ようこそ敗北主義者のいる教室へ   作:高倉

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ボッチ野郎の解決策

 幸いだったのは、男が『刺突』ではなく切りつけてきたと言うことであった。

 内臓を傷つける可能性のある『刺突』では最悪死に至る可能性がある。

 それに対し、切り付けでは表面を広く薄く切り裂くだけだ。

 

 痛みでは切り付けられる方が大きいが、結果的には『刺突』より、命に別状はない。

 

 僕の場合、右肩から左腰まで背中を大きく切られてしまった。

 だが、問題はない。

 切られる痛みは初めてだが、そもそも『痛み』には強い方だ。

 これぐらいなら、問題はない。

 涙目にはなるけど。

 

「アンタなぁ、女の子になんてもん向けるんだよ」

 

 初対面であるが、敬語は使わない。

 使うことなど、ありえない。

 

 男は一瞬「やってしまった」と言う表情を見せたが、すぐに「もうどうにでもなれ」と言わんばかりにナイフを構え直す。

 

 未成年の強姦未遂、銃刀法違反、殺人未遂、傷害罪。

 

 ここまでやれば後には引けないのだろう。

 

「う、うう、うるせぇ! 元はと言えばお前が、ぼ、ぼくの雫ちゃんをぉぉおおおおお!」

 

「誰がアンタのだよ。と言うより……『雫』って、誰だよ。そんな女の子、ここにはいないけど?」

 

 痛い。

 背中、超痛い。

 未だに泣きだしていないの本当にすごいと思う。

 

 てか、一人だと絶対に泣いてた。

 一之瀬と佐倉がいるから何とか耐えてる感じ。

 

 身体が動いているのもそう長くはないだろう。

 早々に決着をつける。

 

 動くと傷口から血がだくだくと流れていくのが分かった。

 不快な感覚だ。

 けど。

 

「お前は、お前はどこまで僕を馬鹿にすればぁあああ!!」

 

 ナイフを構えて肉薄。

 その手を右足で蹴りつける。

 確実に男の指の骨が折れているだろうが、これぐらいはしてもいいだろう。

 こちとら背中ざっくりいかれているのだから。

 

 落ちたナイフは佐倉が回収してくれる。

 

 これで徒手空拳での対峙だ。

 

 そして、素手での戦いにおいて、手負いでも僕は負けない自信がある。

 

 男の大ぶりの左ストレートを交わしつつ、間合いを詰める。

 鳩尾を殴り、距離が開くと、平手で男の顎を下から殴りつけた。

 最後に止めとばかりに右ストレートを顔面に叩き込むと、大きく仰け反ってそのままピクリとも動かなくなった。

 

「ハァ、ハァ……まだまだだなおっさん。刑務所の中で筋トレでもしてろ」

 

 何とも格好の付かない捨て台詞を吐き、荒い息のまま後ろにいた一之瀬に声を掛ける。

 

「怪我、無いですか?」

 

 さすがに演技を続ける余裕は持ち合わせておらず、平素からの対応と同様のものになってしまうが仕方ないだろう。

 

「う、うん。……て、え? ちょっと! 早く保健室に……!」

 

 慌てている一之瀬を見るに、どうやら僕が突き飛ばしたことによる怪我などはないようだ。

 次に包丁とナイフを震える手で回収している佐倉に視線を移す。

 

「佐倉も、大丈夫? 僕は間にあったかな?」

 

 質問すると首肯して答えてくれる。

 どうやら結果的にはすべてが丸く収まったらしい。

 

 途端に緊張の糸が切れてどっと疲れが押し寄せてくる。

 何とか意識を繋ぎとめるが、長くは持たないだろう。

 今後の行動を頭の中で考えて、一之瀬に伝える。

 

「一之瀬さん。まずはBクラスの担任に連絡をして、出来るだけ騒ぎにならないように、事態の収拾を、お願いします」

 

 色々な説明をぶっ飛ばし、要点だけを伝えた。

 すると足の力が抜けて膝から崩れ落ちる。

 手で体を支えつつ、今度は佐倉に目を向けて――

 

「佐倉も、あとは一之瀬のいうことを聞いて、動いてくれ」

 

 Bクラスの委員長を務める一之瀬ならばなんとかしてくれるだろう。

 恋愛に関してはよわよわであった彼女であるが、事態収拾に関しては高い能力を発揮してくれるはずだ。

 

「た、滝沢くん!」

 

