時間を少し遡る。
戦いの狼煙は派手に上がってしまった。
それに焦ったのは、誰でもない、アリアだった。
(嘘でしょ!? あんな距離を察知するって、あいつ化け物!?)
驚いた。心底、驚いた。
なんとあの女、多少偵察に出ていた斥候が移動時に巻き上げた砂を見て、的確に狙撃してきたのだ。
しかも、かなり上空から。移動している最中に。
正直、アリアでも難しい芸当だろうか。
センサーの外を肉眼と感覚だけを頼りに狙い撃つなど。
おかしい。撃たれたのはジェネレーションの中堅で、偵察を得意とする奴だったのに。
見えないように、ステルスシステムで光学迷彩を施し、熱源センサーに拾われないべく、慎重な動きをしていた。
なのに、バレた。逃げるまもなく、ぶち抜かれて死亡を確認。
それに合わせて、防衛だというのにティターンズが攻めてきた。
「……っ! みんな、もう隠れても無駄よ!! 居場所がバレた!! 速く迎撃準備して!!」
鋭くアリアは命令する。全体に連絡。既にこっちは後手に回っている。
急がないともっと戦力を削られてしまう。宇宙にいる奴等にも降下を頼んだ。
反連邦組織とジェネレーション、そしてテロリストによる、無謀な戦いは、こうして幕をあげた……。
「……始まったか」
男、ガルマは後方支援についていた。
旧式の機体で全線に出ていく彼らを援護する。
彼のギラ・ズールは木星の時より更に改良されている。
いや、今のアリアが適正な状態に戻したというか。以前の過剰改造は多少落ち着いた。
それでも、ズールに思えない火力と射程をしているが。
ガルマは後ろで全体を見回す。
数の暴力か。凄まじい敵機の数がレーダーが示す。
これは、戦争に勝つためではなく、政治的な勝利を目指すとアリアは言うが……。
(無謀だな。私ですら分かる。この戦い、既に我が軍は破れている)
トリガーを引きながら思うのは、あまりにも無茶な戦いだと言うこと。
こちらは傭兵のようなものだ。引き受けたのは、戦いの場所だけ。
アリアは言った。不味くなれば、戦況を無視してでも撤退する。
さもなくば、物量に潰されて全滅しかねない。
予定の倍以上の戦力があるのだ。見積もりが甘かったのを彼女は素直に認めた。
仕事の以外はやらなくていい。
戦えばいいだけの事なのだろう。黙って、敵であるマラサイを遠方から撃ち落とす。
ある程度は実力が上がってきている自覚はある。何度か死にかけた身だ。
然し、ティターンズの機体は……動きが何故か鈍い。
まるで、階級だけが高い新人のように、ぎこちない回避運動であった。
(……ティターンズはいいが、問題はアロウズか)
傲慢なエリート気取りは問題はないが、アロウズは本物の兵隊のようだ。
一度、機体を立たせる。移動をして、下がっていく。
さっきまでいた場所は、発見されてビームで焼かれていた。
隠れて過ごすが、カトンボのように空にも複数いる。
「スズキ、そっちはどうか?」
自機よりも後方にいる、狙撃担当に聞く。
彼は、リロードをしながら答えた。
「……問題はない。今のところ」
スズキが覗く先では、味方の可変が何かを察知したのか、上空にすっ飛んでいった。
いわく、戦場で遊んでいる奴を止めにいくとか言っていたが。
(NT……カミーユとか言ったっけ。ああいうのになれば、言葉が通じなくても、意思疏通が取れるのかな)
スズキは少々、雑念を抱いていた。
元より彼はここに、彼女がいることを知り、一度でいいからもう一度見たいと思っていた。
会えなくていい。話せなくていい。ただ、もたらされた情報が、何処まで信じられるのか。
それをこの目で確かめたかった。疑っているのではない。本当に、話を聞いてもらえないのか。
一方的に、殺されるだけなのか。遠目でいい。様子を見て、判断したかった。
