Fate/Asteroid belt   作:アグナ

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久し振りに投稿。相変らず進まない。


聖杯大戦Ⅰ

 シギショアラは今回の聖杯戦争が舞台、トゥリファスに最も近く、かつユグドミレニア一族が統べる領域ギリギリ、境界の対極に存在する街である。”赤”の陣営の多くは来るべき戦いに備え、この敵地ギリギリに存在する都市で戦いのための英気を養うと共に陣営を整えている。

 

 既にマスターの九割は此処に終結しており、共に戦う同盟者と顔を合わせるため、予め決められていたシギショアラが名所の一つ、山上にある教会へと集結を始めていた。”赤”のセイバーのマスター、獅子劫界離もその一人である。

 

『……マスター、ちょいと頼みがあるんだが』

 

「おう。なんだ?」

 

 左右頭上の三方を木製の外壁で囲まれた山の上の教会に続く階段を歩む最中、姿無き声に獅子劫は疑念を浮かべることなく応対する。というのもこの姿無き声の主と理由を獅子劫は弁えているのだから当たり前の話である。

 

『服買ってくれ』

 

「なんで?」

 

『霊体化はむず痒い。地に足が付いてないと落ち着かない。ついでに言うならこの格好のままだと昼間に街を出歩けない』

 

 霊体化。それはサーヴァントが魔力による擬似的な実体化を解き、本来の姿たる霊体に成る事。つまるところこの姿無き声の正体はサーヴァント。獅子劫が召喚した”赤”のセイバー、その人であったのだ。

 

『頼むぜマスター。オレのマスターは服を買う程度の散財に渋る吝嗇家じゃないと信じているからな』

 

「……しょうがねえな」

 

 何処か幼稚な、そのささやかな我侭に獅子劫は僅かに嘆息しながら了承する。まあ、ここで揉めて今後に影響するよりかは数千円の金銭で少しの信用を得る方が良心的だろう。

 

 そんなやり取りをしているうちに獅子劫は山の上の教会……”赤”の陣営の集合地点に到達する。魔術師が教会に訪れるとは、と少し皮肉に笑いながら獅子劫は教会の扉に手を掛け、中に入る。

 

 教会内部は典型的なあった。祭壇まで続く身廊、左右に並ぶ長椅子。時刻は九時で今日は晴れ、だが居つくものがものの所為か、心なしか薄暗く鬱蒼としていている。居心地の悪さに少し眉を顰めながら獅子劫は一歩足を踏み出し……ふと、異物に気付いた。

 

 ―――赤が居た。

 

 右側最前列の長椅子。顔を伏せ、座り込む様はまるで神に懺悔する罪人のようだ。或いは旧きより戒律を守る聖人か。赤はまるで石造のように動かず、黙している。その、最早洗い流せない血と怨嗟の呪いを纏った人物に、獅子劫は既知感を覚え……やがて絶句した。

 

「おいおい、なんでお前さんが此処に居る? 協会からはお前さんのことなんて聞いてないぞ? 魔術師殺し(メイガスマーター)

 

「……―――死霊魔術師(ネクロマンサー)、獅子劫界離」

 

 赤いフードと灰色の包帯で顔の大半を隠した、さながら兵士(ソルジャー)のような格好をした男……魔術師殺し(メイガスマーター)と呼ばれた男は呼ばれたことに僅かに反応し、再び石像のように動かなくなる。

 

 しかし淡白な反応をする魔術師殺しと相反して獅子劫は戦慄と共に冷汗を浮かべていた。それも当然、目前の男は荒火事場に身を置く魔術師ならば誰もが一度は聞いたことがあるほどに悪名高い。

 

『……おいマスター、知り合いか?』

 

 己のマスターの反応に訝しげに”赤”のセイバーが問いを投げる。すると、獅子劫は念話でセイバーに言葉を返す。

 

『直接的な面識は無い、が、その筋じゃあかなり名の通った魔術師だ。―――魔術師殺し(メイガスマーター)。魔術師専門の殺し屋で目的のためならば手段を選ばないことで有名でな。過去には目的の魔術師を殺すために一般乗客も居た旅客機を撃墜した、なんて逸話もある奴だ』

