Fate/Asteroid belt   作:アグナ

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やりたい放題!


外典の聖杯戦争Ⅳ

 これは誰もが知る当たり前の話であるが、社会と正義は仲が悪い。

 

 社会とは群衆、社会とは混沌である。当然そこでは陰と陽、光と闇、正義と悪の二つが均衡する形で存在し、清濁併せ呑む群衆の一個を人は社会と呼ぶ。

 

 ゆえに社会において当たり前の正義を求めることは愚行だ。善性だけで構成された世界など狂っている。混沌こそが社会の在り方ゆえにそれがどちらか両極端に傾くことなどありえないし、あってはならない。

 

 だからこそ此処に『システム』があるのだ。世界の均衡、人類の在り方、混沌が混沌であるための制御装置。悪に寄らば悪を抹消し、善に寄れば正義を堕す。人は人であるために混沌を壊す全てを壊す。

 

 ―――これこそ矛盾。世界の在り方。破滅も完成も許容しない人類と言う混沌の在り方。数多の魔術師は怨嗟の声を、救罪を求めた求道者は絶望を、そして悪を背負うものは感覚で感じ取る。遍く世界に偏在する人類が人類を守るための矛盾装置。

 

 人これを―――『抑止力(アラヤ)』と呼ぶ。

 

 

《ある魔術師のメモ》

 

 

 

 

『素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。手向ける色は”赤”/”黒”』

 

 ―――奇しくもその儀式は同日の同じ時間、同じ瞬間に行なわれた。『聖杯大戦』が主役と呼べる超常の存在……英霊(サーヴァント)。その召喚は”赤”と”黒”問わず、図らずしも同刻に―――先に召喚されているものらを除き―――開始した。

 

『降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国へ至る三叉路は循環せよ』

 

 そこはユグドミレニアが本拠地ミレニア城砦。マスターとして一族の命運を背負いし魔術師が在った。

 

 

 セイバー枠・マスター、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。

 

 アーチャー枠・マスター、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア

 

 ライダー枠・マスター、セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア

 

 バーサーカー枠・マスター、沙上霧絵。

 

 

 緊張の貌で、しかし高揚と興奮を隠さず、己の身体を犯す魔力の猛りに歓喜しながら詠唱する。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する』

 

 そこは墓地。死霊魔術師(ネクロマンサー)・獅子劫界離は己が最高の波長、最高の相性を誇る地で魔術師にとっては一世一代という大儀式に踏み込んでいた。

 

『―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのならば応えよ』

 

 そこはホテル。呪われし血筋、大怨霊より血を分けた相馬の子が最後の賭けに挑む。その姿を無感で見守る二体の護法―――何処かで、誰かがカカと嘲笑う声がした。

 

『―――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者』

 

 そこは教会。紅き神父の福音の下、紅き殺し屋が祈りを捧げる。正義は此処に、今聖杯戦争中最凶の陣営は謀略の女帝と恐ろしき劇作家に見守られながら静かに動き出す。

 

『―――されど汝はその眼を混沌に曇らせ、侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者』

 

 付け加えるは狂乱の詠唱。バーサーカーに対象を絞る追加詠唱が沙上霧絵によって行なわれる―――その様に、姉のバックアップとしてこの場に居合わせるカウレスが何とも言えない表情を浮かべ、目を細める。

 

『―――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!』

 

 かくして魔力が満ち、奇跡が降りる。最高級にして最強の神秘を掴む感触を魔術師たちは味わっていた。―――見よ、頭を下げ、忠誠を誓う美しく恐ろしい存在を。

 

 彼らこそ、人類の最強の剣にして盾。

 武・勇・智という英雄の条件を満たせし領外の存在。

 超常の存在、即ちそれ、英霊と呼ぶ。

 

………

……………

…………………

 

 

「しかし随分と深い業を背負ったマスターに呼ばれたものだ。遊星の仔も大概であったがおんしもおんしで大変そうだ。同情してやろう」

 

「率直な感想どーも。ありがたくて涙が出て来る」

 

 フムフム、と肯きながら晃を観察する女。

 

