この腐った世界に救済を!   作:しやぶ

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今回はサブタイ回収のため、ちょっと長めです

そして、グロ注意です

それでは本編をどうぞ!


第12話 絶望

「マスター、天童民間警備会社について情報をいただけませんか」

『なにが知りたい?』

 

 ────天童民間警備会社

 

 私の狙撃を凌いだ民警ペアはそこに所属しているらしい。

 今の私の任務は、次の暗殺を完全なものにするため『天童民間警備会社の社長──天童木更を殺害すること』である。

 

「マスター、私はあまり東京エリアには詳しくないのですが、天童という名字は聖天子付補佐官である天童菊之丞と同じかと思います。なにか関連性があるのでしょうか?」

『ああ、社長の天童木更は、天童菊之丞の孫だ。だが彼女は現在天童から離反して、単独天童民間警備会社をやっている。フン、こいつの経歴がなかなか面白い────社長の天童木更は幼い頃天童の屋敷に迷い込んできたガストレアに両親を喰い殺されており、自身もその時のストレスが原因で腎臓の機能を失っている』

「腎臓を?」

『そうだ。しかもどうやらこの事件、謀殺の疑いが濃いらしく、犯人は天童一族の誰からしい。復讐に取り憑かれた天童木更は狂気だけで剣の腕を磨いて、天童から出奔。いまも天童の一族を殺して回るために虎視眈々と機会を窺っているらしい』

「それは……」

 

 なんとも血生臭い話だった。

 しかし剣の達人、か……

 

『金がないのか少数精鋭主義なのか知らないが、天童民間警備会社に籍を置いているペアはたった二組しかいない。先日邪魔してきたのはその内の一組だ。

 IP序列は1000位。イニシエーターの名は『藍原延珠』で、プロモーターの方は『里見蓮太郎』と言うらしい。国が情報管理しているせいで、軽く調べて分かるのはこの程度だが……心配ないな。1000位風情がお前の驚異になるとは思えん』

「もう一組の方は?」

『イニシエーター『千寿夏世』とプロモーター『守屋真護』

 ……このペアは無視していい。IP序列10686位の雑魚だ』

「了解しました。ではナビをお願いします」

 

 

 ★

 

 

 マスターのナビに従い歩くと、ほどなくして小汚い四階建てのビルが見つかった。

 ぐるりと首を巡らせて周囲の建物の高さを見る────なるほど、マスターの言った通りだ。これでは射界が確保できず、狙撃は不可能。やはり直接乗り込んで仕留める他ない。

 

「マスター、私は天童木更に負けますか?」

 

 ──電話の向こうから、大笑いが聞こえてきた。

 

『クハッ、あり得ん、あり得んよ……! 私の計算では、お前が天童木更に負ける確率は1%にも満たないというのに……!

 はぁっ、はぁ──情報によると、いま事務所にいるのは天童木更と守屋真護のみだ。確実に始末しろ』

「了解しましたマスター。交信を終了します」

 

 ────同時に目蓋を閉じ、自分の胸に手を当てる。

 

 そうして思い出すのは『彼』と出会ってからの一週間。

 彼は宣言通り、私の全てを受け止めてくれた。

 仕事への不満、マスターへの不満、妹たちへの不満を愚痴っても嫌な顔一つせず聞いてくれた。

 どんなワガママを言っても、願いを叶えてくれた。

 それでも彼は『この程度でワガママに入るのか?』と言ってくれたのだが。

 

(……大丈夫、しっかり思い出せる。あの時間は幻想なんかじゃない)

 

「……でもこんな不安になるんだったら、ペンダントを持って来るべきでした……」

 

 最近、時々不安になる。

 こんなに幸せでいいのか。寝て起きたら『全部夢だった』なんてことになるのではないか──そんな根拠のない、だけど決して消えてくれない不安に襲われるのだ。

 

 そういう時、いつもはペンダントを握りしめる。彼がプレゼントしてくれた、青いロケットペンダントを。

 そうすれば安心できるのだ。確かな形を持つペンダントは、夢のような日々が、現実にあったものだと証明してくれるから。

 

「まぁそれはそれで、任務中に失くしたり壊したりしないか、不安になるのでしょうが」

 

 ────さぁ、落ち着いたなら切り替えろ。

 

 ここからの私は『少女 ティナ・スプラウト』ではなく『殺し屋 黒い風(サイレントキラー)』だ。

 

 足音を殺して建物に入る。

 メンテナンス費削減のためかエレベーターは設置されておらず、内階段のみからしか上階に上がれない構造らしい。

 足音を忍ばせながら三階に上がる。ガトリングガンは室内戦用に極限まで銃身(バレル)を切り詰めてコンパクト化してあるので、大きく移動の邪魔にはならない。

 

 ────着いた。

 

 この『天童民間警備会社』と書かれたプレートが釘で吊り下げられている粗末な扉を開ければ戦闘開始だ────室内に居るのは女性一人。どうやらもう一人は席を外しているらしい。