 近付いてきた佐倉は僕の体を支えるように手を伸ばす。

 やったぜ。美少女に介抱してもらえた。

 焦って、緊張して、刃物に立ち向かって、背中を切られて。

 その褒美が、美少女二人の介抱。

 

「……最高」

 

 僕は意識を手放した。

 

 

 

  〇

 

 

 

 目が覚めると身体が縮んでしまっていた。

 

 とかそういうことは無く、なかなかに素晴らしい目覚め。

 背中に違和感と痛みを感じるが、動くのに支障はない。

 

 場所は保健室のベッドの上らしい。

 ふかふかの枕が後頭部を包み込む。

 さすがは高度育成高等学校だ。

 

 ベッドの周りはカーテンで閉め切られており、人の姿は見えなかった。

 カーテンの向こうに人の気配を感じるので、起き上がって顔を覗かせると恰幅の良い女性がキーボードをたたいて仕事を行っていた。同時に壁掛け時計に目をやると、あれから三時間ほど。午後七時を十五分ばかり過ぎた頃あいであった。

 

 仕事を行っているのは保険医らしい。

 

 声を掛けると『大丈夫か?』と返されたので『痛みはあるが問題はない』と返答。

 怪我の具合から今日の入浴は避けよとのこと。

 どうやら縫うような怪我ではなかったようで、『無駄に動いたため血が出て、貧血的な云々』と医療知識皆無の僕にはさっぱりわからないことを並べたてられた。

 とにかく大事ではないようで良かった。

 

 保険医に佐倉と一之瀬について尋ねると、どうやら事件の事情聴取的な物が会議室で開催されており、出席中との事。

 なるほど、これは僕も向かうべきだろう。

 

 着用していた私服はボロ雑巾の如し。

 代わりに保健室の備品であるジャージを貸してもらい着用。

 礼を述べて会議室へと向かった。

 

 夜七時とは言え今は夏。

 まだほんのりと明るい空が窓から覗いて見えた。

 

「人生初デートだっていうのに、何て日だ」

 

 溜息を吐きつつ会議室へと赴き、扉をノック。

 

「誰だ?」

 

 中から聞こえてきたのは間違うはずもないエッチの権化、谷間大明神こと茶柱先生の声だ。

 

「滝沢です」

 

 返答すると扉がオープン。

 開けてくれたのはもちろん谷間大明神。

 この谷間をもう一度見ることが出来て非常に嬉しい。

 

「滝沢、怪我の方は大丈夫か?」

 

 マジか、茶柱先生が心配してくれた。

 やったぜ。

 

「はい、まだ痛みますが、動くのに支障はありません」

 

 因みに先ほど着替えの際に見てみたが、僕の身体は包帯でぐるぐる巻きになっていた。

 なんかちょっと格好いいとか思っちゃう厨二心。

 

 茶柱先生に案内されて会議室に通されると、仲には他にも数名の先生に加えて生徒会長と書記、それと一之瀬、佐倉が居た。

 案内されて腰かけるのは佐倉と一之瀬の間の席。

 両手に華である。

 

「あ、あの。大丈夫?」

 

 右隣の佐倉が心配げに声をかけて来たので笑顔で対応。

 

「大丈夫だよ」

 

 すると反対の一之瀬からも声がかかった。

 

「本当に?」

 

「はい。それと変なことに巻き込んじゃって、申し訳ないです」

 

 そんな感じで二人の美少女から気遣われると言うハーレム状態に内心ウハウハしていると、正面に座る体育会系教師が口を開いた。

 

「Aクラス担任、真嶋智也だ。まずは彼女たちを守ってくれたこと、感謝する。滝沢くん」

 

 初対面の男性に頭を下げられると言うのは何とも言えない気分になる。

 嬉しいような、誇らしいような。

 

「怪我は大丈夫みたいだねー」

 

 真島先生に続いて声を出したのはゆるふわ系教師。

 

「Bクラスの担任、星之宮知恵です。一之瀬ちゃんを守ってくれてありがとうね」

 

 にこっと可愛らしい笑みを浮かべる星之宮先生。

 可愛らしい。何と言うか、こう……可愛い。

 綺麗系の茶柱先生とは別の意味で魅力的。

 守ってあげたい欲がひしひしと沸き起こってくる。

 

「あ、いえ。こちらが巻き込んでしまったところもあるので」

 

 言うと、再度会話の主導権を握ったのは真島先生。

 

