ルシフェル側区画秘密格納庫
戦略自衛隊のN2兵器使用に驚愕を覚えたのは、何もミサト達ネルフだけでは無かった。
この格納庫で“ある機体”の出撃準備を行っていたユウキもその報告を受けた時、愕然とした。
(くそっ!!戦自の連中め!!余計な事をしやがって!!!)
使徒は攻撃を受ける事で学習し、その機能を高める。
原作知識からその事をよく知っていたユウキは余計な事をして第3使徒を強化している戦略自衛隊を内心で罵りつつ、対処策を考えた。
(確か原作では国連軍のミサイル攻撃でパイルバンカーを、この攻撃でビーム攻撃を覚えたんだったな・・・・・・となると、この作戦に“あれ”を投入する数を増やす必要が有るな)
ユウキはそう考え、同時に馬鹿な事をしてくれた戦自に内心で舌打ちをしつつ、思わず溜め息を着いた。
そんなユウキの様子を見た作業服を着た1人の眼鏡の少年がユウキに声を掛ける。
「ユウキさん、どうかしましたか?」
「・・・いや、何でも無いさ。それより、この機体の整備は終わったか?」
「あ、はい。何時でも出撃出来ます」
「分かった。ありがとう」
眼鏡の少年──のび太に礼を言いつつ、ユウキは機体を見上げた。
それは1954年に突如として東京を襲い、芹沢博士のオキシジェン・デストロイヤーによって葬られた怪獣の容姿にそっくりであった。
唯一、違う所と言えば、当時の怪獣が生物的なものであったのに対して、この機体は機械的なものである事だろうか。
「・・・・・・・・・・・・『機龍』」
ユウキはその機体の名前をぼそりと口にした。
◇同日 ネルフ本部 第2発令所
ネルフ本部には2つの発令所が存在している。
普段、ネルフが使用している第1発令所。
・・・・・・そして、予備として造られたのをそのままルシフェルが司令部とした第2発令所である。
そこでは戦略自衛隊の高官達が対使徒戦の戦闘を指揮していた。
・・・ちなみに第2発令所で指揮している理由は、戦自が敗れた際に、すぐに特務期間ルシフェルに指揮権を委託する為である。
「やったぞ!!」
「どうだ!これが我々の切り札だ!!」
戦自の高官の1人が自慢気にそう言った。
先程まではなかなか効果が出ないミサイルや砲爆撃の攻撃に苛立っていたが、N2地雷が爆発すると歓喜の声を上げた。
確かに単純な破壊力ならば、N2地雷の威力には目を見張るものがある。
「・・・・・・」
だが、特務機関ルシフェル司令である神谷洋一は厳しい表情でモニターを見たままであった。
「映像、回復します!」
そこに映っていたのは、多少のダメージを負ってはいたが、どう見ても無事に見える使徒の姿だった。
そして、次の瞬間、使徒を撮影していた無人偵察機は使徒が新たに覚えた荷粒子砲によって撃墜された。
「馬鹿な・・・」
「我々の切り札が・・・」
「化け物め!!」
1人の将官が机を叩くのとほぼ同時に、デスクの上に置かれた電話が鳴った。
将官の1人がそれを取る。
「・・・はい。・・・・・・・はい、分かりました」
暫く言葉を交わした後、神谷に向き直る。
「神谷君、本作戦の指揮権は君に移管された」
「了解致しました」
神谷は軍人としてきちんと敬礼して返答した。
彼は自衛隊時代からの叩き上げの軍人であった為、何処ぞの特務機関の司令とは違い、傲岸不遜に構えるような真似はしなかった。
そんな神谷に別の将官が尋ねた。
「神谷君、我々の所有する兵器では“アレ”に対抗出来ないという事は認めよう。だが、君、いや、君達なら出来るのかね?」
その将官の質問に対して、神谷はこう答えた。
「お任せください。その為に我々は存在するのです」
その言葉はユウキがこの場に居たら、内心で笑い転げていただろう程、素晴らしいものだった。
それほどまでに神谷の言葉は信憑性があるものであり、某特務機関の司令とは大違いだったのだから。
故に、それを聞いた将官達は思わず敬礼を行い、去っていった。
そして、それを見届けると神谷がルシフェル職員に指示を出す。
「総員第1種戦闘配備!!直ちに先の戦闘の解析を始めろ!戦自の努力を無駄にするな!!」
「「「「「はい!!」」」」」
神谷の活を入れる宣言の前に、職員達は士気を上げ、各々の仕事を進めていく。
「ルリ君、例の機体は?」
神谷は一通りの指示を出すと、後ろに居る特務機関ルシフェルの副司令、碇ルリに向かって尋ねる。