 

 加えて、高位の魔術師も既に彼の手によって何人も消されている。それこそ『封印指定』されるような実力者も含め、だ。やり方はどうあれ、こと対魔術師において屈指であることに異論は無い。

 

『……チッ、気にくわねえ。陰鬱なあの面、アグラヴェインの奴を思い出す。気分悪い』

 

『アグラヴェイン……お前さんと同じ円卓の騎士か』

 

『フン、まあな。別に嫌ってたわけじゃあないさ。ケチで融通の利かない奴だったけど、よく知らんが気ぃ使われていたのは気付いてたからな。だが、それはそれとしてあの分からず屋の面は気分悪い。昔、アイツを一人置いて円卓面子で遊びに出た次の日の目を思い出す』

 

『…………』

 

 反応に困る獅子劫。彼とて、アグラヴェインに関しては伝承上で知っているが、所詮伝聞。多くは語れない。とはいえ、少なくともセイバー……その真名・モードレッドの性格と言い分から察するに恐らくは苦労人だったのかもしれない。

 

『その面を見たガレスの奴が……ああいや、この話は別に良い。とにかく気をつけておけよマスター。あの面をしてる奴は大概面倒くさい奴だ。間違いない、オレが保障する』

 

『……そうか』

 

 主観と言うか、私情言うか、別の意見も混ざった警告のようにも聞こえるが、それでもセイバーには『直感』というスキルがある。それに聞く悪名から少なくとも目の前の魔術師殺しが油断なら無い人物であることに疑いは無い。

 

「―――ようこそ」

 

 と、そんなやり取りをしながら立ち尽くしていると祭壇の横についていた扉から声が掛かる。ぎい、と木と木が擦れる音を立てながら扉の向こうから現れたのは神父服を纏った一人の青年……いや、少年。年若く、しかし老齢の神父のような柔らかな笑みを浮かべながら、

 

「初めまして。今回の聖杯大戦の監督役でシロウ・コトミネです。”赤”のマスター、獅子劫界離さん、で宜しいですか?」

 

「ああ。自己紹介はいらないみたいだな」

 

「ええ、まあ」

 

 暗にこちらのことは調べているだろうという嫌味にも神父は柔らかな笑みで答えるのみ。胡散臭い奴だと獅子劫は内心で感想を言う。少なくともまだ二十代か、それよりも若いだろう少年が浮かべて良い笑みではない。

 

「お連れのサーヴァントを実体化させないのですか?」

 

「いや、別に―――」

 

『実体化させろ。マスター、どうも嫌な感じだ』

 

 セイバーの警告。魔術師殺しの時とは違い、明確な敵意を浮かべた警告だ。どうやらこの胡散臭い神父を前に何かを嗅ぎ取ったようだ。獅子劫は否を唱えることなく、即座にラインを通して魔力を供給、”赤”のセイバーを実体化させる。

 

「おや……」

 

「………」

 

 実体化した”赤”のセイバーに神父は一瞬疑念の表情をし、顔をしかめる。その場に居合わせる魔術師殺しも僅かに反応するものの、それだけだ。

 

「……いえ、いいでしょう。それでは私もサーヴァントをお見せしましょうか……実体化しなさい、アサシン」

 

「心得たぞ、我が主」

 

 獅子劫はギョッとして身を引く。背後、神父の声に反応して浮かび上がった気配は獅子劫の直ぐ傍にあった。ついで、神父が口にしたクラスで事態を把握する。

 

「ちっ。アサシンか」

 

 クラス別スキル『気配遮断』を保有するクラス、アサシン。攻撃態勢に移らない限り魔術師は勿論、サーヴァントですら感知が困難なサーヴァントである。その特性上、極めてマスター殺しに特化しており、過去のアサシンの戦いはもっぱら対魔術師であったと聞く。

 

「我は”赤”のアサシン。よろしく頼むぞ。獅子劫とやら」

 

 暗闇が如きドレスと退廃的な雰囲気。万人を蕩かすような妖艶さでアサシンは笑う。その様に引き攣った笑みで獅子劫はどうも、と答える。文字通り、背後を取られたのだ。しかもマスター殺しのアサシンともなれば友好的になど出来ない。

