人形と誰かの物語   作:らむだぜろ
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わたしを怒らせないで

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来、兵器である人形が人間に、況してや生身に敗北するなどまずあり得ない。

 基礎的な性能が段違いであるはずなのに。

 現実は、矛盾していた。

「はぁ……はぁ……ッ!」

 魔女は、圧倒的に劣勢に陥っていた。

 対して、老人は無傷どころか息の乱れも確認できない。

 余裕綽々。いいや、余裕以前の話。最早自然体。

 戦いとは言い難い、一方的な展開が続いていた。

「頑張るな嬢ちゃん。魔法一辺倒と思いきや、白兵戦の心得もあるか。……本当に惜しいねえ。ここまで才能があるのに、どうして腐っちまったんだが……」

 老人は構えを解かない。

 化け物め、と内心毒づく魔女。

 既に満身創痍。魔法使い打倒のエキスパートは伊達じゃない。

 魔女はもう、弱い出力でしか抵抗できない。

 大技はこの化け物には通用しない。

 隙があったら一撃貰う。普通の魔法使いなら現時点で死んでいた。

 戦いはじめて大体、10の分を刻んだか。何度も致命傷を受けそうになった。

 老人の基本は総合格闘技。蹴り、殴りは勿論寝技に関節技、何でもありだった。

 しかも人体破壊を優先する、殺さずになぶるような技ばかり使う。

 魔女は炎を産み出して投げつけるも、地面を強く踏みつけて衝撃を発生させて、魔女をよろめかせて外せたり。

 剣にして凪ぎ払うも屈んで回避、そのまま懐に飛び込み鳩尾に拳を叩き込まれ。

 炎の波で前方を飲み込もうとすると、跳躍して飛び越えて、蹴りを頭に受けた。

 壁を作って防御をすれば、豪快にもその壁ごとパンチをぶちこみ貫通させて殴られた。

 逃げに走れば足払いから転ばされて、腹に踵落としを受け。

 挙げ句にはそのまま寝技に敢行。肩を脱臼させられた。

(魔力が……痛みで練れない)

 右肩が死んでいる。利き腕を潰されて、残る左腕も折れたようだ。

 内蔵も蓄積した痛みで重い。

 手加減されているのは分かっていた。

 その気になれば、一発で首をへし折り殺しているだろう。

 だが、彼は殺さない。言い聞かせるように、必要以上に痛みつける。

 魔女もある程度は白兵戦の心得もあった。魔法ありきの複合だったが。

 然し、地力が違いすぎる。炎の壁を貫通しておきながら、老人は火傷一つ負ってない。

 脳天に受けたせいか、猛烈な目眩と吐き気。視界が揺らぐ。

「……不思議か。俺の腕が焼けてねえことが」

 警戒しながら、よろよろとお家の方に逃げる魔女を歩いて追う老人は言う。

 やっていた事を後悔させるかのように、彼はこうして魔女を精神的にも追い詰める。

「嬢ちゃんも魔法使いの端くれなら知ってるな。魔法ってのは魔力があっての話だ。となれば、魔力を短時間で練るには、集中力が求められる。なら、ここで問題だ。……魔法使いが杜撰に練った魔力で魔法を使うと、どうなると思う?」

 ……言いたいことは理解できた。

 先程から痛みで集中力が途切れているのがその証拠。

 答えは、こうだ。

「……練りきれなかった魔力は魔法に至る前に分散して逃げる。魔法使いにとって、魔力と集中力は命。集中力を邪魔すれば、魔法自体の性能が落ちて……」

「お見事だ。本来の威力を発揮できなくなる。これを知らない魔法使いは意外と多くてな。普通に使えば普通にできると思ってやがる。魔力さえあればいつも通りの結果が出るとな勘違いしてる奴も結構いるのさ」

 魔女の返答に皮肉を込めて褒める老人。

 要するに、集中できない状態の魔法は本来の威力を維持できずに劣化する。

 邪念が入ったり、痛みで集中出来なかったり、焦って事を急いだり。

 そう言うときに限って、魔法は失敗する。魔法使いは魔力さえあれば良いのではない。

 同時に何事にも動じない精神力と、集中力を求められる。

「で、正確な回答だが……嬢ちゃんには二つの枷がある。痛み、そして焦りだ。その物理的と精神的なものが嬢ちゃん自身の魔法に作用して、精密さに欠けてる。慣れている人間を焼くほどの威力が弱体化した魔法になかった。そんだけの事だ。魔法使いに有効な戦法は、精神的な事も入る。覚えておいて損はないぞ? ま、これで死ぬ嬢ちゃんには関係ないがな」