「そのことなのだが、未だにこちらは状況を掴み切れていない。そちらの佐倉の話だけでは不明な点も多い。説明を求めてもいいか? まぁ、落ち着くために日を改めてもいいが」

 

「いえ、必要ありません。僕が知る限りのことをお話しします」

 

 みんなの視線が集まる中、僕は説明させていただく。

 ただ、『佐倉を囮にした作戦』や『一之瀬との確執』についてははぐらかす。

 こちらが不利に働くようなことは極力しない方がいいだろう。

 

 すべてを説明し終えると、真島先生は僕に現状を教えてくれた。

 

 あれから一之瀬の連絡を受けて星之宮先生が到着。

 数名の教師を呼び、僕を保健室へと連れて行き、ストーカー男を警察へと突き出した。

 そして、僕の意識が戻るまでこうして事情聴取を行っていた次第だそうだ。

 現在この場に警察がいないのは、生徒を緊張させないためだとか。

 教師が状況を把握し、警察に伝えるそうだ。

 

 僕が状況を完全に理解するのを待って、茶柱先生が口を開く。

 

「それにしても、滝沢。お前の行動は正しかったとは言えない」

 

「まぁ、そうですね」

 

 茶柱先生の厳しい言葉。

 だが、全てが終わった今ならば僕は同意することが出来た。

 僕は間違えていた。

 

「ストーカーの狙いが佐倉だと当たりを付けたところで、先生に相談するべきでした。僕は自分の能力を過信していたようです」

 

「すべてが偶然の産物であることを、理解しているか?」

 

「はい」

 

 佐倉が無事なのも。

 一之瀬が無事なのも。

 僕が無事なのも。

 

 全てが全て、偶然に偶然が重なった結果だ。

 

「ならいい。次からは気を付けろ」

 

 ぶっきらぼうに言い捨てる茶柱先生。

 これ以上責めるつもりはないようだ。

 

 話題は再度真島先生が握る。

 

「そうはいっても大体はこちら――学校側の責任であることに変わりはない。まさか職員にそのような者が混じっていようとは……。そこで、謝罪の意味もかねて、佐倉には五十万Pt。一之瀬にも五十万Pt。滝沢は怪我を負ったことと、二人を守ったことも含めて六十万Ptを端末に振り込むつもりだ」

 

 マジかよ。

 いや、でもあり得る話か。

 国主体で運営する高度育成高等学校。

 そこの職員が生徒に手を出そうとして、さらに刃物で怪我を負わせた。

 

 学校の運営自体に響く大事件だ。

 つまりこのPtとは……口止め料。

 

「わかりました。僕は特に問題ありません」

 

「わ、私も……ありません」

 

 僕と佐倉が素直に受け取ると言ったのに対し、一之瀬は首を横に振った。

 

「私は、ただ巻き込まれただけで、事件そのものには何の関係も……」

 

 ただ、そんな彼女の言葉も担任である星之宮先生にはある程度想定できていたのはすぐに返す。

 

「だけど、男に襲われかけたのは事実でしょ? 受け取っとくと良いよー」

 

 そう言われてはどうしようもない。

 一之瀬は間違いなく男に狙われ、僕がかばっていなければ大けがを負っていたのだから。

 

 しばらく考えた一之瀬であったが最後には受け取ると決めていた。

 

「それとこの事件に関しては他言無用だ。三人も要らん注目を浴びたくはないだろう」

 

「わかりました」

 

 そんな感じで、話はまとまって行った。

 生徒会長と書記の少女は数度話しに口を挟み、状況説明の役に立ってくれたがこれと言って大きくかかわることは無かった。

 いくら生徒会とは言え、ここまで大きい事件だと、さすがに権限を持ち合わせていないのだろうか。

 

 とはいえ、大量のお金をゲットすることに成功した僕たちであった。

 

 

  〇

 

 

 会議室を後とした僕たちは、これからどうしようかと話し合い、ひとまず夕食をとることにしようと三人そろってファミレスに入店。

 全員ガッツリ食べたい感じだったので、ガッツリ注文した。

 

 料理が来るまでの間、まさか一言も発しないなどと言うことは無く、僕は話題を提供する。

 

「それにしても、一気に小金持ちですね」

 

 一之瀬と佐倉で語調が違うため、ひとまず一之瀬に合わせる。

 

「そうだねーっていうかさ、滝沢くんってやっぱりそっちが素でしょ」

 

「……どうしてですか?」

 