「先程、連絡があり、何時でも発進可能だと言っておりました。それと、“保険”の方も」
「分かった。では、準備出来次第、私の指示で何時でも発進出来るようにしておいてくれ。“保険”の方は君達に全て任せる」
「はっ、承知しました」
ルリは見事な敬礼を行い、行動に移していった。
◇同日 ネルフ格納庫
少年は再びこの場所に立っていた。
エヴァンゲリオン初号機。
紫と緑の色が混じった一本角の鬼のような形をした人造兵器。
そして、“かつては”人類の決戦兵器とされ、人類最後の希望とされた兵器。
「エヴァンゲリオン初号機、人類の決戦兵器よ」
金髪の女性──赤木リツコの説明があったが、少年は殆ど聞いていなかった。
別の事に気が向いていたからだ。
(母さん)
この機体に取り込まれた少年の母の名前。
そして、少年の父親である碇ゲンドウが悪魔に魂を売った切っ掛けになった女性の名前。
それらの事実が少年の頭の中でぐるぐると回る。
だが、既に悲しみの感情は持っていなかった。
否、持つ事は許されなかった。
かつての親友を事実上殺し、“今”の友達、仲間、愛しい人の命を奪おうとする元凶になっているのだから。
そして、元凶の1人の声がゲージに響く。
「久しぶりだな
シンジ」
少年──碇シンジはゆっくりと上を見上げる。
そこには傲岸不遜に立っている大人が1人。
六分儀ゲンドウ。
シンジの血縁上の父親であり、かつては碇ゲンドウと呼ばれていたが、10年程前に碇の姓を剥奪された相手だった。
先程の言葉にも、かつての息子に対する敬意など籠っていなかった。
有るのは、ただその傲慢な態度のみ。
だが、シンジにはこう言っているようにも思えた。
『かかってこい』
と。
なので、その態度に敬意を表してシンジも言葉を返す。
「久し振りだね
六分儀ゲンドウ」
心なしか、ゲンドウの顔に少し変化が有ったように思えた。
それは“六分儀”という名前に対するものであったのか?
それとも、息子が自分の想定よりその精神が弱体化していない事に驚き、それによる自らの計画に対する失敗に対する恐怖か?
それは分からなかった。
「フッ、出撃」
「・・・何を言っているの?」
シンジが呆れたような反応を見せると、リツコが説明する。
「碇シンジ君、君がこれに乗るのよ」
「僕が、ですか?」
「そうよ」
それを聞いたシンジは再びゲンドウの方を向き、こう言った。
「なんで僕を呼んだの?」
「お前しか居ないからだ」
「つまり、僕しか乗れないと?」
「そうだ!」
ゲンドウのその返答にシンジは一瞬だけ沈黙して、すぐに返答する。
「・・・もう一度、聞きますよ。本当に僕しか居ないんだね?」
「そうだと言っている!!」
立て続けの質問に少し苛ついたのか、声を荒げるゲンドウ。
だが、シンジは一瞬だけ俯き、再びゲンドウの方に向くと、こう言った。
「分かった」
それを聞いたゲンドウは勝利を確信した。
そして、こう思った。
『所詮は子供だったか』
と。
そう思う事で、自分の精神を安定させた。
だが──
「お願いします」
シンジが懐に手を伸ばして“何か”を取りだし、そう呟くと、
ダッダッダッダ
ゲージの入り口から幾人もの兵隊が入ってきた。
「なんだ!お前達は!!」
見れば、ゲンドウが居た部屋にも兵隊が入り込んでゲンドウを拘束する姿が見えた。
そんなゲンドウにも構わず、ゲージの兵隊達は次々とリツコを含めたネルフ職員を拘束していった。
中には抵抗しようとする人間も居たが、あっという間に叩き伏せられる。
そして、一通り拘束すると、首元に一尉の階級章を着けた少年が入ってきた。
「特務機関ルシフェル警備部、第2部隊隊長の織斑です。特務機関ネルフ司令の六分儀ゲンドウ特務一将ですね?」
「貴様ら、こんな事をして、許されるとでも?」
ゲンドウは拘束されつつも、凄みを持って下に居る一夏を睨むが、一夏は意に返さなかった。
「只今の使徒迎撃指揮権は我々特務機関ルシフェルが有しています。よって、現在の特務権限は我々に有ります」
「・・・」
「今回は我々の人材を強制的に徴収しようとした件で防衛措置として、臨時に特務権限を発動させて頂きました」
「なんだと?」
この子供は今、何と言った?
ルシフェル側の人間?
いったい誰の事だ?