 

「チッ、そこの魔術師殺し(ダンゴムシ)より気にくわねえ」

 

 ボソッと誰にも聞こえないような声で一人愚痴るセイバー。偶々聞き届けた獅子劫はその言葉に不意に噴出しそうになる。

 

「アサシン」

 

「分かっておる。分かっておるとも」

 

 獅子劫の態度に神父はアサシンを諌めに掛かる。コツコツとヒールの音を立てながらアサシンはくつくつと笑いつつ獅子劫から離れ、神父の傍に控える。

 

「さて、早速ですが情報交換と行きましょう」

 

「その前に一つだけ、俺は魔術師殺し(メイガスマーター)が聖杯大戦の参加者だ何て聞いていないぞ」

 

「ああ……確かに、まずはそれを説明すべきでしたね」

 

 獅子劫の問いに神父は一度、魔術師殺しに目を向け、困ったような笑みを浮かべつつ話し始めた。

 

「彼の参加は確かに予定さているものではありませんでした。私自身、そのような話は聞いていませんでしたからね。ですが、彼からの自己申告でして、ロットウェル氏からマスター権を買い取ったとのことで……今回、”赤”のアーチャーのマスターとして参戦する形と成りました。令呪もきちんと手にしていますからね」

 

「買い取った、ね」

 

 『銀蜥蜴』ロットウェル・ベルジンスキーといえば少し面識がある。過去には亜種聖杯戦争で優勝した経験も在り、火事場馴れした魔術師と記憶している。性格を思い出すに金を詰まれてマスター権を譲るような相手ではないが……。

 

「ま、了解した」

 

「ありがとうございます。では、本題に移ってもよろしいでしょうか?」

 

「ああ。問題ない」

 

「では……」

 

 一拍前置き。そしてシロウ神父は語りだす。

 

「既にユグドミレニア一族は六騎のサーヴァントをそろえています。アサシンを除き、既に”黒”はセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、バーサーカー。アサシンは召喚済みのようですがどうやら国外での召喚だったようで、合流にはしばしの時間が掛かるでしょう」

 

「真名は?」

 

「今はまだ戦闘も行なわれていませんので何とも。ステータスぐらいは把握済みですが……ただ、ランサーに関しては此処がルーマニアであると考えると」

 

「ふむ……」

 

 シロウ神父は一枚の紙を取り出し獅子劫に手渡す。目を通すとそこにはサーヴァントらのステータスが表記されている。取り分けセイバーとアーチャー、ランサーのステータスは流石は三騎士と呼ばれるクラスだけあって高い。特に話題に出たランサーは一つ頭を抜けて高い。

 

「ワラキア公、ヴラド三世。此処がルーマニアであることを加味すれば召喚しない理由はないか。聞くがこっちのランサーは……」

 

「こちらのランサーは負けず劣らず優秀ですが……真名はヴラド三世ではありません」

 

「となると、やはり”黒”か。剣や弓の逸話は無いし、他三騎のステータスはセイバーやアーチャーと比べても劣る、やはり……」

 

「串刺しの逸話を考えるに”黒”のランサーがヴラド三世である可能性は高いでしょう」

 

 トルコがオスマン帝国と呼ばれていた時代。恐ろしきその侵略よりルーマニアを守った英雄、それこそがヴラド三世だ。神の信仰者であったヴラド三世が信仰を弾圧するオスマン帝国から自国を守ったという逸話から時にキリスト世界における世界の盾と呼ばれることもある大英雄。知名度も影響する聖杯戦争において、舞台に伝承する英雄の知名度補正は最高値。間違いなく、ステータスに一、二段階。大幅な強化がなされているはずだ。

 

「こちらのサーヴァントはどうなっている?」

 

 サーヴァントのステータスを記憶し終えた獅子劫は紙を投げ渡しながら次いで、自陣営の状況を問う。

 

「悪くありませんよ。向こうのランサーに負けず劣らず優秀です。アーチャーもヴラド三世に拮抗できる力を持つと断言できます」

 