「んー、何となく。でも、昨日のあれが嘘だって言うのはもうわかっちゃったかなー。あれだけ一生懸命護られたらねぇ? 悪い人じゃないってことくらいわかっちゃうよ」

 

「……」

 

 これは……どうするべきか。

 正直に言うと、二人に対する親近感は非常に高い。

 三人でピンチを経験したと言うことが、吊り橋効果的な感じで働いたのだ。

 

 ここまで来たのだったら、いっそのこと全部をぶっちゃけるのも手か。

 等と思案していると、一之瀬の隣に腰かけていた佐倉が何やら寂しそうにしていた。

 

 確かに今の会話は佐倉には何もわからない事だった。

 

「一之瀬さん、事情はまた別の機会に話しましょう。時間を貰えますか?」

 

「うん、いいよ」

 

 にこっと微笑む彼女の何とかわいらしい事か。一之瀬は「じゃあ、また連絡するね」と続け、そこで思い出す。彼女の連絡先、消したまんまジャン。

 

「悪いのですが、連絡先をもう一度教えてもらっていいですか?」

 

「え!? 消しちゃったの!?」

 

「申し訳ないです。もう必要ないと思って」

 

 一之瀬は深く溜息を零した後、端末を差し出す。

 

「はい。あと、そろそろ敬語止めてもいいんじゃないかな?」

 

「ありがとうござ……ありがとう。そうするよ」

 

 一之瀬の連絡先を登録していると、一之瀬は佐倉にも「連絡先交換しよっ」と声をかけていた。

 さすがはリア充。流れるような動きである。

 連絡先交換会が終了したところで、料理が到着。

 腹の虫が悲鳴を上げているため、いただきます。

 

 三人そろってほぼ無心で喰らい続ける。

 

 一之瀬と佐倉も、男子が見てるからとか関係ない。

 むしゃむしゃ食べていく。

 あっという間に完食し、満タンになった腹を僕たちは撫でた。

 

 ドリンクバーで食後を満喫しつつ、僕は佐倉に声をかける。

 

「何はともあれ、解決してよかったな。佐倉」

 

 すると彼女は口からストローを話して、首肯。

 

「う、うん。滝沢くんのおかげ、だよ。本当に、ありがとう」

 

「いや、僕は……。無駄に佐倉や一之瀬を危険な目に遭わせただけだ。僕じゃなかったらもっとうまくやっていたんだと思う」

 

 例えば、綾小路清隆。

 

 彼ならばすべてを独りで解決しまったのだろう。

 圧倒的なまでのポテンシャルの差。

 自分の無力さに嫌気がさす。

 

「でも、助けてくれたのは、滝沢くん、だよ?」

 

「佐倉さんの言う通りだよ! 私だって、結果的に滝沢くんは身を挺して守ってくれた」

 

「……ありがとう」

 

 そう言ってもらえると助かる。

 何とか、自分を保てる。

 

 飲み物を飲み終わり店を出た時刻は夜十時前。

 かなり遅くなってしまった。

 

 寮へと向かう道すがら、女子二人が何やら話し合っている。

 僕は一人、一歩分だけ前を行く。

 二人はそれを追いかける形だ。

 

 まぁ、女子同士だし、そう言う物なのかな。

 

 ちょっとさびしく思いつつも前を歩いていると、不意に一之瀬が横に並ぶ。

 

「ねぇ、滝沢くん。佳乃くんって呼んでいい?」

 

「ん? ああ。――って、え?」

 

「あ、い、嫌だった?」

 

 途端に不安げな表情を浮かべる一之瀬。

 止めてくれ。勘違いしちゃう。

 童貞だから勘違いしちゃうって!

 

「いや、嫌なんかじゃない、が……。わかった、ぜひそう呼んでくれ。一之瀬」

 

「帆波でいいよっ」

 

 な、なんだこの距離の詰めようは!

 近い、近いぞ一之瀬!

 

「い、いや、女子を下の名前で呼ぶのは……恥ずかしいというか何というか」

 

「えー、私だけって変だよー。ね? 頑張って!」

 

「う、ぐぅ…………帆波」

 

 瞬間ニヘラとニヤけた彼女を見て、心臓のドキドキがマッハ。

 暗がりで分かりにくいが、若干頬が赤い気がする。

 

「ありがと、佳乃くん」

 

 一之瀬……帆波はそう言うなり佐倉の横に戻る。

 何だ、いったいどういうことなんだ。

 これ勘違いしてもいいの?

