないマスターユニット。
二人には、一切手出し無用だと何度言えばいいのか。
拒絶をしているのに、彼女も引かない。
「うちのパイロットが死地に向かってるのに止めないバカはいないでしょうが! 確かにそっちの意見は尊重するわ。けど、それで死んだら意味ないじゃない!! あたしと違って、あんたたちは一度の命なのよ!?」
道理だ。死ににいく奴を止めない仲間などいない。
けれど、これは意地の問題なのだ。こっちにも退けぬ理由がある。
「だから、命懸けでやってんのよ。あんたにはわからないでしょうけど、私たちにはそれだけの価値と意味があるの!!」
「くどいわ。子供扱いしているなら、あっちいってて。邪魔だから」
イライラしているのもあって、普段以上にキツイ言い方になる。
横目で睨むと、怯んだように彼女は一歩下がった。
本気だと嫌でも理解する。これが、人間の覚悟と言うもの。
彼女の知らない感情だった。
それは、時として理屈も道理も無視して突っ走るモノらしい。
「……そう。分かったわ。無理だけはしないでね」
何時もなら逆ギレして口論になるが、彼女は身を引いた。
他者の意見の尊重。それが、目下の彼女の課題だった。
マスターユニットは、とぼとぼと悄気て部屋を出ていった。
流石に、あの背中を見ると若干の罪悪感も感じる。
「……強く、言い過ぎたかしら?」
「丁度いいでしょ。あいつ、私は認めないし」
姉の言葉に、妹は吐き捨てる。
どうも、妹は覚悟を決めて以来、彼女を毛嫌いしている様子だった。
まあ、それも仕方ない。何せ、今は古巣に帰ってきていて只でさえ居心地が悪い。
不機嫌は輪をかけて悪化しているのだから。
現在。とある世界の組織、そしてマリーとアンヌの裏切った本来の場所。
OZの所有する資源衛星、MO-Vに二人は訪れていた。
元々は、あの頑固なマスターユニットが話を聞かずに却下したことだった。
マリーとアンヌは申し出た。あの裏切り者を殺すから、例のシステムを使わせろと。
当然、彼女は却下した。命の危険があるものはダメだ、マスターユニットとして認められないと。
ああだこうだと揉めていたが、アンヌが我慢できずに彼女にこう告げたのが、始まりだった。
「あんたなんかアリアじゃないッ!! 同じ名前の赤の他人よ!! 私達のマスターユニットはアリアだけ!! あんたじゃないのよ!!」
……手痛い失敗を自覚して、負い目を感じていた彼女には、とても傷つく言葉だったのだろう。
然し、皆の本音でも同時にあったのだ。古参は、決して彼女を信じない。
失態を取り戻そうと、余計に過保護になっていた彼女には痛烈な威力があったようだ。
口論をしている最中、初めて彼女は逃げ出した。とうとう、アンヌが彼女を……今のアリアを言い負かした。
丸一日、部屋に引きこもって出てこなかった彼女。その間に双子はこれ幸いともう一人のもと上司に掛け合った。
ゼロシステムを、ガンダムに搭載してくれと。
最初は渋っていたが、二人の腹をくくったのを見て、漸く了承。
オーナーも、任務に前向きならば自己責任で許すと言って、搭載を許可。
当然、先ずは慣れさせないといけないので、専用の機械に入って何度もシミュレーションを繰り返した。
ゼロシステム。それは、戦場における情報分析と、状況予測による一種の未来予測。
毎秒、膨大に発生する予測結果をパイロットに直接見せて、戦闘をアシストするためのシステムである。
他にも何やら効果があるらしいが、二人は詳細など知らずともいい。
問題は、この膨大な情報にパイロットが負荷に耐えきれない場合が多いのと、基盤が『敵を殺す』ことに傾いているため、目的に応じて結果を出すのは良いけれど、剰りにも効率最優先にすることだった。
システムに打ち負けると、良くて暴走、悪ければ精神が死ぬ。
目的のためなら自爆あり、裏切り上等、寧ろ推奨と精神の弱いものならシステムに呑まれて我を失って、いつぞやの悲劇を繰り返すことになる。
二人が使っているのは、一応バージョンアップして、安全と言われている物である。
一般パイロットでも使えるとは言われたが、使いこなせるとは言われなかった。
つまりは、まあそういうことだろうと思う。安全が聞いて呆れる。改良されてこれなのだ。