 ―――首元には「頭」であることを周囲に喧伝する華美な首飾りをしている。知的な光を灯す蒼玉(サファイア)の瞳に東洋風の顔立ち。日に焼かれた肌は褐色であり、白い衣装によって健康的な肌が映える。何よりそんな美女然とした彼女を目立たせるのはその格好。豊満な肢体は殆どが隠すことなく晒され、胸元のチューブトップ風の衣装と下半身を最低限隠すパレオの如き頼りない布切れのみ。

 

「なんっつーか……男に優しくない格好だ」

 

「フム、貴女は魅力的ですという褒め言葉として受け取って置こう。若い男に褒められるとは……ふふっ、私もまだまだ捨てたものではないらしい」

 

「そうですか。で? 一応聞いておくとアンタが俺のサーヴァントで相違ないか? ライダー」

 

「いかにも。この身はサーヴァント・ライダーに相違ない、我が主よ。真名は……まあ、西洋の杯にて私を召喚したのだ、相当の酔狂者だろうから態々明かすまでもないか」

 

「応ともさ。アンタが実際に召喚されるかは割りと賭けだったが……ま、実在したようで何より何より」

 

 軽い口調とは裏腹にふぅーと息を吐く晃の頬には汗が流れていた。聖杯戦争の英霊召喚は確かに緊張する上、失敗できない儀式であるが、それとは別に晃にとって……というより相馬一族にとって降霊は鬼門なのだ。何故なら罷り間違えば先祖たる『 』に繋がりかねない。

 

「取り敢えずは俺の自己紹介だけ。俺は相馬晃だ。クソッタレな血脈に生まれた不幸で不運な魔術師さ。どうもアンタの目は特別らしいからある程度こっちの事情は察しているんだろうが、礼儀は礼儀だからな」

 

 晃は魔術師……陰陽師の類である。ゆえに人間の究極。精霊に等しい現象を前に『礼』を払う。それは古来より変わらぬ極島の魔術師にとっては当然とも言える行為であった。

 

 神、精霊、鬼、怨霊問わず、多くの災厄、多くの災害が多発する特異点が一つ極島において人より高位の存在は総じて奉り、崇め、利用するもの。その力の使い方を間違えないように極島の魔術師は『礼』を払い、自らに境界を引くのだ。

 

「うむ、その『礼』確かに受け取った。頭を上げよ、我が主。今の貴方は我がマスターである、その事実に是非は問わぬ」

 

「ありがたく―――と、挨拶はこの辺りで良いか。召喚して早々行動も移すのもアレだし、それに召喚で魔力も結構持ってかれたからな。ま、それ(・・)のせいで落ち着かない部屋だが、まずはゆるりと休もうぜ」

 

「了解した……しかし今世の宿場とはこんなにも豪勢なものなのか、流石に知識と実感では差が出る」

 

 晃の言葉に否を突きつけることも無く、”赤”のライダーは晃と向かい合う形で対のベッドにソファ代わりと座る。

 

「そりゃあ四、五世紀中ごろの時代と現代じゃあ差違も大きいだろうよ。一応、聖杯のシステムに干渉したわけじゃあないから正規の英霊と同じくエラーは無いはずだが、不備があったか?」

 

「否。主の召喚は完璧だ。血筋を利用した西洋圏以外の英霊召喚。そこに不備は無くエラーは生じていない。単純に知識として知っているのと実感するのでは違いが大きいという話だ」

 

「成る程ねえ、それならこの後は市内探索と洒落こむかい? 流石に高層ビル並ぶ魔都は紹介できないが中世の街並、少なくともお前さんが生きた時代より発展した現在を見せることは出来るぜ?」

 

「悪くないな。極島では腹が減ってはなんとやらと言うと聞く。戦前に英気を養っていくのも悪くはないか。それに……」

 

 一度、言葉を切り、自分を見下ろすライダー。

 

「当代の礼装も欲しい。霊体化はどうにも落ち着かず、かといってこのままではおんしも困るであろう? 市内を歩くからにはまず衣服をどうにか見繕ってもらいたい」

 

「それぐらい構わないぜ? 金は腐るほど有り余ってるし、金なんて使ってなんぼだしな」

 