 

「あなたが天童木更ですね?」

「……え?」

「お覚悟を」

 

 トリガーボタンを押し込むと、バッテリー動力により回転銃身がスピンアップ、直後に耳を(ろう)する爆音をあげてガトリングガンが火を噴いた。

 

 ────ペインレス・ガン

 

 それがこの銃の別名。由来は、対象が文字通り『苦痛を感じる間もなく死ぬ』ことから来ている。

 一秒間に百発を五秒、計五百個放たれた高速ライフル弾は、事務所内を竜巻が如き勢いで破壊した。これならば、天童木更は苦しまずに死ねただろう。

 そして私が死体を確認するため一歩踏み出したところで────

 

「──オオオオオォォォッ!!」

 

 怒りに震える咆哮。

 

 ── 新手ッ? 守屋真護か! 

 

 勘だけで上半身のバネをきかせて仰け反ると、直後に敵の腕が通過。バック転で飛び退く。

 十分に距離を取り、地面に手をついた姿勢のまま顔を上げた。

 

「あなたは守屋真護ですね?」

 

 外骨格(エクサスケルトン)と思われる、黒い鎧を纏った相手に問いかけるが……反応がない。

 いや、返事がなかっただけで、反応自体はあった。私の顔を見た途端に彼は追撃を止め、後退ったのだ。

 

 ────その理由は分からないが、何故かその訳を知ってはいけない気がした。

 

「……沈黙は肯定と受け取ります。

 立ち去ってください、守屋真護。必要以上の殺生はしたくありません」

「……あなたもしかして、人を殺すのが怖いの?」

「天童木更!?」

 

 背後から、()()の天童木更が現れた。

 二対一では分が悪い。大人しく撤退しよう。

 

 武器を手放し、敵の注意がそちらに向いた一瞬の隙を突いて逃走する。

 

「逃がさない! 『滴水成──ッ!?」

 

 窓を割って飛び降りる。追手が来る気配はない。

 無事逃げ切ることには成功した。しかし────

 

「──何故私を庇ったのですか、守屋真護」

 

 

 ☆

 

 

「……どうしてあの子を庇ったの? 真守君」

 

 木更は腕を組み、微妙に怒気を滲ませながら問いかけた。

 

 ──そう。逃走するティナを行動不能にするべく放たれる筈だった『滴水成氷』は、真守の介入により中断された。

 真守は鎧を解除し、自己否定に潰れそうな顔で頭を下げた。

 

「体が勝手に動いたんです……心が、納得してくれないんですよ……オレはあの子を──ティナを、敵として認識できません」

 

 木更は答えを聞いて怒気を消し、気づかわしげに真守を見る。

 

「知り合い、だったのね……」

「でも次はっ、次こそは躊躇しません! あの子は絶対に、オレが止めてみせます!!」

 

 真守は頭を下げたまま、半ば自分に言い聞かせるように宣言した。

 木更はそれに、苦い顔で言及する。

 

「止めて、どうするの? 聖天子暗殺未遂なんて大罪、極刑は免れないわよ?」

「聖天子様に頼み込んで減刑を……!」

「国家元首は一民警の言葉で動いてくれないわ」

「じゃあどうしろって言うんですか!?」

 

 ──叫んでから真守はハッとする。

 

(これじゃ、ただの八つ当たりじゃんか……!)

 

 真守は慌てて謝ろうとするが──すぐにそれどころではなくなった。何故なら────

 

「ごめん、なさい……私にも、分から……な……」

「……え?」

 

 ────木更が、倒れた。

 

 

 ★

 

 

 ────車内。

 

 聖天子は膝の上で上品に手を重ねると、顔を伏せた。

 

「そんなことがあったのですか……すみません。良かれと思ってあなたに依頼したのですが、まさかこんなことになるとは」

「アンタが気にする事なんてなにもねぇよ。ウチとしてはキチンとリスク込みで金をもらってるし、建物は保健もおりそうだしな。

 ただ、保脇は俺が犯人と通じてると思ってるからやりにくいったらねぇけどよ……」

「犯人と通じているのですか?」

「んな訳ねぇだろ……

 斉武宗玄、あいつが犯人に決まっている」

 

 聖天子の頭がぴくりと動き、悲しそうな表情で振り返る。

 

「里見さん、それは……」

「証拠はまだでてこない。でもアンタが死んで一番得する奴は誰かって考えると、あいつ以外考えられない」

「里見さん、今の話は私の胸にだけ止めておきます。決してそのようなことを他言しないでください」

 

 言外に意味するところを知って、蓮太郎は思わず立ち上がりかけるが──聖天子はゆっくり首を振る。

 

「私は仮にも国家元首です。証拠もないのに会談を中止することなどできません」

「アンタッ、殺され──!」

「蓮太郎さん」

 

 ──聖天子の胸ぐらを掴みあげ、拳を振り上げかけた蓮太郎に、絶対零度の声がかけられる。

 