 しちゃうよ、勘違い。

 童貞だもの。

 

 僕の心臓はドキドキしていて……『しかし、それは照れであり、感情はまったく動いていない』。

 『だからこそ、感情だけの話をするなら、僕は一之瀬と付き合いたいと思う』。

 

 綾小路と上辺だけの友人になったのと同じで、一之瀬と恋人関係になりたいと思う。

 

 まぁ、目立つのが嫌なため、それはありえない話なのだが。

 

 僕は本気で人を好きになりたくない。

 だから、伊吹に心が揺さぶられた時、僕は燃え上がる感情を消火した。

 

 本気の信頼も、信用も、いらない。

 愛情も、友情も必要ない。

 あっても辛いだけだ。

 

 裏切られて(・・・・・)悲しむだけなのだ(・・・・・・・・)

 

 無茶苦茶な思考の自分。

 こういうのを何というんだったか……あぁ、そうそう。

 

 天邪鬼だ。

 

 

  〇

 

 

 それから約一週間が過ぎ去り、須藤の一件も片付いた。

 どうやら綾小路と堀北、加えて一之瀬が裏で手をまわしていたらしいが、へっぽこ頭脳の僕にはまったくわからないことだ。

 

 須藤に対して、これと言って思い入れはなかったため、退学になってもそこまで悲しむことは無かっただろうが、しないに越したことは無い。

 加えてPtが減らなかったことも良かった。

 

 さすがは綾小路くん。

 イケメンで頭もよく(おそらく)運動も得意。さらに堀北と言う彼女もいる。何だよこの完璧超人。

 でも僕は彼の友達なんだよね。

 こう、何て言うか、素直に嬉しい。

 

 そんなこんなで七月のPtが振り込まれることとなった。

 

 Dクラスのクラスポイントは83。

 つまり8,300Ptが支給されると言うこと。

 

 僕は自分の端末を見る。

 

 滝沢佳乃――607,100Pt

 

 やべぇ、ちょっとした小金持ちだ。

 

 因みに減っているのは昨日のファミレスでの食事代1,200Ptだ。

 

 ここから借金を返済して行っても350,000程残る。

 

 と言うか、借金が多すぎる。

 

 だからと言って一気に返すのは怪しまれる。

 このお金は学校側から支給された特例中の特例だ。

 

 お金が溜まるまでは綾小路、堀北、そして伊吹も待ってくれるであろう。

 

 都合、返済するべきは伊吹の借金のパフェ代800Pt。

 

 となれば早速誘おう。

 伊吹とパフェ食べたい。

 一緒にお出かけしたい。

 

 滝沢:『借金の一部を返済したいので、お礼もかねて一緒にパフェを食べに行きませんか?』

 

 既読はつかない。

 うん、放課後までには返事が欲しいな。

 

 そんなウキウキ気分で登校。

 教室の扉をオープンすると佐倉を発見した。

 

「おはよう、佐倉」

 

「あ、う、うん。おはよう、滝沢くん」

 

 佐倉とも大分親しくなれただろう。

 僕の目を見るたび表情が固まるのはなぜだかわからないけれど、とにかく友人と言えるはずだ。

 伊吹、綾小路、一之瀬と続く僕の友達。大切にしよう。

 どれくらい大切にするかと言うと、どこの馬の骨とも知れぬやつにちょっかいを出されていたら助けるくらいには大切にする。

 

 挨拶だけでは物寂しいのでここはひとつ雑談でも。

 

「それにしても8,300Ptよかったよね」

 

「う、うんっ」

 

 意地悪な笑みを浮かべると、その思惑を察知したのか佐倉はおどおど。

 彼女の端末にも500,000Ptが振り込まれているため、皆を騙している感じが有って落ち着かないのだろう。

 

 彼女のリアクションに満足した僕は自席へ。

 そして軽井沢と登校してきた平田に声を掛ける。

 

「おはようございます、平田くん。軽井沢さん」

 

「おはよう、滝沢くん」

 

「おはよー」

 

 僕の目的が平田だと感じ取った軽井沢はススッと平田から離れて女子の友達の下へと向かった。

 てっきり「平田くんは今、私と一緒の時間を過ごしているの! 邪魔しないで!」的な事を言われるかと思った。でも、良く考えれば別におかしくはないのか。

 軽井沢は平田の彼女であると同時にクラス内女子のリーダー的存在だ。ならば友達と仲良くするのも必然。

 

「実はこの間借りた1,000Ptを平田くんに返したくって。メッセージで送るのも失礼だなと、直接」

 