 相馬の家は歴史もそうだが、資金も豪邸を数件建築できるほどには有り余っている。曰く、第二次世界大戦前は華族であり政治にも軍事にも多くの繋がりを持っていたため、権力も資金も有り余るほどにあったという。その名残で相馬の家系は未だ西洋の貴族(ロード)と張り合えるほど潤沢に資産を補充しているのだ。

 

「そうか、ならばその言葉に甘え夜が明け次第、市内を回ろうか……幸い、多少の星は動くようだが、外部からの調律者が来るまではどの陣営も動きはしまい」

 

 引き込まれるような蒼い瞳で虚空を見据えながらライダーは言った。まるで未来を予知するかの如き言い様であり、彼女は真実、未来を見ていた(・・・・・・・)

 

「元未来視の使い手に心当たりはあるが……アンタの精度はどれぐらいだ? ライダー?」

 

「流石に世界を見据える『千里眼』には及ばんさ。とはいえ、当代の星詠みよりかはその力も精度も高い。それと私のは『視る』より『占う』に近いのだ。星の動きから起き得る未来を読み取る……そういうものだ」

 

「……形態としては予言の未来視に近いのか。占うってことは……ああ、視た未来をどう解釈し、読み取るかは受けて次第ってことね、それでスキル『星詠み』か」

 

 ライダーが有するスキルの一つ『星詠み』。そのため、大魔術師や賢者が保有する『千里眼』に及ばずしも彼女は未来を見ることができる。しかも、それは『直感』のような瞬間的なものや『啓示』のような使命を上手く運ぶための限定されたものではない。彼女は視ようと思えば視える。そういう限定性のない能力である。

 

詠み(・・)逃がしでもしない限り私の未来視は外れん。それに先も言ったが大きな星の動きは今のところ見えないからな。小波程度の星の動きなら尚のこと私の未来視は外れない。安心していいぞ」

 

「じゃ、信頼させてもらいますか。これから背を預けあう仲だしな」

 

「うん。その信頼、受け取ったぞマスター」

 

 晃の言葉に薄く微笑みながら言葉を返すライダー。その様に、思わず一瞬見惚れながら、コホンと、わざとらしく咳き込んで己を立て直した。

 

「さあてと、まずは夜明けまでの退屈凌ぎに飯にしよう。高級ホテルのスイートだけあって、結構な夜更けでもルームサービスは効くんだぜここ。ま、アホな時間に付き合ってくれる従業員に対する多少の感謝(チップ)は必要だけどね」

 

「ほう、今代の食事か。朝食……には些か早すぎるが、日中市内を歩くことを考えるに先立つエネルギーは必要か」

 

 ニヤリと笑いながら部屋に備え付けられていたメニュー表を差し出す晃にライダーも同様に笑みを返し、メニュー表を受け取る。

 

 ”赤”のライダーとそのマスター。夜が明けるその時まで彼らは親睦を深めながら食事を楽しむ。付き合わされるウェイトレスは若干疲れ気味に、されど身振りの良い、良客相手と言うことで根気よく彼らの宴を見送る。

 

 聖杯大戦初日の夜はこうして夜明けを迎える。

 

 

《英霊召喚、星詠みのライダー》

 

 

 

 

「―――これで、六騎。いずれアサシンも間もなく到着するでしょう」

 

 ミレニア城砦、王の間。その玉座に座すはユグドミレニアの当主ではなかった。病的な白い肌と幽鬼の如き黒い貴族服に身を包む男……ルーマニアに君臨した小さき竜公、英霊・ヴラド三世その人である。そしてその玉座を真の如く見上げ、礼を払うものこそユグドミレニアが当主にして”黒”のランサー・ヴラド三世のマスター、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアである。

 

「ダーニック、今の余がどんな気分か、分かるか」

 

 口元に微笑を浮かべ、さも機嫌よさ気に語る”黒”のランサー。そんな護国の英霊にダーニックはいえ、と謙遜で言葉を濁す。途端、僅かに”黒”のランサーの機嫌が害された。

 

「追従も度が過ぎれば程度が知れるぞ。確かに余はこの国の領主(ロード)であるが、お前が我が主人(マスター)である事実を否定するつもりはない」

 

「……は」

 

