友達。
俺は生涯を通して、この紙のごとく薄っぺらく、そしてそこが見通せる程浅はかな川のような言葉に何度裏切られたか計り知れない。
いや、より正確に言うならば"偽物の友達"に裏切られたというべきなのかもしれない。
ともかく、俺は友達という存在をわざわざ苦労してまで作る価値はないと思っている。
勘違いして欲しくないのは、俺が友達を作ることに対して否定的だと思われてしまうことだ。
俺は欺瞞や虚飾、そして嘘で塗り固められたコミュニティを形成し、そのコミュニティ間で一喜一憂し合うぐらいなら友達を作る意味はないと思っているのだ。
偽物の関係で喜び合うことに何の意味があるのだろうか。
偽物の関係で互いを励まし合うのには何の意味があるのだろうか。
声高々に宣言しよう。意味など決してない。
偽物の喜び合いは嫉妬の集合体となり、偽物の励まし合いは互いを蔑みあうものしかならない。
偽物から生じるものは負の感情のみなのだ。
そして、レプリカの商品が本物の商品に劣るように偽物の関係は本物の関係より非常に脆い。
そのような脆いものを必死に維持するために、自分に負荷をかけるぐらいならそれは愚者がする選択だと言えるに違いない。
故に偽物が蔓延るこの世界で、数少ない本物を諦めるという選択をできたものは絶対的な
にもかかわらず、強者は周りの凡人どもから蔑まれ、息苦しさを感じさせる生活を強いられるのが世の常だ。
何故なら愚者達は、このような強者たちを負の個性があるものとして決めつけてしまうからである。
有名な詩人、金子みすゞは『みんなちがってみんないい』という言葉を残したが、現代においてこの言葉は通用しないと思われる。
何故ならば、現代社会は個性あるものは周縁として扱われ、遅かれ早かれつまはじきにされてしまうからだ。
故に異物である強者がマジョリティたる凡人どもから排他されるのも無理はないのかもしれない。
では、社会に有益である個性を持つものはどうなるのか?
これも凡人どもの妬み嫉みの対象とされ、異物扱いされることとなるであろう。
結局のところ、この世はプラスであろうがマイナスであろうが、待ち受ける運命はバッドエンドしかありえないのだ。
だから、個性ある異物はこの世では生きづらい。
全く、ハードモードがあるのはゲームだけでいいってのに。
だが、俺はそのハードモードを受け入れることにした。そう、諦めることによって。
諦めることで人生は多少なりとも楽になる。
余計な期待や希望的観測を抱くことはなくなり、気分が沈むこともなくなる。
そして、諦めることでそれを口実に自分を慰めることもできる。
諦めてしまったのだから、何事にも"以上"を求めるのは間違いだと。自分には以下もしくは未満がお似合いだと。
結論を言おう。諦めた
○ ○ ○
のどかな小鳥のさえずりが聞こえてくる。
寝起き特有の重い瞼を開けると、容赦ない日差しが俺の眼球を襲った。ファッキンモーニン。
さて、どうやら今日も今日とて全国の学生さん、社畜さんを憂鬱にさせる朝がやってきたようだ。
ラジオ体操の歌の歌詞の一節には朝をプラスな物として捉えているが、俺にとっての朝は嫌悪すべきものでしかない。
朝は毎日同じものとしか感じられないし、希望という要素は片鱗も感じられない絶望の朝であるし、喜びに胸を開けるのではなく、あまりの悲しみに心を塞いでしまうし、青空仰ぐどころか常に下を俯き、外界との接触を常時シャットダウンしながら歩くことが俺にとっての朝である。
そんな朝を迎えてどうして気分よくいられるのであろうか、いやいられない。
それに加えて、今日の寝覚めは普段と比べて数割増しで最悪である。
何故なら、
「はぁ……。またあの夢か……。」
俺はごく稀にとある夢を見る。それは幼い頃にした約束を再現した夢だ。
『ザクシャ イン ラブ』
『あなたは「錠」を』
『私は「鍵」を』
『肌身離さず、ずっと大切に持っていよう』
『……いつか私達が大きくなって再会したら』
『この「鍵」でその中のものを取り出すから』
『そしたら――』
『……結婚しよう!』
小さい頃にした約束。