「ありがとう、滝沢くん」

 

 にこっと笑みを浮かべる大明神。

 今日もイケメンは絶好調。

 僕の中での平田の好感度は振りきれている。

 ベッドに誘われても断らないかも。

 

 その内、女子にまぎれて「キャー、ヒラタクーン!」とか叫んじゃうかもしれない。

 体育祭とかあったら間違いなく叫ぶだろう。

 

 リレー、アンカー、平田選手。

 

 間違いなく叫ぶ自信があるぞ。

 

「お礼を言うのはこっちですよ。ありがとうございます」

 

 すると平田くんは暫し思案した後「そうだ」と言葉を漏らす。

 

「そろそろさ、敬語止めにしない?」

 

 最近敬語停止令を良く通告されるな。

 まぁ、構わないのだけれど。

 

「うん、わかったよ」

 

 それから平田くんと一言二言言葉を交わしていると、不意に気が付く。

 

 周囲に女子がいる。

 そして、自然と会話に混ざってくる。

 そして、気が付くと平田くんと女子の会話になっている。

 そして、平田くんが連れ去られる。

 

 キーッ! 何よあの女! 私の平田くんよ!

 

「……授業の準備しよ」

 

 朝から変なテンションだ。

 これで伊吹から連絡が来たら、もう止まらないかもしれない。

 

 と、端末がバイブする。

 取り出すと伊吹からメッセージ。

 

 伊吹:『5時に校門で待ってて』

 

 うっひょー! 

 やったぁ!

 

 思わず小躍りしそうな勢いだ。

 因みに僕の小躍りはかなりレベルが高い。

 昔から父にいろんな習い事をさせられていたのだが、その中にはブレイクなダンスも含まれている。

 難易度の高い技は数回回転するのが関の山であるが、特技と言って差し支え無いだろう。

 

 とにかく、伊吹から連絡が来たことが嬉しくて嬉しくて。

 心がぴょんぴょんする。

 

「何ニヤニヤしている? さっさと席につけ」

 

 気が付けば茶柱先生が谷間を見せていた。

 今日も見事な曲線美。

 開けた隙間から指を差し込みたい欲が溢れてやまない。

 柔らかいのだろうか、柔らかいのだろうな。

 童貞の想像力では何も思い浮かばないが、きっとそうに違いない。

 

 着席。

 

 茶柱先生から期末テストの話がなされる。

 実はあと数週で期末、それが終わり次第夏休みなのだ。

 空調も完備されている高度育成高等学校に夏休みが必要なのか? と思わないでもないが、存在するのだから必要なのだろう。

 

 茶柱先生はそれらのことを話し終えると、不意に僕を見た。

 

「滝沢、ちょっと来い」

 

 途端に周囲からの目が厳しくなる。

 先日同じパターンで須藤が連れて行かれた都合「何かやらかしたのか」的な思考に至るのも無理はないだろう。

 

「何ですか?」

 

「良いから、来い」

 

 そう言われてしまっては従うほかない。

 僕は生徒で相手は教師。

 どこまでもお供します。

 

 通されたのは応接室。

 茶柱先生がノックを行い、中から知らない男の声が聞こえてきた。

 何だ、誰だ、わけわからんぞい。

 

 だが、そう言った疑問も全て、扉の先に居た人物を目にした瞬間四散する。

 

 中には二人の人物がいた。

 一人は中年の男性で、もう一人は中学生程の少女。

 

 と言うか。

 

「おひさしぶりですね、兄さん」

 

 僕の妹、滝沢(タキザワ)志乃(シノ)であった。

 

 

  〇

 

 

 僕が到着したのを確認すると中年の男性(どうやら校長先生らしい)と茶柱先生が退室する。

 都合、僕は志乃と二人きりになってしまった。

 

 滝沢志乃。

 

 彼女を評価するのならば簡単だ。

『完璧超人』

 この四文字だけでいい。

 

 現在中学二年生で、すでに僕の上位互換。

 父と母のいいところだけを抽出したような完璧な容姿に、人前でも臆することない鋼の心。

 スタイルも良く、運動神経も抜群。社交性、勉強面でも向かうところ敵なし。

 

 完璧超人と言って過言ではない。

 

「志乃、どうやって――」

 

 口を開きかけた僕に彼女は言葉を重ねる。

 

「『志乃』? いつから兄さんは私を呼び捨てにするような、そんな愚かな存在になってしまったのですか?」

 

「……も、申し訳ありません。志乃様」

 