思うのだ。あんな風に、互いを引き合う力があれば。言葉を無くとも、理解できる、共振できる何かがあれば。
わかり会えるのも知れない、と。
彼は迷わず戦っていく。まずは生き残る。修羅場なのだ。気は抜けない。
狙撃をして、動きの鈍いハイザックを抉り、爆発。
ティターンズの数は減るが、アロウズが減らない。
というか、連中のマシンが性能が良すぎる。
まるでガンダムでも量産しているような錯覚を覚えた。
旧式の機体で、何処まで行けるのか。
倒せる敵から倒していこう。
今はスコープを覗いて、戦い続ける……。
一方、街を防衛する彼らは。
「うむ……戦況はボチボチかの」
「油断するなよ」
街に近づく連中を、片っ端から挟み込んで叩き落とす。
ジェイドは砲撃、イムヤは狙撃で二重で制圧していく。
ジムキャノンの肩のキャノンと、右手に持ったライフルの同時撃ち。
簡易型のOSを積んだ彼のジムは、それを補正して空間制圧を可能としていた。
機動力を犠牲にして、生存性と稼働時間の延長をはかった機体は、援護に関しては妥協できる。
機体のバランスは悪いし、接近されたらサーベルも満足にないので負けるが。
イムヤは、砲撃を掻い潜る足の良い奴を倒していく。
動きが鈍くなった砲撃のなかだ。当てるのは容易い。
更には、もう片方の方角からも攻撃は飛んできている。
が、向こうはそうも言ってられない。
何せ、何度も反撃を受けていた。
「いだぁ!?」
何回目の衝撃か。
聖は悲鳴をあげた。頭を強打する。
くまのぬいぐるみが視界を塞いだので慌てて退かす。
ぐらつくコックピット。ぶれる照準……ではなく、機体そのもの。
今、何を食らった? 実弾? 状況の見えない聖。
体勢を立て直す時間を、向こうが稼いでくれた。
「……頑丈だなぁ」
彼女にも怪我はない。
ヘイズル、と言ったかこのジムのガンダムは。
当たったのは、敵機のジムllが持っていた180mmキャノンだと隣のイッセンが言っていた。
大丈夫か、と聞かれていた。何だかくらくらする。脳震盪でも起こしたか。
「大丈夫、多分……」
大丈夫なのはヘイズルだけであり、聖は消耗している。
彼女はやはり面構えがガンダムだからか、袋叩きにされていた。
中身はジムだってのに、容赦のない敵の実弾。
マシンガンは当たるわ、大型キャノンは直撃するわ、えらい目の敵にされている。
お陰で、装甲は歪んで凹んで変形して、黒煙をあげていた。
中にダメージが貫通しないのは流石だが、本当にジムなのか聖は疑問に思う。
基本的に固定放題なので、当たるのは仕方ない。足止めが任務なのだ。
反撃のビームライフル。見当違いの方向にすっ飛ぶ。
あの変なキャタピラーの機体、機動性が凄い。攻撃が当たらない。
焦れている彼女に、味方のアロウズが、助けに来てくれた。
『そこのガンダム!! 劣勢と見たので、私も助太刀する!』
アロウズの、ビームの剣を構えた武士みたいなマシンが突撃していく。
(ガンダムじゃないです、ジムです……)
面がガンダムなジムなのに、やっぱり勘違いされている。
凄い人だ。刀よろしく振り回して、実弾を切り捨てた挙げ句に突貫して、一刀両断。
で、敵陣に突っ込みめちゃくちゃな軌道を描いていた。曲芸か何かか。
『人呼んで……グラハムマニューバッ!!』
何の話だ。悦に入った声で叫んでいるが。
聖はよくわからない。
隣で、旧式のザクll改でマシンガンで応戦するイッセンは。
コックピットで悲鳴をあげていた。
(ヤバい、駆動系が死ぬ!?)
スラスターなど砂を吸い込み、異常発生。
関節が砂で潰れてスパークしている。
エンジントラブル発生。画面のノイズも発生。
戦闘中だと言うのに、ザクが次々エラーを続出させていく。
(クソッ……ザクが死んだら、いっそ生身で! アメリアスさんに頼んでおいた、アイツの出番だ!)