物心がついて幼い男女同士がある一時の感情のみで交わした特別の意味も価値も持たない約束、と随分前に割り切った筈なのだが、時折こうして夢に出てきては俺の気分をすこぶる悪くさせる。
俺がこの夢を見た時に気分が悪くなる理由の一端としては、自分で自分が嫌になるからだ。言い換えると自己嫌悪に陥るのだ。
期待や希望を抱くことをやめた身としては、これは由々しき事態なのである。
過去に踏ん切りをつけたと自分では認識していても、いまだに夢に出てくるということは、まだそのことに関して心残りがあるということ。
それすなわち、僅かながらでも「もしかしたら!」なんて期待をしているということだ。
表面上では割り切ったつもりでいても、心の奥底では切り離すことができない。
もしもの話なんて所詮ただの虚構に過ぎず、そして贋作でしかないのにも関わらずだ。
そんな贋作である期待や希望により縋っている自分という存在が心の奥底にいると考えると反吐がでる。
さて、朝っぱらから気分が最悪な状態になっているわけだけれども、俺は今すぐにでも朝の日課をこなさなければならない状況下にある。
布団の中で『あと5分〜』なんてテンプレ的なことを言いながら引きこもっていたいが、時間は無情であり非情、そんなことは言ってられない。
「ザ・ワールド!」
当然ながら時は止まらない。
俺の渾身の雄叫びに反応し止まったものといえば、庭に侵入してきた柄の悪そうな4本足のお友達、野良の三毛猫だ。
言うまでもないが、2本足のお友達は俺には一人もいない。
だが、俺にとっての唯一のお友達である三毛猫はまるで汚物を見るかのような目つきでこちらを睨みつけ、威嚇を始めた。
それはまるで、お前みたいなインキャぼっちと友達になった覚えはないニャ!と言っているようにも思える。
そうだよなぁ、朝のお散歩中にしけたツラしたインキャぼっちにキュートな見た目をした自分が友達扱いされたら気分が悪くなるよなぁ。
いや、マジで調子乗ってすんませんした。
これからはこれまで以上に身の程をわきまえて生きていくんで許してください。
と、心の中で三毛猫に謝罪しつつ布団を畳もうとすると、どこからかともなく視線を感じた。
視線の感じた方向に顔を向けると、そこにいたのは親の顔より見たと言っても過言ではないヤクザ達がいた。それも、少しだけ開いた襖から顔を覗かせ、目をキラキラと輝かせながら。
怖い怖い、笑顔が怖い。元の顔が強面だから余計に怖い。というか、そういう可愛いらしい仕草はヤクザがやるべきではないと思います。
ギャップ萌えを狙ってるはずがない。ギャップ萌えなのかもしれない?ギャップ萌えなのだろうか?ギャップ萌えを狙っているに違いない。
おい、納得しちゃったよ。納得したくないことだったのになぁ。
まぁギャップ萌え云々はさておき、今までの経験上、こういった時のヤクザ共は大抵ろくなことを考えていない。
例を挙げるとキリがないが、とりあえず俺の胃がキリキリ痛むような面倒なことをしでかす。そういった点を踏まえて俺はワザとヤクザ共から視線を逸らし、何事もなく布団をたたみ始めた。
だが、そんな俺の心中を察せないKYな一人のヤクザが口を開いた。
「坊ちゃん! またあのときみたいに一緒に遊びます? ほら、坊ちゃんが漆黒の黒龍ダークネスブラッド? みたいなやつで、ワシらが政府直属暗殺部隊、闇の執行者役をやるやつ! ところで、ザ・ワールドって新技っすか?」
俺は畳みかけていた布団を光の速さで再び身にかぶった。
ヤクザの悪意なき一言が俺のガラスのハートを貫いたその後、自身を必死に励ますことで何とか立ち直ることができた。
たが、立ち直ったといっても心に深い傷を負ったことは確かなことである。
実際、登校中の今でも脳内で『雨にも負けず、風にも負けず、ヤクザにも黒歴史にも負けぬ丈夫な心を持ち』なんてことを唱えるレベルに俺の心は傷ついている。
……なぁ、誰かオススメのカウンセラーを教えてくれ。
宮沢賢治の作品をパロって自分を励まし始める人間って絶対に正気の沙汰じゃないからさ。
いや、まず第一に俺に何かを教えてくれるようなやつはいねぇなぁ。
もう、楽ってばうっかり屋さんなんだからぁ、デヘッ!
……全米が泣き始める様子が目に浮かぶぜ。
カンス国際映画祭の男優賞も夢じゃないな!
