「蓮太郎、まだか? まだなのか?」
「待て。まだだ」
アルデバラン討伐後、某日。
ハッピービルディング三F・天童民間警備会社事務所内にて、身内間での慰労鍋パーティーが開催されようとしていた。
「うー、何故だ! もう充分煮込んだだろう!? 手洗いうがいはしたし、今日はパンツをはいてるぞ!?」
「延珠ちゃん、それは当たり前だよ……」
「元気ですねぇ、延珠さんは……」
「逆に夏世ちゃんは、大人し過ぎるんじゃない? 子供の内に、はしゃげるだけはしゃいでおかないと損よ」
「……私は見ているだけで充分ですよ。社長」
「営業時間外の時は社長って呼ばないで!」
「どうして書き入れ時に事務所が閉まってるんですか? おっぱい魔人の木更さん」
「ごめんなさい、やっぱり社長と呼んでほしいわ……」
延珠が飛び跳ね、舞が注意し、夏世が呆れ、木更と(主に)蓮太郎が被害を受つつなんとかする。そんな日常の光景を、窓枠に腰掛けたティナは笑顔で眺めていた。
「そんなとこに座ってたら危ないよ、ティナ」
「──きゃっ。
……突然声を掛けないでください。落ちかけたじゃないですか」
「わざと落っこちに行ったように見えたんだけど?」
「バレましたか」
「バレバレだよ」
「──さて、そろそろいいぞ。窓際二人も早く席着けよ〜」
「「分かりましたー!」」
「「…………」」
「「──ぷははっ!」」
見事に声が重なり、二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
こんな平和がずっと続けばいいと──皆がそう願っていた。
──だがその願いは、思いもよらない形で早くも崩れ去ることになる。
「「「「「「「…………」」」」」」」
鍋の蓋が取り払われ、自らを覆い隠す物が無くなった『ソレ』は、その場に居た全員の目を釘付けにした。
萎んだ紫のカサ。異様なヌメり。桃色の斑点──端的に言って、毒キノコにしか見えなかった。
「……いただきます」
『あっ!』
最初に動いたのは真守だった。
僅かに躊躇しながらも素早く箸を伸ばし、誰かが止める間もなく『ソレ』を口に運ぶ。
皆が見守る中、真守は静かに『ソレ』を咀嚼し、呑み込んで──
「──ウッ!」
『真守!!』
その直後に、彼は胸を押さえて顔を伏せた。
ある者は駆け寄り、ある者は携帯を取り出して救急に連絡を入れようとした、その時。
「──美味い!」
「「「「「「……え?」」」」」」
「M.O.に反応はありませんでした。見た目が毒々しいだけの、美味しいキノコですよ。コレ」
その言葉に、皆が胸を撫で下ろした。
「もう、心配したじゃないですか」
「さっきの仕返しだよ。ティナ」
「俺達までビビらせないでくれ……」
「ハハハ、すみません」
「でもこれで、安心してお鍋が食べられるわね!」
「そうだな。じゃあ皆手を合わせて──」
『いただきます!』
「ハフハフ。しかし、ングング。じむふぉでごふぁんというのも──ゴクン。いいものだな!」
「口に物いれて喋んな」
「アハハ……でも、皆で食べた方が美味しいじゃないですか」
「──まぁ、そうだな」
「ふー、ふー…………なるほど。お兄さんが言った通り、味は美味しい……夏世さんも、そんなに気になるなら一つ食べてみたらいいじゃないですか。あと一つしか残ってませんよ?」
「……里見さんもたしか、まだ食べてなかったですよね?」
「あぁ、俺のことは気にすんな。真守のことを信用してないワケじゃないんだが、どうにも嫌な予感がして……こう、骨が軋むような宇宙的脅威を検出したというか……」
スペースウォリア、びっくら爆風……うっ、頭が。
「里見さん、実はこないだ温泉旅行のチケットが当たったのですけど、私の代わりに行きませんか?」
「里見君、肩凝ってない? 揉んであげるわよ」
「……真守、これ現実か? 夏世と木更さんが俺に優しいなんて、夢としか思えないんだが」
「現実です。現実ですから。もう、休んでいいんですよ」
「お、おいなんだよ。それだと俺がもうすぐ死ぬみたいじゃねぇか」
「…………」
木更が無言で肩を揉み始めた。これを機に、彼の待遇をもう少し改善してあげてほしい。
「……さて、では早く片付けて、里見さんを休ませてあげませんとね──はむっ。ん、本当に美味しい」
そんなこんなで彼らは鍋を完食し、スープの余りでシメの雑炊を作った所で──遂に異変は起こった。
雑炊を一口食べた真守が突然目を見開き、匙を落としたのだ。
「……あれ、なんだ、コレ……マズ、イ」
「真守……? いや、普通に美味いと思うぞ」
「ちが、う。みんな、早く──グゥッ!」
そして、彼は何かを言いかけて倒れた。
「真守、どうしたのだ!?」
「お兄、ちゃん?」
「は、ぇ……? なんで真守さんが倒れて……」
「きゅっ、救急車……救急車呼ばないと……」
「待て木更さん! 真守は普通の医者には診せらんねぇ。俺が先生に連絡を──」
「──必要ない」
「真守……? 大じょ──」
「気軽に声を掛けるな。ニンゲン風情が」
「…………え?」
「黙って平伏しろ。下等生物共」
──目覚めた彼は、狂気に侵されていた。