ゲンドウの頭の中ではそれらの考えが渦巻いていた。
それを見越したのか一夏はニヤリと笑うと、ある人物を紹介する。
「改めてご紹介しましょう。“昨日付け”で特務機関ルシフェルに配属される事になった碇シンジ特務三佐です」
「「!?」」
「あっ。それと、あなた方が国連に提出した碇三佐の強制徴兵要請書ですが、先程棄却されましたので、悪しからず」
ゲンドウとリツコは驚きながらシンジを見る。
だが、シンジの方はと言うと、不敵な笑みを浮かべつつ、内心で両者を侮蔑していた。
あんな計画を立てておきながら、この程度で驚くのか、と。
そして、一夏はそんな両者を見詰めながら、更に爆弾を投げ込んだ。
「そして、只今を持ってエヴァンゲリオン初号機は我々特務機関ルシフェルが徴収致します」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
二人──ゲンドウとリツコには一夏の言っている意味が分からなかった。
いや、分かってはいたが、脳がそれを理解するのを拒絶していた。
しかし、それでも現実とは容赦なく降り掛かる。
そして、我を取り戻した時、二人は同時にこう叫んだ。
「「な、なんだと(ですって)!?」」
認められる筈が無かった。
初号機は彼らの重要な計画のキーパーソンなのだから。
初号機を渡すくらいなら、世界中のネルフ支部に存在する全エヴァンゲリオンを迷わず引き渡すだろう。
二人、特にゲンドウはそれほどまでに初号機に執着していた。
故に、彼らは反発する。
「そんな!何の権限が有ってそんな事をするの!?」
リツコは何時もの冷静な仮面を崩して一夏に対してそう抗議した。
ゲンドウも己の出しうる殺気を全て込めて一夏を睨み付けた。
「?お二人が言ったんでしょう。初号機はシンジ様しか乗れない、と」
一夏は先程両者がシンジに対して言った言葉を持ち出す。
だが、一夏はゲンドウのそんな殺気に内心で少したじろいでいた。
それはそうだ。
幾ら修羅場を潜り抜けてこの場に立つ程の地位になったとしても、ゲンドウもこの地位に至るまでそれなりの修羅場は潜り抜けている。
そして、ユイが初号機に取り込まれて以来、ゲンドウの心に宿っている狂気も加えると、流石に一夏も怯んでしまう。
だが、それでも一夏はなんとか己を奮い立たせて冷静な対応を行った。
一夏も伊達に修羅場を潜っている訳では無かったのだ。
「現在、国連ではパイロットが居ない組織に高価なエヴァンゲリオンを預けるなどという贅沢は許されていません。それなら、エヴァンゲリオンを運用できるパイロットが居て、国連にきちんと認可されている組織が運用する。当然の理屈でしょう?」
「そ、それは・・・」
確かに理には叶っている。
だが、初号機はレイも乗れる。
それを考えれば、シンジしか乗れないという訳ではない。
そう考えて反論しようとしたが、一夏が先に釘を刺した。
「ああ、それと、初号機に乗れるもう1人のパイロットですが、彼女が大怪我をしているという事はこちらも掴んでいる為、彼女は少なくとも現段階ではパイロットとしてカウントされていませんので悪しからず」
「「───!?」」
先手は打たれた。
しかもネルフの1級機密足る綾波レイの存在と様子まで知っている。
それだけでも驚きだったが、問題はもう自分達のガードが全て無くなってしまったという事だ。
もはや、反論する術は無く、沈黙を選ぶしかゲンドウ達に道は無かった。
そして、それを見ていたシンジは内心で嘲笑していた。
(もっと、何かしてくるかと思ったけど・・・この程度か。こんなのに僕は利用されていたんだな)
シンジはつくづく前の自分の愚かさを嘆いていた。
前の自分にとって、ネルフとはある意味で戦う仲間であり、ある意味で恐怖の代名詞だった。
自分をサポートする一方で、14歳の子供に友達を殺すよう強要する1面など、ただでさえ気の弱い14歳の子供だったシンジには吐き気を催すような存在だった。
勿論、それが一方的に間違っているとは言えない。
実際、補完計画を発動するまでは、人類を守るという事に忠実した組織だった事は変えようの無い事実であったし、もしネルフが居なければ補完計画発動前に人類が滅んで、シンジが此所に居る事も無かったかもしれない。
だが、そういった事実は理解できても、感情面で納得できるかは話は別である。
加えて、第3使徒戦や第13使徒戦、第14使徒戦に自分達の補完計画の為の行動を起こしていた事もあった。
そういう意味では純粋な人類の為の行動とは言えなかった。
そういった訳で、ネルフとは色々な意味で前のシンジにとって畏怖の存在であった。
だが・・・それがどうだろう。
権力も何も無ければ子供の前に平伏すしかないゲンドウやリツコ、そして、ネルフ関係者達。
前の自分の見ていた世界はかなり狭かった。
シンジはそう認識せざるを得なかった。
その時、天井が僅かに揺れた。
「来たか・・・」
シンジは初号機にゆっくりと進んでいった。
「行くよ、初号機」
その時、心なしか、初号機の目がほんの少し光った気がしたが、その時は誰も気付かなかった。