「―――へえ」

 

 断言するとはよほど強力な英霊を引き連れてきたと見える。アーチャーと名が挙がった時、獅子劫はチラリと、そのマスターらしい魔術師殺しを見るが反応することなく無言で座している。

 

「ともあれ、これで七騎。”赤”のライダーのマスターはまだ合流できていませんが”赤”の陣営はサーヴァントを揃えた事になります。では獅子劫さん、セイバーの真名を教えていただけますか?」

 

 同盟者として陣営内での真名開示は最初から約束されていたことだ。なのでシロウ神父の言葉に疑念を抱く余地は無いのだが……どうもシロウ神父とそのサーヴァント・”赤”のアサシンを見るに意見は変わった。加えて、傍に居るセイバーは敵愾心満々である。さらには魔術師殺しの乱入……当初聞いていなかった人物の参加は獅子劫に”赤”の陣営への不信を抱かせるには十分すぎる。

 

(陣営か、信用か)

 

 ”赤”のセイバーを見る。頭から足まで鎧で包む重装備。体躯は小さく、獅子劫より頭一つ二つほど低いが放たれる威圧、そのステータスは最優とも呼ばれるセイバーのサーヴァントに相応しい。

 

 一瞬の思考。手を取り、足並みを揃えて当初の予定道理、陣営につくか。或いはこの同じ戦場を駆け抜ける相棒の信用と直感を取るか。前者を取れば信用が、後者を取れば最悪、十三対一という不利と共に手と目が足りなくなる。

 

『マスター。どうするんだ?』

 

 セイバーからの念話だ。

 

『あー、お前さんはどう思う?』

 

『嫌だ』

 

『理由は?』

 

『直感だ。突然現れたダンゴムシも神父もアサシンも揃いも揃って胡散臭い』

 

『成る程な……。お前の直感は信用できるな。よし、決めたぞ』

 

 獅子劫は神父ら二人に背を向ける。その行動にシロウ神父はおや、と眉を顰める。

 

「どちらへ?」

 

「ああ、俺たちは俺たちで勝手にやる。幸い、俺のサーヴァントはセイバーだからな。単独行動に支障ない」

 

 最優のサーヴァント・セイバー。その実力は一度に数騎のサーヴァントを相手取っても戦いになるほど。多対一は勿論、どのサーヴァントと戦おうとも敗北の可能性は低い。

 

「すると、共同戦線を取るつもりは無いと?」

 

「ああ、どうやらそっちのサーヴァントも相当に優秀みたいだからな。なんの問題もないだろう」

 

「参りましたね……確かにその通り名のですが」

 

「………」

 

 困ったように頭を掻くシロウ神父。彼以外にも獅子劫の言葉にアサシンは不快気に顔を顰め、石像のように身動きを取らなかった魔術師殺しが僅かに身を動かす。

 

「お主は我々の助力を不要と申すのだな。情報は勿論のこと、こちらの他サーヴァントの戦力も」

 

「まさか情報は欲しいし、力を貸してくれるってんならそれに越したことはないさ。足並みも、まあ多少合わせることに嫌は無い。なんなら買いとってもいいぜ、情報」

 

 獅子劫の言い分にますますアサシンは不愉快気に態度を示す。しかしアサシンが口を重ねるより先にシロウ神父が手で遮る。

 

「残念です。貴方と共に戦いたかったのですが……情報に金銭は不要です。定期的にこちらからそちらに送ります。宜しいですか?」

 

「ああ、それで良い」

 

 じゃあな、と一声。”赤”のセイバーを霊体化させつつ、獅子劫は教会を離れるため、足を踏み出す。その時に一瞬、アーチャーのマスターと目が会う。死んだように黒ずんだ目。だが、その奥に潜む眼光には危険な色を感じた。

 

(シロウ神父に、魔術師殺し、か)

 

 頭の痛い話だと、獅子劫は内心で愚痴りながら最早敵地同然となった教会を離れるため足早に去っていく。

 

 

《”赤”の会合、謀略の気配》

 

 

 

 

「……どうやら、勘付かれてしまったようですね」

 