 魔法の劣化による、ダメージの軽減。後は老人自身の経験もありき。

 全く、嫌になる。言動から察するに、老人は魔女を魔法の国の若者と勘違いしていた。

 しかも、境界線を越えて遊び感覚でスラムの住人を殺していると。

 確かにそういう輩はいる。

 選民主義により、自分達は選ばれし者だから、己よりも下の人間には横暴も許されると言う考えが。

 遊びでスラムの住人を追い回す狩りのような事もしている阿呆も魔女は見たことがある。

 無論、そいつらは火葬してあの世送りにした。

 そんなのと同類と思われても、嫌だったが……実際間が悪いのか殺しているのを見られている。

 今さら、命乞いしても無駄だろう。

 これ以上抵抗しても、お家まではまだ離れすぎている。

 ……逃げ切れない。魔女は、大木に寄りかかって倒れた。

 服が更にボロボロになってしまった。折角ムメイに直して貰ったのに。

 もう、諦めよう。この化け物には足掻いても勝てやしない。

 下手に戦えば苦痛の上乗せをされるだけと理解した。

 誤解と言って今頃何になる。というか、最初から無駄と思う。

「……悔いたか。自分のやっていた事を」

 眼前に立つ老人は腕を組んで見下ろしていた。

 ぐったりする魔女は顔だけで見上げる。

「お前さんは利口そうに見えるんだがな……。何でこんなことをしたのかを聞く気はねえ。だが、生憎俺は引退したとはいえ、この国の軍人だ。自国の住人が殺されているのを、黙ってみているつもりなぞないんでな。軍人としての矜持がある。……反省しているようだし、これ以上はもう苦しませる必要もねえな。安心しろ。最期は一発で眠らせてやるよ」

 拳を振り上げた。ああ、終わった。魔女は思う。

 このクソのような人生において、最後は面白い人形と出会えた楽しいと思える時間があって良かった。

(……お仕舞い、ね……。ごめんなさい、ムメイ。もう、二度と会えないけど……元気でね)

 目を閉じた。あの変な人形のことを思い出して、魔女は生きることを諦めて、死ぬことを受け入れた。

 覚悟が完了したと老人は思ったのだろう。

 一言、告げた。

「安らかに眠れ、聡明な魔法使い。来世はこんなことをしないよう、優しい世界で生きるといい」

 降り下ろされる一撃。頭蓋を壊して、それでお仕舞い。

 魔女の人生は、痩せた森の栄養になる…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハズだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してるの」

 

 不意に。

 

 何の気配もなく。

 

 背後から、幼い少女の声がした。

 

「!!」

 

 老人は重ねてきた経験上、危険と判断して裏拳で迎撃した。

 何も悟れずこの近距離まで迫られている異常性にすぐに気がついて、全力で撃ち込む。

 それを。

「……」

 少女は。

 片手で。

 止めた。

 鍛えに鍛えた拳は、巨大な岩をも砕き、人間の骨すら粉砕する威力を持つ。

 子供が受け止めるほど柔ではないし、弱くもない。

 だが、真後ろに立っていた子供は、あろうことかその剛の一撃を防いだのだ。

 老人は振り向いて蹴りを放つ。

 地面を穿ち穴を開ける槍に似た速度と威力を子供は簡単に見切り、爪先を掴んだ。

「止めて。わたし、戦いに来たんじゃない」

 足を掴んでそういうと、片手でそのまま老人を背後に放り投げた。

 凄まじいパワーだった。抵抗できずに放る老人。

 空中で体勢を建て直し、距離を離して構え直す。

 敵意は薄い。にも関わらず、魔法使いとは思えない反応速度とハイパワー。

 強化魔法を使っていてもここまでは早々出るまい。見たことのない相手がいた。

 それに。老人は気がかりがあった。

(なんだ、あの子供。殴った感触が微妙に違う……? 妙だな。人間離れしたあの動きといい、魔力を感じねえ事といい。何者だあの嬢ちゃん……)