改良される前は、もっと酷い有り様だったのだと思うと、ゾッとする。
マスターユニットが慌てるように、酷使すると脳が壊れるリスクもそのまま。
いい加減に、耐えるぐらいは出来るまでに慣れてきたが、まだまだだった。
これでは、戦闘には投入できない。生半可に耐性があると、暴走が十中八九のオチ。
さっき、ゼロシステムが見せたのは試しにやってみた、生き残ると目的。
結果が、僚機を楯にして、あるいは母艦を捨てて、あるいは敵をただ殺し尽くしてと無理ばかり。
殺すことしか出来ないシステム。それが、ゼロシステムというもの。
それでも、使いこなせればきっと彼女に追い付けると信じたい。
あの規格外とやりあうには、それこそ命の一つや二つ、賭けないと話すらできず始末される。
敵には情けのない女だ。今はただ、回数を重ねていく。
マスターユニットは、アンヌの一言にかなり傷ついて、出てきたときにはすっかりしおらしくなっていた。
相手のやりたいようにさせる方が良いと思ったのだろう。意見のごり押しは一切やめた。
お節介なのは変わらないが、警告にとどめる程度。本気で拒否すれば簡単に引っ込んだ。
随分とダメージを負ったようだが、これで反省してくれればいいのだが。
で。アンヌとマリーは、出身の世界に来ていた。
ジェネレーションの運搬の仕事。OZの資源衛星に、荷物を搬入すると聞く。
OZ。二人の脱走した古巣。しかも、辺境の衛星とはいえ、バリバリの現役。
伊達にエースとして名を通していなかった。裏切り者の双子として、やはり噂には出ているらしい。
外に出た他の面子がいっていた。
所属する派閥こそ違ったが、全体を通して双子の戦績自体は優秀の部類だったのが仇になった。
ジェネレーションに逃げ込んだと、OZの連中は探しているとか。主に怨念返しで。
昔は周囲と軋轢が当たり前にあった。何せ、OZの癖に総帥の意見には賛同していなかったから。
ただ、双子は双子で割りと過去、ろくな生き方をしていなかった。
住むのも困り、食べるのも困り、服にすら困窮する幼少時に送った。
たまたま、適正ありと判断されてOZには拾われただけ。生きるために、OZに加入しただけだった。
要するに、ご高説や思想など全く持ってどうでもよい。
ただ、日々の生活のためにパイロットをやっていた。それだけ。
周囲の心酔する同僚には悪いが、総帥殿の言っている事に興味すら無い。
二人で一緒に生きるため、与えられたノルマをこなしたらエースと呼ばれていた。
気がつけば周囲から女という理由でセクハラとパワハラを食らっていた。
嫌気がさして、二人で逃げ出した。で、あの子に救われたのだ。
今まで知らなかった、初めての姉妹以外の親しい友人。
それが、アリア。今はいない、すれ違いをした少女。
「はぁ……。マジで憂鬱……」
「MO-V……何だっけ、他の所属する人たちだったよね……?」
気分が回復しても、テンションまでは回復しない。
よろよろ起き上がった二人は、周囲を見回し人がいないのを確認してから部屋に戻った。
二人セットの自室。ごちゃごちゃ私物を散らかすアンヌ、整理整頓のマリーの部屋。
二人で一緒に写る写真を見て、アンヌはぼやく。
マリーも着替えながら、妹に問う。
「私は噂程度しか知らないけど、なんかMS開発してなかった? なんだっけ、ジェミナス?」
「あぁ、そう言えば前にアリアちゃんが言ってたわ。双子座のMSだったかしら。私達と同じで双子の男がテスターやってるって聞いた気がするけど」
「どうでもいいよね。もう、私らOZじゃないし」
「そうね。今は、此処が私達の居場所だものね」
ジェネレーションこそが、二人の居場所。アリアがくれた生きる場所。
だから、アリアが居てくれないと寂しい。
「なんか、ゼロシステム使える気がしないんだけど……マリーだからこんなこと言うけど」
「でも、他に方法なんてないじゃない。アリアちゃんは殺しに来るのよ?」
「分かってるけどさ……。どうすれば上手く伝えられるかなぁ……」
「私達はNTじゃないから、サイコミュは使えない。サイコフレームも、なんでか反応してくれないし」
弱気になる双子。あまりにも時間がかかりすぎる。
遅々として進まない現状。ゼロシステムに慣れない自分。
いざ使えば待っているは無様な暴走。アリアのことを言えなくなる。