「そうですね。能力のあるものを敬うのは大切な事です」

 

 僕の家庭内。

 それはこの高度育成高等学校とまったく同じ『実力至上主義』だ。

 『父』が一番上に来ており、次いで『志乃』。三番目に『母』で、四番目に『僕』だ。

 

 父がトップなのは稼ぎ、僕と志乃を育てたため。

 母もそうではあるが、すでに志乃と母の間には越えられない壁が存在する。

 能力面だけで判断するならば『志乃』は父をも越えてトップだ。

 

 彼女が僕に敬語で接して来るのは、僕が『兄』だから。

 年上だから敬語で接する。

 ただそれだけ。

 それ以上の尊敬も信頼も何もない。

 

「それで、志乃様。どうやってここに……?」

 

「言葉を途中で区切らないでください。『どうやってここに来たのですか?』と最後まで質問を行いなさい」

 

「――っ! は、はい、申し訳ありませんでした。それで、志乃様はどうやってここに来たのですか?」

 

 すると志乃は口元を僅かにゆるめて答えた。

 そのほれぼれするような笑みは天使か何かだと見間違えてしまいそうだ。

 

「兄さんが怪我をされたと言うことなので、様子を見に来ました」

 

「が、学校は休んでも大丈夫なのでしょうか?」

 

「本日は創立記念日でお休みです。怪我の連絡自体は事件当日にいただいており、本来はすぐにでも伺いたかったのですが、学業の都合上遅くなってしまい、申し訳なく思います」

 

 志乃はゆるりと頭を下げて謝罪を口にする。

 それにしても、外部との接触を原則禁止にしている高度育成高等学校も、さすがにナイフで怪我を負わされたとなれば保護者に連絡を入れるようだ。

 

「いえ、来ていただけただけでも嬉しいです。父上と母上はお仕事ですか?」

 

「はい、お会いしたかったですか?」

 

「……正直にお答えしますと、お会いしたくはありません。二人とも、僕の事はあまり好ましく思っていないようですから」

 

「そうですね。それで、怪我の具合はどうなのですか?」

 

「問題ありません。傷は残るそうですが順調に回復しています」

 

 すると彼女は僅かに眉をひそめた後、傷を見せるように言ってくる。

 服をするすると脱いでお披露目したところ「では卒業後に手術して目立たなくしましょう」と提案された。

 

「兄さん、あなたは馬鹿で愚かで間抜けで、どうしようもない愚兄ではありますが、顔は良い方です。父の仕事の後を継ぐのは『決定事項』です」

 

「ですが……僕にそう言うのは向いていません」

 

 顔を伏せながら必死に言葉を絞り出すと、志乃は立ち上がり、僕の傍までやってくると――容赦なく頬を叩いた。

 

「なに甘えたことを言っているのですか? 貴方に拒否権は有りません。高度育成高等学校に入学すると言う暴挙に目をつぶってあげただけでもありがたいと言うのに、その上我儘を言うと?」

 

 彼女はもう一度頬を叩いてくる。

 

「兄さん、あなたにはすでに期待していません。父も、母も、誰も期待していません。あの日、家の名前に泥を塗ったあの日にあなたは私たちの期待を全て裏切った。だからもう家族とは思っていません。あなたは滝沢佳乃と言う名前の『駒』です。反逆は許しません。わかりましたか?」

 

 志乃は僕の顎を掴んで無理やり目を合わせる。

 吸いこまれそうな、澄んだ綺麗な瞳。

 けれど僕には悪魔か何かにしか見えない。

 ゆえに、逆らえない。

 

「わ、わかり、ました……」

 

「よろしい」

 

 次の瞬間、彼女は歳相応の華やかな笑みを浮かべる。

 

「それでは私はこれで失礼いたします。父と母にも怪我は大したことが無かった、とお伝えしておきます。それでは、これからもどうか高度育成高等学校での学生生活を謳歌してください」

 

 僕は立ち上がり、志乃を見送る。

 結局、彼女が外出するまで頭をあげることは無かった。

 

 

  〇

 

 

【滝沢 志乃】

 

 少女の心は浮かれていた。

 浮かれて、先ほど兄に触れた右手を口元へと持っていく。

 

「……兄さん」

 