 警戒する老人を無視して、ぐったりとしている魔女に歩みよった。

「ん……ムメイ? どうして……ここに……?」

「生きてるね、魔女。少し騒がしいから、助けに来たよ。大丈夫。すぐに治すから、待ってて」

 魔女はまだ生きていた。

 ざっと調べる。臓器がいくつか破損。複雑骨折。脱臼、裂傷に打撲。大ケガだ。

 一気に治療してしまおうと軽く手を握る。接続完了。ナノマシン送信。

 あの魔法使いの増援。治癒しようとするのを、阻止するべく老人が詰め寄ろうとする。

 

 途端。

 

「わたしを怒らせないで」

 

 子供は初めて、敵意を出した。

 そして老人の長年の直感と経験、本能が警告した。

 近寄ってはいけない、と。

 ここに来て老人は己が踏ん張って後退を堪えている事に気づいた。

 無意識に、足を下げようとしていたのに老人は大層驚いた。

 これはつまり、敵の威圧感に気圧されている証拠。

 冷や汗をかいて、鳥肌を感じている時点で言い訳のしようがない。

 老人は、ようやく分かった。己の身体が意識よりも先に判断した理由が。

「参ったな、一瞬で空気が変わっていやがったか……」

 そう。子供の周囲の空気が変わっていた。

 寸前のところで、死線をくぐった直感が足止めした。

 でなければ、もう死んでいる。

 比喩ではない。実際、本当に空気が変化していたのだ。

 子供は感心したように言った。

「へえ、気付くんだ。普通なら見えないんだけど。わたしの周りに、見えない罠があることって」

「ギリギリだったがな……。危ねえ危ねえ。危うく解かされて消えちまうところだったぜ……」

 本当に瀬戸際だった。

 一歩でも前に出れば、そのまま虚空に蝕まれて融解する寸前だったのだ。 

 彼女の周りに浮遊している、見えない小さな悪魔たちに。

 老人は分かった。

 あの子供は、人形だ。兵器として製造された一級品。

 話は試作段階で聞いて知っていた。

 人形の技術に革新をもたらす新発明だと。

「嬢ちゃんは人形か。……しかも、それは風の噂で聞いたナノマシンって奴だな。驚いた、もう実用化されたのか」

「正解。おじいさんは誰? 魔女になんでこんなことしてるの?」

 人形と名乗る彼女は、老人に振り返らずに聞く。

 老人も手早く答えた。

「なに、俺は放浪している単なる根無し草のロートルの軍人上がりさ。そこの魔法使いがスラムの住人を殺したんで、始末しようと思って戦っていた。一応元々軍人なもんでな。見過ごす訳にもいかん」