 教会を後にする獅子劫を見送った後、”赤”のアサシンと魔術師殺しが居残る教会でシロウは困ったように呟いた。そんな主の態度にアサシンは眉を顰めながら、

 

「そうと分かって何故手を打たない。この場で仕留めることも出来ただろうに」

 

「今は同じ聖杯を目指し戦う仲間ですよ?」

 

「ハッ」

 

 シロウの言葉にアサシンが鼻で笑う。そう、確かに仲間だ……()は。しかし彼らには少なくとも何かがあると勘付かれた。今回の計画のためには不確定要素は可能な限り排除すべきだろう。ならば多少のリスクを背負う負ってでも仕留めるべきだとアサシンは進言する。

 

「幸い、こちらにはアーチャーとランサーが居る。如何にセイバーとはいえ、あの二騎を相手に勝ち目など無い。或いは……そこな男を差し向ければ楽してセイバーを手に収める事も叶うやもしれんぞ? のう、どうなのだ、塵殺者」

 

「……同意見だ。綿密な計画においてイレギュラーはあるだけ脅威、あの男を殺しに行くことに異論は無い。無為な殺戮を好まない、という理由で程度(・・)で躊躇っているならば同盟は廃棄させてもらうぞ、神父」

 

 今まで石造のように何も口にせず、身動き一つ取らなかった魔術師殺しが冷たい口調で言い放つ。その、殺しに何の躊躇いも見せない言い方は正しく戦場を駆け抜け、死生の尊厳を合理で踏みにじる兵士のそれだ。

 

「無為な殺戮を好まない、というのは否定しませんが、それよりもこの場で仕留めるには些か場所が悪い。此処で三騎士クラスのサーヴァントが戦い合えば人の目に間違いなくつくでしょう。秘匿の観点から見て、ここで手を打つのは愚作だというのが一つ」

 

「ならば夜間に襲えば良い。今からでも使い魔で追える。そうすれば人の目に付くことなく、速やかにあの者共を排することが出来よう」

 

 神秘とは隠すもの。暴かれた神秘はその力を失う。そう言った性質上、魔術世界の知恵を、技術を、技を表社会に持ち出すことは最大のタブー。流出させた者も、それを知った表社会の人間も問答無用で殺される。それが魔術社会である。

 

 元より『時計塔』もそのために存在し、また聖杯戦争における監督役というのも魔術師たちとサーヴァントが行なう大規模かつ苛烈な戦いを人の目に洩らさないために存在するのだ。

 

「使い魔を出せば疑念が確信に変わりかねません。警戒される分には問題ありませんが、勘付かれれば脅威です。今はまだ、余計な手を出して薮蛇に噛まれるより準備が整うまで隠す方が先決です。”黒”の陣営と明確に組まれるか、或いは未だ合流できていない”赤”のライダーのマスターと組まれるとそれこそ厄介だ」

 

「その”赤”のライダーはどうなっている?」

 

「さて、ルーマニア入りをし既にサーヴァントを召喚していることも確認できていますが、位置までは。ブカレストに居るようですが……」

 

「フン、我の使い魔でも姿が確認できん。察するに結界か何かで姿を隠しているのだろうが、イレギュラーといえばこちらも負けず劣らずと言えよう。この時点で計画に気付かれたとも思えん。最初から足並みを揃えるつもりが無いのではないか?」

 

「その可能性が一番高いでしょうね。……貴方はどうお考えですか? 宜しければ意見をお伺いしたいのですが……」

 

「ライダーのマスターであるはずの相馬晃は魔術師だ。それも根源にしか興味のない生粋の魔術師。そう考えればこの場に姿を見せず単独で行動することに違和感はない」

 

 シロウに対し、魔術師殺しは端的に答える。恐らくは敵も味方も調べ尽くしているのだろう。

 

「生粋の魔術師ですか。成る程」

 

「根源を目指す以外に盲目な魔術師ならば確かに利益を優先して単独行動もありえるか、マスターはどのような意見なのだ?」

 