覚悟を決める。因みにイッセンは一風変わった経歴の持ち主だったりする。
彼は実はMSの運転よりも、歩兵のほうが適性が高い。
要は、MSと人間が一緒に戦うような戦場のほうが、真価を発揮する。
特にこういう、視界の悪い砂漠や夜間の戦闘では、ぶっちゃけMSよりもそっちのほうが向いている。
宇宙では役に立たないスキルであったが、この状況ならオンボロザクよりは余程役に立つだろう。
取り敢えず手持ちの火器を盛大に撃ち尽くす。牽制にでもなればいい。
彼は決意をする。大半が死ぬこの残骸を無理やり動かして、聖に頼む。
隣に膝をついて、沈黙するザク。
「聖さん、楯が必要ならこいつを使ってください!!」
動力炉を落として、爆発しないように念入りにしておく。
やり方を聞いておいてよかった。懸念した通り案の定機体が死んだ。
戸惑う聖に、彼は切り札を投入する。
機体を大胆にも乗り捨てる。正気の沙汰を通り越している動きに、一同が叫ぶが。
(大丈夫です! こう見えて、意外としぶといのが自慢ですんで!)
にやッと強気に笑うイッセン。そのまま全力で走った。
丘を降りた、大きな岩の影。そいつは、改造されて残っていた。
「それじゃあ……行きましょうか! 戦争はMSだけじゃないってことを!」
気合いを入れるべく、自分の頬を叩いて自分に叫ぶ。
そして、乗り込んでエンジン始動。一気に加速して動き出す。
直ぐに前線へと戻っていく。
「おおい!? イッセンは何処に行ったんじゃ!? まさかの敵前逃亡かえ!?」
「……この有利な状況でか?」
突然のシグナルロスト。ザクが起動を停止していた。
聖が、イッセンが何処かに向かっていったと説明する。
ジェイドは慌てて、イムヤも流石に疑問を感じて、周囲を探している。
遊撃のオリビアにも伝達する。
「……? イッセンさんが、消えた?」
激しく動き回り、陽動から援護から迎撃までこなすオリビア。
通信を受けて、母に聞く。母は確かに見当たらないと言った。
機動力なら砂漠では負けない。ビームキャノンで応戦して、連携していく。
というが、大半は母が機動をやってオリビアが射撃を担当しているのだが。
広範囲を探していると、不自然な影を発見。
(……えっ。く、車!?)
そう。オリビアが見たのは、まさかの車であった。
MSよりも遥かに小さい、だが小回りが聞いているのか攻撃を避けつつ、混戦となった現状に出てきた乗用車。
驚愕のオリビア一同に、通信が入る。
「お待たせしました!! イッセン、復帰します!」
戻ってきたイッセンが乗り込んでいたのは、なんとホバートラック。
ホバー移動で細かく移動をしながら、こっちの迎撃の支援や、補給用の資材をたっぷり積んでいた。
砂ぼこりを巻き上げて、補給できない彼らのマシンに駆けつけて、慣れた様子で手早くやっていく。
「す、凄い特技だの……」
唖然とするジェイド。エネルギー回復を確認。
全員が同じジムの系統だったのが幸いして、やり方を聞いていたイッセンにも補給ができる。
イムヤのスナイパーにはエネルギーと冷却剤を持ってきた。
「すまん助かる」
短く礼を言って、すぐに戦線復帰。
イッセンは聖のヘイズルにも物資を持ってきた。
更には通信の強化やソナーのような役目まで兼用していると言った。
「へぇ……ホバートラックっていうんだ……」
「乗り心地はよくない気がしますがね!」
などと話しつつ、さっさと終える。
流石に装甲は変えられないので、ライフルのマガジンを持ってきた。
聖が手動で装填しながら、イッセンはオリビア背後についた。
遊撃の手伝いをしつつ、応戦もできればすると言った。
火力は宛には出来ないが、小回りと通信などの援護は嬉しい。
まだまだ戦いは続く。地上の戦いも激化していくなか。
空の戦いは、別の意味で悪化していた……。