「ふぅん……」

 彼女はスムーズに治療していく。

 忽ち回復する魔法使い。魔法顔負けの速度に老人は感心した。

「やはり魔法じゃねえな。そっちの嬢ちゃんは魔法使いだったが……ん、待て。本当に魔法使いだったか?」

 老人は、子供が治癒しているのを見て魔法ではないと判断した。

 理由は殴ったときの違和感。

 人間を数えきれないほど殴ってきているから、手が覚えている感触。

 然し、受け止めたあの感触は人間のモノではない。

 と、思い出す。あの魔法使いも、殴ったときの感触が微妙に人間とは異なっていた。

 確かに魔法は使う。でも、魔法一辺倒魔法使いとは違って白兵戦もこなした。

 そして妙に打たれ強かった。と言うことは、見たことのない相手だったが憶測はついた。

「……そっちの嬢ちゃんも、人形か?」

 念のため聞くと、治療され復活した魔女が立ち上がって言った。

「ご明察。私は人形よ。名前はないわ。でも、『紅蓮の魔女』って呼ばれることは多いわね」

「ほぅ……」

 名を聞いたことはある。あの通り魔の魔法使いか。

 然し、そんな奴がなぜこんな場所で人を殺していた。

 噂によると、人形と魔法使いを始末するという話だったが。

「わたしも知りたい。何してるの?」

 救援にいた人形にも問われ、端的に魔女は理由を説明する。

 すると、老人は渋い顔で腕を組んだ。

「んだよ、アイツら単なるならず者か。そうならそうと言ってくれよ嬢ちゃん。俺だって無法者を守るために拳を振るうことはないぞ」

 早く言えばよかっただけ。

 魔女が何も言わずに迎撃したせいで、ややこしい事になった。

「ごめんなさい……」

「いや、俺も目付き悪いから、怒ってると言い出しにくいって若い頃から言われてたんだが……すまん、この通りだ」

 頭を下げて謝罪する老人。

 人形は治療を終えて、人形の手を掴んだまま繋いでいる。

「ねえ、もういいかな。魔女に酷いことしたくせに」

「面目ない……。ああ、待ってくれ。このままじゃ筋が通らん。俺に詫びをさせるチャンスをくれ! 頼む!」

 だが、どうやら老人は気がすまないようだった。

 何か、自分に出来る誠意の形をしたいと申し出てきたのだ。

 結構だとムメイが言うが、頑固な老人は引き下がらない。

 やがて、魔女が良いことを思い付いた。

「……ムメイ。この人、お家に住んで貰いましょ」

「え、何で?」

 ムメイは驚いた顔で魔女に問う。

 老人も意外そうに魔女を見る。魔女は言った。

「今回みたいなことはわりとよくあるでしょ。やっぱり、女だけの生活は危険が伴うわ。幸い、この人は根無し草……住んでいる場所がない、でいいのよね?」

 老人に問うと、首肯。今はスラムの一画で生活してるらしい。

「だったら、お家に来てちょうだい。戦ってみて分かったわ。軍人だもの、人格的にも信用は出来ると思う。何かあればムメイが殺せばいいし、そっちの心配もおじいさんだから多分大丈夫。……大丈夫?」

「バカか。俺はロリコンじゃねえよ。そんなんが軍人出来るかい」

 憤慨する老人。人形は少し悩むが、男手がいるのは確かにいい。

 渋々、魔女に賛同した。

「じゃあ、魔女を守って。酷いことしたお詫びは、魔女の護衛して。それで流す」

「おう。了解したわ。なんか突然お邪魔しちまって悪いな、嬢ちゃんたち。俺みてえな爺でも役立ってみせるわ」

 ため息をついて、新しい住人と護衛の兼用で仕方なく、家主の人形は受け入れた。

 因みに老人はイバと名乗った。元は軍の教官をしていたらしい。

 だから戦闘中にあんな問答をしていたのか。癖らしい。

「おう、誤解も解けたところで……嬢ちゃん。どうだ、少し白兵戦のイロハ、学んでみる気はあるか?」

 イバは魔女に白兵戦の勉強を教えたいと言ってきた。

 帰り道、荷物を取りに行ったイバを迎えてお家に向かう道中の出来事。

 魔女は軍仕込みの技術に興味がない訳でもない。

 いわく、素質があるとイバを言うが……。

「嬢ちゃんのスタイルは結構面白え。俺もまだまだだな。若いもんに教えられる事がある」

 というか、魔女と一戦交えて興味が出てきたとか。

「こう見えて、サバイバル知識とかも自慢じゃねえが一頻り持ち合わせてるぜ。なに、そっちの嬢ちゃんにゃ負けるが、バカにならんぜ、経験ってのは」

「それはあると思うけど……わたしとも一戦、やる?」

「年寄りにトドメ差すつもりかい、嬢ちゃんよぉ。ナノマシンは流石に管轄してねえ」

「何事も経験、だよ。ちょっと殴りあいするだけでいいから」

「手加減してくれよ手……。ってか、怒ってるのか?」

「完璧に怒ってるね。血祭りにあげないだけ甘くしてるから」

 一度スラムに取りに行ったイバを迎えて、お家に向かう道中の出来事。

 新しい住人となった彼は、お家の小さな部屋をイバの部屋にした。

 こうしてお家にまた一人住人が増えるのだった。

 因みにイバは人形とも軽く戦って、身体にナノマシンを注入された結果、今まで悩みだった肩凝りがとれて更にパワーアップしたのだった……。









次回予告。

新しい住人として、軍人が同居人となった。

共に生活する彼らに、更なる騒ぎが舞い込んだ。

今度の原因は……人形だった。

現れるは個性の強烈なストーカー。

人形を運命の人と言う彼女は一体……?

次回、人形と誰かの物語

貴女は運命の人なの!!






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