「それをさせないのが、オレ達の仕事でしょう?」

「……悪い。聖天子様も、すまなかった」

「構いません。私のためにしてくれたことでしょう?」

「……アンタをみすみす殺させるために、護衛を引き受けたわけじゃないからな……」

 

 ──それからしばらくして、聖天子たちを乗せた()()は目的地に着いた。

 蓮太郎はスライドドアを引くと、聖天子の方に手を伸ばす。

 

「さ、お姫様。行くぜ」

 

 聖天子は恥ずかしそうに俯くと、黙って蓮太郎が差し出した手を取る。

 

 ────そして出迎えてきたのは、憤怒の形相をした保脇だった。

 

「里見蓮太郎、これはどういうことだ。なぜ聖天子様をこんな粗末な車に乗せている……!」

「リムジンじゃ危険だと判断した」

「なぜ私に報告しなかったッ」

 

 蓮太郎は無言で保脇を睨む。

 

 ── お前の能力が信用できないからだよ

 

「貴様ぁ……貴様のような人間が──!」

 

「──静かにッ!」

 

 突如、真守が警戒心を剥き出しにして叫んだ。

 周囲の音が消えたことで、遅れて蓮太郎もその『()』に気付く。

 そして神経を張り詰めていた二人は、銃口炎(マズルフラッシュ)を先んじて捉えることに成功した。

 

 ────真守は右手の親指に噛み付き自傷、因子を発現させる。

 

 ── クロゴキブリ

 ── サバクトビバッタ

 

「砕けろッ!!」

 

 聖天子に向けて直進する対戦車弾は、真守の強化された蹴りで弾かれた。

 

「蓮太郎さん、オレは狙撃手を追いますので、その間聖天子様を頼みます」

「……答えは出たのか?」

「いいえ。それは、アイツを拘束してから考えることにしました」

「そうか……気を付けろ。絶対に戻ってこい」

「はい、すぐに戻ります」

 

 ──因子を組み換える。

 

 ── メダカハネカクシ

 ── オニヤンマ

 

 真守は上の服を脱ぎ、半裸になった。メダカハネカクシの能力を使う場合、服は邪魔だからだ。

 

 ────次の瞬間、真守は()()9()4()5()k()m()()()()()()

 

 メダカハネカクシのジェット噴射を、オニヤンマの急発進能力で初速からトップスピードに持っていき、移動中の情報収集も、オニヤンマの複眼で行う。

 

(たしか銃口炎(マズルフラッシュ)はこの辺りで──あった!)

 

 対物(アンチマテリアル)ライフルを発見した真守は、そのままの勢いで銃を蹴り飛ばす。

 しかしそこには肝心のティナが居なかった。

 

(何処だ、何処にいる!?)

 

「ティィナァァァ!!!」

 

 ────直後、前方から()()()()()()銃口炎(マズルフラッシュ)──弾道は、頭と心臓。

 

(協力者!? いや、今は考える前に……!)

 

 因子を再び組み換える。

 

 ── クロカタゾウムシ

 ── パラポネラ

 

 全身を薄く防御する鎧では至近距離の狙撃弾は防げず、回避は間に合わない。故に、拳に硬化を集中させ、弾丸蟻の腕力で弾道を無理矢理逸らすという対処は模範解答だった。

 

────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だが。

 

 二つの弾丸を凌いだ真守は、()()()()()()()()()()()()()に気付かず内臓をぶちまけ、許容限界を軽く上回る激痛によって、意識を容易く手放した。

 

 

 ☆

 

 

 ────達成感はなかった。あったのは『また一人殺してしまった』という罪悪感だけ。

 

 一発目は初めから、敵に私の位置を誤認させ、逃げ場のない狩場へ誘導させるための罠。

 

 敵の移動手段と速度には驚かされたし、どうやったらあんなデタラメな行為が可能になるのかは理解出来ないが……敵があの場に立った瞬間私の勝利が確定するという事実に変わりはなかった。

 

 聖天子は逃げ、狙撃は不可能。新手はいない。となれば、後の作業は死体の確認と証拠隠滅。

 

 前回、天童木更は殺したと思ったが生きていた。ならば今回も敵が生きているかもしれない。

 そう思って狩場へ足を運んだ私は──そこにあった『モノ』を見て、人生最大の絶望に襲われることになる。

 

「──ぇ......?」

 

 飛び散る数多の肉片、内臓、骨片。

 

「待って、お願い待って……!」

 

 それらは最早、見慣れた惨状。

 

「うそ……ウソですよね……?」

 

 だからこれはきっと……天罰なのだろう。

 

「…………そんな、どうして……どうして此処にいるんですか──」

 

 そこにあったのは、この惨状の悲惨さを忘れた私に、罪を思い出させるべく用意された──生け贄。

 そう、彼の名は────

 

 

「まもる、さん……」

 

 

 私に『痛み』以外を与えてくれた、最愛の人。

 

 ──その亡骸が、野晒しにされていた。

 


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