 舌先でチロリと舐めとるその様は言い訳のしようも無く、キチガイであった。

 胸の鼓動が速い。

 兄と同じ部屋で、同じ空気を吸い、会話を行った。

 勝手に家を出てしまい、高度育成高等学校等と言うくだらない学校に入学してしまった兄。

 寂しくて、少女は死んでしまいそうであった。

 ゆえに本日『楽しく』会話で来て非常に心が晴れやかだった。

 すでに実家の兄の部屋は志乃の部屋と化しており、出入りどころか睡眠すら兄のベッド。

 

 滝沢志乃はブラコンであった。

 

 だが、普通のブラコンでは無い。

 超が付くサイコなブラコンであった。

 普通ならざる家庭環境から生じるストレスが、彼女の精神を崩壊させてしまったのだ。

 彼女の将来の夢は兄の主人になることであった。

 兄が自分に屈服し、服従し、奴隷となる。

 それに興奮する変態シスターなのだ。

 

 彼女は先ほどビンタの際にむしり取った兄の毛髪を落さないうちに袋に入れる。

 家に帰ればこれを口に含んで彼女にしかわからない兄貴成分を吸収する算段であった。

 キチガイである。

 止まらない、止められない、頭のおかしい妹である。

 

 ただ、佳乃がそれを知るのは、まだまだずっと先の事なのであった。

 

 

  〇

 

 

 ほっぺた超痛い。

 赤くはれ上がった両頬をさすりながら応接室から出てくると、そこには茶柱先生が谷間を構えて待っていた。

 

「それはどうしたんだ?」

 

「妹からお説教を受けただけですので、気にしないでください」

 

 それだけ言い、教室に戻ろうとすると……どういうわけか茶柱先生もついてくる。

 いぶかしげな目を向けると、彼女は「一限目はDクラスだ」と答えてくれた。

 「なるほど」と返したところで一瞬静寂が訪れる。

 これはマズイ。

 

 僕は茶柱先生とはもっと仲良くなりたい。

 教師系ヒロインとか最高だと思う。

 

 『だめだ、私は教師でお前は生徒――』

 『愛の前には関係ありません』

 『滝沢……いや、佳乃!』

 みたいな。

 無いかな? 無いだろうな。

 

「えっと……そ、そう言えばあと少しで夏休みですね」

 

「そうだな。その前に期末テストがあるが。勉強はしているのか?」

 

「えぇ! 同じ轍は二度と踏みません!」

 

「ふっ、ならば楽しみにしていよう」

 

 不敵な笑みを見せる先生。

 ほんと綺麗だ。

 もうガチ恋しちゃうよ。

 

「せ、先生は夏休み何かするんですか?」

 

「教師に夏休みなどない。仕事だ仕事」

 

「社会人って大変ですね」

 

 適当な感想を述べていると、不意に茶柱先生は笑みを浮かべて――。

 

「まぁ、夏休みが大変なのは教師も生徒も変わりない」

 

 小さく、そんなことを言った気がした。

 悪い予感しかしないので、僕は聞こえなかったふりをする。

 そうこうしているうちに教室が見えてきて、入室。

 

 みんなの目はまだ鋭いままだったけれど、放課後には特に何もなかったと判断が下されるだろう。

 

 ……それにしても夏休み、か。

 

 伊吹誘ってどこか出掛けたいな。

 よし、放課後になったらパフェついでに提案してみよう。

 僕はあの仏頂面がどんな反応を見せてくれるのか、そんなことを考えながら授業に取り掛かった。




【これからの敗北主義】

 二巻時間軸終了となります。
 次は第三巻、無人島編の執筆に移らせていただきます。
 公開は五月末か六月初めになると思われます。

【先読みQ&A】(本編のネタバレ含む。まだの方はそちらを先にどうぞ) 

 読者様「Q.須藤の喧嘩の件はどうして省いたの?」
 作者「A.作者の頭では原作のタネ以外の方法の場合、どう考えても誰かが退学する、と言う結論に至りました。原作でも未だに退学の結果クラスにどのような影響が起きるのか判明していないため、この作戦は断念。
 退学にしない方法も無い事にはないのですが、御都合主義が強すぎたのと、自分で書いた展開が正直面白くなかったため断念。
 結論としてペース優先で皆さまに一番に楽しんでもらえる無人島編に取り掛かろうかと思ったため、須藤の件は綾小路君に丸投げと言う形になりました」

 今回は、あらかじめ質問が来そうなことに対して回答しておきました。

 須藤の事件の解決に関しては『ようこそ実力至上主義の教室へ 2』にて綾小路君が奮闘しております。
 よければお近くの書店でお買い求めください。


 それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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