『これはほぼ現在進行形の話よ』
話によると、乱入者による影胤ペアの撃破に戸惑いながらも、会議室が沸き返るのとほぼ同時に、ステージⅤ出現の報が知らされ、全員が顔色をなくした。
東京湾に侵入した規格外サイズのガストレアの頭が見えた瞬間、ミサイルや毒ガス弾等が発射されたが全て無意味。頼みのバラニウム徹甲弾はガストレアの装殻が硬すぎて弾かれたそうだ。
「全部、お終いなのか? もう、東京エリアは助からねぇのかよ?」
蓮太郎はぎゅっと目をつぶり、祈るようにして木更の答えを待った。
やがて彼女はいつも通り凜と声を張った。
『諦めるのは早いわ。たったいま私の考えた作戦が物理的に可能か聖天子様に聞いてみたら、聖天子様は「おそらく出来る」と仰ったわ』
「希望が残されてる……? ど、どうやるんだッ」
『君達の姿はこちらからも見えてるわ。答えは君から見て南東方向にある』
────天の梯子。
それが、東京エリア最後の希望だった。
『あなたたちが目標地点に一番近いわ。時間がないの、君がやるのよ、里見くん』
☆
蓮太郎と木更が重要な話をしている一方で、真守達は……カオス継続中だった。
「そういえば、礼を言っていなかったな鎧の人! 蓮太郎を助けてくれてありがとうなのだ!」
「──ッ! あぁ……いいんだ。それよりも延珠ちゃん、オレは……」
「む? お主、どこかで会ったか? お主の様な者は一度会ったら忘れぬと思うのだが……」
「グハァッ!?」
「わぁ!? なぜ突然倒れるのだ!? 怪我か!? 傷を見せてみよ!」
「いや……傷は無い」
「嘘を吐くでない! いいから脱げ! いや、もういい妾が脱がす! えぇい抵抗するな──わ、妾の力でも脱がせられぬだと……!?」
延珠に話し掛けられ、『やっと謝ることが出来る!』という歓喜と緊張、そして『許してもらえなかったらどうしよう』という不安で口ごもっていたら、そもそも存在そのものを忘れられているという事実を叩き付けられた────と真守は思っているらしい。
どうやら、自分の身体的特徴が性別以外別物になっていることを忘れているようだ。
「コホン。お二人共、里見さんが電話中なのでもう少しお静かに」
そして騒がしい二人に夏世が割って入ることで、ようやく混沌が終わる。
「む、それもそうだな……
あ、お主のことはちゃんと覚えておるぞ? お主にも礼を言っていなかったな。感謝するのだ。
……しかしお主、よく一人であの大群を倒したな……」
「いいえ、一人ではありませんよ。この方──神崎真守さんが協力してくれました。この名前に聞き覚えはありませんか?」
「うむ、確かにその名は知っている。妾の友達と同じ名前だからな……真守からしたら、もう妾は友達ではないのだろうが……」
延珠が悲しそうな表情をすると、逆に夏世は優しく笑った。
「いいえ、そんなことはないみたいですよ? ほら神崎さん聞きましたよね? 蹲ってないで、ちゃっちゃと謝って仲直りしたらどうです? そのために態々こんな危険地帯に来たんでしょう?」
「…………解ってるよ……
──延珠ちゃん!」
「ひゃい!?」
突然の大声に驚く延珠の前で、真守は膝を畳んで両手をつき、頭を地面に擦り付けた。
「約束を破ったこと、本当にごめん。守るって言ったのに、オレは君が一番助けを求めてた時に、君を見捨てた。それでどれだけ君が傷付くか考えず、保身に走ったんだ……最低なことをしたって解ってる。それでもこの通りだ。許してほしい」
見知らぬ男が突然土下座をしたことで、延珠は慌てて止めようとしたが──言葉の内容を理解すると目を見開き、問うた。
その問いに、真守は頭を下げたまま答える。
「え……? 待て、お主──真守か?」
「……うん。この姿のことは色々あって……気付いたらこうなってた」
「…………頭を上げてくれぬか?」
その言葉にようやく真守が頭を上げると──延珠はその頭に強烈なチョップをお見舞いした。
「この愚か者ーー!!」
「アベシッ!?」
「──ッ! ──ッッ!? 硬っ! どうなっておるのだその頭!」
「え!? あぁっごめん!」
「謝る必要などない! それよりもお主、こんな危険地帯に来おって! よくも妾の想いを無駄にしてくれたな!! 妾がなぜ戦っているのか教えてやろうか!」
「え?」
「人類を救うためだ! 当然その中にはお主達も含まれておる! 一度拒絶されたからとて、妾が学校の皆を嫌いになる道理など無い!!」
──真守には、その時延珠が見せた笑顔が……太陽よりも輝いて見えたと言う。
彼は知らないことだが、延珠は学校を去った日にモデルスパイダーのガストレアと戦闘、撃破した後こう言ったのだ────
『どうだ……? 妾は戦っただろう……? 学校の皆……守ったぞ……?』
その時の彼女は、泣いていた。
理解していたからだ。どんなに彼等へ奉仕したところで、彼等は二度と藍原延珠を受け入れないと。
────だから知らない。藍原延珠にとって、神崎真守という存在が取った行動が、どれ程の救いを与えたのかを────
「嫌う道理がない……? あれだけ酷い掌返しを喰らっておきながら、オレ達を恨んでないのか?」
「……恨む気持ちが無いと言えば嘘になる。それでも妾は、一度仲良くなった者達を嫌いたくない。だから、妾が恨むのはお主達ではなく『呪われた子供たち』を差別する世の仕組みだ」
────ただ、息を飲んだ。
真守にはその答えが、同じ10歳の子供が出したものとは思えなかったのだ。
(……オレだったら、許せねぇよ……憎まずには、いられねぇ……!
……これが人類を救うために戦い続ける女の子と、10年間ぬくぬくと平穏を貪っていたオレの差か────)
「────やっぱ凄いや。延珠ちゃんは」
「ふふん。もっと褒めて良いぞ?」
そうして目的を果たした二人は笑い合った。
真守は友人を取り戻した。延珠は影胤ペアを撃破した。後は蓮太郎の電話が終わるのを待ち、家に帰ってハッピーエンド──となる筈だった。しかし電話を終えた彼の眼は『まだ戦いは終わってない』と言っていた。
それを見て、延珠も気を引き締める。
「……まだ、終わっていないのだな?」
「あぁ。延珠、天の梯子へ向かうぞ。ステージⅤが現れた」
「──ッ! 止められなかったのだな……」
「ステージⅤ? ガストレアのステージはⅣで終わりなんじゃ……」
「世界を滅ぼした11体のガストレア、その総称だ。奴等の最大の特徴は、
「それは……バラニウムが通用しないガストレアってことですか?」
「全く効かないワケではない。再生阻害は通用する。ステージⅤといえど、討伐記録はあるんだ。だから今回は、俺がアレを使ってステージⅤを倒す」
「解った。なら妾は蓮太郎をあそこまで運べば良いのだな?」
「あぁ」
「オレに何か、出来ることは……」
「アンタは夏世と一緒に此処で待っていてくれ」
「あぁ。ステージⅤは蓮太郎と妾がなんとかする! 真守は何も心配せず、此処で妾達の帰りを待っているが良い!」
「……ごめん。オレは結局、肝心な時に君を守れない……」
「そのようなこと、気にするでない。どうしても気になるなら、そうだな……
そう言い残し、延珠は蓮太郎を背負って走った。
「
────そして彼等は、『東京エリアの英雄』になった────