はぁ……。
誰に披露するでもない渾身の自虐ネタに一人で悲しみにくれていると、ガヤガヤと話し声が聞こえ始めてきた。
声の主達は当然ながら、俺が通っている凡矢理高校の生徒である。
生徒達は皆ギリギリ遅刻しないような時間帯を狙って登校しようという考えであるのか、この時間帯はやけに人が多い。
「おっーす! 楽ぅ! 相変わらず目が腐ってんなぁ」
学校の校門近くから開口一番に礼儀の"れ"の字も知らなそうな発言をぶちかましてきたのは腐れ縁のメガネこと、舞子集。
とにかくウザいキャラを気取っているが、その洞察力は侮れず、腹の底では何を考えているのかわからない。要するに腹黒メガネ。
よって、無視するのが吉。それとウザいし。ここポイントな。
「て、おい! 無視するなんて酷いなぁ。俺は万年ぼっちの楽に気を使って毎日校門で待ってるっていうのにさー」
ヘラヘラと笑いながら俺の肩に突っかかる舞子。
このように、このメガネは人の神経を逆なでする天才である。俺にとっては相変わらずのウザさであり、最早反応する気すら起きないが。
「もー、楽は捻デレだなー。無視決め込んでるけど、実は心の内で嬉しすぎて舞い上がってんだろ? 俺にはわかるぜ!」
謎のグッジョブとドヤ顔いただきました。
愛嬌欠点、ウザさ満点、殺意満点。
それと、舞い上がっているのはお前の頭の方だ。
まず、捻デレってなんだよ。
マジ卍!みたいな知能指数が欠けてそうな造語を作るんじゃない。
そして、俺の無反応をどういう風に捉えたらそこまで脳内お花畑な解釈ができるのか甚だ疑問だ。
「あ、そういや楽。今日転入生が俺らのクラスに来るらしいぜ。それもとびっきりの美人! いやー楽しみだな!」
「ふーん、そうか」
毛ほども興味ない。そいつが美人であろうがなかろうが、俺と関わり合いを持つ可能性はゼロに等しい。むしろマイナスにいくまである。
「……なぁ楽」
ジト目でこちらを見てくる舞子。
その様子は反応が薄かった俺に一言二言、物申したげである。
「なんだ」
「お前ってさ、もしかして感情がないのか? 普通の男子高校生は美人の転入生がくるって聞いたら心躍るだろ」
「安心しろ、感情ならしっかりある。毎日ウェイウェイ騒いでるクラスの連中を煩わしく思ってるし、常に懐疑心を抱きながら生きてるからな」
他にも妬み、嫉み、僻み、恨み、辛み、憎しみ、嫉妬は俺の得意分野だ。
「……お前らしいな!」
少しばかり変な間があったが、納得してくれたようで何より。
と、話がひと段落したその時であった。
雲ひとつない快晴の日であるのにも関わらず、突然日差しを遮る影が割り込んできたのは。
「ん?」
顔を上げると目の前に広がっていたのは水玉のパノラマ。そうJKの生パンツである。
どうしてパンツが見えたのかというと、JKが空をかけていたからである。
うん、冷静に脳内で現場検証してみても意味がわからん。
ついに俺の思考能力は正常に働かなくてなってしまったか。でも現実だしなぁ。
時をかけるJKならまだ理解できる範疇だったんですけど。ほら、少女がJKに変わるぐらいの違いしかないしさ。
非常にたわいもないことを考えながらを二度とお目にかかることがないかもしれない水玉パンツを目に焼き付けていたその時、鈍痛が俺の体を襲った。
「……いってぇ」
膝蹴りである。JKが俺の顔面に膝蹴りをかましたのである。
当然ながら俺は地面とキスをするかたちでぶっ倒れた。
「いったぁ……あ、ごめん! 急いでるから! ホントごめんねえええ!!」
あっさりすぎるほどの謝罪。最早あっさりすぎて謝罪とは呼べないレベル。
あのJK、毎日ゆずぽん風呂にでも浸かってるのか? そうでもしないと性格にまであのあっさり加減は現れないぞ。ゆずぽんだけに。
「おい、楽。お前……」
舞子の不安げな声が耳に入ってくる。
「お前……パンツ見えただろ? 俺も見たかったなぁ〜! JKの生パンツ!」
今ここで、俺< JKのパンツという不等号式が証明された。
つまり、JKのパンツを被った俺> JKのパンツという不等号式も成り立つ。
よし、これからはJKのパンツを被って生きていこう。