 内心失態を働いたことを悔やみつつ、しかしそれを一切表に出さずしてさながら王の臣として完璧に礼を払うダーニック。確かに度が過ぎたことは認めよう。だが礼を払うに越したことはあるまい。相手はあの恐ろしい串刺し公。二万人にも及ぶ侵攻者たちを杭に刺し掲げた恐ろしき君主なのだから。

 

「ふん……だが、許そう。そのような瑣事を気に留めぬほど今日の余は気分が良い。英霊……生前の余にあの者らのような者が一人でも在れば我が身が幽閉されることも無かっただろう」

 

 僅かな悔いにと共に過去に馳せる”黒”のランサー。王が見守る中行なわれた数刻前の英霊召喚。一騎当千の将らとの出会いは、マスターだけではなく、既に召喚されていた彼にも影響を与えたのだろう。感慨に耽るその姿はそれほどに珍しい。

 

「中でもセイバー、ジークフリート。伝説に名高き勇者が我が陣営にあるとは……!」

 

 素晴らしい、と喝采する”黒”のランサー。その思い、ダーニックとて理解できないものではない。

 

 ニーベルングの指環に伝わる邪竜ファフニールを討伐せしめた竜殺しジークフリート。正に最優のクラス・セイバーに相応しい英雄である。伝説に曰く、その背のみ、弱点と成り得るが竜の血で鎧を纏うが如く、堅牢な肉体と竜を殺した魔剣の二つは弱点を補って余りある。……ただそれがゆえにその召喚者に対してダーニックは僅かに懸念を持つ。ジークフリートに不備はない、だが、そのマスターとなると……。

 

「セイバーだけではない。ギリシャ神話の賢者ケイローン、シャルルマーニュ十二勇士のアストルフォ、キャスター・アヴィケブロン……そして、狂乱女王(ファナ・ラ・ロカ)……愛に狂う女王。皆、素晴らしい将だとも」

 

「皆、公の配下、公の将にございます。必ずや彼らは敵対する”赤”の七騎の英霊打ち倒し、万能の杯たる聖杯を公に齎すでしょう」

 

 ダーニックの言葉に”黒”のランサーは満足げに肯いた。

 

「そう、そしてその時こそ、我が血塗られた忌み名。穢れたあの名を雪ごう」

 

 瞬間、昏い光を瞳に灯す”黒”のランサー。民がため、そして信仰のために槍を手に立ち上がった。にも関わらず後世の創作家により、彼には一つの迷信、悪名が付き纏っている。彼はその名を完膚なきまでに葬り去るがため聖杯を求める。あらゆる願いを叶える願望の杯を。

 

「残りはアサシンが揃う時を待つのみ、か」

 

「はい―――ジャック・ザ・リッパー。百年前、英国を震わせたかの連続殺人鬼(シリアルキラー)、彼の者もまた公に勝利を齎す剣となりましょう」

 

 

 

 

 ―――かくして夜が明ける。地平に上る輝きは異形たちの行動を抑圧するように地上の一切を照らし出す。これにて、今晩の宴は終わり、日の光は新たな始まりを告げる合図だ。

 

 さあ……聖杯大戦を始めよう―――最後の役者は、夜明けと共に舞台に上がった。

 

 ―――検索開始

 

 ―――検索終了

 

 ―――一件一致

 

 ―――体格適合

 

 ―――霊格適合

 

 ―――血統適合

 

 ―――人格適合

 

 ―――魔力適合

 

 適合作業終了―――全工程完了……。

 

 サーヴァント・ルーラー、現界―――――完了。

 

 

 フランスの地にて乙女(ラ・ピュセル)が目覚める。

 

 

《開幕の夜明け》




スキル・『星読み』

対象者を中心にその人物の未来に関わる、或いは縁を持つモノを如何なる存在か問わず『星』という形で認識し、その巡りを詠む未来視予言系の能力。
近未来という時空限定ではあるが起こりえる未来をIFを含めて観測する高精度の未来視。
しかし、『星詠み』は詠み取る能力であり、未来を確定させるわけでも回避するわけでもなくただ詠むだけの能力。加えて感覚的に捉えるがため、未来の受け取り方は本人の解釈によるもの。そのため未来視に不備は無くとも使用者が「詠み逃がす」ことで予見した未来から外れる場合がある。

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