NTにもなれないし、況してや強化措置など不可能であった。
OZで過酷な訓練を積みすぎたせいで、下手に強化すればそれこそ精神崩壊を起こしてしまうと事前に言われた。
他の方法だって何度も模索した。けれど、手段はもう、これしかない。
「デルタカイ乗れれば私も……」
「アンヌ。死にたいの?」
アンヌが不意に溢した呟きに、マリーは低い声色で怒った。
それだけは、決して選んではいけない。元上司も、その方法は許さなかった。
「っと……ごめん、マリー。生きてないと、意味ないよね」
「言いたいことは分かるわ、アンヌ。でもね……私達が生きてなきゃ、意味はないの」
済まなさそうに、アンヌは謝った。禁忌の手段は選んだら最後、待つのは死ぬしかない。
マリーは望まない。姉妹も親友も、欠けることない未来しか。
「分かってるよ。デルタカイなんて、絶対乗らない」
呪われたZの系譜。恐らく、残虐な思想のもとで建造された存在が忌まわしいMS。
それも、ジェネレーションは所有している。けれども、ゼロシステムよりも悲惨な結果にしかならない。
「……PXってのは、ダメかな?」
「ジェミナスのこと? あれは素質の問題らしいわ。ミチアさんが、止めておけって。自爆オチしたいのかって言われたわ」
ここ、MO-VのMSに搭載されるという話のシステムは、素質が絡むとマリーは人伝に耳にした。
いわく、無理に使えば普通に死ぬ危険なモノだと。
アンヌはため息をつく。結局、ゼロシステム以外には辿り着かない。
それも自我崩壊のリスクあり。どのみちも、茨の道なのは明白。
ふと、目にした荷物の中に、懐かしいものを見つけた。
昔、アリアと撮った写真だった。三人で、とある地球の公園で遊んでいた頃の記念の一枚。
無邪気に微笑むアリアが、アンヌに絡んでじゃれているのを見たマリーが苦笑いしている写真。
こんな風に、また笑いたい。一緒に遊びたい。
心から、そう思う。
「……」
マリーも違うモノを抱き抱えた。
それは、アリアが作ったハロの縫いぐるみ。
なんだか目付きが悪い、真っ黒なハロ。
目が真っ赤で表情が怖く、凄く大きな縫いぐるみ。
彼女が誕生日のプレゼントしてくれたものだ。
アンヌにも色違いの白いハロが今でも枕の代わりを果たしている。
因みに、特定の場所を押し込むと中に入った機械が反応して音がなる。
久々に聞きたくなって、押し込んだ。
『敢えて言わせてもらおう……この感情、正しく恋だッ!!』
アリアの声真似が入っているのだ。
セリフのチョイスは不明だが、パターンがいくつもある。
飽きないように、たくさん入っていた。耳の辺りを連打してみる。
アンヌも、白いハロを押し込んでいる。弱気になった心を、置き土産で奮い立たせる為に。
『無論、ナニに決まっているだろう……ガンダムッ!!』
『やはりか、この変態仮面めッ!!』
思い出した。二人同時にやるとセリフが掛け合いに変化するんだった。
『見てろよ、俺が決めっぜッ!!』
『必殺ッ!!』
どこから覚えてきたのかわからないセリフを、暫し二人で一緒に鳴らす。
『ハロは……オモチャじゃないんだぞ!!』
『ハロ作るのって……難しいね……』
『これでタイムオーバーだ、腐れ外道ォ!』
『しかも有線コントロールできる』
『遊びでやってるんだよ!』
『私の知らない必殺技が内蔵されるとでもいうのか!?』
『だからゲームの攻略法をみんなに教えなきゃらならないんだろ!!』
『ならば、今すぐ奴等に必勝法を授けて見せろ!』
『やめるんじゃねえぞ……』
『何言ってるんだよ隊長ォ!』
……冷静に聞いていると、何だか妙な笑いを浮かべていた。
真面目な顔をしたアリアが頑張って声真似してこんな風に楽しませようとしてくれるような親しい間柄だったと。
クスクス笑いながら、次第に頬が緩んでいるのを気がついた。
「アリアってば、本当にしょうがないなあ」
「えぇ。まったく、困った親友ね」
ここにはいないけど、元気付けられた。
その為に、今は頑張っているのだから。
ハロを押し込んで楽しんでいた二人は、互いの顔を見て笑っていた。
苦笑い。必ず、連れ戻す。そう、改めて誓いながら。
――そこに、無作法にも敵襲を知らせる、警報が鳴り響くのだった……。