「論外ですね。本名も明かせない人の情報に価値なんてありませんよ」
──賢い子だ。
人間とは愚かな生き物だ。自分にとって都合の良い情報だけを盲信する、与えられた情報を鵜呑みにする。それがいけないことだと理解していてもやってしまう者は大勢いる。
子供は特にその傾向が強い。純粋なんて言えば聞こえは良いが、それは単に他人を疑い自分で考える技能が足りていないだけの話だ。
──だがこの子は違った。
天涯孤独の身となったばかりで一番寂しい時期の筈なのに。
目の前で逝ったワケでもないから家族が死んだ実感も湧かない筈なのに。
これ等の予想が掠りもしていないということはないだろう。本当は考えることを放棄して、与えられた
だが────
「それは心外だなぁ。君はネットで、自分と同じ疑問を持った人の問答を覗いたことはあるかい? 彼等は皆偽名匿名だ。ならばネットの情報には全て価値が無いのかな?」
「う、それは……でも、絶対その理屈はおかしいと思います」
────やはり、屁理屈には弱いか。
「ハハハッ、いや~ごめんごめん。そうだよ? 君は何も間違ってない。からかっただけさ」
「…………じゃあ本名を教えてください」
「それはダメ。君がボクの本名を知ることは、お互いに不利益しか生まないからね。
『グークル』が通称だって教えたのは、ボクなりに最低限の誠意を示すためなんだ。理解してほしい」
超高位の民警ペアは世界の軍事バランスを左右する。だから国は彼等の情報を隠す。例えば──生死状態。
存在そのものが敵対勢力への圧力となる彼等は、死んだとしても情報が開示されないのだ。
だから自分が、
せっかくお国が
それに、12位と繋がりがあると知られたら、この子にとっても都合の悪いことになるだろう。だからボクは〝12位〟ではなくただの『情報屋』で良い。
「…………分かりました。それで、あなたと兄はどういう関係なんですか?」
「店主と常連客ってとこかな? 最後に会ったのは8日前に情報を売った時だね。今日はその時のお釣りを渡しに来たのさ。君のお兄ちゃんは『持っていても意味が無い』と言って、頑なに受け取ろうとしなかったからね」
「そうですか……じゃあそれは私が退院したら渡しておきます」
「渡せるのかい?」
「え? ……あ、私いま、兄さんが何処にいるのか知らない……」
「勾田大学病院の室戸研究室だよ。必要であろうことは全てこの紙に書いてあるから、何かあったら見ると良い」
「はぇ? あ、ありがとうございます……」
「それと、悪いけど気が変わった。お釣りはいつか自分で渡すことにするよ。迷惑料はその紙にある情報ってことで。いつかまた会おう!」
「は、はいっ!?」
目的は果たした。長居は無用────
── ありがとうございました! いつかまた!
「律儀な子だな。礼なんていらないのに……」
────もう少し残って、サービスしてあげても良かったかな?
次会う時が楽しみと思える程度には気に入った。
兄妹揃ってボク好みの良い子だったし。この二人のためなら──少しくらい、また戦場に出ても良いかもしれない。
☆
あれから4日経って退院した私は、グークルさんに渡されたメモに従い大学病院を訪れた。
受付を済ませ北側に向かって進むと急に人が減り、突き当たりに落とし穴──の様な階段が現れる。メモが無ければ気付けなかっただろう。
──階段を降りている時に感じた、なんだか気温とは別種の寒気については……気のせいだと信じたい。
「ここ……病院だよね?」
──場所を間違えたかもしれない。
一瞬本気でそう思わされてしまう程度には異様な扉だった。仰々しい悪魔のバストアップが刻まれている。
だが場所は自分で何度も確認したし、受付の人も合っていると言っていた。間違いは無いだろう。
そして深呼吸をし、扉を開ける決心が付いたところで──背後から何かが落ちる音が聞こえた。
驚いて振り返ると、知らない──だがどこか見覚えがある男性が、買い物袋を落とした音だと分かった。
「えっと、室戸研究室の方……ですよね? お聞きたいことがあるんですが……お時間、よろしいでしょうか?」
「…………」
────反応がない。この距離で聞こえない筈がないと思うのだが……
「あの……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ悪いな
────同じだ。
声は全く違うけれど、その中にある私への思いやりに、同質のものを感じる。
まさか────
☆
────やらかしたぁぁあ!!
聖天子様にも室戸先生にも『君の存在、能力は
どうしよう、どうやってごまかせば────
「妹さんがいるんですか? 私くらいの」
「え? お、おう。よく分かったな……」
────セーフ! セーフだ!!
あ、でも今のオレって見た目20歳くらいだから分かる筈がないのか。焦って損したぜ。
「そうですか……実は私にも兄がいるんです。あなたくらいの」
「…………そうか」
────いやいや嘘吐くなよ! 家出する前のオレ、こんなデカくねぇから!
正体をバラしてそう叫んでやりたい気分だが、今のオレは赤の他人。そんなことを知っている訳がないので、我慢して相槌を打つ。
「それで……突然こんなこと言われても困ると思うんですけど、私、兄に謝らなきゃいけないことがあるんです。でも謝る勇気が無くて……だからその……練習させてくれませんか?」
「別に良いけど……此処でするのか?」
というかそもそも、妹に謝られるようなことをされた覚えがないのだが。
「はい。兄はこの研究室の中にいるので」
────あれ? オレが生きてることバレてね?
「……この研究室にいるのは、オレと室戸先生以外だと死体だけだぜ?」
「ごめん、兄さんが冷蔵庫に入れてたプリン、今日食べちゃった」
いや人の話聞けや! 遠回しに『アナタの兄は此処にはいません』って言ってるのに、なんで練習開始するのか解ら──待て、オレのプリン?
「おいバカあれ賞味期限ほぼ一ヶ月前だぞ!? 絶対腹壊しただろ大丈夫か!?」
「前から思ってたんだけど、兄さんって勉強出来るくせにバカだよね。こんな単純な手に引っ掛かるなんて……冗談に決まってるじゃん」
「え? …………あ」
────やらかしたぁぁぁああ!!!
もうごまかしようがない……か。
ならもう隠す必要もない。
「バカで悪かったな……それと、独りにしてごめんな? 舞」
「ううん、謝らないで。『一人にして』って言ったの私だもん……でも悪いと思うなら、もう勝手にいなくならないでね? 真守」
「あぁ約束する。今度こそ絶対『守る』」
──肉体だけでなく、心まで守り切って初めて、真の意味での〝守護者〟なのだから。
その後室戸研究室にて
「これからお世話になります」
「まぁ別に構わないし、霊安室を勝手に増設した私が言えた義理じゃないとは思うが......ここは児童養護施設じゃないぞ?」
これにて間章『元勾田小学校の児童たち』終了です
実は舞ちゃん『決闘』のときに見学してます(全くしゃべってないのでセリフ見ても分かりませんが)