「概ね同じく。相馬晃は極島の、五百年と続く魔術師家系に生まれた魔術師です。時計塔では十代でかなり優秀だと聞いています。こと、霊体に関する理解はそれこそ一流の魔術師とも比肩すると。しかし腕や伝え聞く賞賛に反し彼の研究や成果に関しては殆ど資料がありません。優秀にも関わらず研究や成果が見ないところから彼が極めて利己的な魔術師であることに疑いはありません」

 

 相馬晃はエルメロイⅡ世率いる新世代(ニューエイジ)こと『エルメロイ教室』や名だたる使い手として勇名があるわけではないが、講師陣からの信頼厚く、その成績はトップクラスだと資料には残されている。しかしそれに反して、それ以上の殆ど情報は殆ど出てこない。これは彼が自らその手を隠しているということで間違いあるまい。

 

 加えて、派閥争いで忙しい策謀権力が渦巻く時計塔において彼は学徒以上に関わりを持っていない。これは彼があくまで魔術の研究のためだけに時計塔に所属していることを示している。

 

「ならば目下の脅威は……」

 

「―――馬だ(A_horse)! 馬を引け(A horse)

 馬を引いてきたら王国をくれてやるぞ(My kingdom for a horse)!」

 

 策謀に耽る三人が居合わせる場に場違いなほどに喧しい声が響く、次いで乱雑にバン! と開け放たれる扉。しん、と静まり返る反応をする一同の中、シロウがおずおずと申し訳なさそうな表情で口を開く。

 

「……自作の台詞ですか?」

 

 その言葉に乱入者……”赤”のキャスターは何とも芝居がかった過度な態度で失望を見せる。あからさまに肩をガクッと下げながら、

 

「何と言うことだ! 我が傑作劇を今に生きながらご存じないと仰るか! マスター(・・・・)! どうかこれをお読みになってください―――求道者殿も如何かな?」

 

 既にアサシンのマスターを名乗ったシロウを奇怪なことにマスターと呼ぶ男は懐から本を取り出しつつ、二人にその本を薦めに掛かる。

 

「……『リチャード三世』は既に概要は知っている。”赤”のキャスター、君は邪魔をしに来たのか?」

 

「おお! 我が作品をご存知であったか求道者殿! しかしこれには他にも我が傑作劇が多く記されております! ささ、お読みになるとよろしい。マスターもどうぞ」

 

 『ハムレット』や『リア王』と比べると知名度はさして高くない史劇のタイトルを既知と口にした魔術師殺しに”赤”のキャスターは手を叩いて喜び、一冊の本『シェイクスピア大全集』を差し出す。

 

 ―――最早疑うまでも無いだろう。この本に記された作品らを「我が傑作劇」などと呼べる者はこの世にたった一人、作者以外にありえない。”赤”のキャスター、真名をシェイクスピアは苦言を呈する魔術師殺しをもろともせず本を握らせるように手渡し、シロウ神父にも差し出す。

 

「お主。本当に何をしに来たのだ? よもや塵殺者の言うように邪魔をしに来たのではあるまいな?」

 

「まさか! アッシリアの女帝よ。悲しいことを仰らないでいただきたい! 私はただマスターのため、大急ぎで駆けつけたまで! ハハ、「恋人も狂人も頭が沸騰している(Lovers and madmen have such seething brains)」というように、狂戦士のような存在は―――」

 

「前置きは良い。答えろキャスター。何があった」

 

 深淵のように深く底の見えない瞳でキャスターを睨むように冷たく魔術師殺しが言い放つ。

 

「おおっと失礼。我輩としたことが「森には時計なんてないよ(There's no clock in the forest)」! つまり時間の流れは場所と人とで違うと―――ああ、そんなに睨まないでください! 我輩、荒事はからっきしでありまして」

 

「ええい! さっさと話さぬか!」

 

 一々本筋からズレるキャスターに遂にアサシンも耐え切れなくなって詰め寄る。宮廷道化もかくやというキャスターはにまにまとへつらう様に笑いながらいよいよ声高に告げる。

 

「バーサーカーがトゥリファスに向け、歩き始めました。どうやら仕留めるべき相手を見定めたようで……」

 

「な―――」

 

「………」

 

「おや、困りましたね」

 

 反応は三者三様。しかし共通事項として皆驚愕を浮かべている。バーサーカーも含むサーヴァントたちには未だこれといって命令を出してはいない。にも関わらず待機から行動を起こしたバーサーカーは間違いなく、

 

「暴走……か」

 

「ええ、ええ! 今は求道者殿のサーヴァント、東方の大英雄殿が急ぎ追い出しましたが、押し留めるならばともかく連れ戻すとなれば……恐らく失敗に終わるでしょうな!」

 

「笑い事ではないぞキャスター」

 

 単独での襲撃。しかも敵の本拠地への。まだ準備も整っていない段階でのそれは十中八九失敗に終わるだろう。何せ、向こうは本拠地のテリトリーに加え、六騎のサーヴァント。バーサーカー単騎駆けで攻略することなど不可能だ。

 

「……ああ、そうか。分かった。お前は一度、こちらに戻って来い、アーチャー」

 

「ふむ? 求道者殿?」

 

「理性を吹き飛ばしたバーサーカーに説得は効かない。追うだけ無駄だ。それならバーサーカーが落ちた事を前提にこれから作戦を組む方が建設的だ」

 

 恐らくは念話だろう。アーチャーに戻るよう命令する魔術師殺しにキャスターは疑念の顔で問いを投げるが、にべも無く端的に魔術師殺しはバーサーカーを見捨てる選択を選んだ。

 

「勝手な―――」

 

「いえ、構いません」

 

 その行動にアサシンが目くじらを立て物申そうとするがシロウはそれよりも早くアサシンの言葉を遮り、

 

「ですが、無為に一騎落すわけには行きません。敵情視察を兼ねて、可能なら倒してしまっても構いませんが……お願いできますか?」

 

「……いいだろう。体制が整い次第、僕が対応しよう。ランサーは……」

 

「ええ、貴方の判断にお任せします。―――衛宮さん」

 

「………」

 

 スッと立ち上がり、それ以上言葉を重ねることなく魔術師殺しと呼ばれる男―――衛宮切嗣は教会を後にする。残ったのはシロウとアサシン、そしてキャスターだけ。

 

「正しく「災厄よ、(Mischief,)やっと動き出したか。後は汝の思うがままに(thou art afoot, Take thou what course thou wilt)!」……というわけですな」

 

「―――やはり唆したのは貴方ですか、キャスター」

 

 シロウの言葉にキャスターが目を逸らす。

 

「トゥリファスの場所を教えたのか、全くお主は―――」

 

「ハハ、我輩と言う男は正にトラブルメーカー、或いはトリックスターですからな!」

 

 悪びれない態度のキャスター。いよいよアサシンも額に青筋を浮かべるが、シロウはその一連の会話を眺め、軽く首を振りつつ、アサシンに向けて命令する。

 

「アサシン、使い魔で暫くバーサーカーの監視をお願いします。深追いはせず、位置情報だけを突き止めていただければ構いません。何かあれば衛宮さんに。私は監督役の仕事に追われるでしょうから」

 

「フン、了解したぞマスター。ついでに獅子劫とやらにも件のことを伝えておこう」

 

「ありがとうございます―――それからキャスター」

 

「おお、なんでしょうかな? マスター。我輩、残念なことに物語を記する以外には点で役に立てませんぞ?」

 

「分かっています。貴方の物語へ対する欲も。ですから此度の一件は不問とします……そう焦らずとも、間もなく聖杯大戦は始まります。七騎と七騎の、最大規模の戦争。聖杯大戦―――この戦いは必ずや貴方を満足させるでしょう」

 

 柔らかな笑みで神父は告げる。その笑みは澄んでいて、純粋で、危うい(・・・)。まるでその戦いのためだけに生きてきたかのような、戦を望むが如き底知れない言葉に狂言回し(シェイクスピア)は、

 

「それは、それは―――」

 

 一種、狂気さえ思わせる笑みで深く、深く笑う。

 

「さあ、始めましょう。聖杯大戦を―――」

 

 

《”赤”の陣営、邪な気配》

 

 




……あれ?

おかしいな、またジャンヌ嬢が出なかった……。
何がどうなっているんだ!?(懲りない)


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